表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
1/105

欲望遵守のクーデター

初投稿です。

誤字脱字、その他気になる点がありましたならば、どしどし指摘してください。

よろしくお願い致します。

 悲鳴が聞こえる。


 助けを求めて死ぬ声が、留まり立ち向かい死ぬ声が、交わり奏でる交響曲。

 そしてそれをかき消すのは、怪物どもの卑下た笑い声。


 ゴブリンやオーク、ケンタウロスにキメラ、軍勢の所々に見える巨木と思しきものは巨人だろうか。


 そこに人は一人として存在しない。千差万別の形を取った魑魅魍魎だらけ。


 百鬼夜行とやらも、この光景の前には霞んで見えるだろう。


 怪物たちは皆、目の焦点が定まっていない。ただでさえ異形の姿が、さらに狂気に満ちている。


 怒号が聞こえる。


 怪物は軍を成していた。地平の彼方まで埋め尽くすような大群で。


 目的はただ一つ。それまで仕えていたはずの魔王に対する叛逆だった。


 彼らは魔王城を取り囲み、抵抗する衛兵たちを薙ぎ倒し、蹂躙し、嬲り殺していく。


 いくら怪物は正気ではないとしても、いくら衛兵たちが百戦錬磨の実力を持っていても。


 戦力差があり過ぎた。烏合の衆も塵が積もれば津波と化す。少数が勝てる道理など何処にも無い。


『弾劾を! 我らが王はロンギディアに非ず! 王位継承者様にこそ相応しい!』


 怪物が声を揃えて主張する。地平の先の彼方まで、誰もが同語を繰り返す。


 もはや魔王城の陥落は免れない。固く閉ざされた城塞門も、まもなく開放されるだろう。


「ぬぅう……ッ! おのれ王位継承者め、謀りおったな……!」


 陥落を前にした城の中、王のロンギディアは窓の外の光景に怨嗟を漏らす。


「……お父様、これからどうするの……? 私たちはどうなるの……?」


 彼の横にいた娘が不安そうな声をか細く上げる。その頭に、彼はそっと手を乗せた。


「案ずるな、未だ門は破られてはおらぬ。叛逆者の思う通りには行かせんよ」


 そう言ってロンギディアは窓から離れた。


「衛兵! 衛兵は何処ぞ!」


 外の惨状では、城内にいる衛兵も少ないと思われたが、それでも一人やってきた。


「ハッ! 我が命は王と共に在り!」


「良し、儀式剣を此処へ。あの叛逆者の手に渡すことは罷りならん」


 命令を聞き、その衛兵はすぐに走り去った。


 そして数分もしない内に、慎重に布に包まれたものを抱えて戻ってきた。


 ロンギディアはそれを受け取ると、衛兵を下がらせて、娘を呼んだ。


「我が娘、ハウルよ。其方にこの剣を預ける。そして早急にこの城から出よ。この剣を叛逆者に渡すことなく、彼方まで逃げ失せよ!」


 剣を渡されたハウルという少女は、それを聞いて全力で首を横に振った。


「む、むりだよ! あんな大群の中を、バレないように行くなんて……」


「いいや、問題ない。逃げ道はとうに作らせている」


 するとロンギディアは壁に掛けかけてあった幾何学模様の描かれた絵に近づく。


「―――開放(アプトゥリティ)


 その言葉を唱えた瞬間、絵画の幾何学模様が発光し、ゆっくりと回転を始めた。


「緊急用のゲートだ。此処を潜れば郊外の森に出る。あそこはどの陣地にも属さぬ中立の場所だ。恐らく彼の者等の手も、そこまでは及んではいないだろう」


「じゃ、じゃあ、お父様も一緒に!」


「無用だ。我は此処で時間を稼ぐ。幾何かは凌げるだろうが、それでも回天には至らぬだろう」


 彼の大きな腕が、ハウルの小さな体を抱く。


「待って! お父様がいないと、アルファザード家は……」


「其方がいる。誇れ、お前の持つ血は、紛うことなく我ら一族の血を継いでいるのだ。時至れば、其方やその子孫が再興を叶えるだろう。故に、今は逃げよ。遠い彼方の地で、いつか回天を得るために牙を研ぎ続けよ!」


 まっすぐなその言葉。それを受けて、今にも泣きだしそうなハウルは、震えながら頷いた。


 それを見て、ロンギディアは満足そうに微笑んだ。


「それでこそよ。……本は持ったな?」


「……はい、何時も、私の傍に」


「ならば結構。さらば、愛しき我が娘、ハウルス・アルファザード・ロンギニカ」


「はい……さようなら、お父様……」


 ハウルはとうとう泣きながら、それでも必死に別れの言葉を紡いだ。


「では、行け!」


 そして、ロンギディアは彼女を幾何学模様の中へ放り込んだ。すると彼女は、溶けるように飲み込まれていった。


 やがて模様の発光が収まっていき、最後は回転も止まって、その絵画は粉々に砕け散った。


(これで、一先ずは安楽か……)


 場違いにも、安堵の息を吐く。


 その直後、爆発と共に部屋の戸が破られた。


「ハーイ、召喚主さんこんにちは。お機嫌のほどは如何ほどで?」


 爆風の中から陽気な声がする。すると、一人の青年が両手を掲げて入ってきた。ロンギディアはその姿を見るや、たちまちのうちに表情を憎悪で染め上げる。


「来おったな、恥知らずの小僧風情が……!」


「そうだ、来てやったとも。お前の王政を終わらせて、新たに俺が王となるために」


 青年は、憎悪の矛先を向けられてなお怯まない。それはきっと、自分の立ち位置が覆ることのない優位なのだと理解しているからだろう。


「外を見たよな? あの全てが俺の下僕であり、余興であり、そして俺の実力だ」


 今もなお、外からは声が響いている。ロンギディアを糾弾する、弾劾の声が。


「もう誰も、お前を慕う者はいない。あの気持ちの悪い怪物たちは、俺を王にすることを選んだ。あいつらが国民だというのなら、これは立派な民主主義による結果だ。すばらしい結果だね」


 青年はひどく楽しそうに、いまだ膝を着いているロンギディアに催促の手を伸ばす。


「俺は民衆に応えるために王になろう。そのためには、俺を王たらしめる証が必要だ」


 青年の笑みが、さらに残虐なものへ変わっていく。


「あるんだろう? それを寄こせ」


 するとロンギディアは薄く笑う。やがてその口角は段々と上がっていき、対照的に青年の表情は困惑で無表情になっていった。


「……何がおかしい?」


「呵々、貴様の行いは全て徒労よ。これを笑わずになどいられようか」


 一矢を報われた。それを理解して青年は思わず歯軋る。


「お前、まさか……!」


「そうだ、もはや此処には存在せぬ! すでに遠き彼方の地へ移されたものを、貴様は此処へ奪いに来たのだ。間抜けにもほどがあろう!」


 青年の愚かさを、ロンギディアは嘲笑する。だが意外にも、青年は取り乱すことはなくため息を吐いただけだった。


「ハァ、めんどくさいことしやがって。ったく、どうしたものかねぇ……」


 頭を指で掻きながら、青年は考える。だが数秒ほどでそれは無駄と悟り、代わりに助力を求めることにした。


「おーい、ヅィーヴェン。聞こえてるんだろう、出てこいよう」


 何もないとこへ、一人呼びかける青年。だがロンギディアは、その呼ばれた名に心当たりがあった。


「ヅィーヴェン……? まさか⁉」


 すると何もない虚空から、ローブを羽織った男が出現した。男は青年の前に降り立つと、深く頭を下げる。


「お呼びですか、我が王よ」


「よう、ヅィーヴェン。相変わらず便利な術だなそれ」


 ヅィーヴェンと呼ばれたその男に、気さくに話しかける青年。その光景を見て、ロンギディアは目を見開いて慄いていた。


「お、おぉ……ヅィーヴェン、貴様、貴様までもが、その男に……」


 その声を聞いて、ヅィーヴェンはおもむろに立ち上がり、膝を着いて嘆いているロンギディアを見下ろした。


 それは王の下に仕えてきた臣下として、あるまじき行為だった。


「御機嫌麗しゅう、ロンギディア殿。……悪いが、私の王はもはや貴方ではない。諦められよ」


 一方的に突きつけて、後は興味もなくなったとばりに彼は背を向けた。


「して、王よ。ご用件は如何なさいましたか?」


「ん? ああ、そうだよ、そうだった。なんかな、この哀れな元王様は、最後に惨めにも抵抗しやがったみたいでよ、王の証をどこかに隠しやがったらしいんだよ。だからお前の便利な術で探してもらおうと思ったんだが、できるよな?」


「ふむ、王の証と言いますと……儀式剣ですか」


 ヅィーヴェンは儀式剣の位置を絞ろうと、辺りをゆっくりと見まわす。するとその段階で砕け散った絵画を見つけ、そしてもう一つ、元王の愛娘がいないことに気がついた。


「ああ、なるほど。そうか、そういうことでありますか……」


 その表情は一切変わらず、なのにその口調はひどくひどく楽しそうで。


「王よ、儀式剣はここにはありません。なぜなら私の教え子が、それを持ってどこか遠くへ行ったみたいですから」


 そのまま、彼はロンギディアが作った回天の要を、容赦なく青年に教えた。


「貴様……まさか!」


 その行為の意図が解ったロンギディアは、一瞬で激高し、その先を喋らせまいとヅィーヴェンに襲いかかる。


 が、対するヅィーヴェンは手を軽く払っただけ。ただそれだけで、触れることなくロンギディアの体が吹き飛び、勢いよく壁に叩きつけられる。


「ゴッハ……!」


 老体の身には衝撃が強すぎた。そのまま壁にもたれかかるように、彼は意識を失った。


「うはー、痛そ。容赦がねぇなー、殺すなよ? 利用価値ならいくつもあるんだからさ」


「仰せのままに」


 そして、再び彼らは、砕けた絵画に注目する。ヅィーヴェンはその破片を拾い上げ、まじまじと見つめる。


「なぁ、ヅィーヴェンよぉ。その教え子とやらの居場所はわかんねぇの? 教え子なんだろ?」


 いつまでも状況が進展しないことに苛立ちを覚えた青年は、成果はまだかと催促する。


 すると、ヅィーヴェンが小さく一言を、唱えた。


 途端、持っていた破片が輝き始め、やがて他の破片も伝染するように発光する。やがてその光だけが宙へ浮き、そのまま一個体へと収束して収縮した。


 彼の手の平には、たった一つの小さな光球。この中には、破片の魔力残滓から抽出した情報が、詳細に言えば何処に転移したかの情報が含まれている。その光球を、ヅィーヴェンは飲み込んだ。


「転移先はリューズビーリア郊外の森……なるほど、中立地点を選びになるとは、小癪な手を弄する」


 これにて転移先は把握した。あとは、命令を受けて、出撃するのみ。


 そして今一度、彼は青年の下へ寄り、深く頭を下げて跪く。


「王よ。貴方が成果を望むなら、私はそれを成し遂げましょう。

 貴方が証の在処を望むなら、私はそれを見つけましょう。

 貴方が証の入手を望むなら、私はそれを手に入れましょう。

 この身は全て、貴方の為に。この心は全て、貴方の為に。私の全てを、貴方へ捧げます。

 その見返りに悦楽を頂ければ、私は如何なる命をも遂行いたします。

 故に、私に命令を―――我が王よ」


 そして、青年はその口上を聞いて満足そうに頷いた。


「いいぜ、お前には特別に二倍をキメてやる。それが終わり次第、その儀式剣を取り返せ」


「仰せのままに」

 

 片や己が求める権力の為。片や己が求める快楽の為。


 いくら旧王の弾劾を叫んでも、いくら新王の誕生を讃えても。


 結局は、自らの欲望に遵守した、意味のないクーデターであることは変わらない。


 だがその規模故に、誰にも止められず、誰にも抑えられなかった。


 もうここに残っているのは、獣と成り果てた化け物だけ。


 彼らはただひたすらに、己の王を叫び続ける。



 正気は無く、知性は無く。


 ただ、快楽に溺れることだけを求めて。



 ―――かくしてこの日、魔王城は陥落した。



評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ