18 ロリィタ衣装でいこう(※柊久美視点) 2014年9月
<<柊久美視点>>
「ただいまー」
「お帰り、久美。ちょうどよかった。早くこっち来てー」
また何か見つけたのだろうか。
私も早く大学生になって、こんな暇人になりたい。そんなことを思いつつ、自分の部屋に鞄だけ置いて、制服から着替えもせずにお姉ちゃんの部屋のドアを開ける。
「今度は何? 変な動画でも見つけたの?」
「いやー。これは久美も気に入ると思うよ?」
そう言って前回見せられたのがしょうもないネタ動画だったからどうかな、と思いつつ、お姉ちゃんの私有物と化したPCの画面をのぞき込む……と。
「ロリィタ専門店のホームページ? お姉ちゃん興味あるの?」
「いや、モデルさん、モデルさん」
「……ああ、アキちゃんがモデルしてるのか」
画面に大きく映る、スイートロリィタ姿で可愛らしくポーズを取るアキちゃんの姿。
ベビー・ピンクのフリルブラウスに、フリルとリボンがふんだんにあしらわれたチャイニーズ・ピンクのジャンパースカートを合わせた衣装。小花を散らしたスカートはボリュームのあるパニエで大きく膨らみ、ミルキー・ピンクのタイツに包まれたきれいな細い脚がそこから伸びている。
アクセサリー類もほぼピンク一色と、どこをとってもピンク色。
私らが着たらきっと見世物にしかならないようなそんな衣装も、顔立ちと表情、それにスタイルの良さも相まって、『控えめに言って最高』としか言いようがない凶悪な愛らしさ、女の子らしさに仕上がっている。
ポップアップしたサンプル画像を見た限りの印象だけど、デザインだけでなく生地も裁縫も手を抜いてない。よくある安物のロリィタショップとは段違いの品質。その分お値段のほうも手を抜いてない状態なのだけれど。
「凄いでしょー」
「う、うん。良く見つけたね」
「アキちゃんに前会ったとき、『ロリィタ服のお店でモデルした』って言ってたでしょ? それをたまたま思い出して、レポートの息抜きがてらに探してて見つけたの」
まあ、息抜き8割レポート2割の通常ペースだったんだろうけど。
可愛い可愛いと2人で言いながら、サンプル画像を次々に見ていく。あ、このパステルのブルーとピンクを組み合わせたワンピ可愛い。淡いペパーミントグリーンのスイートロリィタは初めて見たけど、これも可愛いな。
衣装もさることながら、この場合モデルによる補正も大きいんだろうけど。
くりくりとした大きな目の中、薄茶色の瞳が生き生きと輝いている。表情も豊かで、『本当にこんな服を着るのが好きなんだな』と伝わって来る。あどけない印象の彼女に可愛い服があわさって、なんとも素敵な空間を生み出している。
「……甘ロリのページは、これで終わりかな」
「ピンク系以外も色々バリエーションそろえてあって面白かったね。……他のページは? ゴスロリとかクラロリとか」
「そっちは、アキちゃんがモデルやってないんだよね。でも……」
そう言いながら、『プリンセス』のページに切り替えて、最初の商品をポチリと押す。
ポップアップで出て来たのは、マリーアントワネットの映画に出てくる衣装を少しアレンジした感じのドレスに身を包んだ、白人さんの美少女。ふわふわロングなプラチナブロンド、宝石のような緑色の瞳。無垢で幼げな顔立ちも手伝って、本当に天使のように可愛い可愛い女の子。ベージュ・ホワイトのパコダスリーブのワンピースに、頭に輝くティアラも似合っている。衣装との相乗効果もあって、魂を持ったアンティークドールのよう。
この子、アキちゃんと並んで2人一緒に写真に写っているところとか見てみたいな。
でも……あれ。
「あれ? この子、見たことある気がする」
「あ、久美も気付いた?」
「ほら……あれでしょ? 駅のポスターにアリス服で写ってる」
「へ? 私それ知らない」
「えぇとね。駅に貼ってあるポスターに、この子がアリスのエプロンドレス着て写ってるのがあるの。すっっっごく可愛いから印象に残ってたんだ」
あれは何のポスターだったか。身長より大きなティーカップ(たぶん合成)に少し隠れるようにして、大きなぬいぐるみを抱いて、『きょとん』とした表情で写っていた彼女。
通るたびに毎度自然に視線がひき寄せられるのが分かる。本当なら毎日でも足を止めてじっくりと鑑賞していたいくらいだ。
「そんなのあるんだ。うわぁ。最近駅使ってないからなあ。ちょっともったいないことしてたのかな。今度行ってみよ」
「明日あたりでも、写メ撮っておくわ。……で、お姉ちゃんが言ってたのって何の話?」
「あ、そうそう。以前さ、アキちゃんが出てたコピー機のCMあったじゃない? それに出てたのが、たぶんこの子だと思うんだ」
「あー。言われてみれば」
結構前、お姉ちゃんが『これ、アキちゃんだよね? やっぱ可愛いなー』と興奮しながら紹介してくれて、何度も見せられたコピー機のCM。
プリムローズ・イエローのチュチュを着てバレリーナを演じていたアキちゃんと一緒に、童話のお姫様みたいなミント・グリーンの衣装でワルツを踊っていた白人の女の子。言われてみればこの子のような気がしてきた。
見た感じ私と同じかちょい下の年齢だろうに、日本のお仕事を色々受けて立派なものだと思ってしまう。ひょっとしてCM撮影の縁で紹介があったとか、そんな感じだったりするのだろうか。
姫ロリのページはトータルセットが少な目で、アクセサリーの項目が多め。ティアラやクラウンを写すために顔の部分がアップになっている写真が並んでいるんだけど……うわこの肌、滑らかすぎる。何を食べてどういう手入れをしたらこんな肌になれるんだろう。遺伝子レベルで違うから無理なのか。自分と同じホモ・サピエンスで、同じ物質で構成されているのか疑問に思うレベル。
もちろんフォトショップでかなりいじってはいるんだろうけど……ガチで同水準の美肌持ちなアキちゃんの存在を知っているからなあ。
お姉ちゃんは「これ、どう見てもイミテーションだよね」と宝石鑑定に集中したりするけど。
姫ロリをざっと見終わって、次は『クラシック』のページに切り替える。
最初のサムネをクリックすると、シックなショコラブラウン、クラシカルロリィタなワンピースを着たモデルさんが出てくる。シニョンでまとめた亜麻色の髪、アイスブルーの瞳。少しだけ大人びた、白人の美人さんだ。さっきの姫ロリの女の子のお姉ちゃんだろうか。雰囲気は違うけど、顔とか似ている気がする。
次々とサンプルを切り替えてみるけど、服の色はワイン・レッドやブラウンあたりがベース。色合いも飾りも落ち着いた感じだ。
「これならまあ、普段使いもできそうな感じかな」
「まあね……でも、私らが着て似合うかと言ったら、絶望的だと思うよ」
「それは言わない約束で。……いいなあ。どうせ女に生まれるなら、このモデルさんみたいにこんな服が似合うお嬢様になりたかった」
「お値段のほうも、相当なお嬢様でないと普段使いできないしねえ」
私らが普段着ている私服よりも、桁が1つ……ものによっては2つ上な価格欄である。
クラロリも一通り見終わって、次のゴスロリに。
ブラウスにボレロにコルセットワンピース。妥協の一切ない完全に黒一色の衣装に身を包んだブロンドの巻き髪の少女が椅子に腰かけている。……いや、これは少女じゃなくて少女人形なんだろうか? 生きているかのように精巧でとても整っているけれども、虚ろなブルーの瞳と表情の欠落した顔が良くできた人形であることを示している。
ぞくぞくとするような背徳感が漂ってくる、そんな写真。
白いフリルを配した黒のティアードスカート。黒のコート。白のブラウスにバッスルスカート。黒とクリムゾンのフリルドレス。……やはりゴスロリが売れ線になるのか、他のと比べても種類が多い。
アキちゃんと関係ないから興味が薄いのか、あまりじっくり見ることもなく次々とクリックしていくお姉ちゃん。あとでじっくり見直さないと。
……ってこれ、本当に『アキちゃんと関係ない』のだろうか?
「ね。確か前、アキちゃんって人形のフリが特技とか言ってなかったっけ?」
「そういえば何かの番組で言ってたね。……ってことはこれひょっとして、アキちゃん?」
「分かんない。ふと思いついただけだし。春にアキちゃんと会った時も最初お人形さんと勘違いしたし、あり得ないこともないかなと」
「どうだろ」
色々私には良く分からない操作をして、顔が比較的きれいに映っているゴスロリの写真と、甘ロリの写真の顔の部分を取り出して拡大して隣に並べてみる。さすがに画像が荒くなりすぎて分かりにくいけど。
「本当だ。これ、お人形さんじゃなくてアキちゃんなんだね。うっわー。自力で気付けなかったの悔しい」
「私も思いついただけで、自信があったわけじゃないから……でも凄いねえ」
アキちゃんの演技力が凄いとは知っていたけど、こんなことも出来るのか。
さっきまでとは段違いのゆっくりさで、ゴスロリを最初から順番に見直していく。これが人形ではなく、生きた人間──それも20歳近い日本人というのがやっぱり信じられない。
最後まで堪能して眺めて、次は『和ロリ』……メニューから最後の項目になる。
振袖の生地をそのまま流用したんだろうか。華やかな牡丹柄の真朱の、振袖をアレンジした感じのロリィタ衣装。モデルさんも、今までとはうって変わって大和撫子という感じの美人さんだ。羞恥心を含んで微かに伏せられた切れ長の黒い目と、艶やかな漆黒の姫カットの長い髪も麗しい。年齢も少し上だろうか。それでも25歳を超えることはなさそうだけど。
もうそろそろ夕食の時間なせいか、再びアキちゃんと関係がないので興味を失ったのか、ほとんどすっとばす勢いで「次へ」を繰り返すお姉ちゃん。
浴衣ベース、大正袴ベース、巫女ベース、ほとんどマキシ丈のもの。意外に色々バリエーションがあって面白いのに。
「うん、これでお終い。付き合ってくれてありがと」
「ふと思いついたんだけどさ。このモデルさんもアキちゃんの関係者だったりするのかな」
「関係者、ってどんな?」
「んー。……例えばあのコピー機のCMで日舞をやってた人いたじゃない? その人とか」
「どうだったかな……ちょっと見てみるね」
少し検索をかけて、例のCM動画を見つけてくる。何度も何度も見せられたCM。それを最初から。
菖蒲色の地に桔梗柄の大振袖姿で、優雅に日舞を舞う日本美人さん。数秒しかない登場シーンの大半が背中だけで、ちらっと見える顔も横顔だけだから分かりにくい。何度か繰り返して見たものの。
「これじゃ分からないね。ごめん」
「なんとなく同じ感じはするんだけどなー。どうなんだろう」
と、そんな少々間抜けな会話を2人でしているうちに、次の動画が始まってしまう。
「……お。こんなのあったんだ」
「さっきのCMのメイキングだね。これなら分かるかも」
冒頭はどこかのダンス教室。にこやかな笑顔、でも真剣な様子でアキちゃんがダンスのレッスンを受けているシーンだ。
「あー。やっぱりアキちゃん可愛いなあ」
「あれ? でもおかしくないかな。アキちゃんの担当ってバレエだったよね? なんでワルツのレッスンを?」
頭の上に『ハテナ』を並べているうちに数秒くらいでそのシーンは終わり、続いてメイクのシーンになる。
カメラを向けられるたびに笑顔で手を振ったりしているアキちゃんの腕・肩・首・顔に、浅黒いドーランを塗り付けていく。
「ええっ?」
早送りやスキップを繰り返して、動画上10秒も経たないうちに最初のメイクシーンが終了。カラコンとウィッグで目と髪の色も変えて、立派な黒人女性に生まれ変わったアキちゃんが両手を振っていた。途中段階が映っていなければ、とても信じられないくらいだ。
カーマインのイブニングドレスに着替えて、スタジオ内でダンスを披露する。普段のイメージとは違って、一つ一つの動きがとてもセクシーだ。
「うっわー。ちっとも気が付かなかった。あれもアキちゃんだったんだ」
「じゃあ、他の子も?」
待つほどもなく、その質問の答えは出る。サリー姿とチュチュ姿は軽く触れるだけでスキップして、姫ロリのモデル疑惑のある白人美少女さんの番に。
椅子に座って待つアキちゃんを、メイクさんたちが真剣な表情で丁寧にメイクしていく。入れ替わり立ち代わり、肌の陰影まで細かく調整したりしながら、徐々に白人の美少女の姿に変身させられていく。プラチナブロンドのウィッグをつけ、ヘアスタイルを直してようやくメイク完了。
椅子から立ち上がり、いたずらっぽい笑みでくるりと回ったところで画面が切り替わって、プリンセスドレスに着替えた姿に入れ替わる。
仕草も、表情も、つい一瞬前まであった『アキちゃんらしさ』がなくなって、これから社交界デビューする高貴な姫君のような初々しさと可憐さと気品が伝わってくる。
「これってそういうCMだったんだ。これまでぜんっぜん気が付かなかった。ショックー」
「ほんっと凄いねー」
サンバ衣装では特殊メイクで胸を増量していたらしい。
しかしまあ、こうやって踊る前の姿を改めて見ると、むき出しになったウェストのくびれの細いこと細いこと。これ何cmなんだろうか。下手すると50cm切ってそう。いったい内臓はどういう状態になっているんだろう。
アオザイ姿も軽く飛ばし、ラストの大振袖へ。半分忘れかけていたけど、さっきのサイトの和ロリのモデルさんと、このCMの虹の紫担当のモデルさんが同一人物か調べるために見ていたのだった。……まあ、どうせ『どっちもアキちゃん』というオチなんだろうけど。
やっぱり元になっているのはアキちゃん。またすっぴんに戻ってメイク用の椅子に腰かけているところからスタートだ。ちょっと意外だったけど、黒人さんや白人さんの時よりもずっと丁寧に肌の色を調整している感じだ。メイクも同様。日本人なはずなのに、日本人に化ける時が一番大変っていうのは改めて考えると不思議な気分。
メイクとウィッグ調整も終わって、ちょっと時間が飛んで次は肌襦袢姿で登場。この時点で既に『入って』いるのか、いつもと違って楚々とした立ち姿で佇むアキちゃんに、菖蒲色の大振袖が丁寧に着付けられていく。こことか他の衣装もだけど、早送りやスキップ多用をやめてゆっくりじっくり眺めていたかった……まあ無理か。メイクと着替えだけで、実際には全部で何時間もかかっていそうだ。
完成したところで、カメラに向かって優美にポーズを取る。なんとも素敵な大和撫子の出来上がりだ。このまま婚礼衣装の宣伝にも使えそう。
そこで静止してもらって、一応念のためさっきのロリィタ専門店ページの画像と見比べてみる。……うん、やっぱりそれっぽいね。
あとはCM画像を最初から流して動画が終了。何度も見慣れたはずなのに、『全部がアキちゃん』という事実を知ったあとに改めて通しで見直すと、まったく違った感じに思えてしまう。
「メイクの力って凄いんだねえ。こんなに変われるもんなんだ」
「それもあるんだろうけど、やっぱりアキちゃん凄すぎると思うんだ。表情から仕草から、全部演じる対象によって切り替えてるんだもん」
色々語りあいたくもあったけど、「朋美ー。久美ー。ごはんできたわよー」と声がかかって終わりになる。
「お姉ちゃん。夕食の手伝いくらいやってよ……」
「無理よ。レポートで忙しいもん」
「どの口で言うか」
慌てて制服から着替えて、居間に向かう。
仕事帰りで疲れているお母さんを放置して、『息抜き』にばかり時間を使って。こんな姉でどうもごめんなさい。
色々な衣装を着て、色んな姿でモデルになっていたアキちゃん。本当、私も女の子に生まれるなら、彼女くらい可愛くなれたらよかったのに。
思わず私も悠里さん派からアキちゃん派に乗り換えてしまいたくなる、そんな夕方であった。




