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魔剣の奥に潜む者

 そして。


 目論見通り上手く身体の主導権を切り替えることに成功し、結果として狩人を迎え撃つことができたシグマとシャルベリア。


 一時的にとは言え、シグマの身体を借りる形となったシャルベリアは、その慣れない感覚に何度も不思議そうに手を開閉していた。


「これが主の感覚か。ふむ、なかなか興味深いな」


 しかし彼女は体の具合を確かめるうちに興が乗ったようで、しまいにはあちらこちらを艶めかしく擦りながら感触を確かめ始める。


「ああ、良いな。実に好い。愛した者の身体を自由にどうこうできるというのは、なかなかに昂るではないか」


『……いや、あのシャルベリア? 一応敵の目の前なんだから……』


 おそらく傍から見てみれば、今のシグマは自分の身体で興奮するナルシストを超えた生粋の変態に映っていることだろう。


 これから話し合いをしたいとする相手が目の前にいるのに、ただでさえ離れている距離をさらに遠ざけるような真似は止めてほしいと切に思うシグマ。


「なに、我とて初めての経験でな。或いはこれが最後かもしれんと思うと、どうしても名残惜しく感触を確かめていたいのだ」


 しかし、当のシャルベリアは今の状態を指摘されても羞恥に悶えるということはせず、むしろ開き直ってそう言った。


「それに敵の方だがな、あれに、もはや先ほどまでの脅威は見受けられん」


 不敵な笑みを浮かべて前方を向くシグマ―――もとい、シャルベリア。


 その先には、息も絶え絶えに何とか立ち上がる狩人の姿があった。


 しかし彼女の両脚は遠目に見てもわかるほど震えており、その顔色も優れない。


「酷い有様だ。その足の震えは満身創痍によるものか? それとも勝てない相手に対する恐怖によるものか? 或いはその両方か?」


 シャルベリアは馬鹿にした物言いで、狩人に挑発を掛ける。


 すると彼女は確かな憎悪の火を灯した瞳で、穴が開きそうなほどの鋭さで睨みつける。


「いったい……なにを、した……!」


「我は何もしていないぞ?」


「嘘だ! ならば私の勘が作動しなくなるはずがない! ……ああ、そうだ。あの時、貴様に攻撃をもらい受けるまで、確かに私は貴様を捉えていた。避けられるはずがない、防がれるはずがない、そんな絶対必中の一撃を見舞えるはずだった! なのに、なぜ……!」


 狩人の言葉には、悔しさ、怒り、憎しみなど……あらゆる負の感情をごった煮にしたような言霊が宿っていた。


 だが、そんな怨念めいた言葉を受けたシャルベリアは、抑えきれない笑い声を零し……ついには盛大に声を上げて笑い始めた。


 その馬鹿にした態度に、狩人の激昂は加速する。


「何がおかしい!」


「ハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハ! いやな、貴様の見せる醜態が実に滑稽で滑稽で……いやはや、手に負えない獣風情だと思っていたが、随分と人間らしい面白さ(矛盾)を見せてくれる!」


「矛盾、だと……?」


 いまいち要領を得ていない狩人に、ひとしきり笑い終えたシャルベリアはその言葉の真意を開示する。


 この上ない、嗜虐に満ちた歪んだ笑みを携えて。


「魔物と話す口は持たぬのだろう? そう告げたはずの貴様が、我らの講じた策の種明かしを迫るなど、実に惨めで滑稽だとは思わないか?」


 それなりの距離を保ちながらも聞こえた歯軋りの音。それは、狩人の怒りが限界を超えたことを如実に表していた。


「殺してやるッ!」


 怒りの砲声と共に、狩人は地を蹴り跳び出した。


 先ほどまで使っていた撹乱のような回り道はしない。行く先は前方、一直線に。


 あの不愉快極まる獲物を、今度こそ完全に屠るため。


 狩人はナイフを振り上げて吶喊する。


『っ、シャルベリア、やることはさっきと同じだ。落ち着いて……』


 向かってくる狩人に、警戒を高めるシグマ。だが、それに反して、シャルベリアはひどく飄々としていた。


 そしてその態度を変えぬまま、とんでもない提案を口にする。


「悪いが主、今この時だけは手出し無用で頼む」


『え、だけど……⁉』


「先ほども言ったが、今のあれはもはや脅威足り得ない。ただでさえ満身創痍の身で、その上頭に血が上って見える物すら見失っている。故に―――」


 言い終わる前に狩人が到達。間もなくナイフを振り下ろす。


 だが、その渾身の一撃を―――シャルベリアは片手で受け止めた。


「我でも容易く受け止められる」


 ……果たして今の狩人の心境たるや、どれだけ絶望が支配していることだろう。


 なにせつい先ほどまで一方的に圧倒していたはずが、ただの一手を喰わされただけで、もはや回天が不可能な域まで追い詰められた。


 ナイフを振り下ろした腕は、シャルベリアに掴まれたまま、どれだけ力を籠めても微塵も動かない。


 それは目の前の彼の怪力によるものか、それとも己の体力切れによるものか、或いはその両方なのか。


 何にせよ、もう狩人にその腕を振り払うことは叶わない。


 目の前で残忍に嗤う悪魔から、逃げられない。


「そん、な……」


 そして遂に―――彼女の心はここで折れた。


 聞こえてくる弱々しい呟き。それを耳にして、シグマはようやく安堵の息を吐く。


 もう狩人に戦う意志は残っていない。だからこれで、やっと本題に入れると思った。


 つかの間、


「フッ―――!」


 何を思ったか、シャルベリアは狩人を掴んだ腕に力を籠めて、そのまま彼女を勢いよく放り投げたのだ。


 放り投げた、とは言うものの、それは儀式剣がもたらす怪力を存分に発揮しての行動だ。当然ながら狩人はすさまじい速度で宙を飛び、そのまま再び木の幹へ叩きつけられる。


「―――――」


 今度は、悲鳴も無かった。いや、きっと上げる暇もなく失神したのだ。


 そして彼女は、重い音を立てて地面に倒伏する。


 たった一瞬で起こった事態の展開の速さに、シグマは呆然とするしかなかった。


「ふん、こんなものか。思いの外、呆気ないな」


 一方で、シャルベリアは気が済んだとでも言うように、鼻を鳴らす。


 それを聞いて、ようやくシグマも我に返った。


『シャルベリア! いったい何を……⁉』


「報復だ」


 問い詰めようとしたシグマに対して、シャルベリアは揺らぎない声でそう言った。


「いくら主が手を抜いていたとはいえ、あの痴れ者は弁えもせずに主を嬲り続けた。不当なる所業には正当な罰を与える必要があったのでな」


『そんなもの、僕は認めていない!』


「主が認めなくとも、我がそうしなければ気が済まんのだ」


 珍しく真面目な口調で話す彼女は、もう笑ってはいなかった。


「我が愛した者を、目の前で傷つけられていく現実。いくら主を信頼しているからとはいえ、見ていて気分のいいものではない。貴様とて、同じ立場にあればどのような情を抱くか、己がよくわかるだろう」


 それは、たしかにそうだ。


 シグマは自身に近しい人物を傷つけられることを看過できない。もしもそうなった場合は、たとえ己の身を犠牲にしてでも守り抜こうとする。


 今回、シャルベリアが抱いた感情がそれと同じだと言われてしまえばそれまでだ。シグマに反論する資格は無い。


 ……無いのだが、今回に関しては少々事情が異なっている。


『そもそも僕達がここに来たのは戦闘のためじゃなくて話し合いの為だって、僕言ったよね⁉ ここまで戦ってきたのも、まずは話し合いの席に座らせることが目的だったからなんだよ⁉』


「ん? ならばこれから存分に話し合えばいい。見ろ、今やあの狩人は成されるがままだ。主がどんな無理難題を告げても反論されることはあるまいて」


『そりゃ気絶してるんだから当たり前じゃないか!』


 おそらく狩人には反論以前に聞こえてすらいないだろう。


 当初の予定では話し合いで事が済むはずだったのに、どうしてここまで面倒くさい事態にまで発展してしまったんだと、シグマは内心頭を抱える。


「では、此度はここで幕引きとしよう。いやはや、またも面白い収穫があったものだ。やはり主といると退屈しないな」


『え、ここで終わろうとするの⁉』


「狩人は無力化できたことだし問題はないだろう。後は主の自由にするがいい。では、さらばだ」


 引き留めようとする間もなく、シャルベリアは儀式剣を鞘へと戻す。


 瞬間、意識が急速に浮遊する感覚。気がつけばシグマの意識は、彼の身体に正しく戻っていた。


 軽く体を動かし、どこもおかしな部分が無いかを確認する。


「さて……」


 問題が無いことを確認し、彼は再び前を向いた。


 その視線の先にあるのは、今も地面に倒れ伏したままの狩人の姿。起きる素振りは未だに見せない。


「……ホント、思った通りにいかないなぁ……」


 自身の不遇を呪いながら、シグマは歩を進める。


 何にせよ、このまま狩人を放置するわけにはいかない。かといって、起きるのを待っていては、置いてきたハウルとルカにも迷惑をかけることになる。


 ここは一つ、リューズビーリアまで連れて帰った方がいいだろうと、シグマは狩人を背負って来た道を戻るのだった―――


次週は私事のため休みにします。

※予定が立て込みましたので、更新は更に次週にします。

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