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第一話   母と子

いざこうして向かい合ってみると、改めてこの人が美人であることを再認識させられます。


こうして気まずそうにこちらを見ているその姿もまた綺麗だと思ってしまうのは息子の贔屓目を除いても間違ってはいないはずです。


「ひ、雛?」


「何ですか?」


僕が聞き返しても視線を逸らすばかりで会話が進みません。仕方ないのでこちらから話しかけることにしました。


「母さんはどうしてここに来たんですか?」


「あ・・・。その、嫌、だった?」


何を言っているのでしょう?僕は母さんに会えて嬉しいのにどうしてそんなふうに思うのでしょうか?


「いえ、むしろうれ」


「会いたくなかったよね。そうよね。私みたいな酷い母親失格、ううん、女としても最低な人間なんて顔も見たくなかったよね。あ、気を遣ってくれなくてもいいのよ。私みたいな最低な女に雛の優しさを受ける権利なんてないの。むしろ、雛は私に対して憎悪を向けられても仕方のないどうしようもなく駄目で愚かな存在だってちゃんと分かってるわ。雛を待っている間に何百通りも想定したからどんなことを言われても大丈夫なように覚悟は出来てるから思う存分言いたい事を言って。」


・・・・・・・・・凄まじくネガティブ思考です。


父さんや大家さんに母さんは一度思考が暴走するとどんどん深く考え込んでしまう人だとは聞いていましたが、まさかここまでとは思いませんでした。


それに覚悟は出来ていると言いながら目の端に涙が溜まって今にも泣きそうです。


「そう・・・。喋りたくもないほどに私が嫌いなのね。それとも今更のこのこと顔を出した私に呆れ果てているの?」


どうしようかと困っているとその沈黙を変な方向に解釈させてしまったようです。


「えっと、そういうことじゃないんですけど。」


「じゃあ、怒ってるの?軽蔑してるの?憎んでるの?それとも」


「てりゃっ。」


母さんを黙らせるためにハリセンを取り出して頭をひっぱたきました。


え?何処から出したか、ですか?


それは企業秘密です♪


そんなことより母さんがまた何か言う前にまずは誤解を解かないといけません。


「まず大前提です。僕が母さんを嫌うなんてあり得ません。」


「嫌いを通り越して更に深い負の感情を持ってるんだよね。」


「ていっ。」


未だにネガティブ思考の母さんの頭にもう一度ハリセンを叩き込みました。


「いい加減にしないと怒りますよ。」


「やっぱり怒ってるよね。」


「とりゃあ。」


さっきより強めに頭を引っぱたきました。


「いいですか?よ〜く聞いてください。僕は、母さんが、大好きです。嫌うとか憎むとかそういうことはぜぇ〜ったいありませんので安心してください。」


子供に言い聞かせるように重要な部分を区切りながらしっかりと伝えます。


「・・・本当に?」


「事実です。」


「で、でも、私の婚約を知ったときに、その・・・。」


年上とは思えないほどうろたえた様子でこちらを恐る恐る伺っています。


というか、大家さん・・・。余計なことは話さないで下さい。


「それは、まぁ、あのときは子供でしたし、父さんが死んだばかりでまだ心の整理がついていないときに知って、その、少なからず憎く思いましたけど」


「やっぱり・・・。」


「思いましたけど、今はちゃんと整理がついてますし、そもそも父さんが母さんにそう思わせるようにしたんですから母さんがそういうことをしても文句は言えないわけですし、母さんが幸せになれるなら僕も父さんも言うことはありません。」


「え・・・?鏡二が?」


「あ・・・。えっと、まぁ、この際だから言っちゃいますと、父さんが母さんを捨てたのとか二度と会わないって言うのは、父さんがマネージャーさんに頼んだことなんです。」


こうして会いに来たということは何かしらの事実を知ってきたのだろうと思い、父さんも亡くなった今、別に話してもいいかと真実を口にしました。


「当時母さんの人気が出始めた頃に父さんは思ったんですよ。恋人である自分と血は繋がってないとはいえ二人の子同然である僕がいたら邪魔になってしまうんじゃないかって。父さんは母さんが小さい頃から女優になることに憧れていたのを知っていましたから、自分達がやっと叶いそうなその夢の足枷になることが嫌でマネージャーさんと相談して自分は身を引いたんです。・・・愛していた母さんの夢を誰よりも応援していたのは間違いなく父さんです。いつも、いつも母さんの話題が報じられる度に一喜一憂して、幼いうちに母さんと離れてその面影もろくに覚えていない僕に母さんがどういう人だったのか感情を込めてたくさん話してくれて、その度に父さんが母さんのことどれだけ思っているのか伝わってきました。」


本当に父さんはいつでも母さんの話をするときは嬉しそうで、誇らしそうで、懐かしそうで、どこか寂しげでした。


愛していても母さんのために離れていることが自分でやったこととはいえ、やはり満たされないものがあったんだと思います。


「・・・母さんが幸せになったのに僕が憎むなんてことは今は絶対にありません。父さんと同じで僕も母さんが大好きで、第一、いえ、父さんがいますから第二のファンですから。」


僕には父さんの想いを超えることは出来ません。それでも母さんのことは人一倍思っているということには自信があります。


「雛ぁ・・・、鏡二ぃ・・・。ごめんね、それと、ありがとぉ。」


母さんの眼からとうとう涙が溢れてきました。


今話しかけるのも躊躇われるのでとりあえず落ち着くまで待つことにしました。


それから三十分近く泣き続けたあとやっと落ち着いてきて頃合を見計らって声をかけました。


「落ち着きましたか?」


「ええ。みっともないところを見せてごめんね。」


眼を赤く腫らしながらも気丈に笑みを浮かべてくれました。


「いえ、気にしないで下さい。」


「そう・・・。そういえば、怒ってないならその他人行儀な話し方はやめてくれない?あと、顔もちゃんと見せて欲しいな。」


「他人行儀というかこれが地の話し方なんです。それに顔のほうは恥ずかしいからあまり見せたくないんです。」


「恥ずかしいって、せっかくの可愛らしい顔なのにもったいないじゃない。」


「でも、髪がこの色で眼もあれじゃないですか。」


「私は綺麗だと思うけどな。」


「綺麗かもしれないですけど、昔は物珍しさで視線を集めすぎたんです。そのせいか父さんが顔を隠すようにって。」


昔、まだ素顔を晒していたころはこの容姿のせいでよく視線を集めてしまい、周りの子はたいてい僕の髪を撫でたり、眼をじっと覗き込んだり、ボーっと顔全体を眺めたりする人がたくさんいました。


大家さんに言わせれば二十四時間見ていても飽きないということです。


「母親なんだから私には見せてくれてもいいじゃない。それに成長した雛の顔をちゃんと見たいな。」


「・・・まぁ、母さんならいいでしょう。」


大家さんにも父さんにも素顔は見せないようにきつく言われていたけど、母さんならいいかと思い顔を隠していた髪を掻き揚げて素顔を晒しました。


普段は髪に隠れていますが、僕の眼はオッドアイで蒼い左眼と深緑の右眼になっています。


父さんいわく、ルビーのような髪、サファイヤとエメラルドの双眸、真珠のように白い肌。宝石を集めた一種の芸術だ。と、大袈裟に褒めてくれたこともありました。


「・・・・・・・・・・・・・・。」


「母さん?」


母さんは僕の顔を見たまま硬直してしまった。


そういえば、前にうっかり皐月さんに素顔を見られたときもこんなふうに硬直して


「ッ!!」


こんなふうに顔を一気に真っ赤にしていました。


「母さん?」


今度は髪を下ろして母さんに話しかけます。


皐月さんのときもこうしたらやっと気が付いてくれたので多分これで大丈夫だと思うんですが。


「え、あ、ひ、雛?」


「どうかしましたか?やっぱり変でしたか?」


母さんにまでそんなふうに思われると少しショックです。


「あ、そういうことじゃないの!別に雛の顔が変とかじゃないから安心して!」


「そうですか?」


「むしろ変じゃないから問題なのよ。」


「え?」


「顔を隠すように言われたとき、他に鏡二は何か言ってなかった?」


「えっと、素顔を見せないようにとか、・・・あ、特に女の人には注意するように言われました。」


その頃は特に大人の女性によく遊んでもらっていて、その人が別の場所で遊ぼうと提案して移動しようとすると父さんか大家さんが駆けつけてきて女の人から引き離されました。


「雛・・・。私からも言っておくけど、素顔を人に見せたら駄目よ。特に、女の子には絶対に見せないこと。いいわね?」


「はい?別に構いませんけど・・・?」


凄く真剣な様子で僕に言いつける母さんに疑問を覚えつつも、今までもそうだったので特に深く考えもせずに頷きました。


「あ・・・。そういえば、母さん、離婚したって本当ですか?」


「ええ。今まで支えてくれたあの人には悪いけど、私には鏡二と雛はかけがえのない大切なものなの。あの人との結婚生活も決して不幸ではなかったけれども何かが満たされなかったの。けどね、あなた達のことを想うとそこにはいなくても心が満たされた。こうして会ってみるとそれがなおさら強く感じたわ。・・・私の幸せには雛と、鏡二が必要だって。」


「母さん・・・。」


母さんにそう言ってもらえるだけで嬉しさが込み上げてきます。


「というわけで、今日からここに住むから。」


「・・・・・・・・・・・・・・はい?」


笑顔で言われた言葉に思わず間の抜けた声を出してしまいました。


「す、住むってこんなところにですか!?自分で言うのもあれですけどぼろい上に何もありませんよ?」


「ないなら買えばいいし、何より雛と鏡二と住めるなら何処でも私はいいから。」


この後、長時間に及ぶ説得にも応じず、しかも、女優の演技力を無駄に発揮した母さんの泣き落としの前に屈服したのでした。







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