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瀬野家の人々(R-15版)  作者: ◆fYihcWFZ.c
中期 アキの春
9/21

09 はじめてのおつかい@女の子モード 2013/04/04(木)

「うん、いい感じいい感じ。そんな感じで続けてちょうだい」


 悠里と俊也の行きつけの美容院。何故か本日臨時休店の、他に人気のないその店内で、眼鏡をかけた店長のおば……お姉さんにレクチャーを受けながら、俺は化粧の練習なんてシロモノをしている。


「貴方、メイクの才能があるのね。もっとしっかり勉強と練習を重ねて欲しいな」


 なんだか最近、女装関係でばかり褒められている気がする。そんな考えが顔に出ていたのだろうか。少し楽しそうな声で、店長さんが続ける。


「男性のメイクさんは多いし、貴方のその才能を伸ばしてみるのも手かもしれないわよ? 悠里ちゃんの傍にずっといたいなら、メイク兼マネージャーって方法もあるかもしれないし」


 ……そっか。自分の女装関係なしに、メイクを習うこと自体に損はないのか。俺の中にあったわだかまりが、少し溶けた気がする。

 いっそ、ということで化粧の落とし方まできちんと教えてもらい、最初からメイクを行う。余分な工程は避け、可能な限り薄化粧に見えるよう、でもしっかりと可愛らしくなるよう。家で自分だけでやった数回より、さっきの1度目より、ずっと上達してきたように思う。


「貴方って飲み込みよくって教え甲斐があるわぁ。……でも本当、羨ましい肌してるわね」

「それ、正直よくわかんないんですよね。悠里のほうが絶対肌キレイですし」

「あの子たちは素材もいいし、自分を磨くために凄い努力もしてる」


 ──それはこの半月の間、俺が特に痛感させられことだった。


「でも特にお肌に関して言えば、あなたの素質も悪くないとお姉さんは思ってるんだけどな。なんだか底が知れないっていうか。……貴方のお肌、大切にしてね」


 返答に困りながら、化粧を続行。リップを自然になるように注意しながら塗り、グロスを厚くならないように置いて艶やかさ出す。フェイスパウダーをはたいて完成。

 悠里のテクに及ばないものの、先程までと違って『可愛い女の子』レベルにできたと思う。それを楽しく思っている自分、もっと上手くなりたいと思っている自分──それも『アキ』ではなくて“雅明”──に気がついて少し困惑するけれど。


「『魅力的な女の子』になるためにはね、普通はとっても努力と積み重ねが必要なの。──でも、貴方は違う。その積み重ねをパスして、いきなり『魅力的な女の子』という結果だけを手に入れてしまった……そんな感じがする。そのアンバランスさも貴方の魅力なんだけど、充分注意してね。貴方ガード甘いから」


 そんな言葉に送られつつ店を裏口から出て、電車に乗って一駅分の移動。この時点で『アキ』に意識を切り替えているつもりだったのに、何故か“雅明”のままだ。

 以前はどうやって切り替えたのかも、もう思い浮かばなくなっている。

 『アキに成りきれば、女装姿で外出しても恥ずかしくない……ハズ』という目論見が見事に外れ、羞恥心が半端ない。


 ショートカットの少女のようにセットした髪に結んだリボンも。

 揺れるパッドの重みも。

 食い込むブラジャーの紐も。

 くびれさせたウエストも。

 スリップの滑らかさも。

 ショーツのぴったり感も。

 カーディガンのピンク色も。

 フリルのついたブラウスの生地の柔らかさも。

 スカートの裾を揺らす風も。


 全部が羞恥心を煽って、墓穴があったら入ってそのまま埋葬されたい気分だ。


____________



「ねえ、君、大丈夫?」


 ついつい俯きがちになって歩く俺に、駅の構内を出たあたりでそんな声がかけられた。


「え? えぇっと、あの……あたしですか?」

「うん、そう。なんか具合悪そうに見えたからさ。余計なお世話だったらごめん」

「特になんともないですよ。大丈夫です。気を使わせてすいません」

「ああ、良かった。……ところで君さ、どこに行くの?」

「どこ、って、買い物ですけど……」

「へえ、そうなんだ。あ、オレ灰村って言うんだけど、君の名前は?」

「いや……ナンパするのは勝手だけど、俺、男なんですけど?」

「またまたぁ。断るために嘘つくにしても、もうちょっとマトモなのにしようよ」


 男声に戻して言ったつもりだったのに、それでも信じてもらえなかったらしい。

 どうしたものかと悩んでいるところに、


「オレの愛しい恋人にちょっかいをかけるのは、それくらいにしてもらえるかな?」


 と、どこかで聞き覚えのある声がした。

 助け舟かな? と、思いつつ、その声の方向を見ると……


「うげ。デンパナンパ男」


 半月ほど前、最初に女装外出したときにしつこくナンパしてきた電波男だった。


「『恋人』どころか、以前彼女をナンパしたことがあるってだけの、一方的な関係っぽいな」


 ナンパ君第一号にも、しっかり見破られて分析されているし。


「君も疑うなんて酷いな。オレたちは運命で結ばれた前世からの恋人同士なのに。さ、こんな奴ほっておいてデートはじめようよ」


 前回会った時の甘ロリとは似ても似つかない姿のハズ。こいつは一体、俺を俺と分かった上でこの台詞を言っているのか、それとも会う女の子全員に『運命』って言って回っているのか。この事態をどう収拾つけたものかと困っていると、見逃しようのない長身が目に入る。


「北村さーん、へるぷ・みーです」


 ぱたぱたと手を振って呼び寄せる。さすがのナンパ男×2も、身長190cm超のスポーツマンの存在感には敵わないと退散してくれた。


「お役に立てて良かった……のかな? えーっと……」

「すいません、本当に助かりました。ありがとうございます。あぁ、あたしです。アキです」

「ああ! すぐに分からなくて、本当にごめん。私服も素敵で、すっかり見違えたよ……制服のときとは、随分感じが違うんだね」


 それはもう、前回とは『中の人が違う』状態だから。ごまかす言葉を、少しさがす。


「そうかな? ……どっちのあたしが好きですか?」

「うーん、どっちも魅力的だけど、今の私服のほうが、一緒にいて気が楽ってのはあるかな」


 『女としての魅力』で『アキ』に勝てたと、優越感を覚える俺が既にやばかった。


「さっきは何だったの?」

「ナンパがしつこくて困ってたの。……あたし、そんなにナンパのカモって感じなのかなぁ」


 店長さんが言っていた、『ガードが甘い』って、こういうことなんだろうか。


「それは、アキちゃんが魅力的すぎるからしょうがないよ」


 そういえば、こいつもまたナンパ男の一人だったか。


「今日も彼氏さんはお仕事?」

「うん、7時に待ち合わせ。それまであたしは、お姉ちゃんのお遣いとか……北村さんは?」

「僕のほうは、特に用事はないかな」

「もしよければ、お買い物付き合ってくれないかなぁ」

「彼氏さんに悪くない?」

「それはぜんぜん大丈夫」

「なら、喜んで」


 2人で恋人同士のように、並んで街を歩く。

 思ったとおり、ナンパよけとして最適の相手だった。背の高さの関係で、『のっぽ女?』という視線が減るのも気が楽でいい。彼は基本無口なので、喋ってボロが出る機会が減るのもありがたかった。少し歩いて、最初の目的地のランジェリーショップに到着。

 悠里の依頼で買い物に来るのもこれで何回目かになるけど、その度に居心地の悪い思いをしてきたお店のひとつ。いっそ女装して、『アキモード』で来れば恥ずかしくないんじゃ? と思ったのが、今日の女装外出の理由である。『雅明モード』のままなのが、ひどく計算外なわけだが。

 北村氏はすごく恥ずかしそうな感じで俺について来ている。前回までの俺の居心地の悪さを押し付けているようで、意地の悪い楽しみを覚えてしまう。リストに従い、補正下着とか色々購入。思い出せば、俺が付けさせられた下着はこうして自分で購入したものだった。買った時点では、自分でつけるとは夢にも思ってなかったわけだけど。


「……荷物、持ってあげるよ」


 店を出て少し歩いたところで、そんなことを言われる。


「いや、そこまでは流石に悪いですよ」

「家に帰っても筋トレくらいしかすることないから、ウェイト代わりってことで。……それになんだか、女の子に荷物持たせてると視線が痛いんだ」


 そっか。周りから見れば今は俺が『彼女』で、こいつが『彼氏』な状態なのだった。


「……そういうことなら……うん、ごめんなさい。お願いします」


____________



 そんな感じで、寄り道を交えつつ店を回っている街中。ふと足を止める。

 店頭に並ぶ、特大サイズのポスター。その中で悠里が微笑んでいる。複雑な気持ちが心に渦巻く。誇らしさと、手が届かないところに彼女が行ってしまうような寂しさを同時に覚える。


「……どうしたの?」

「いえ……えーっと、瀬野悠里ってモデルの人、知ってます?」

「僕、テレビとかあんまり見ないし……そういうのうとくて。ごめん」

「一般的な知名度としては、そんなものかな。あたし、彼女のこと前からずっと憧れで」

「それがこのポスターの人? 確かに美人だね……でも僕には、アキちゃんのほうがもっともっと魅力的に見えるよ」


 なぜだか不意に、彼の唇の感触を思い出す。肩に回された腕の力強さを思い出す。……自分が『アキ』でいるときならともかく、“雅明”でいるにかかわらず。

 たまらないほど恥ずかしい気分がしてきて、彼にくるりと背中を向ける。

 流れる沈黙に耐えられなくなったのは、自分のほうが先だった。


「……北村さん、あたしのことなんか忘れて、早く彼女作ったほうがいいですよ。大学に入れば、きっと素敵な彼女が出来ると思います」

「それは無理だと思う。……アキちゃんが、彼氏さんのことを本当に大切に思ってるのは分かるから、奪おうとは思わないけど……でも、僕がアキちゃんのことを忘れることはできないし、世界中のどこを探しても、アキちゃんよりも素敵な女の子を見つけることもできないと思う」


 なんでこいつはこんな低く響く声で、真剣な声で、こんな女殺しの台詞を言えるんだろう。そしてなんで俺は、こんな『女殺し』の台詞に、胸がぎゅっと苦しくなっているんだろう。荷物さえ彼に渡してなければ、今からこの場をダッシュで逃げ出してしまえるのに。

 ポスターの中から、営業用の笑顔で見つめる悠里の視線が痛かった。


「……ごめん、こんな困らせるようなこと言うべきじゃなかったね。忘れてくれると嬉しい」

「こちらこそ、ごめんなさい。ちゃんと応えることができなくて」


 深呼吸をして、無理に笑顔を作って再度彼に向き直る。

 たぶんそれは、泣き笑いみたいな顔に見えたはず。彼も、どこか辛さを押し隠したような笑顔で応えてくれる。

 ──もし自分が本当に女の子だったなら、いや、男のままでも悠里と先に恋人になってなかったら。今この時、恋に落ちてどうしようもなくなっていただろう。そんな瞬間。


 ふたりどちらからともなく手を……恋人つなぎではないけれど……繋いで、再び道を歩き始める。それだけで、なんだか胸のドキドキが止まらない。『アキ』じゃないのに、“雅明”のままなのに、自分のことを自然に女の子のように考えてしまっている。そして、そんな自分をたまらないほど愛おしく感じてしまっている。

 あんなに恥ずかしかったスカートが、少女めいた外見が、何故だか今は誇らしく思える。

 ……“俺”は本当に、大丈夫なんだろうか?



「今日は、本当にどうもありがとう。北村さん力持ちで、ほんと助かりました」


 すっかり暮れた街並み。買い物リストを最後まで終えて、駅へと到着。荷物をロッカーへ。


「いや、僕もすごく楽しかったよ。……彼氏さんに謝らないといけないけど」

「大丈夫。許してくれると思う……これは、今日つきあってもらったご褒美」


 精一杯背伸びをして、彼のほっぺにキスをしてみる。

 すごく驚いた顔で俺──あたし──の顔を見つめたあと、崩れそうな笑みを浮かべて、


「うん、……ありがとう。……じゃあ、彼氏さんと最高の夜を過ごしてね」

「ありがと。じゃあ、おやすみなさい」


 そう言って手を振って別れ、姿が見えなくなるまで見守る。もしここで強引に迫られていたら、きっと落ちていただろう。そうでなかったことを、寂しく思う自分がいた。


____________



 寄ってきたナンパ男たちを半分上の空でスルーしつつ、待ち合わせの場所に到着。


「あれ、アキちゃん?」


 意外そうな声に迎えられる。デニムのスカートにGジャンをあわせた、カジュアルなスタイル。頭には変装のためなのかウェーブのかかった茶髪のカツラ。すらりと伸びた黒ストの脚が目に眩しい。

 不意の衝動に襲われ、その姿に思いっきり抱きついてキスをする。これがもし俊也の女装姿だったらという不安が背筋を走るけど、それでも止まらない。でも良かった、これは悠里だった。やっぱり俺、男なんだ。女の子が好きなんだ。さっきの一幕はただの気の迷い。

 落ち着いて、冷静になって、自分を取り戻して。


 落ち着いた。冷静になった。自分を取り戻した。


「ぎにゃー」


 思わず大声で叫びをあげそうになって、飛び離れて自分の口を押さえる。


「なんというか……その……ごめんなさい」


「うわっレズかよ」

「だいたーん」

「すっげえ美人同士なのにもったいねェ」

「眼福、眼福」


 周囲の呟きが一気に耳に入ってきて、頭をかかえてしゃがみたくなる。


「さすがに移動したほうがいいかな、これ」


 冷静な悠里がありがたかった。



「……けど、あなたがアキ(・・)で来るのはさすがに意外すぎたなぁ」


 少し移動してガードパイプに腰を預け、2人並んで化粧直し。馴染んでしまっている自分が少し嫌になる。手早くそれを終わらせたくらいに、悠里の携帯が着信音を奏でる。


「……うん、ごめんね。ちょっと事情があって移動しなきゃならなくなって。そこからそのまま、高島屋のほうに来て……うん、……うん、……あ、見えた。こっちこっち」


 手を振る方向を見ると……ずんずんずんと、お袋登場。


「悠里ちゃん、お待たせしてしまってごめんなさい。……そちらの方は?」


 俺を見て、首をかしげながら尋ねてくる。……俺が俺だと気付いてないんだろうか。


「モデルの後輩のコでね、アキちゃんって言うの」

「なるほどモデルさんかあ。道理ですっごい美人だと思った」

「ありがとうございます。えぇと、はじめまして、アキです。……悠里先輩、こちらの方は?」

「ああ、ごめんなさい。悠里の母親で、純子と申します」


 本気で気付いてないのか、気付かないフリをしているだけなのか。判断つかないけど、とりあえずこっちとしては、お袋の前で『駆け出しモデルのアキ』に成りきって対応するしかない。

 心臓を裏側から、ごりごりと削られていくような感覚だった。


「お母様ですか。随分とお若いんですね。お姉さんかと思いました」

「生みの親じゃなくて、うちのパパの再婚相手だけどね」

「といっても、悠里ちゃんと同じ齢の実の息子もいるから、年齢としては変わらないけど」

「へぇ、意外です。……って、あんまりお邪魔してもいけないですね。悠里さん、今日はお疲れ様でした」


 白々しい会話をこれ以上続けるのもアレだし、顔を合わせるのもつらいので逃亡に挑戦。


「アキさん、待って。これからお時間ある?」

「えぇと、あたし門限があるので」

「嘘おっしゃいな。さっきまで『夕食どこにするかな』とか言ってたくせに」


 我ながらナイス言い訳だと思ったのに、即座に悠里に逃げ道を塞がれてしまう。


「ああ、そうなんだ。じゃあいい機会だし、ご一緒に食事でもなさらない?」


____________



「そういえば、雅明はどうしたの?」


 前にも来た、悠里おすすめの定食屋の席に腰掛けながら、そんな会話。結局、逃げ出すのに失敗したのがひどく辛かった。母親相手に女のフリ。悪夢に見そうだ。


「急に用事が出来て、今日は来れなくなったって」

「そうなんだ。楽しみにしてたのにな」

「雅明さん、ってどなたですか?」

「ああ、さっき言った、わたしの息子」

「そ。で、ついでに私の彼氏」

「んー……え? ってことは、姉弟同士で恋人なんですか?」

「まあ、連れ子だから血が繋がってないし、戸籍上は一応姉弟でも、普通に結婚できるしね」


 他人事として改めて聞くと、やっぱり少し不思議な感じのする自分達の関係だった。雅明の話題がそれから暫く続き、モデルのお仕事上での体験談、美容や化粧、ファッションの話に会話が転がっていく。

 俺の話題からそれたときは心底ほっとしたけど、でも美容や化粧の話に気楽に普通に参加できたのはどうなんだろうなあ。


 そんなこんなで、まあなごやかに食事も終わりかけたころ。


「ところで、雅明」

「うん?」


 お袋にいきなり名前で呼ばれて、つい返事してしまって、気付いて硬直。


「あの……お母様。いつから気付いていらっしゃいました?」

「背のすっごく高い、ハンサムな男の子と一緒に歩いているときからかな」


 ムセタ。

 最初っからですらなく、合流するはるかに前からだったとか。


「え? 何それ?」

「えーっとね。なんでか知らないけど俺、やたらにナンパにあってね。しょうがないから通りすがりの北村っていう、前言ったバスケの人にナンパ避け目的で同行してもらったんだ」

「そんな雰囲気じゃなかったけどなあ。手なんて繋いで、本当に初々しいカップルのデート、って感じで。キスなんてしてたし」

「わーわーわーわーわー」

「へぇ。……私の仕事中に男と浮気? これはお仕置きが必要かな」


 『それはぜんぜん大丈夫』、どころじゃありませんでした。目以外は笑顔なのが、逆にとっても怖いです。


「キスって言っても、ほっぺただよ? 荷物持ってもらったし、何かご褒美あげないとまずいかなあ、って思ってごめんなさい申し訳ありません俺が悪かったですもうしません」

「ま、詳しいことはまたあとで」

「でも、ナンパにあうのは分かるかな。なんというかスキだらけで、『あたしと一緒に居てください』って感じで、目を離せない、ほっとけない感じがすごくするもの。援助交際とかで変な病気でもらわないようにしてね?」

「息子が女装で歩いてて、まず気にするところはそこなんだ」

「キモい女装趣味なら嫌だけど……すごく似合ってて違和感ないし、美人だし、声も女声だし。……あなた、あれなの? 性なんとか障碍、だっけ?」

「別に俺、そういうのじゃないよ。心は男だし、女が好きだし、女の体になりたいわけでもないし。女装だって強制されなければするつもりはないし」

「でも、今日は別に誰からも女装を強制されてないよね?」

「女物の下着とか女性誌とか買い物するのに、こっちのほうが気楽かなあ、って。前、男の格好で買ったらすごく恥ずかしくて、ならいっそ、って。……大失敗だったわけだけど」

「ま、趣味のレベルで続けるならわたしも気にしないし、化粧やお洒落のアドバイスくらいなら出来ると思う。悠里ちゃんのベッドの下の奥にある、あなたの女装道具、もう別に隠す必要もないわよ」


 こんなとき、どんな顔すればいいかわからないの。笑えばいいと思うよ。そうなのか。


「あとは恋人に愛想を尽かされないようにしないとね。……こんな息子でごめんなさいね」

「いえ、むしろ息子さんを女装趣味にしてしまって、こちらこそごめんなさい」

「あら。そういう経緯。……でもそれは関係なかったと思うな。この子って昔も一時期女装にはまっていたころがあってね。ほっておいても、いずれまたやってたと思う」

「春美さん……でしたっけ?」

「いや、確か篠原……うん、篠原(むつみ)さん。あれ? わたしが知ってるのと別口がまだあるの?」

「ああ、そっか睦さんだ。言われてやっと思い出した。春美(仮)さんって言ってた人、確か本当はそんな名前だった。……前説明したとき、名前思い出せなくて、適当につけたんだ」

「そんなことまで話してたんだ。少し意外」

「でも、あんまり詳しいとこまで聞けなかったから、教えてもらえると嬉しいかな」

「あ、うちに帰ったらその時の写真あるわよ? 見てみる?」


 ……神様。俺は前世で、どんな重い犯罪をやらかしていたのでしょうか。


 そろそろ店を出ようかと、お袋がお手洗いに行くのを見送って。


「……悠里さ、今日のお袋のことは仕組んでたの?」

「いや全然。ママから一緒に食事したいって話が来て、あなたに電話かけても繋がらなくて、それでアキちゃんの格好で来たからびっくりしたもん。その分だとLINEもメールも見てないよね?」

「あー。つまり全部俺の自業自得なわけか」


 ……でも、今日は悪いことばかりじゃなかった、ような気もする。

 悪戯や演技や冗談でいつも誤魔化されてばかりいる悠里の本心。本当は俺の片想いで、空回りしているような気もしてきただけに、ふと見せてくれた嫉妬がなんだかとても心地よかった。

 もう2度と見ないよう、俺がしっかりしないといけないけど。


「……雅明、なんか変なこと考えてない?」

「いや、悠里とエッチしたいなあ、って。……こんなことばっかり考えててごめんね」

「むぅ。どうしよっかな。……そっか、『お仕置き』の内容決めてなかったね。じゃあ今日いっぱい、私に『駄目』とか『嫌』とか言うの禁止で。全部OKで答えてね」

「それ、どんな酷いことされるか怖いんだけど……」

「あら? そんなこと言える身分と思ってるのかな?」

「……そうでしたごめんなさい」

「で、今日はエッチはお預けで」

「分かりました従います。……こんな感じ?」

「ん。OK。……こんなことなければ、今日はするつもりだったんだけどね。残念でした」


 半分魂が抜けているところにお袋が戻ってきて、店を出る。


「あ、そだ。これからアキちゃんの服買ってあげたいんだけど、ママはどうする?」

「わたしも一緒に行っていいの? なら喜んで」


 『そんなの嫌だって』……と喉元まで出かけた言葉を、どうにか飲み込む。

 それからの時間は、拷問に近かった。お袋と店員さんの前で女の子のフリをして、露出度が高かったり、露出度が低くても可愛すぎる系の衣装を、店を回っては次々に試着させられて。しかも嫌とは言えなくて。結局4組くらい購入して、今はそのうち1着に着替えて、夜でもなお明るい街を歩く。

 以前、悠里と一緒に女子制服を着たときに比べると多少はマシな、でもそれがちっとも慰めにならない白地に赤の花柄で超ミニのフリルスカート。少しオフショルダー気味で襟ぐりの大きく開いた、同じ柄のトップス。羽織ったカーディガンの長い裾がお尻方面を隠しているのが、まだしも救いだけど。

 本当の女の子でも、こんなのを着たら恥ずかしいに違いない。ほとんど露出狂だ。カーディガンの前はあけているから、いつ膨らんだ股間が見られてばれるか不安すぎる。風が吹くたびに、金玉にほぼダイレクトに外気が当たって恐怖が走る。昼間の服装で恥ずかしがっていた俺を殴りたい。


「この身長で9号が入るとか羨ましい。脚もすっごく綺麗だし、隠しちゃ勿体無いわね」

「まあ、どうしてもヒップのラインとか男だし、昼間にこの格好はきついかな?」


 いや悠里様。夜でも充分きついです。


「でも似合ってて可愛いよ。もっと自信を持って、背筋をしゃんと伸ばしなさい」


 駅でロッカーから荷物を取り出し、家に到着した時点で、撃沈しそうな思いだった。

 ……しかし息をつく暇もなく、まだまだ試練の夜は続くのでありました。

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