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王国召還(強制連行)

 どこか遠くで聞いたことのない動物の鳴き声が響き、この世界に来てから二度目の朝日が顔を出す。おかげで森の木に生い茂っていた深緑の葉が陽に照らされ、その色の鮮やかさを増していった。


 その光景を目の当たりにしたシグマは、気持ちを入れ替えるように大きく伸びをする。


「うーん、良い朝だ」


 彼の言葉に嘘は無い。


 空は隅々まで晴れ渡り、雨の兆しなど微塵も見せない雲の量。まさしく快晴と呼ぶべき空模様は、清々しさを感じるほどに。


「さて、と」


 シグマは思う存分伸びをして身体をほぐし、おもむろに立ち上がる。


 朝は目覚めの時間だ。であれば、背後で安眠を享受している連れ添いも起こしてあげなければいけない。


 ……その幸せそうな寝顔を崩すことに若干の躊躇いはあったが、それはそれ。


「ハウル。起きて、朝だよ」


 彼女の名を呼びかけ、例のように被せておいたシグマのジャケットの上から、軽く体をゆすり目覚めを促す。


「……う、ん……あと、もうすこしぃ……」


 定型句のような寝言を漏らし寝入る彼女に、思わずシグマは微笑ましい気持ちになる。


 正直、何も無ければこのまま寝かしておいておきたいが、残念ながら彼らには成すべき目標があるのでそれはできない。


「ほら、起きて起きて。今日中に森を抜けないと」


 シグマがこの世界に来てから、ずっと滞在している巨大な森林。その規模は一日中歩き通しでも果てが見えないほどに広く大きい。


 三時間くらいであれば一種の森林浴だと気楽に思えるのだが、残念ながらそのラインはすでに超えてしまい、今では二人揃って木と葉と草しかない光景にうんざりとしていた。


 そんなわけで、一刻も速くこの森を抜けなければ、心にも支障をきたすことになりかねない。


 だから朝日が出たらすぐに、森の果てを目指して行動しよう―――それが昨日の晩に、二人が決めた方針だった。


「……ぁ……おはよ、シグマ……」


 やがてその方針を思い出したか、ハウルが寝ぼけ眼を擦りながら起き上がる。


「おはよう。よかったね、今日も絶好の天気だ」


「うん…………うん?」


 返された返事に聞き逃せない情報が交っており、ハウルは訊き返すように首を傾げた。


 そのため頭の位置がずれ、今までシグマの頭が死角になって見えなかった位置が見えるようになる。


 つまりは、洞窟の入口。また朝日が差し込んでいて。


 瞬間、寝ぼけ眼で焦点の合っていないハウルの瞳が、勢いよく見開かれる。


「また朝になってる―――――――――――――――――ぅ⁉」


 眠気も吹き飛ぶハウルの絶叫に、シグマは眼をしばたかせる。


「そりゃそうだよ、時間が止まったわけじゃあるまいし」


「それは知ってるよ! 私が言いたいのはなんでシグマはまた徹夜してるのかってこと!」


「いや、だって昨日は半日近く寝てたから眠くなくて」


「だとしても夜通し起きてたら絶対昼間がつらくなるでしょ⁉ 今日はかなり歩くんだから、少しは寝ておかないと体に悪いよ!」


 なぜか既視感を感じるやり取りではあるが、シグマはこの騒がしさがとても心地よく感じた。


 思い出すのは、昨日の記憶。


 ハウルはヅィーヴェンから突きつけられた事実に心をすり減らし、ついには殺されてもいいなんて自ら言ってしまうほどに追い詰められていた。


 それはシグマの説得によって解決はしたが、その後もハウルの表情にどことなく翳りがあったので心配していた。


 だが、一晩ゆっくり睡眠を取ったことで、心も落ち着きを取り戻したらしい。今ではこの通り、どなれるくらいには回復している。


 そう考えると自分が徹夜したのは間違ってなかったかもしれないな、とシグマは心の内で納得する。言えば火に油を注ぐことになるので黙っているが。


 やがてハウルの方もこれ以上怒るのは無毛だと悟り、大きく深呼吸を繰り返して感情を落ち着かせていく。その間にシグマは洞窟の奥へ進み、軽く積まれた二人の荷物(主にハウルのもの)を抱えて戻ってきた。


「じゃあ準備を始めようか」


「そうだね。とりあえず朝ご飯と昼ご飯用の果実を収穫しに行こう」


 そして二人は出発の準備を整える。とは言ってもそこまでの大荷物があるわけではないので、思いの外早く準備は整った。


「もう洞窟には戻ってこないだろうし、大丈夫? 忘れ物は無い?」


 黒のジャンパーを羽織り終えたハウルは、確認のためにそう訊いた。


「大丈夫、問題ないよ」


 同じくジャケットを羽織り、頷くシグマ。……彼の腕の中には、鞘に納められた純白の短剣が抱えられている。


 それを確認し、ハウルも満足げに頷き返すと、二人揃って洞窟の入口を見やる。


 眩い世界が二人を待っていた。


「よし、それじゃあ」


「うん、行こう!」


 朝の陽光に釣られるように、その足は軽快に歩みだす。


 そして二人は、洞窟の入口から外へ―――


「確保オオオオオオオオオオオオオォォォォォォォォォォォ―――――――――‼」


 出た瞬間、何やら不穏な叫びを上げて入口の陰から複数人が飛び出してきた。


「「えっ⁉」」


 突然の事態に二人とも驚愕の声を上げる。


 その間に、


「御無礼、失礼致します!」


 二人とも地面に組み伏せられた。


「ちょっ、はッ⁉ なに、一体なんだ⁉」


 急転する視界にたまらずシグマは切迫した声を上げる。すると頭上から組み伏せた一人の、なぜか緊張で張り詰めている声が。


「落ち着いて下され落ち着いて下され!」


「これで落ち着けとか正気か⁉ って、そこ痛だだだだだだだだだだ⁉ 腕が、腕が変な方向に曲がってる!」


 これがもし、悪人面の男もしくは怪物などの所業なら、シグマも深刻な緊張感で状況の打開を狙っていただろう。


 だが、実際に組み伏せているのはシグマとたいして相違ない、いわゆる人間の様な者たちだ。彼らは全員が甲冑を身に着けているため、もしかしたらどこぞの国の兵士なのかもしれない。


 だからこそ解せないのは、なぜ兵士らがシグマとハウルをこんな目に合わせているのか。そして、なぜ彼らは組み伏せられているシグマ以上に慌てているのかということだ。


「あ、あわわわ……」


 すると、横でハウルが震えた声を漏らしているのが聴こえた。


 それはシグマを激昂させるには十分で。


「ハウル⁉ ……っ、こうなったら―――!」


 激情のまま、シグマは抑えられた腕を振りほどき、地面に落とした純白の短剣―――儀式剣を引き抜こうとした。


「……っ⁉ シグマ、ダメ!」


 だがその行動は、あろうことかハウルの必死の声に止められる。


 驚いて彼女の方を見やれば、その顔は酷く青ざめており、身体も震わせて、ひどく怯えているのが見てとれた。


 だが、それでも彼女は組み伏せられた状態から微塵も抵抗する素振りを見せておらず、代わりにシグマの方を向いて静かに首を横に振った。


「ダメ、シグマ……この人たちに手を出したら、私たちもう逃げ場所が無くなっちゃうよ……」


「え……?」


 ハウルの考えがいまいち読み取れず、呆然と立ち尽くすシグマ。その間に、またも振りほどいた兵士たちから抑えつけられた。


「隊長、報告を!」


 するとシグマを抑えつけた者が、やはり焦燥に満ちた声でそう言った。そして呼ばれた隊長と思しき人物が「おう!」と返事を返し、一言呟いた。


 瞬間、肌を撫でる淡い感覚。これが魔術を使用した結果発生する魔力の波長らしきものと、昨日森で様々な魔術を体験したシグマは判断した。


「……ええ、はい、そのとおりで、はい……!」


 シグマの見えない位置で一人しゃべり続ける隊長は、実際魔術を用いて外部と連絡を行っていた。


 やがて、彼はどうあってもシグマが聞き逃せないようなことを連絡相手に告げる。


「―――はい、こちらで無事、行方不明だった継承者様は保護できました!」


 行方不明だった継承者。


 その言葉に、シグマは目を見開く。


 つまり、彼らは最初からシグマのことを捜していたことになる。


 であれば、その正体は。


「お、お待たせいたしました。それでは行きましょう、継承者様」


 連絡を終えた隊長はやはり緊張の面持ちで、驚愕を隠せないシグマにぎこちなく一礼する。


「これより我が国『リューズビーリア』へご案内致します。召喚主である姫君がお待ちです」


 告げられた行き先は、いつかシグマが聞いた覚えのある、それでもその詳細は一切不明な国だった。

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