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弱肉強食から外れた余剰

 弱肉強食こそが自然の摂理。


 弱いものは駆逐され、強いものだけが生き残る。


 だから敗者は生きていられない。どれだけの価値を有していようが、どれだけの強者であろうが、一度でも敗北した瞬間、避けられない死が訪れる。


 それを理不尽だとも、不条理だとも思わない。


 ただそうなるのが当然だろうという漠然とした考えで、いつだって受け入れる覚悟はできていた。


 だから自分より図体が大きい獲物も、凶悪な見た目を誇る獲物も、恐れずに立ち向かうことができた。どんな相手であっても、強者として喰ってきた。


 それがこれまでの人生の在り方。長い年月を振り返ってみても、さして目につくような凹凸は見られない、極めて平坦な推移だったように思う。


 そしてこれからも、その事実に明確な変化は訪れないことだろう。


 弱肉強食こそが自然の摂理。食うか食られるかの逼迫した環境は、代わり映えの無い繰り返しを強要する。


 そうやって、あの森で生きてきて。




 ―――あの恐ろしい魔物と遭遇して、敗北した。




「……ぅ……」


 思い瞼を開けてみれば、ぼやけた視界に優しい灯りが映り込む。


 何度か瞬きを繰り返し、ようやくはっきりしてくる視界。やがてその灯りは、人造のものであることを理解する。


 あやふやな思考のまま、身体を起こそうと試みるも、


「ぁぐ……っ!」


 全身を駆け抜ける鈍痛。特に背骨の辺りはひどかった。


 やむをえず起き上がることを断念し、再び脱力する。今さらながら、背中から伝わる柔らかい感触に、自分がマットの上に横たわっているのだと理解した。


「こ、こは……」


 首だけを動かして周囲を確認する。積まれた煉瓦の壁や、年季を感じさせながらも綺麗に磨かれているオーク材と思しきインテリアの数々。少なくとも、自分が住んでいる小屋でないことは明らかだった。


 状況が良く掴めない。


 自分がなぜこんな場違いな場所にいるのか。その答えを探そうとするも、やはり思考はぐちゃぐちゃなまま、上手くまとまってくれない。


「―――失礼するわ」


 すると、数回のノックの後、毅然とした女性の声と共に戸が開く。


 赤色を基調としたドレスをはためかせながら、女性は傍目も振らずにこちらへ向かってきた。そしてこちらの顔を覗き見て、大袈裟に肩をすくめる。


「なんだ、起きているじゃない。よかった、身体の調子はどうかしら?」


 気さくに話しかけてくるが、少なくとも面識のある相手ではないのは明らかだ。が、どうも敵ではないらしい。


「ここは……どこだ……?」


 ひとまず一番の問題を尋ねてみた。


 それ自体は何の変哲もない、普通の疑問のはずだ。振り返ってみても、何か特別可笑しい箇所があったようには思えない。


 だというのに、訊ねた瞬間、彼女の雰囲気が少しだけ鋭くなった。そんな気がした。


 ややあった短い沈黙の後、彼女は淡々と口を開く。


「ここはリューズビーリア城よ。申し訳ないけれど、今の貴女は危険人物として、一時的に拘束させてもらっているわ」


「な、に……⁉」


 そこで今さらながら、自分の両腕に付着する感触に気づく。渾身の力を籠めて両手を動かそうとすると、無慈悲な金属の音が鳴るだけで、両腕は固定されたまま離れなかった。


 なぜ、こんな仕打ちを?


 頭の中で混乱が加速する。自分の置かれている立場が全くもって理解できない。


 すると、彼女は呆れたように息を吐いた。


「……その様子だと、どうやら覚えていないみたいね」


 覚えていない。


 この場所で目覚めるまで、自分が何をしていたのか。未だに頭の中は靄が掛かったままだ。


 いったい自分は、なにを……


「貴女、森でシグマに手痛くやられて、此処まで運ばれたのよ」


 瞬間。

 



 ()()()()()()()()()()姿()()()()()()()()




「っ……⁉」


 動かないはずの身体が、硬直する。


 ようやく戻った記憶の始終は、一気に自分の喉を干上がらせた。


 ―――そうだ、私は。


「あの化け物と戦って……敗けたんだ……」


 何度も急所を射抜いた。何度も身体を切り刻んだ。何度もその身体を打ち抜いた。


 それでもあれは、損傷をたちどころに修復しては立ち上がり、遂には自分の『勘』すらも超越してのけた。


 あんな生き物は、見たことが無い。否、あんなものは正当な生き物ですらない。


 あれは間違いなく、正真正銘の化け物だった。


「……化け物、ね」


 すると、彼女は口元に立てた人差し指を置いて、思案する素振りを見せた。


「まあ、あの姿を見たらそう称したくなるのもわかるわ。造形だけを見てみれば、およそ人とは言い難いものね」


「……やつを、知っているのか……」


 あの化け物を知っているかのような口ぶり。途端に、目の前の彼女に対しての警戒度が跳ね上がる。


 そもそもにおいて、彼女の正体も、未だはっきりとしていない。


 今しがたの化け物に関する発言もそうだが、その前には自分がこの場所に連れてこられた経緯も把握しているようだった。その上、今は自分を拘束している。


 少なくとも、簡単に気を許していい相手ではないことは確かだ。


「お前は、何者なんだ……!」


 訊ねながら、自身の『勘』を最大限に意識する。


 この手の手合いは、自身の抱えている後ろめたさ故、正体を偽ろうとするものだ。だが、そんなものは自分には通じない。


 あの化け物には超えられたが、自分の『勘』は未だ頼りにするだけの信頼がある。


 そしてこの場で嘘を吐いたのなら、彼女は絶対に気を許してはならない相手となるだろう。


 さあ、彼女はどんな戯言を―――


「そういえばまだ名乗ってなかったわね。私はリューズビーリア第一王女にして現領主である、ルカライネ・エグニカルス・ファルサーニャよ」


「……は?」


 あたまが、まっしろになった。


 自分の勘は今の言葉に嘘を検知していない。つまりは、彼女が言ったことは真っ白な真実。


 で、あるなら。


 それが本当だというのなら。


「本当に、ルカライネ様、でありますか……⁉」


「あら、驚いた。貴女って、素直に敬意を表するだけの素養があったのね」


 意外そうに彼女―――ルカライネ様はそういうが、それは当然のことだ。


 ルカライネ・エグニカルス・ファルサーニャといえば、正義と秩序を具現化した真正の覇者―――リューズビーリアに住む者たちは、総じて彼女をそう評価している。


 かくいう自分も―――たとえこの身にそのような資格が無いとしても―――その在り方に少なからず憧れを抱き、敬愛していたのだ。


 その御方が、あろうことか目の前にいて、そして自分と言葉を交わしている。


 そこで、自分は思い至りたくもないことを思い出してしまった。


 ―――そういえば先ほどからの私の振る舞い様は、とてつもなく失礼なものではないか?


 サッと、全身から血の気が引いた。


「も、申し訳ありません! いくら顔合わせの無い身とはいえ、かのリューズビーリア領主であるルカライネ様に対して、無礼失礼の数々を……!」


 身体が動かないため、やむなく心の中で地に額をこすりつける思いで謝罪する。が、ルカライネ様はさして気にも留めていないようだった。


「いいわよ、別に。生憎と私も、貴女に対して『敬意を払え』なんていう資格は持ち合わせていないのだから」


「……? それは、どういう……」


「それよりも、貴女、名前は?」


 訊ねられて、ようやく自分が未だに名乗っていなかったことを思い出した。


 なんて失態。相手が名乗ってくれたにも拘らず、指摘されるまで自分の名前を名乗ることに気づけなかったとは……


「わ、私は、ウォルコル。―――ウォルコル・ヴァナルガンド・ロキニクスと申します」


「そう。ならばウォルコル、一つだけ言わせてもらうけど」


「は、はい」


 これまでの無礼な振る舞い様に対する罵倒か、あるいは処刑の宣告か。


 いったい何を告げるのか、堪らなく恐ろしくて、全身から嫌な汗が噴き出している。


 そして、彼女はひどく不機嫌そうに、口を開く。


「……私たちは、少なくとも私は、貴女と初対面ではないわよ?」


「……え……?」


 また、じぶんのあたまが、まっしろになった。


「……その反応、やっぱり気づいていなかったのね。どうりでずっと蚊帳の外にいる感じがするわけだわ」


 呆れたようにルカライネ様はため息を吐くが、自分は何のことかわかっていない。


 そもそも、彼女ほどのカリスマ性を目の当たりにして、自分が見逃すはずが……


「貴女が魔族と称した彼らのすぐ近くに、私もいた」


「なん、だと……⁉」


「大方、貴女の意識は大半がシグマかハウル、あるいはこの双方に向けられていたせいで、魔族ではない私は弾かれていたのでしょう」


 彼女は淡々とそういうが、私は今の言葉に衝撃を隠せなかった。


 だって本来、魔族とは忌むべき者のはずで、誰とも相いれない存在のはずなのに。


 それが、あろうことか一国の領主、それも正義と秩序を体現している彼女が共に行動しているなどと。


 悪い、ひどく悪い夢を見ているかのようだ。


「なぜ……なぜだ? 貴方ほどの人物が、なぜ、あのような者たちと……」


「それを語るにはきっと多くの時間がいる。でも、これだけは理解していて。私は誰からの干渉も洗脳も受けていない。紛うことなき私の意志で動いているということを」


「奴らを魔族と理解した上で、ですか……⁉」


「ええ、そうよ。そうするに値するだけの価値を彼らは持っていた」


「仮にそうなのだとしても! ……奴らはその出で立ちから本性に至るまで、邪悪な存在だ。それは歴史を振り返るだけで子供にもわかることだ! それを貴方は、危険ではないというのか⁉」


「少なくとも、今の貴女よりは」


 その言葉になおも反論しようとしたが、その前に貌先に指を突き出されて、思わず口ごもる。


 こちらを覗く目は、ひどく冷たかった。


「……今の貴女は、かつての私と同じ。ただ頭の中にある知識だけを過信して、当人の人間性や事情を一切顧みようとしていない」


「……敵であるのなら、それが当然だ」


「ならば私は、やはり貴女を危険人物として処罰しなくてはならなくなる」


「……好きにするといい。元より今の私は敗者の身。自分の処遇について声を荒げる気はない」


 それでも、やはり残念だと思わずにはいられなかった。


 憧れの頂。君主としての理想の体現者。これまで会うことは無くとも、彼女が振りまかれた威光に照らされて、街の皆と同じように羨望を向けていたはずだった。


 だが、実際に蓋を開けてみれば、それはまやかしで、絶対に相いれるはずのない者たちを受け入れて行動する愚かさを持っていた。


 それは器が大きいのではない。必要のない毒すらも受け入れて、その身を溶かして崩しているだけだ。


 ならばこそ、こう思わずにはいられない。


 ―――ああ、もはや陽は地平の彼方へ沈み、その威光を目の当たりにすることは叶わない。


 最後の最後に、知りたくもないことを教えられた。


 結局、始まりから終わりまで、本当につまらない人生だった。


「その潔さに応じて、遠慮なく処罰を実行する……と言いたいところだけど」


「…………?」


「その前にシグマと話してみなさい。貴女との対話を戦ってでも望んだ、生粋の変わり者と。彼と話せば、新しい道も見えるかもしれないわよ?」


※6/28追記

申し訳ありませんが、更新は来週にさせていただきます

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