08 嘘つきな少女たち 2013/03/30(土)
(やっぱり、悠里より脚のキレイな子っていないよなあ)
そんなことを考えながら、画面を下に下にスクロール。目に入った画像に思わず吹き出す。いつの間に撮影されたのか、以前甘ロリ&ゴスロリで街を歩いたときの写真があった。首から下しか映ってないから、これが俺だと分かる可能性はまずないとはいえ……けどこれ、実際には女装男2人の脚なわけだけから、一種の詐欺行為じゃなかろうか。
と、そこまで思ったとき、ドアがノックされる。
「入っていいよー」と声をかけると、部屋着のままの悠里?俊也?が入ってきた。
仕事の両親と、「春休みだし友達と遊びに行って来る」と出かけた俊也を送り出し、悠里は仕事で外出の準備中。残った俺はどうしようか迷ってネットを眺めていた、そんな状況。もっとも、さっき見送った俊也が本当に俊也なのか、今入ってきた悠里が本当に悠里かは分からないんだけど。
「あれ、悠里。今日は仕事って言ってなかったっけ?」
「さっきキャンセルのメールが入ってきたの。それで今日もゆっくり『アキちゃん』と遊びたいなぁ、って思って来たわけだけど。駄目?」
「どうせなら、雅明として一緒に居たいんだけどなあ」
一応、言うだけは言ってみた俺の言葉をスルーして、悠里?が目ざとくモニタに映った写真を見つける。
「あ、これ前に外出したときの写真じゃない。どうしたの?」
「美脚スレ検索して適当に見てたら、なんかアップされてたのを偶然見つけてしまって」
「ああ、この間言ってたやつね。どう? 私の脚は見つけられた?」
「今のところはないかな。また今度、暇なとき探してみるよ」
流石に美脚スレの会話まで俊也に伝えてないだろうし、やっぱりこれは悠里でいいのか。
「それはそうとして、今日は一日一緒に遊びたいけど大丈夫?」
「もちろん」
「じゃあ、お風呂にお湯入れてるから入ってきてね♪ ゆっくり浸かって、綺麗にしてきて」
PCの電源を切り、言われたとおりに風呂に入る。花の香りの入浴剤が入っている、ぬる目のお湯だった。白く濁ったお湯の中、ゆっくりと自分の身体をマッサージする。ほんの少し前とは違って、すべすべつるつるになってしまった肌の手触りが、情けなくも気持ちいい。
悠里が喜んでくれるなら、これくらい別にどうってことはないんだけど、でも男としてどうなんだろう。相変わらず迷子になりっぱなしの俺の心だった。悠里に教えてもらったとおりの手順で、全身と髪とを丁寧に洗う。今まで使おうと思ったこともなかった、トリートメントやコンディショナーまできちんと手順どおりに。
今までカラスの行水状態だったのに、風呂に40分以上かかるのがデフォルトになってきている。これが意外に気持ちよくていいんだけど、春休みが終わったら大変になりそうな気がする。うちの風呂、悠里と一緒に入れるだけの広さがあれば良かったのになあ。風呂から上がってまず時計を見ると、1時間近くが過ぎていた。
ふわふわした肌触りのいいバスタオルで、綺麗に全身を拭いていく。風呂場に置いてある、等身大の鏡に自分の姿が映る。男とも女ともつかない中途半端な姿。悠里(や俊也)と比べると、女らしさやスタイルの良さで完敗だけど、それでもさっき美脚スレで見た下半身の半分よりは綺麗なんじゃないかな、と思ってしまう。
ウエストは微妙ながらくびれが出てきたように見えるし、試みにバスタオルを胸で巻いてみたら、それだけで女に見えてきてドキドキする……って、なんで今まで悠里がニヤニヤと見ているのに気付かなかったんだろう。
「うんうん、いい感じじゃないの♪ 続けて続けて」
「いや、もういいよ。正直すまんかった」
慌てて着る服を探しても、用意しておいた男物の下着とかはどこにもない。代わりに置いてあるのは、悠里愛用のピンク色のバスローブ。
「俺の着替えは?」
「そこに置いてるバスローブ着てね。……別にその格好でもいいけど♪」
バスタオルとどっちがマシなんだろう。結局バスローブを着てみたけど、激しく後悔。自分の風呂上りの肌から漂う花の香り、石鹸の香り、シャンプー類の香り。そしてバスローブから漂う悠里の香り。とにかく尋常じゃない世界だった。
「ずいぶん待たせちゃってごめんね」
「私もお肌の手入れをやってたから、気にしないでいいよ」
ブルーのタンクトップにホットパンツ姿の悠里が、笑いながら応えてくれる。珍しくむき出しになった、細くて長くてほどよく肉のついたキレイな脚線美に見とれる。
用意しておいてくれたスポーツ飲料でのどを潤し、手招きされるままに椅子に座る。悠里の細い指の感触を心地よく思いながら、顔のパックに始まり温泉水スプレーやらボディミルクやら、半月前までは名前も知らなかった液体たちが塗り込められていくのを待つ。
もう少し真面目にやり方を勉強して、悠里にしてあげたいな……そんなことを思ってみる。
そのまま二人で肌の手入れとかして過ごしたあと、今日の着替えとして差し出されたのは、もうおなじみになってしまった、女物のピンクの下着だった。脚を通すと、慣れたくないのに慣れてしまった優しい感触が俺の下半身を包んでくる。
ブラジャーを背中で留めてもらい、パッドを入れ、ウエストニッパーをはめる。
「少しきついけど、大丈夫かな?」
前回より更に1段階細い、このウエストニッパーの一番細いところでホックを留められる。
「今はなんとか大丈夫だけど……セックスするときは無茶苦茶息がきついから緩めてくれない?」
「ああ、それ気付かなかった。ごめんね。気をつけるようにするから」
「こっちも先に言っておくべきだった。……でも、これだけ絞っても悠里より太いからなあ」
「これで64cmだから、女の子としても充分細いほうだよ♪ 身長が172cmだと、女性の理想のプロポーションでウエストが確か65cmだったかな。いい感じだと思う」
男として、それはどうなんだろう。
毎度のピンクのスリップを着て、黒ストッキングをはく。そしてまあ、予想通りというかなんというか、渡された(悠里の後輩からもらったという)女子高の制服一式を着こんでいく。クリーニングに出されて、ぴしっと綺麗になった一品だ。
まずは白いブラウスを身に着け、スカートに脚を通す。
「今日はスカートは短くしないの?」
「お外歩くから、そのままの長さでいいよ……アキちゃんがしたいなら短くするけど」
やっぱり外出るんだ。だぼだぼだったウエストを調整して、ぴったりのところまで合わせる。青と茶色のチェックのミニスカート。半分以上出た太腿と、スカートの前に並んだ金ボタンが羞恥心をあおる。ネクタイをつけて、クリーム色のセーターと茶色のブレザーを羽織る。セーターなしでぴったりだった肩は、少しきついけどまあ無理のないレベルで納まった。
「首とかサイズ大丈夫? きつくない?」
「ちょっときついけど大丈夫そう。肩幅とか喉仏とか目立たない?」
「肩幅は悪くないと思うよ。喉仏は……俊也ほどじゃないけど、気にならないと思う」
今日はカツラもなしで、悠里より少し短い程度の髪を女らしく整えてピンクのカチューシャで留め、薄めの化粧をしてもらい、ごく軽く香水をつける。回数を重ねるたびに、段々と女装に抵抗がなくなってきている自分が怖い。”雅明”ではなく『アキ』でいることが自然になりつつあるのが怖い。
今はもう、『アキ』に成りきってしまってみてもいいんじゃないか。そんな誘惑? に駆られ、無駄な力を身体から抜くよう、大きく息を吐き出してみる。
ふと、違和感を覚えた。
“俺”ではなく、『あたし』の思考に合わせて唇を開く。
「……お姉さま、じゃないんですね」
「あれ? どこで気付いたの?」
「……なんとなく? というか、何で分からなかったのか不思議なくらい」
「そっかー。雅明は凄く鈍感なのに、アキちゃんは鋭いのね♪」
悠里の格好をした俊也が、面白そうな顔と声色で言う。
「あのヒト、なんだか鈍感すぎてあたしも恥ずかしいです。……俊也さんのことは、なんて呼べばいいんでしょう。あたし、悠里さん以外を“お姉さま”って呼びたくないなぁ、って」
「そうね……この状態だと、私も悠里だから……うん、私のことは『悠里お姉さま』って呼んでくれると嬉しいかな♪ “お姉さま”のほうが本当の悠里で」
「んー。……分かりました。そうしましょう」
よく分からない感覚だった。
まるで鈍感な兄のことを呆れながら話すような調子で、アキが同じ人物であるはずの俺のことを話している。
いつも意識していなかった匂いが気になり始める。同じ香水を使っていても、悠里と俊也の肌の匂いには違いがある。普段なら、ごく近くで嗅がない限り分からない差なのに。俊也と悠里じゃ肌の色あいに微妙に違いがあるし、声にも微かながら違いがある。
……女装しているだけのはずなに、感覚まで女のそれに近づいてきているのだろうか?
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スカートの中を、春の風が通り過ぎる。
優しい感触と匂いにうっとりとする。『アキ』の五感を通じて感じる世界は、これまで慣れ親しんできたものとは大違いだった。
少し自分の家のドアを離れて、悠里お姉さまが家の鍵をかけるのを待つ。
あたしと同じはずの女子制服が、段違いでよく似合っている。ウエストあたりまでのストレートの黒髪もきれいになじんでいる。ちょっとした仕草まで凛として女らしくて綺麗で、本当に絵になる美少女ぶりだった。
「じゃあ、アキちゃん行こっか……どうしたの?」
「いえ、悠里お姉さまってほんと、素敵だなぁ、って見とれてました」
「あらあら……ありがと。でもアキちゃんも充分可愛くって素敵だよ。自信を持っていいよ♪」
これ、男同士でする会話じゃないだろ……と思わず雅明の素に戻って突っ込みかける。その瞬間、なぜかこみ上げてくる羞恥心。なんでハタチ近い野郎が、よりによって女子高生の制服を着て、ミニスカート穿いて、化粧までさせられて街を歩かないといけないのかと。近所の人に見つかったらどうするのかと。
「ん? どうしたの? アキちゃん……顔が雅明になってるよ。さっきみたいに成りきってしまったほうがずっと楽だよ」
後半は小声で、俊也がささやく。半分やけくそで、アキという名の仮想的な人格に意識を戻す。
「ごめんなさい。悠里お姉さま。……そういえばあたし、ウィッグもパニエもなしでお外に出るの初めてだから、不安になっちゃって。おかしなところないですか?」
「いや、ぜーんぜん、そんなことないよ♪ さっき鏡で見て確認したとおり、アキちゃんはとってもとっても素敵な女の子だよ♪」
その言葉を素直に嬉しく思う自分がイヤ……じゃない。うん、あたしは素敵な女の子。今はお姉さま達には敵わなくても、いつか並べるところまで魅力的な自分になりたい。そう思うよう、意識を切り替えていく。
そして、自分のできる一番ステキな笑顔を作って、お礼を言った。
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電車1駅分移動して、ごく軽く遅めの昼食を取って。
男でいるときには、『女同士ってよく喋るもんだな……』と呆れることも多かったけれど、その間ほとんどずっと(実は男な)2人で色々話しては、他愛ないことで笑ってあっていた。
ここしばらく『女声の出し方』も教えてもらっていて、ようやくなんとか『ハスキー気味な女の子に聞こえる声』が出せるようになったところ。それでも『6ヶ月くらいかかるのが普通だから、凄い早い』と褒められた?けど、果たして喜んで良いものなのかどうか。女装関係の技術ばかりうまくなってもねえ……というところである。
それでも『女の子同士の会話が普通に出来る』。それだけで嬉しいと感じている自分に驚く。
背が高めの超絶美少女と、背が高いそこそこ美少女の組み合わせはやっぱり人目を引くらしい。そしてそんな視線を、気持ちいいと思ってしまう自分がいる。
でもいいんだ。自己嫌悪に浸るのはあとあと。今はこの時間を目一杯楽しまなきゃ。半分無理やり自分に言い聞かせ、ついつい出たがる”雅明”としての自分を押さえつける。
「あぁーん、また失敗ー」
脚の赴くまま適当なアミューズメント施設に入って、クレーンゲームで可愛いぬいぐるみを見つけて、つい欲しくなって挑戦してみる。でもお姉さまも余り興味がなかったこともあり、経験値のないあたしのこと、うまくいかない。悠里お姉さまも、いいところまではいくけど、やっぱり駄目だった。
そんなあたし達を見かねたのか、男の子2人連れがやってきて、
「ちょっとやらせてくれないかな?」
と言ってきた。「どうぞ」と譲ると、真剣な表情であたしの欲しかったぬいぐるみを狙ってくれる。……ひょっとして取れるかな? と思ったら、実はあたしより更に下手だった。
「こういうのはね、狙った獲物はちゃんと釣り上げないと、女の子も釣り上げられないぞ」
呆れ声の、悠里お姉さまのコメントにみんなで大笑いしてみたり。
「ごめんごめん、いい所見せようとして大失敗。慣れないことするんじゃないなあ」
「そだね」というあたしのコメントに、更に大笑い。
「ついでにもう一つ、慣れないことしていいかな。……君たち、これからお暇?」
流石にナンパされるのは怖いと、断りの言葉を考えていると、
「うん、6時までなら大丈夫♪」
と悠里お姉さまがオッケーしてしまう。そのまま立ち話で軽く(あたし達は嘘だらけの)自己紹介。
やたらと背の高い子たちだった。あたしでも見上げないといけないくらい。特に片方の、北村とかいう無口でハンサムなほうは身長190cm越えているんじゃなかろうか。もう一人の伊賀と名乗った、愛嬌のある丸顔の子でも多分185cmくらいだと思う。
元バスケ部だそうで体格も無茶苦茶良くて、この2人に囲まれていると流石のあたしでも、なんだか自分が小さな女の子であるような気分になってしまう。本来1つ年下の少年達に、『年下の女の子』として扱われるのも面白い。新鮮な感覚に、口許がほころぶのを止められない。
ハンサムさんのほうは、悠里お姉さまと並んで見劣りしない美形で高身長。元バスケ部のエース兼主将で、スポーツ推薦の話もあったのを蹴って、家業の開業医を継ぐために国立大の医学部に普通に合格したという『何そのチートキャラ』状態。本来なら、悠里はこういう人と結ばれるべきなんだろうな、と内心複雑な気分になる。
取り損ねたぬいぐるみさんに小さく手を振ってお別れして、プリクラコーナーへ。ガラスで盗み見ると、男の子2人は、後ろでこそこそ喋ったあと、じゃんけんとかしている。たぶんどっちが悠里お姉さまと一緒に写るか勝負なんだろう。失礼な。その後、そのチート男に手招きされ、プリクラのカーテンの中に入る。
あたしの肩に、腕が回される。『この人、全然女慣れしてないんだ』と分かるぎこちなさ。ふりほどくのも無粋かと、そのままの格好で撮影を終える。
「北村さん、じゃんけんに負けちゃったの? 残念」
「あれ、じゃんけんばれてたんだ……でも、勝ったのは僕だよ」
……え? 反応に困るあたしをよそに、北村さんが2回目のコインを投入。
「アキちゃん、こっち向いて」
言葉通りに振り向いたあたしの目に、どアップで彼の顔が迫る。約20cmの差を埋めるために無理に屈んだ状態で、ちっとも上手くない、それだけに真剣さが伝わってくるキスだった。
混乱してふりほどこうとしても、いつの間にか背中に回された腕が許してくれない。シャッター音が流れ、見事にチュープリが撮られてしまう。撮影が終わり、腕の力が緩んだすきに、わたわたと脱出。
どうしよう顔が真っ赤で彼の顔をまともに見ることもできない。
「ちょっと強引すぎましたかね? 嫌われちゃいましたか?」
「いや、これは脈ありと見ました」
伊賀さんと、悠里お姉さまが無責任に茶々を入れていたりする。
「……あのぉ、北村さんって、彼女とかいないんですか?」
「ずっと男子校で、女の子と付き合ったことはないんだ。アキちゃんみたいにドキドキする子に会ったこともない。もしよければ、僕の恋人になってくれないかな」
「……嬉しいんですけど、でもごめんさい。あたしにはもう、付き合ってる人がいるから」
「そっか、もう彼氏いるんだ。そりゃそうだよね。こんな魅力的な子に、恋人がいないわけないか。……本当にごめんね」
それだけ聞いてトイレに逃げ込み、便座に腰をかけて深呼吸。でも、無意識に入った先が女子トイレだったのは偉いと思ったけど、これから先、“俺”本当に大丈夫だろうか。逃げいてる最中ちらっと見えた、彼のズボンの前は随分と窮屈な状態だった。そして、それを見てフェラチオとかしてあげたいと思っている『アキ』の存在が怖かった。
ぶんぶんぶんと頭を振って、ついでに小用もして、キスで取れた化粧も軽く直して、ようやく皆のところに戻る。今自分が男なら、顔も洗っていたところだ。まだ彼の顔をまともに見られない。代わりに、じっと見つめる北村さんの視線を感じる。
「アキちゃんの彼氏さんって、今日は一緒にいないのかな」
伊賀さんが、フォローのつもりなのかそんなことを聞いてくる。
「そのぉ、今日はお仕事中だから」
「へえ。社会人?」
「いえ、大学生なんですけど、モデルの仕事もしてるので」
「うわ凄いねぇ。……ひょっとして、アキちゃんも将来、モデルとか目指してたりする?」
「あたしなんか、とてもとても」
「背高いし、スタイルいいし、顔かわいいし、絶対合うと思うんだけどなあ」
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その男の子2人連れとも6時で別れ、2人で女物の服を買いに行く。
「7時半までに、どれか好きなもの1揃いを選んでね。アキちゃんにプレゼントするから」
センスを問われる、割と難問だった。172cmの身長に合う可愛い服ってあんまりない。色々店を回ったあと、ようやくピンときたものがあった。半ば透けるほとんどマキシ丈の白いロングスカート。シンプルだけどフリルのついた可愛いデザインのロングブラウスの上に、長めでクリームピンクのニットカーディガンを羽織る。
どこかで見たような、と思っていたら、店長さんに「それ、瀬野悠里ちゃんのコーデよね。ファンなのかな?」と言われてしまった。
そういえばこれ(随分昔の話に思えるけど)、撮影でスタジオまで迎えに行った際、悠里お姉さまが着ているところを見たことのある衣装一式だった。
「よくご存知ですね♪」と返事したけど、隣に本人がいるので笑いを堪えるのが大変。
そんな服のまま、店を出る。道行く人の視線が気持ちいい。
「悠里お姉さま、ありがとうございます」
お辞儀をすると、途中で購入した可愛らしいイヤリングが耳元で揺れる。その感覚もなんだかくすぐったい。
悠里お姉さまも、あらかじめ持ってきていた私服に着替える。ワインレッドのロングワンピースに赤いボレロ。無地で飾りのないシンプルさが、かえって悠里お姉さまのスタイルの良さと端正な美貌を強調して、女のあたしでも見とれてしまう。
……本当はどっちも男なはずなのに、どこまでも感覚が狂いっぱなしでいけなかった。
その格好で、待ち合わせ場所に移動して待つ。ナンパ男が寄ってきては、悠里お姉さまが視線だけで撃退することを何回か繰り返したあと、ようやくお姉さまがやってきた。
黒いジャンバー、黒いシャツ、黒いジーンズ。黒ずくめの完全に男物の衣装がスタイルの良い細身を強調して、ついぼぅっと見とれる。
「待たせちゃったかな? ごめんね」
謝る身体に飛びつき、キスまでしてしまう。
ここが往来ということも忘れて──いや、見ている人みんなに、あたしの愛を見せ付けるように、濃厚なキスを。……って、ちょっと待ったアキ。流石にやりすぎだ。慌てて体を離して、小声で「ごめんね」と謝る。
「いや、嬉しいけど……どうしちゃったの? アキちゃん」
「今日のアキちゃん、本当にびーっくりすることばっかりだったよ♪ ゆっくり話したいから、お食事できるところ行こっか。……俊也、何か食べたいものある?」
お姉さまの言ったお店に、3人でおしゃべりしながら移動する。
「お姉さま、結局今日はお仕事だったんですか?」
「うん、初めてのまともなTVCMの撮影。流石に俊也にも譲れなくってね。……って色々言いたいことあるけどさ、今日は私が悠里ってことばれちゃったんだ」
「ばれたというか……見抜いた? アキちゃんって凄いんだよ♪」
それから、家での様子、女声の特訓、電車内の様子、アミューズメント施設の出来事やそこで会った男の子たち、今着ている服のお買い物の様子までことこまかに解説していく。自分の意識をアキに保った状態でも顔が真っ赤になっている。雅明の素に戻ったら穴に埋まってその穴を爆破したくなるような出来事ばかりだった。
「その北村って人、どんな人?」
食事も終わって、今日の出来事も説明し終わって。興味津々といった体で、お姉さまが聞いてくる。その言葉に、待っていましたとばかりにプリクラを差し出す悠里お姉さま。
チュープリもそうだけど、その一枚前の写真とそれに書き込んだ落書きも妙に気恥ずかしくて、顔を手で覆って脚をバタバタさせてしまう。
「うわ、確かにハンサムだなあ。こうして見るとお似合いの美男美女カップルって感じで、ちょっとやけてしまうな」
「そんなこと言わないでくださいよぅ。あたしは──アキも雅明も、お姉さまのものです」
「嬉しいこと言ってくれるじゃない♪」
にんまり笑って、あたしの頭を撫でてくれる。顔がとろけそうになるのを止められない。
「雅明はお姉ちゃんのでいいから、アキちゃんは僕に譲ってくれないかな」
少年の声に戻って、悠里お姉さまが言う。
「あら、惚れちゃった?」
「うん、割と真剣に。だってアキちゃん、可愛すぎるんだもの」
「でも駄目、“俊也”には絶対譲ってあげない。……『悠里』相手なら考えなくもないけど」




