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第一幕 2

 ああ、と深いため息をつく。

 またか。

 もう数えるのもバカらしくなってきた。

「とことんカミサマに嫌われてるんだな・・・」

「おい、何ぶつぶつ言ってんだ? 気味悪ぃな。」

異界人に荷物を背負うように担がれながら、少女がもう一度ため息をついた。

 店を出て十歩歩いたところで、路地からにゅっと手が出てきて、気が付いたらもう運ばれていたというわけだ。

「・・・カミサマに愚痴ってただけだよ。」

「神様ァ? んなもん信じてんのかよ。ぶしゅしゅしゅ!」

頭からいくつも突き出た煙突のような部分から空気が漏れる。

「・・・くっさ・・・あんた、風呂入ってる?」

「っせーな! おめえ、自分の状況わかってんのか?」

「わかってるよ・・・誘拐だろ。」

三度、今まで一番長いため息をつく。

「・・・余裕だな。普通は叫んだり助けてーってお願いしたりするところだぞ?」

「慣れてるんでね。あんたでちょうど五十人目くらいかな。」

驚いたように誘拐犯の足が緩んだ。

「お前・・・俺が言うべきじゃねえけど・・・不憫だな。」

「そう思うなら降ろしてくる?」

「いや、まあそれとこれとは違うからな。」

「ああ、だよな。」

「にしても、よくそんなに誘拐されておきながら生きてるな?」

「・・・運はいい方なんだ。」

「ふぅん?」

裏道をあちらこちらに走りながらどこかへ向かっている。

「・・・これ、どこに向かってるんだ?」

「奴隷商んとこだ。ああ、安心しな。お前ぐらい人間の若いメスなら引手数多だ。なるべく扱いの良い店に売ってやるし、うまくやればお貴族様以上のところに奴隷に行くこともできるぞ。下手すりゃ王族なんてのもたまに聞く話だ。悪い話じゃあるめぇ!」

ぶしゅしゅしゅとまた臭い息を吐き散らす。ふーん、と興味なさそうに鼻を鳴らした。

「ま、五十回目で最後と思やぁ、良い人生だろ?」

「・・・自分の人生がいいもんだと思ったことは一度もない。」

「・・・つくづく不憫だなぁ。だからそんなすれた口調になっちまったのか?」

「?」

「女がそんな口調でさあ。苦労してきたんだなぁ。」

「あー・・・そういえば、おっさん。」

ぽんぽん、と誘拐犯の肩を叩く。

「あんた、どんな種類を扱う奴隷商に行くつもりだ?」

「あん? どんなってそりゃ、お前ヒューマンなんだろ?」

不安げに振り向く誘拐犯に向かって、ひらひらと手を振った。

「・・・あんたの目で確かめてみたら?」

「・・・まさか異界人か!? だったら場所変えねーと! せっかく行ったのに種族違ったら門前払いだ!」

慌てて少女を降ろした。

 フードを乱暴に剥ぎ取る。拍子にぼろぼろだった上着が少しばかり破けた。

「・・・お前・・・」

誘拐犯は絶句して少女を見つめた。

 腰まである長く艶やかな髪は、銀色。

 褐色の健康的な肌は触れたくなるほど美しい。

 ふっくらとした小さな唇はほんのり桃色をしている。

 つんと上向いた鼻は活発さを思わせる愛らしい形。

 くりくりとした瞳は見るものを虜にするような愛らしさと艶やかさが入り混じっていた。

 はじめはその美しい容姿に声を失い。

 続いて、その『瞳』を見て呼吸を忘れてしまった。

 可愛らしい、というよりどこか妖艶な雰囲気を持つ少女は、自嘲めいた笑みを浮かべた。

「・・・あんたはどう思うんだ?」

見惚れていた誘拐犯は、はっと我に返った。

「あ、ああ・・・いや、えーっと、お前どこの種族だ? 見たことねーな・・・」

「・・・一応・・・純血の人間だ。この目は事情があって話すつもりはない。」

前髪で目を隠し、鼻を鳴らして腕を組んだ。

「あんたの判断でいい。ヒューマンでも異界人でも、どっちにでも連れて行けよ。」

「・・・ああ、うん・・・そうか・・・いや、そうか。」

そう言いつつ、誘拐犯は壁に背を持たれて煙草を取り出した。

「何してんだ?」

「いや・・・一服吸わせてくれ。」

おそらく口っぽいところに煙草を運び、頭の煙突から空気がもわんと漏れた。

はー、と誘拐犯が空を見上げる。少女は眉根を動かしたが、仕方なく隣に座った。

「逃げないのか?」

「逃がしたいのか?」

「・・・かもな。」

少女の問いに、誘拐犯は苦々しく笑った。

「・・・故郷にガキがいるんだ。まだちっちゃくてな。ちょうどお前くらいか。生まれて数年しか経ってないくせに、ずいぶん生意気でなぁ・・・お前と同じ目の色をしててさ・・・思い出しちまったよ。」

「・・・」

いきなり何の話かと思ったが、黙って聞くことにした。

「そんな自分のガキと同じくらいの年のガキを攫って金にして、俺、なにしてんだろうな・・・」

ずる、と壁を伝ってそのまま座り込んだ。煙草を咥えながら頭を抱え込む。

「俺・・・本当はこんなことやりたくなかったんだよ・・・家族に仕送りしたくて、金が良さそうなとこに入ったと思ったら、奴隷斡旋のとこでよ・・・最初は死ぬほど嫌で苦しかったのに、今じゃ生きるためだ、なんて嘯いてこんなことして・・・ガキに合わせる顔がねーよ・・・」

小刻みに体が震える。

 はあ、と少女は頭を掻き。

「あんた・・・」

誘拐犯の頭をぽすりと叩いた。

「犯罪者向いてねーよ。」

すすり泣き始めた誘拐犯の背中をそっとさすった。

「この街じゃ、生きてりゃいつ誰が加害者になるか被害者になるかなんて誰にもわからない。他の町よりずっと・・・――いつ死ぬか、わからないし。」

最後のセリフが、とても切なそうに。

 そしてとても、待ち遠しそうに言った。

「いつ死ぬかわかったら・・・さぞかし、楽なんだろうな。」

「・・・お前? なん――ぴぎゃっ。」

なんで、という言葉が、ついぞ出てくることは無かった、

 いきなり瓦礫が無数に降ってきて、誘拐犯をぐしゃりと押し潰した。

「・・・あーあ。言ってる傍から。」

なんでもないことのように死体を眺め、よいしょと立ち上がった。

「良かったな。死神に選ばれて。これであんたの行いも家族にばれることはないだろ。」

苦笑を浮かべ、誘拐犯だったぐちゃぐちゃの何かに向かって頭を下げた。

すぐに上を向き、瓦礫が降って来た方向に歩き出す。

 普通はそこで逃げ出すだろう。危機感が少しでも残ってる者はそうする。だが、少女は違った。死なない自信があった。

 いや、それは語弊がある。

 死なせてもらえないからこそ、死が恐ろしくないのだ。

 こんなに焦がれても、そんな小さな望みすら叶わない。

 ぱらぱらと上からふってくるほこりに鼻を寄せながら、明るい通りに出た。

 そこで、ふっと息が詰まった。

「すっげ・・・・」

巨大な昆虫型の異界人が、節足を振り回して町をめちゃくちゃに破壊している。そのたびに悲鳴があがり、命が散っていく。

――あれなら、もしかして・・・?

その思いに支配された少女は、ふらふらと前へ出た。

 あの足が心臓に刺されば、もしかして。

 間違いなく死ねるんじゃ?

 そう思うともう止まらない。

 口元に今までにない笑みを浮かべながら走り出した。

 ああ、もうすぐだ。

 もうすぐ、終わるんだ。

 やっと・・・やっとやっとやっとやっと!

 この長かった人生が――

「ストップ。」

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