07 無駄な抵抗 2013/03/26(火)
昼食後、悠里の部屋に入ると、俺の恋人が制服を広げて眺めているところだった。
「それ、懐かしいね。どうしたの?」
「うん。後輩の子にお願いしてたのが届いたから」
「さっきの宅配ってそれなんだ。……ってことは、それ悠里のじゃないのか」
『制服が可愛い』ことで有名な、ちょうど1年前まで悠里が通っていた女子高の制服。着ていた当時はこの美人の義姉と、恋人同士になれるとは夢にも思っていなかったわけだが。
「うん、私のはこっちに別に用意してあるの♪ ……制服でレズプレイしたくなってね」
「却下で」
「レズプレイしてみたくなってね?」
「却下で!!」
……まあ、無駄な抵抗だとは、最初から分かってはいたのだが。
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両親は仕事、明日が終業式の俊也は学校、悠里は一日オフの恵まれた日。久々に2人でゆっくりできるかと思いきや。
悠里と並んでベッドに腰掛け、1週間前とは変わり果てた姿になった自分の身体を見下ろし、ため息をつく。
着ているのは女物の下着1枚。淡い系のピンク色、細かなレース飾りがなんともいたたまれない気持ちにさせてくれる。
「うん、雅明、すっごく綺麗になった。……色々、わがまま言ってしまってごめんね」
悠里がそのほっそりした手で、むき出しになった俺の太腿を撫でながら言う。
結局何かお医者さんに連れて行かれて、俺の脚……どころか腕や陰毛や髭までを完全に脱毛処理されてしまった。
しばらく効果もなく不思議に思っていたら、昨日一昨日あたりで面白いくらいに抜けてきて、今はつるつるの状態だ。
残っている体毛は髪の毛、眉毛、睫毛だけだという。あ、鼻毛もか。
悠里と俊也の行きつけという美容院にも連れて行かれて、眉毛も、少し伸びていた髪の毛も、『やや女らしい』レベルで整えさせられた。なんと鼻毛も専用の道具で手入れされて、俺の体毛の中では睫毛だけが素のままだという。
両親とかは特に何も言ってこないけど、はて、どう思われているのやら。
「つきあってくれて、本当にありがとうね」
とても嫌ではあったけれども、でもその感謝の一言ですべてが吹っ飛ぶ。
「いや、悠里のためならこれくらい何でもないよ」
それは本心だけど、口にすると自分でも歯が浮きそうな言葉になってしまって恥ずかしい。
「……じゃ、はじめよっか」
しばらくあって、そう言って悠里が立ち上がる。
例のピンクでフリル満載のブラジャーを身に着け、後ろのホックを悠里に留めてもらって、パッドを入れて位置を調整する。
「少しくびれができてきた?」
「1週間程度だと、まだ効果は見えてこないと思うけどなあ」
俺のウエストのラインに指先を這わせながら、悠里が聞く。先週の女装外出以来、美容体操や、肌などの手入れ方法を、俺は俊也を先生に勉強中だ。
そのウエストに、これまたピンク色のウエストニッパーを巻きつける。美容体操の効果が出ていたのか、先週よりも1段階細い箇所でホックが留まった。
「ショーツは?」
「どうせすぐ脱ぐんだから、今日は最初から穿かなくていいよ」
そうなのか。
これもピンクのスリップを身に着け、太腿までの長さの黒いストッキングを穿く。前に2回女装したときとはまったく違う、とてもとても気持ちいい感触がする。すね毛を脱毛しただけで、こんなに肌の感覚が変わってくるのかと、少し悩んで気付く。そういえば普通のジーンズを穿くと、ガサガサした感触がして少しつらいものがあった。
「アキちゃん、綺麗な脚してるよね♪ ネットに写真上げたら、美脚スレの常連になりそう」
「なにそれ?」
「脚フェチの人が集まって、綺麗な女性の脚の写真をアップしてる掲示板のスレッドとか、そういう写真をまとめたサイトとか……知らない?」
「俺は悠里で間に合ってるから、そういうのはチェックしてないかな。どうせ悠里より綺麗な脚とかないだろうし。……悠里や俊也の脚なら、いっぱいあがってそうだけど」
「うん、たまに見かける」
「……でも悠里ってさ、俺を最終的にどうしたいのかな」
「最終的に、って?」
「玉も竿もなくして、俺を完全に女にしてしまいたいのか、どうかとか」
「……んー。“私の彼氏”って部分は、絶対守って欲しいかな。だから、女になるのは絶対禁止。女性ホルモンも当然禁止。それさえ守れば、あとは美人になればなるほど嬉しい感じ」
「よく分からない基準だけど……でも良かった。俺に女になって欲しいとか言い出さなくて」
「私、レズじゃないもん。やっぱり男のほうがいい」
じゃあさっき、「レズプレイしてみたい」と言っていたのは何なのだろう。
それはそうとして、女装再開。ブラウスに袖を通して左前の勝手の違いに苦労しつつボタンをはめ、スカートをはく。青と茶色のチェックでミニのプリーツスカート。ウエストは心配だったけど、ウエストニッパーのおかげか割と余り気味だった。ただ、太腿が半分以上丸見えなのが羞恥心を煽る。
「もっと、短くしたいな」
それなのに、悠里はそんなことを言ってスカート丈を調整する。抵抗も意味無く、かがめばお尻が見える超ミニスカートにされてしまう。薄茶系の色をした、可愛らしいデザインのブレザーを身に纏う。意外なことに肩がぴったりで、それ以外は少し大きめなくらいだ。
「そういえば、この制服どうしたの?」
「後輩の背の高い子に、『卒業後に、制服がいらないならちょうだい』ってお願いしてね。身長が確か174cmだったかな。でも、ぴったり合うようでよかった♪」
俺より背の高い女子高生か……なんだか色々と複雑な気分。その少女のものだろう、悠里とは違う女の子の匂いが漂ってきて、不思議な気分になる。
「ネクタイは締めないのかな」
「今日は部屋の中で過ごすつもりだから。外出したいならつけてあげるけど、お外行きたい?」
「この格好で街中を歩くのは、流石に勘弁」
「だよね。普通、この制服着た子は外出しない時間だし、補導とかされそうだし。今日はネクタイなし」
『今日は』ということは、明日以降はありうるのだろうか?それに期待している自分に困惑している俺をよそに、悠里がメイクを始める。
「……肌の具合、ずっと良くなってきてるね。追い抜かれないよう、私も努力しないと」
「それはないと思うけどなあ。悠里の肌、すごくきれいだし」
「あら、ありがと♪ でも、この一週間で分かったでしょ。これは努力の賜物です」
「うん。身にしみたよ。『美にかける情熱』って言うのかな。本当、凄いと思ったわ」
30分ほど化粧が続き、仕上げとしてピンク色の口紅とグロス?が塗られる。
「今日は早く済んでよかった。また2時間コースなら大変だったし」
「お肌の基礎から作らないといけない状態だと、時間がかかるからね。お肌つるつるで化粧のノリが違うし、前より随分楽になったかな。もっともっと綺麗になってね。アキちゃん」
素直にこくんと頷きそうになって、慌てて止める。
一番最後に、前にもつけた、脇の下までの長さの黒髪ストレートロングのカツラをかぶる。とりあえず今日はこれで完成形か……と思ったら、耳たぶの後ろに香水をつけられた。
「じゃあ、私も制服着るから、アキちゃんは自分の姿を鑑賞して待っててね」
悠里がそんなこと言って移動式のスタンドミラーを俺の目の前に持ってきて、その裏でもそもそと制服に着替え始める。
目をそらそうと思えば簡単にできるはずなのに、鏡に映る『少女』から目を離せない。そういえば、ここまでまじまじと女装した自分の姿を見るのは初めてかもしれない。鏡の中の少女が、瞬きの少ない、日本人にしては色素の薄い瞳で見返してくる。普段は一重の目がメイクで二重にされている。それだけでも随分印象が変わるものだと感心する。
どこかしら危うげな感じが漂う、人形めいた女の子だ。それが俺だと今一ピンと来ない。高校生の制服が、『少し背伸びして』いる印象すら与える。そんな、あどけない少女。
記憶の奥にある『アキちゃん』を思い出させる姿。思春期の、『女としての成長』を迎えることのない、永遠の少女。そんなフレーズが浮かんで自分で恥ずかしくなる。
「うんうん、アキちゃん、すっかり自分に見蕩れちゃって、いい感じ♪」
着替えを手早く済ませた悠里が、俺のすぐ隣に身体を密着させて座ってきた。
「……そんなことないって」
「素敵な女の子になるためにはね、まず自分自身に恋しなきゃいけないんだ。自分で自分を好きになれないなら、他の誰も好きになってくれない」
そう言って、キラキラした目で俺を見ながら、俺の手の上に手を重ねてくる。
「大丈夫。アキちゃんはとっても素敵な女の子。……だから、もっと自分に素直になって」
鏡の中に、女子制服姿の2人がいる。
両親の再婚から1年前までの期間、ずっと憧れだった悠里の制服姿。あの頃より更に一段と美しさと輝きを増した少女と、恋人として一緒に居られる。まるで夢のような気分。男なのに、それと同じ制服を着せられて、その隣に座っている。まるで悪夢のような気分。
「そんなこと言われても、俺、男なわけだしな……」
「“俺”じゃなくて、『あたし』。男じゃなくて、女の子」
「ついさっき、俺に『女になるの禁止』って言ったのに」
「それとこれとは別。ね、今日は夕方までおままごとに付き合って」
一応、俺が抵抗はしたことは明記しておく。
もちろん、無駄な努力だったわけだが。
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ベッドの上、互いの容姿や美容の話を皮切りに、悠里を「お姉さま」と呼び、女の子に成りきって2人で女子?トークを繰り広げる。なんだかそれを楽しいと思っている自分が嫌だ。
「ね、アキちゃんって好きな人いるの?」
「いますよぅ」
「ね、ね。どんな人?」
それをお前が聞くか、と一瞬素に戻りかけたけど、言葉を選んで回答してみる。
「……んと、すっごく格好いい人です。すらりと背が高くてびっくりするほど美形だし、外見だけじゃなくて、あたしなんかよりずっと大人だし、頭いいし、色々努力してるし」
ニヤニヤ笑いながら聞いている悠里に、少し逆襲。
「そういうお姉さまは、好きな人いるんですか?」
「私の好きな人は、そうね。可愛い子だよ♪ 外見もすっっごく可愛いし、ひねくれているふりして根は素直だし、私がいじわるしても、なんだかんだ言って喜んでくれるし」
あかん。全然逆襲として成立しなかった。それにしても俺(俺のことだよな? これ)、そんな風に受け止められていたのか。否定しきれない自分が悲しい。
「その子に不満があるとしたら、自分の魅力に気付いてないとこかな」
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「はい、アキちゃん。どうぞ♪」
「ありがとうございます。お姉さま」
しばらく会話を重ねたあと、お姉さまが持ってきたジュースを、ストローで飲む。その冷たさが気持ちいい。
「お姉さま、ジュースを飲むところまで絵になるんですね。きれいだなぁ」
「どんなときでも美しくなるように、心がけて練習しているからね♪ でもアキちゃんも、すーっごく可愛いわよ。惚れ直しちゃった」
「そんなぁ」
……っておい。なぜ俺はナチュラルにこんな会話をしているんだ。
大体、ジュース飲むのにストローなぞ使ったこともないし、こんな風に膝をぴったりつけて可愛らしく座って、女の子らしい様子でジュースを飲みたいと思ったわけでもない。20歳近い男がやっていいことじゃないだろう。これ。
「アキちゃん、どうしたの?」
「いえ、とっても美味しいですぅ」
素に戻りかけたところに声をかけられ、笑顔でごまかす。そこからまた、しばらくガールズトーク。
でもさっきよりずっと演技の部分が減っているのは分かる。気恥ずかしさは殆ど霧消している。『アキ』という少女として受け答えをする自分に、新鮮な眩しさすら覚える。崩れたメイクをいったん落とし、二人でメイクの練習までしたりもする。憧れのお姉さまと一緒に過ごす、幸福な時間。
ふと我に返ると、そんなことを考えている自分が非常に怖かった。