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ハンティング・スタート

 初動は、狩人の方からだった。


「―――ッ!」


 枝葉が激しく揺れたかと思えば、瞬きの刹那に彼女の姿が闇に消える。


 そして四方八方で聞こえだす枝葉の擦れ合いの音。シグマはなんとか追おうとするも、姿はおろか影すらも捉えられない。


 なんて速度。たとえこの場所が狩人にとっての領域だとしても、その速さは人外染みている。


「でも、近くにはいるだろう!」


 既に目標としていた人物とは邂逅した。故に、シグマは惜しみなく自身の触腕を全方位に展開させる。


 目で捉えられないのなら、音と感覚で。


 先ほどから連続して聞こえる枝葉の音は、即ちその場所を狩人が通過している証拠でもある。


 そして、それが四方八方から聞こえているのなら、シグマの周辺を囲うように移動しているからに他ならない。


 その動きに対応するための、全方位。


 計八本もの触腕は咲いた花の花弁のように、されど鞭のようなしなやかさと強靭さを兼ね備えて、


「避けれるものなら、避けてみろ!」


 シグマの砲声と共に、竜巻の如く周辺を薙ぎ払う。


 触腕に叩かれ散る枝葉。それら舞い散る景色の中で、彼はなおも薄闇の中を睨み通す。


 手ごたえは―――


「―――遅いッ!」


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「ッ⁉」


 考えも情緒も一気に真白へ。シグマは反射的に首を横に振る。


 次の瞬間、殺人的な速度で突き出されたナイフの凶刃が、彼の首の薄皮一枚を躊躇なく裂いた。


「くぅッ!」


 背筋を走る悪寒を無視して、シグマは狩人を捕えようと手を伸ばす。が、腕に力を籠めた時には、再び彼女は虚空へとかき消えていた。


 ―――何だ、今のは⁉


 ありえない事態に愕然としながら、生唾を呑み込むシグマ。


 狩人が出現するその直前まで、確かに彼は前方を睨み見ていた。であれば、他方向からの強襲ならいざ知らず、前方からの不意打ちなど気づかないわけがない。


 だというのに、彼女は眼前に現れた。まるでどこからか転移してきたみたいに。


「いや、まるでじゃなくて……!」


『そうだな。僅かながら魔力の気配を感じる。おそらくあれは魔術を使っているぞ』


 シグマが得た推測を、脳内でシャルベリアが補完する。


 彼の常識を超えた現象を引き起こす、魔術。それを使っているのなら、あの突然の出現も頷ける。


「なら、この連続の跳躍もブラフか!」


 敵の狙いに合点がいき、再びその姿を捉えようと、音のした頭上を見上げた。


 その時だった。


「いいや、違うな」


 シグマの服をはためかせるほどの風がなびくと同時に、足元から声が聴こえた。


 いつの間に。


 声も出せず、避ける動作を取る間も無く、やむをえず眼球だけを動かして下を見る。


 瞬間、屈みこみながらこちらにナイフの切先を向ける狩人と、目が合った。


「お前を狩るのに最適な位置を図っているからだ」


 答えを聞かされた矢先、全身のばねを伸ばして繰り出されたナイフの突きが、シグマの顎元に直撃。その凶刃が顎骨を貫通して口内へ至る。


「フッ!」


 だがそこで終わらず、彼女は短い息と共に、突き立てたナイフを握る右手へ勢いよく左手で掌打を叩きつけた。その衝撃はナイフをさらに動かして、シグマの口内をズタズタに引き裂きながら、遂には頬骨までの切断に成功する。


「ァ、゛エ……ッ⁉」


 比喩でもなく血をまき散らしながら外れかける顎を必死に押さえつけるシグマ。痛みというものを感じないとしても、このような損傷は身に受けたことが無く、それ故に焦燥が加速する。


 だが、その不安を抑えつけて狩人がいる場所を触腕で薙ぎ払う。しかし、とうに彼女は飛び退いた後。その一閃は虚しく空を切る。


「無駄に私を拐かそうとする舌は要らない。だから切って落としてやった」


 なんとか切断面を癒着させようと図るシグマへ、狩人は上方の枝葉の上に立ちながらそう吐き棄てる。


 だが、


「ハァ、ハァ……悪いけど、この舌は君と話すのに必要だから失くせない」


 顎を押さえつけていた手を離し、狩人を見上げるシグマ。その千切れかけた顎は、その周りを血で紅く汚しているにも関わらず、正常に話せるようになるほど再生していた。


「……これでも治すか、魔物め。存外、不死に近しい特質を持っているようだな」


 シグマを見下す狩人の目は、そのほかの感情の追随を許さないほどの蔑みが宿っていた。


「だが、あらゆる生物には死が付随する。生きる者これ全て、最後は死に行き着くのが必然だ。故に、不死者など存在しない。貴様が如何なる魔術を用いて生き永らえているかは知らんが、その命も無限ではないだろう」


 自身の常識の外にあるものを目にしても、恐れず、怯えず、だから退くこともない。


「ならば、私は殺し続けるぞ」 


 狩人としての矜持は、今まさに彼女の在り方を生粋の殺戮機械へ変異させていく。


 そして彼女はその手に握るナイフを再び構えた。


「何十何百何千何億とも殺し続けた先で、貴様の死に様を拝んでくれる!」


 その、明確かつ純粋な殺意を身に受けて。


 応ずるように、快哉が起こる。


 シグマではなく、シャルベリアの。


『ハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハ! それは間違いだ、小娘!』


 そして、抑えきれない感情を無秩序に放ちながら、彼女は狩人の口上へ真っ向から反論した。


『生きるということは、即ち死からの逃避! 我らは生き続けている以上、絶えず背後を追う死から逃げ続け、それが叶わなくなった者から順に朽ちていくのだ! 諦めを覚えなければ、人はどこまでも生きていける!』


 どれだけシャルベリアが吼えようが、それらは全てシグマの内でのみ完結する。だから目の前の狩人に言葉は届かず、そのため双方に意見の衝突は生じていない。


 それでも、彼女はそう言わざるを得なかった。人は死に向かうものではなく、死に抗うものなのだと。


 それに、たとえその言葉が狩人に届かないとしても問題は無い。


 シャルベリアが真に伝えたいと望む者には、もう届いているのだから。


『さあ、今こそ貴様の生き様を見せつける時だ、我が主!』


 その言葉を受け、シグマは渾身の力を籠めて触腕ごと身体を捻じる。


 おそらくは先ほどと見せた攻撃と同じ。一点を狙う精密な一撃ではなく、面で捉えようとする大掛かりな範囲攻撃の事前動作であると、狩人は判断する。


 であれば、一度は避けた技だ。二度目も同じ結果の再生となる。


 それだけのこともわからないのかと呆れながらも、回避のために動こうとした、その時だった。


「ああ、そうだね。僕も行儀よくやるのはもう止めだ」


 飛び退こうとした寸前、耳朶に滑り込んできたシグマの声。


 その声色から、彼が先ほどとは違う思惑を抱いていると、狩人の『勘』が警告を放つ―――!


「いつまでも君の舞台で踊らされるつもりはない」


 次の瞬間、捻じりを解いて暴れ狂った触腕の乱撃が、まるで竜巻の如く周囲を蹂躙した。


 先ほどと違うのは、目に見えてわかる、その破壊の規模。


 木を叩くだけに留めておいた力は、今や触れたものを尽く薙ぎ払う、具体的には周辺の木々を圧し折り続けるほどの、明確な破壊の意志を持った本気の力となって暴れ回る。


「ッ、やってくれたな……ッ‼」


 事の異常性をいち早く察知しかろうじて攻撃範囲の外側へ逃げた狩人は、目の前の光景に今度こそ歯噛みする。


 白の触腕と共に立つシグマ。彼を中心とした半径十メートル圏内の全ての木々は全て圧し折られ吹き飛ばされ―――今や鬱蒼と生い茂っていた森の中に明らかに不自然な空白地が出来上がった。


 これでは狩人はシグマを殺そうにも、これまで使っていた撹乱の手立ては使えない。


「おそらく君にも、譲れないものがあるんだろう。でも、それはこちらも同じなんだ」


 空白地の中で、陽の光を浴びながら、シグマは真っ直ぐに狩人を見返す。その瞳には、彼が持つ不屈の意志が宿っていた。


「悪いけど、この意地は何が何でも押し通らせてもらう」


 そして、その確固たる意志を以て、そう宣言した。


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