03 年の初めに 2013/01/01(火)
「あ、また映った。悠里ちゃんホント可愛いわねえ。他のモデルさんたちよりずっと可愛い」
元日のお昼。バラエティ番組を見ながらおせちを突つく。
「お袋、それ親の欲目すぎだって」
テレビの中、色とりどりの晴れ着姿の読者モデルたちが羽根突きをしている。
(俺の悠里をもっと映せー)と思ったり、(露出が大きくなって人気が出て、2人の時間が減ったら嫌だなあ)と思ったりする複雑な恋人心理。
モデルだけあって可愛い容姿の女の子たちの中、紫地に大輪の花の振袖をひるがえす悠里はひときわキレイで華があるように見える。これが惚れた欲目か。俺も人のことは言えない。
「でも『生中継』って言ってるのに、実際には録画とか面白いわねえ。こことテレビの中、2人の悠里ちゃんがいるのも、すごく不思議な気分」
俺の隣の席に、赤地に金色の蝶の舞うあでやかな晴れ着姿で苦笑する『悠里』の姿。
(騙してごめんな)と、心の中でお袋に謝る。この番組はやっぱり生中継で、今テレビに映っているのは悠里で、振袖姿でここにいるのが俊也というのが真相なのだ(ちなみに本当に俊也なことは既に確認済み)。
義父が面白そうな顔で見ているのは、すべて把握した上でのことなのかどうか。
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『夕方くらいまで友だちと遊ぶ約束してるから』という名目で外出していた俊也(のフリをした悠里。ああややこしい)から帰宅を告げる電話がかかってきたのが4時くらい。
「もうそろそろ俊也、帰ってくるって」
「それじゃ、お参りに出かける準備しておきましょうか」
「俊也」
自分の外出の支度は一瞬で終わらせ、悠里の部屋で化粧を直している俊也に呼びかける。
反応がない。
「……俊也ってば」
自分の名前を呼ばれたにもかかわらず、肩をピクリともさせずにスルーする俊也。
「……悠里」
根負けしてそちらの名前で呼ぶと、鏡から目を離して「なに? 雅明」とにっこり微笑む。テレビで見せていた営業用のスマイルとは違う、素直で素敵な愛らしい微笑み。俊也がどこまで悠里に、女に成りきっているのか、空恐ろしい感じすらしてくる。
「お前さ、男なのにそんな格好して恥ずかしくならない?」
「え? 私が女だってこと、何度もエッチして確認したじゃない。振袖だって似合ってて可愛いって自信もってたのになあ。そんなこと言われてちょっとショックかも」
え。ここにいるのは本当に悠里で、さっきテレビに出ていた悠里が実は俊也だったとか?
いや『実は録画放送』ってほうが本当で、俊也は単に外に出ているだけなのが事実とか?
混乱する俺を横目に慣れた手つきで化粧を済ませ、帯や襟を調整する。
露出を抑えた衣装なのに、襟元から見える長くほっそりしたうなじや、袖からのぞく細い腕、そして体のラインに色っぽさを感じてどきまきする。
「うん、こんな感じかな? 雅明、私変なとこない?」
「全部が変だよ……」
一番変なのは、高校生の男の子が振袖を着て、どこも変なところがない、という事実。
「うーん。雅明、私のこと俊也だと思ってるの? 反応がおかしいような」
最初に確認しているはずなのに自信が揺らぐ。いっそ体を抱き寄せて、キスして再度確認するべきなのか……と迷っていると、「ただいまー」と悠里?が帰ってきた。
玄関に駆け寄る。男物のコート、男物のジーンズ。外見的には俊也そのものだ。靴を脱いだばかりの姿を玄関先で抱きしめ、キスをする。
……良かった。外出から帰ったばかりの冷たいその唇は、とても落ち着く感触がした。間違いない。こっちが悠里だ。さっきキスしていたらとんでもないものを失うとこだった。
「……お義兄ちゃん、なにやってるの」
唇を離したとたん、氷点下な視線が前と後ろから突き刺さる。
「いやなんだ……すまん」
中身は確かに悠里だったとはいえ、外見は俊也そのものである人物にキスをして、そしてとても安堵してしまった自分に愕然とする。親に見られなかったのがまだ救いなのか。
「俊也、帰ってきたばかりで悪いけど、初詣一緒に行くわよ」
「うん、分かった」
お袋と悠里の会話を上の空で聞きつつ、俺は完全に途方にくれていた。
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「悠里ちゃん、どうしちゃったの? 怒った顔して。せっかくの衣装がかわいそう」
「ふーんだ。雅明がぜーんぶ悪いんですよー」
「本当に悪かったって。謝るからこの通り」
「じゃあさ、今ここでキスしてくれたら許す」
通行人も多い道。世界の理不尽さを噛み締めつつ、道路の端のブロックの上に乗って、地形効果を使っておでこにキスを。
「今唇にキスすると、綺麗な化粧が落ちちゃうから、ごめん。続きはあとでゆっくりと」
「んー。まあ負けとこ。約束は守ってよね?」
とたんに上機嫌になって、俺の腕に自分の腕を絡ませて歩き出す振袖姿の俊也。
でも考えてみたら恋人の目の前で男と腕を組んで歩いているわけで、これはこれで針のむしろなのであった。
うちから徒歩十分ほどのその神社は、正月夕方にも関わらず結構な賑わいを見せていた。でもまあ行列が進まないほどでもないし、さっくり参拝やら済ませるか……と思った時、
「あ、あのっ。瀬野悠里さんですよね?」
見ると何人かの女の子の集団が悠里(のフリをした俊也)に声をかけてきた。
「あ、はい。何でしょう」
「やっぱりそうだった!」
「まさかなーと思ったら、大当たりか!」
「あたし、前から悠里さんのファンだったんです」
「今日のテレビ見ました! 素敵で良かったです!」
マシンガンのような大はしゃぎ。俺は、少し離れた位置に退散してみる。
いつの間にかファンたちと並んで撮影会状態。日も暮れてライトが照らす神社の境内。フラッシュを浴びて、あでやかな着物姿で微笑みながらポーズをとっている姿はとても愛らしい。
その少女が俺の恋人であるという事実が少し誇らしい……って違った。あれは俊也で、俺の義弟で、男で、俺より小ぶりながら、きちんとチンチンも金玉もついているシロモノなんだ。
どうにもいけない。なんだか人として大事なものが狂いっぱなしなのである。