05 猫の日 2013/02/22(金)
ネコミミである。
まごう事なき、ネコミミであった。
目の前には、黒と白の、スカートの短いメイド服を着て、頭にネコミミのカチューシャをつけた少女?が立っている。肩がパフスリーブの長袖で、フリルのつきまくった白いエプロンが胸を強調している。
体育会系なのか背が高く筋肉がついているが、そこそこ美人の部類には入るだろうか。
身動きするたびに、『たわわ』、という表現の似合いそうな豊かなオッパイが震える。ウエストはきれいにくびれ、大きく膨らんだスカートとの対比がいい感じだった。脇の下あたりまで伸びているさらさらの黒髪が綺麗だ。脚は黒いニーソックスで包まれ、筋肉質だけどすらりとした脚の絶対領域がいい感じだと、少し思ってしまった。
「……なんでネコミミなの?」
「知らない? 今日はにゃーにゃーにゃー(2/22)で猫の日なんだって」
「すまん。質問間違えた。何で俺もネコミミなの?」
「可愛いからに決まってるじゃない。似合ってるわよ? 雅明……いやアキちゃん」
今、俺が立っているのは等身大の鏡の前。
補正下着やパッドで整えられた俺の体のラインは確かに女のものに見えるし……昼すぎから2時間もかけて延々と厚化粧されたはずなのに、顔はナチュラルメイクの女の子に見える。『女は化ける』とは言うけれど、こんな形で自分自身で体験するはめになるとは。
「どこに出してもおかしくない美少女ぶりだと思うよ♪ こんなに綺麗になると思わなかった。惚れちゃいそう。……アキちゃん。僕と付き合ってくれないかな」
「ごめんなさい。あたしにはもう、付き合ってる、大事で大好きな人がいるんです」
「ちぇ……今度外でデートしてみたかったのに」
鏡の中、俺と並ぶ形に移動してきた、おそろいのメイド服に身を包んだ人物が舌打ちする。
俺と同じようにネコミミをしている以外に、短いスカートを持ち上げてS字型の猫尻尾がついていて、動くたびに先端に付けられた鈴がチリンチリンと鳴る。
こちらは掛け値なしの美少女で、同じ衣装なはずなのに(だからこそ?)違いが際立って見える。俺のほうが5cm背が高いのに、ウエストの位置はこの子のほうがずっと上。顔の可愛らしさ大きさの違いが丸分かりだし、首の細さも肩の広さも大違い。ウエストニッパーで絞った俺のものより、ウエストだってずっと細い。
同じ“女装男”なのに、この差は一体なんなのだろう。
──はい、こいつは俺の義理の弟の俊也です。
「今のお断りの言葉、ちょっとジンと来ちゃった」
その俊也と見分けがつかないくらいそっくりな、もう一人の美少女が俊也と俺を挟む形で傍に立つ。ただ着ている衣装は一緒でも、こちらは耳はあっても尻尾はない。
義理の姉にして俺の恋人、ついでに現役大学生モデルであるところの悠里である。
「でもアキちゃん、ちゃんと女の子になりきってて偉いねえ」
「少しノリノリで返事しただけだって。これすごく恥ずかしいんだから」
「そんなこと言っちゃって」
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ベッドの上、悠里とぴったり並んで腰掛ける。尻尾が邪魔で座れないのか、俊也は悠里のすぐ傍で立ちっぱなしだけど。
無意識に膝をぴったり閉じて座りかけて、慌ててわざと胡坐をかいてみたり。
「……でも本当、雅明がこんなに美人になると思わなかった。モデルでもアキちゃんより不細工な子いっぱいいるよ? 背高くて見栄えいいし、モデルやってみない?」
俊也の尻尾を右手で軽くもてあそびながら、悠里が言う。
「いくらなんでもそれは言いすぎ……ありえないってば」
「まあ少なくともうちのクラスの女子で比較するとトップレベルだよね♪」
「アキちゃんって、どっかで見た顔だと思ったら、ママにそっくりなんだよねー」
「ママ、美人だもんね♪ 私もママみたいな大人の女になりたいなぁ」
「それをお前が言うな俊也」
会話の合間にも、ニヤニヤ笑いながら悠里が俊也の尻尾を揺らしている。鈴が鳴るたびに、俊也が太腿をもじもじさせて顔を紅潮させているのが地味に気になる。
「だけど、ネコミミメイドって破壊力高いなあ。悠里みたいな美人がしてると特にすごいや」
「そんなに気に入った? また着てみたい?」
「俺が着るのは勘弁。……悠里。キスしていい? 女装男が相手はキモくて嫌かもだけど」
「どうぞどうぞ。いや、アキちゃん可愛いよ。全然キモくないよ。自信を持っていいよ」
そういう自信は持ちたくないよなあ、と思う俺であった。
正月以来、他の雑誌やら広告やら、時にはテレビ出演やらのオファーが増えてきて、いちゃつく暇も少なくなってきた彼女である。俺と違って、大学も真面目にきちんとこなしているから尚更だ。バレンタインデーもまともにゆっくりできなかっただけに、今日の余暇は貴重だった。
柔らかかくて温かい唇の感触に心が安らぐ。甘い匂いがほっとさせる。
「いいなぁ。私も混ぜて欲しいなあ」
と、俊也がこれ見よがしに呟いているのはスルーなのである。