第三話 昼。おまけで朝。 〜誤解拡大〜
あれ?これコメディじゃなくね?と、思い始めた。
今日も早朝に目を覚ましてまずは自宅の道場で素振り、父上と打ち合いをして汗を流して朝食をして身支度を整え登校、そして今度は学校の剣道場で朝練に参加して、練習が終わると今度は念入りに身嗜みを整える。
「そういえばぁ最近、皐月ちゃんって女の子らしくなったねぇ。」
「突然何だ?」
隣で着替えていた彩華 睡蓮が私の顔をジッと見ながらそんなことを言ってきた。
薄紫色の髪を肩口まで伸ばし、前髪で左眼だけ隠している垂れ眼のおっとりした感じの女性で、私とは違い豊満な胸を持ち合わせている。
こんな雰囲気に似合わず剣道の腕は部内で私に次ぐ二番目の実力者で県大会の上位に常に食い込んでいる。私とは同学年で練習でもよく相手をしていて、強者同士気も合うので仲はかなりいい。
「入学したての頃も身嗜みには気を使ってたけどぉ、それは自分を律するみたいな側面が強かったんだよぉ。でもぉ、今は自分の見た目を気にしてるって感じなんだよねぇ。」
「私だって女だ。それくらいは気にする。」
「私はぁ誰かを意識してるんじゃないかとぉ、思うんだけどぉ?」
「そ、そんなことはない。」
睡蓮に言われて直ぐに雛の顔が浮かんで心臓が高鳴るのを感じた。
「あれぇ?でもぉ、ちょっとお顔が赤いですよぉ?」
「き、気のせいじゃないか?」
このくらいで心を乱すとは私もまだまだ精進が足りない。
「最近たまにぃ、皐月ちゃんが恋する乙女の顔をしてるのにぃ、気づいてるぅ?」
「こ、こここ、恋!?な、ななな、何のことだ!?」
「うわぁ、真っ赤だぁ。」
お、落ち着け!落ち着け!ここで取り乱したらそうだと言っているようなものだぞ!
「分かりやすくてぇ、可愛いよぉ。」
「な、何をい、言ってるんだ?わ、私がこ、ここ、恋なんてし、して、してるわけないだろ?」
「う〜んとぉ、説得力皆無だよぉ?」
「な、何を根拠にそんなことを。」
「お相手はだぁ〜れぇ?」
「だ、だからこ、恋などしていない。」
「みんなも知りたいよねぇ?」
睡蓮に言われて周りを見ると、他の部員が私たちの話に耳を傾けていたらしく興味津々にこちらを見ている。
「こ、暦が恋・・・。は、ははは。夢だ。これはきっと夢なんだ。」「相手は誰?」「闇討ちする?」「照れる暦さんもいいわね、じゅる。」「殺殺殺殺・・・。」「私のさつきんがぁぁぁぁ。」「暦さんを誑かす男に鉄槌を下さないとね、ふふふふふふ。」
その向こう側に危ない集団が見えたが幻覚だと自分に言い聞かせることにした。
「・・・黙秘権を行使させてもらう。」
「えぇ〜、何でぇ〜?」
いや、あいつらの前で名前を出すのは危険すぎるだろ?
それから睡蓮の追求を何とかかわしきったが、一部の連中の視線に危険なものを感じて制裁を加えておいた。
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最近はたまに昼を雛達と過ごすこともあり、今日も雛達と昼食を一緒にしようと思い彼らの教室に行った。
「・・・愚弟、何をした?正直に言えば今なら八分殺しで許してやるぞ?」
「何で俺!?ってか、今の時点で八分ならその後はどうなんだよ!?」
「九分九厘殺しだが?」
「ほとんど死んでる!?つーか生きてねぇよ!」
行ってみれば雛が机に覆いかぶさるようにうつぶせの状態で動かず、時折痙攣したりうめき声を発するなどの誰から見ても分かるとおり調子が悪いのは一目瞭然であり、一番疑わしい愚弟を問い詰めたのだが白を切るつもりらしい。
「まぁ、待て。暦姉。暦の存在自体が疑わしいのは分かるが、今日に限っては残念ながら、無実だ。」
「俺の存在否定すんじゃねぇ!」
八夜が言うなら事実なのだろうと思い、愚弟に対する疑いを晴らした。
「では、一体どうしたんだ?」
「どうしたと言われても、雛は朝に登校してきて席に着いたら力尽きたかのように今の状態になったからな。事情を聞く暇もなかった。」
「起こそうとした先公も気味悪がって起こさなかったしな。」
確かに雛が長く紅い髪と白い肌のせいでただでさえそういう雰囲気があるのに痙攣したりうめき声を上げたりするとホラー映画並みの迫力がある。
「心当たりはないのか?」
「恐らく、朝食が原因だとは思うが・・・。」
「朝食?」
「大家さんの飯はかなりヤバイんだよ。前にも同じような状態になったときは間違って大家さんの作った飯を食べたときだったしよ。」
「しかし、雛もそれは重々承知していて警戒しているはずなんだが。」
「まぁ、たまにはそういうこともあるんじゃねぇの?」
八夜が未だに納得いかなそうにしているが、愚弟がそう締めくくった。
そのときに突然、荒々しく教室の扉が開かれて私たちがそちらに視線を向けた。
「紅チビィィィィーーーーーーー!!」
「げぷらっ!?」
それとほぼ同時に私の横を誰かが通り過ぎて、雛に跳び蹴りを食らわせた。
いきなり飛び込んできたのは女で、茶髪をショートカットにしていて吊り目の勝気そうな顔立ちで制服についているリボンが赤であることから一年生らしい。ちなみに、私たち二年が緑、三年が青になっている。
女は椅子から転げ落ちて床に力なく転がる雛に馬乗りになって胸倉を掴みあげた。
「あんた、姉さんに何をしたのよ!!さっさと吐け!謝れ!償え!」
「あうぅぅぅぅぅぅ。」
激しく雛の頭を揺さぶる女はで怒っているようで雛を詰問しているが、あんなに揺さぶっては答えられるわけがない。
「・・・何だか知らんが、とりあえずそんなに揺さぶっては答えられるものも答えられないと思うが?」
八夜がそう言うと、女は揺さぶるのを止めて顔を近づけて睨みだした。
「さぁ、さっさと吐きなさい!」
「・・・は、吐いちゃいます。」
「姉さんに何したの!」
「うぷっ・・・。」
青い顔で口を押さえる雛にやっと女が気づいたらしい。
「って、何吐こうとしてんのよ!!」
「げふぅ!ごくっ。」
勢いよく離したせいで雛が床に叩きつけられ、込み上げてきたものを飲み込んでしまったようだ。
「お、乙ちゃん、ひどいです。」
「あんたのことなんてどうでもいいのよ。さぁ、姉さんに何をしたか言いなさい。そして謝って償え。あと乙ちゃんって言うな。」
乙というらしい女は高圧的に雛に言い放った。
「・・・事情がいまいち飲み込めないんだが?」
「あんたたちには関係ないことだから説明する必要もないでしょ。」
女はちらりと視線を向けただけで八夜を適当にあしらった。
「そんなこと言わずにさぁ。俺も君みたいな可愛い子のためなら協力を惜しまないから事情を聞かせてくれない?」
愚弟が軽薄な笑みを浮かべて媚びるような声を出して女に話しかけると女は愚弟を一瞥する。
「うざい。邪魔。消えて。あんたみたいな奴は生理的に受け付けないから。存在自体が嫌。息もしないで。今すぐ塵も残さずに消滅して。っていうか、消滅しろ。」
完全な拒絶に流石の愚弟も一瞬硬直するが、すぐに再起動して懲りずに話しかけた。
「あ「喋るな。失せろ。生きてるだけで気持ち悪い。有害物質の癖に話そうだなんて頭のほうは腐ってるの?今すぐ全人類、全生命に生きてることに対して謝罪したら?まぁ、謝られたところで謝られた側はあんたみたいなのに謝られても気分を害して迷惑でしかないけど。」
言葉を遮られた上に軽蔑に満ちた視線で見られ罵詈雑言を浴びせられ流石の愚弟もショックのようで教室の隅で縮こまって影を背負いながらうじうじし始めた。気持ち悪い。
「相変わらずの毒舌っぷりですね。」
「事実を言っただけよ。」
相変わらず雛の上に馬乗りのまま女は不機嫌そうにそう答えた。
「雛の知り合いか?」
「あ、皆は会ったことありませんでしたね。この子は姫夜 乙ちゃんといって一年生の子です。」
「どうも。」
姫夜は渋々といった感じで挨拶をした。
「で、こっちは彼が八夜 九陽君で、彼女が暦 皐月さん、あそこにいる気持ち悪いのが暦 葉月君です。皐月さんと葉月君は乙ちゃんと同じ双子ですよ。」
「紅チビの交友関係なんてどうでもいいのよ。そんなことより姉さんに何をしたの!?」
「何をしたって、かぐやちゃんに何かあったんですか?」
「とぼけんじゃないわよ!私が今朝、起きた時点で姉さんの様子がおかしかったんだからあんたしか犯人はいないのよ!」
再び、胸倉を掴みあげて雛の顔を間近で覗き込む。
「確かに今朝、話したときは元気だったのに急に気分が悪くなったとは言ってましたけど僕が何かした覚えはないんですけど?」
「姉さんの様子があそこまで変化するなんてあんたしか原因は考えられないのよ!腹が立つけど今の姉さんに一番影響力を持ってるのはあんたなんだから!」
「そう言われましても僕に心当たりはないんですけど。」
「落ち着け、姫夜妹。」
雛が困っていると八夜が割って入った。
「何よ?」
「話を整理すると、姫夜姉の様子が姫夜妹が起きたときからおかしく、それより早く会っていたはずの姫夜姉とかなり親しい雛が何かをした、と思ってここに殴りこんできた。ということか?」
「そうよ。」
「で、雛は確かに早朝に姫夜姉と会っていたが何かをした覚えはない。」
「はい。」
姫夜の姉と雛がかなり親しいと聞くと胸のうちに何かもやもやしたものが湧いてくる。
「雛は姫夜姉と何を話していたんだ?」
「いつも通りただの世間話ですよ。今日からかぐやちゃんが学校に通うことと昨日のことを話したくらいですから。」
いつも、ということはかなり頻繁に会っているのか?かなり親しい女と?
「昨日のこと、というと大家さんの呼び出しか?」
「はい。でも、実際は用があったのは大家さんじゃなかったんですけど。」
雛が凄く嬉しそうな笑顔を浮かべていて、私はその笑顔に見惚れてしまった。
「・・・何があった?」
「・・・ずっと、想いつづけてた人と会えたんです。」
その言葉に笑顔によってもたらされた温かい気持ちが一気に吹き飛んだ。
「同じ内容のことを姫夜姉にも言ったか?」
「はい。」
「そのときに何か言ってなかったか?」
「そういえば、その想いを伝えたのか?とか、その人はどういう反応をしたのか?とか、何て言ったのか?とか、相思相愛なのか?とか、変なことを聞かれてその辺から様子がおかしかったような・・・。」
「・・・相思相愛というところでは何て答えた?」
「そうですって、答えましたが?」
八夜はため息をついていたが、私はそれどころじゃなかった。
雛が誰かと相思相愛?ずっと想い続けてきた人と?
自分の中で何かがすっぽりと欠けてしまったような喪失感に襲われ、茫然自失になってしまう。
「・・・まさか、今朝から様子がおかしかったのもその相手が原因か?」
「よく分かりましたね。朝食を作ってもらったんですけどそれが大家さん並に壊滅的で、せっかくあの人が作ってくれたものを残すのも嫌だったんで無理して食べたんです。」
朝食を作ってもらった・・・?ということは、朝から雛の家にいた、ということ?それほど親密な関係・・・?
「って、お、乙ちゃん、どうしたんですか?」
「何でもないわよ!!」
「げふっ。」
雛を床に叩きつけると姫夜は足早に私の横を通っていく。そのとき、彼女の目の端に涙のようなものが見えた。
「あんたなんかその女にいいように弄ばれてピーピー泣いてればいいのよ!!馬鹿!!最低!!地獄に落ちろ!!」
雛に背を向けたままそう怒鳴ると走って教室を出て行ってしまった。
「・・・えっと、僕、何かしました?」
「彼女もその姉も不憫だな・・・。暦姉、お前は大丈夫か?」
雛に、恋人、が・・・?
「暦姉?」
「皐月さん?」
「・・・すまない。今日は失礼する。」
雛の顔をまともに見ることも出来ずに私はその場から逃げ出した。
その後に、顔色が優れないように見えたらしい私に何人もの人が心配してくれたが正直、よく覚えていない。午後の授業も上の空のままだった・・・。
これからどのような顔をして雛に会えばいいのか。雛とその人のことを応援できるか。雛と今後、今までと同じように付き合えるか。私の想いをどうすればいいのか。
色んな考えがごちゃまぜになり、泣きたくなった・・・。
コメディが書けない。コメディを書きたいけどどう書けばいいのか分からなくて、別な感じになってしまいました。このまま書いてもコメディと称していいのか悩みます。