第六話 一年生達
私生活が落ち着き久しぶりの更新です。
私には私の命と同じくらい大事な文字通り血を分けた半身である姉さんがいる。
けど、姉さんは生まれつき体がとても弱かった。姉さんの元気を吸い取ったかのように私は病気知らずだった。
私はそのことで姉さんに負い目を感じていた。姉さんの姿を見るたびに本当に姉さんの健康は私が母さんの胎内で奪ってきてしまったのではないかと想像を働かせてしまうのだ。
そんな私に姉さんはそんなことはないと笑いかけて慰めてくれる。病弱ながらも健気に笑うその姿に私の両親は心を痛めていた。・・・けど、半身である私はその笑顔の奥にある負の感情に気づいた、気づいてしまった。
笑顔の奥にその何をするにも不自由な病弱な身を与えた神に対するやり場のない怒りが、恨みが、絶望があったのだ。
私が気付いたことに気づいた姉さんがその笑顔に慄く私の耳元でそっとこう囁いた。
「どうしてあなたはそんなに元気なの?」
憎しみも怒りも何もこもっていないが、透明すぎる無機質な声に私は凍りついた。
その声にどれだけの想いが込められていたのか、私には未だに推し量ることが出来ない。生まれてからずっと一緒にいてたった一度だけ零したその問いかけにその絶望を知らない私がそれを完璧に理解することは出来ないのだろう。
絶望を知らない者に、絶望を理解することは出来ない。
私が出来ることは私の出来る限りで姉さんを護る事だけだった・・・・。
あるときから姉さんに近づいた奴がいた。
それが紅チビこと、宝良 雛という男だった。
姉さんが言うには、早朝、まだ日が昇る前に何となく外の空気を吸いに庭に出て行ったときに新聞を届けに来たアイツと出会ったのがきっかけだったらしい。
正直、私には納得がいかなかった。いつもニコニコして何の不満もなく楽しそうにしている奴が姉さんの周りにいてもためにならないと思った。
だけど、予想に反して姉さんは楽しそうに、それこそ余計な不純物を混ぜていない純粋な笑顔を見せることが増えていった。
姉さんにそんな笑顔を与えるのが私じゃないことが悔しくて、アイツにはちょっと厳しめに当たることが多かった。
普段でさえ少し荒々しい性格だと自分でも自覚があるので厳しめといえば大抵、すぐに手や足が出て喋れば攻撃的な言葉しか出てこない。
そんな私のことも文句をいったりしながらも何だかんだで相手をしてくれるそういう寛容さが姉さんに笑顔を与えるために必要だったのだろうかと思ったりした時期もあった。・・・・悔しいから本人にはそういうことは決して言わないけど。
けど、それが思い違いだと気づいたのは両親が紅チビに姉さんがずっと拒んでいた手術の説得を頼んだときだった。
不満はあったけど二人きりにして説得をさせていると姉さんの怒鳴り声が聞こえてきた。
姉さんが怒ったところなんて見たことがない私と両親はそれに驚きながらも説得が失敗したと思い、私が姉さんの部屋に行く途中で階段から降りてくるアイツとすれ違った。
私はアイツの腕を取って引き止めた。姉さんを怒らしたことに対することや説得に失敗したことに対して何か言ってやろうと思ったのだ。
「すいませんが、今日は帰らせてもらいます。」
私はそう言って私の手を押しのけ帰るアイツを止めることが出来なかった。
その無機質で透明な声に覚えがあり、何よりアイツの瞳を見てしまったのだ。
いつもは前髪に隠れて見えない瞳がほんの一瞬、刹那の間もあったかさえも分からない一瞬。本来、その目を視認することなど出来るはずもない一瞬にその瞳の奥にあった絶望が見えてしまった。
私はアイツが去った後もその場で脳裏に刻まれたアイツの瞳を反芻していた。
本来見えるはずのないあの瞳を見ることが出来てしまったのは一重に姉さんの絶望の宿った瞳が同じように私の脳裏に刻まれていたからなのだと思う。同じ眼だったから気づいてしまったのだ・・・・。
絶望を知らない者に、絶望を理解することは出来ない。絶望を理解できる者は、どんな形であれ絶望を知っている者だけなのだ・・・・。
だから、姉さんもアイツを傍に近づけたのかもしれない。本人も無意識のうちに同じ臭いを嗅ぎつけたのだろう。
その後、両親に声をかけられて我に返った私は両親と一緒に姉さんの部屋に行って、姉さんから手術を受けるという言葉を聞いた。
両親はその言葉に飛び上がらんばかりに喜び、私も喜びながらも姉さんの眼に新たに宿った覚悟を見ていた。
両親が部屋から出て行き二人きりになったとき私は尋ねた。
「姉さん、アイツの絶望って何だったの?」
私の言葉に姉さんは軽く驚いた後に穏やかな笑みを浮かべた。
「分からないよ・・・・。でも、絶望に向き合ってなお、いつもはああやって楽しそうにしていられるお兄さんを見たら私も同じようになってみたくなったの。絶望と向き合ってなお、強くあれるように。」
その後、無事に手術は成功して私がアイツを無理矢理引っ張って姉さんの病室に連れて行って姉さんに礼を言われて面食らうアイツを見ているとあのときのような絶望の色は伺えない。
けれど、あのとき見た絶望はアイツのうちでくすぶっているのは間違いないだろう。
それから何となくアイツのことを気にかけている矢先に姉さんの様子がおかしくなって、問い詰めに言ったらアイツが誰かと付き合いだしたらしいということを聞いた。
姉さんがアイツに惹かれてるのは何となく分かっていたので姉さんが落ち込んでいた理由は分かった。それを聞いてから何だか嫌な気分になったのは姉さんを傷つけられたからなんだろう。
けど、いつもならアイツを張り倒しに行くはずなのに何故か今はアイツに会う気がしない。顔を見るのが嫌というわけではないのだけど、何となく顔を合わせずらい。
そんなわけで昨日から胸のうちの嫌なモヤモヤを吐き出すことが出来ずため息ばかりついている。
「「「はぁ。・・・・ん(え)?」」」
学校に登校して自分の席に座ってため息をついていると、同じようにため息が誰かと重なり思わずお互いの顔を見合わせた。
一人は右隣に座る恐らく紅チビのことで憂鬱な私の大切な姉さん。体調は手術のおかげか学校にこられるほどよくなったのだが、アイツのせいで気分は優れないようだ。
で、もう一人は私の左隣に座る紅葉 冬琉。隣になってまだ短いがこいつとはそりが合わない。常に冷めた目線をしているのが気に食わない。
「・・・・溜息つかないでくれる?こっちまで鬱になってくるんだけど。」
「そういうあなたも溜息をついてるじゃないか。」
「乙ちゃん、そんな風に言ったらダメでしょ。」
私が文句を言うと冷めた口調で言い返してきたので、更に何か言おうと思ったが姉さんに止められたので止めた。
「シスコン。」
シスコンの何が悪い、この冷血女。
「かぐやは昨日もそうだが、乙まで今日は溜息とは何か災害の前触れか?」
「どういう意味よ?」
「あなたが溜息をするのはそれだけおかしいということだが?」
「喧嘩なら買うわよ。」
「生憎、売っていない。」
その態度がむかつくので私も言い返すことにした。
「そういうあんたも溜息をつくなんて今日は雨でも降るんじゃない?」
「確かに今日の天気予報によると午後から降るらしいが、私の溜息との因果関係はないと思うのだが?」
「乙ちゃんが言いたいのは多分、雨じゃなくて槍が降るだと思います。」
「なるほど。それくらい私が溜息をつくのがおかしいと言いたかったのか。」
・・・・・・・・ちょ、ちょっとの間違いぐらい誰にだってあるじゃない。
「それはともかく、何か悩みがあるなら聞くが?」
「あ、いえ、たいしたことじゃないんです。ちょっと失恋しちゃいまして・・・・。といっても、私の片思いだったんですが。」
姉さんがそう言った瞬間、何人かの男子が反応したのを見逃さず睨みを効かせて置いた。姉さんは美人なので編入した直後でも病弱な人特有のその儚げな雰囲気もあって既に人気があるのだ。
「かぐやほどの女が片思いとはいい男なんだろう。」
「どうでしょう?」
「どうでしょう・・・・?惚れてるのだろ?」
「そうですけど、何と言いますか、最初は何となく話しやすい人で気がついたら何となく好きになったんですよね。だから、何かが特別にいいってわけでもなくて、けど何か惹かれるんです。」
確かに紅チビのいいところと言われてもパッと思いつくところがない。カッコいいわけでもなく、特別優しいわけでもなく、頼りになるわけでもない。
いい男かと言われれば頷くことは出来ない。アイツの周りにいた八夜と暦とかいう男なら外見だけならとりあえずはそうだと言えるだろう。
「まぁ人の好みはそれぞれか。」
「でも、振られちゃいましたけどね、思いも伝えないうちに。」
「あんな奴なんかよりいい男はたくさんいるって。」
「いい男の人はいるかもしれないけど、お兄さん以上に好きになれる人は多分いないと思う。お兄さんは私にとって好きっていう感情を除いても特別な人だから。」
同じ絶望を知る者として?それとも、勇気をくれた人として?
「乙ちゃん、昨日、お兄さんに会ってきたでしょう?それで乙ちゃんも落ち込んでるんでしょ?」
「別に落ち込んでなんかないって。ただ姉さんを傷つけたアイツがむかつくだけ。」
「でも、いつもの乙ちゃんだったらお兄さんにイライラをぶつけてるよね?」
「・・・・。」
確かにそうで、行かない理由が自分でもよく分からないので何も言えなかった。
「乙も女だったか・・・・。」
「どういう意味?」
「どういう意味だと思う?」
何となくこの話題を掘り下げたら私のためにならないような気がしたので話題を代えることにした。
「あんたは何で溜息なんかついてたのよ?」
「・・・・はぁ。」
私がそう言うと珍しく表情を変えながら疲れたように溜息をついた。
「いや、私の家は喫茶店を経営してるんだが母親がお気に入りのバイトの一人と私をくっつけようとしてな。」
「あんたも男絡み?」
「そうなる。前々からそういうような雰囲気はしてたのだが昨日は色々あってな。それを堂々と公言してこれからはもっと積極的に私と彼をくっつけようとすると言ってたものだからそれを考えたらつい溜息がな。」
「紅葉さんはその人のことをどう思っているんですか?」
「それは、その、嫌いではない・・・、のだが、その、な?そういうのは、本人たちが、その、色々やってするもので、他の人間が横槍を入れるものではないと思うわけだ。」
「・・・・・・・・・・・・・・・・・偽者っ!?」
「やはりあなたとは話し合う必要性がありそうだ。」
だって、あの冷血女が恥ずかしそうに視線を彷徨わせながら歯切れの悪い口調で頬を染めるなんて有り得ないでしょ!
「紅葉さんはその人のことが好きなんですね?」
「す、好きか好きでないかで言えばだな。それは、その、まぁ、す、すす、好きともい、言えないわけでも、ないが、そ、それは、ま、まぁ、その、二択では、という話で、もっと、はっきり言えば、そ、そのだな、あの、す、すすす、好きというか、何というかだな」
「好きなんですね?」
「・・・・・・・・。」
姉さんがちょっと語気を強めて言うと、顔をさっきより赤くして小さく頷いた。
そのとき教室の一部で
「あ、あの氷姫が誰かに好意を!?」「そんな馬鹿なことがあって堪るかぁぁぁぁ!!」「落ち着け!会員NO.008!まだそいつを消せば間に合う!」「我らの氷姫を魔の手から護るのだ!!」「た、隊長!」「どうした!?会員NO.032!」「赤面する氷姫が可愛すぎるでありますっ!」「馬鹿者ぉぉぉ!!」「へぶしっ!?」「氷姫の美は何時でも輝いているのだ!氷姫の全てに美を感じてこそ真の同志!表情の変化ごときで氷姫の状態に区別をつけるものではない!!」「た、隊長!すいません!自分が間違ってました!ではこの携帯で取った赤面した氷姫の画像は削除します!!」「待て!!それはよこせぇぇぇ!!」
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・小声で騒ぐという器用なことをする社会のゴミ共は無視することにした。
ちなみにそれに気づいたクラスの半数以上の女子はそいつらを白い眼で見ていた。
「応援してもらえるならそれにこしたことはないですよ。私みたいに失恋したら手遅れなんですから。」
「そう、だな。」
「私達も応援しますから。ね、乙ちゃん?」
「・・・・まぁ、振られて暗い空気だされても困るし、仕方ないから応援してあげるわよ。」
「・・・・ありがとう。」
「別にあんたのためにするわけじゃないわよ。」
「乙ちゃん、照れてる。」
冷血女に礼を言われて顔を逸らすと姉さんが微笑ましそうに私を見ていた。
うん。やっぱり姉さんには笑顔が似合う。
おまけ。
「どうかしたか?雛?」
「いえ、何かどこかでまたトラブルの種が増えた気がしたんですが。」
「あ〜、お前のその手の勘ってよく当たるよな。」
そんなことを喋っていたいつもの三人だった。
久しぶりの更新になりました今回の作品はどうだったでしょうか?今回は乙視点で前半部を回想、後半部を一年生達の様子を書いてみました。
アンケートの方ですが一票も返ってこなかったのでまた時機を見て再びやることにしました。それまでに読者数を増やせるように頑張りたいと思います。
ご意見・ご感想は随時お待ちしています。