ないもの
ないもの
それはなかった。正確に言うとあるのだが、なかった、と人間的にはそういう扱いになる。目には見えないし、物体でもなく気体でもない。触れないし喋れない。
だがあった。
影でもなければ光でもないし、音でもない。
それは呼吸もしないし、ものも食べない。
人の形もしていなければ、大きくも小さくもない。
だがあった。
それは何もしない。ただただ風と遊んで夜になったら星や、月と話す。
それは感情を持たない。
あえて、それに名前をつければ、幸せ、というものなのかもしれない。
それは人を知っている。ずいぶんと昔から。それは時代の通りを見つめながら風と生き、星と喋り、雲と飛ぶ。
ひとは見えないものを怖がる。不安で仕方がない。
ひとは未来に怖がる。まだ来てもいないのに。
ひとはそれを怖がる。ないものを信じる力が足りない。
自然があって、それがいて、人があって、時代は進む。
それはない。名前がないという名前なのかもしれない。
それは今日も遊んで、時代を見ている。