17 4つの指輪 2013/08/10(土)
「アキちゃん、おはよう」
唇に感じる温かい感触に目を覚ます。仕立ての良い男物のシャツ、すらりと伸びたスラックス。一部の隙もなく男服を着こなした美少年の姿。見た目的には俊也だけど、でも。
「おはよう、悠里」
「2人同時に気絶しちゃったときは、どうしようかと思っちゃった。アキちゃん、愛里を起こしてあげて」
ベッドの上で寝息を立てる、(胸と股間以外は)完璧な美少女。言われた通り、その柔らかい唇に自分の唇を押し当てる。
「やっぱり起こすのはキスなんだ」
そういえば、「起こして」と言われただけで「キスしろ」とは言われてないんだっけ。
「……アキちゃん、おはよ……」
軽くシャワーを浴びて服を着こんで、鏡の前でポーズ。うん、今日もあたしはとっても可愛い……今日は淡いグリーンのサマードレスを着て、ショールその他は昨日のままで。
日焼け対策で、どうしても普段着れる服に制限が出るのがつらかった。あたしもキャミとミニで涼しげに可愛くなりたい……そんなことを思っている自分に驚いてみる。俊也は黒いロングのウィッグをつけて、白いワンピースのお嬢様姿。これで悠里と並んでいると、本当にセレブの兄妹か似合いの超美男美女カップルって感じ。
移動途中もずっと人目を引いてるし……って、これは俺?あたし?も含めてだけど。
惹かれるような、憧れるような、恋するような視線で自分たちの姿を追う多くの人たち。本当の性別が分かる人が何人いるのだろう。なんだか不思議なおかしさがこみ上げる。ごく自然に、女の子に、アキになりきって、この視線を楽しんでいる『あたし』がいた。
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昼食のあと、今日のお仕事のイベント会場入り。リハーサルのあと、瞳さんが持ってきてくれた浴衣に着替える。
悠里が濃紺地に白の、俊也が白地に薄青の、朝顔の柄の浴衣。あたしはピンク色に金魚の浴衣だ。あたしだけ、レースつきまくりでミニで太腿まで露出した可愛らしいタイプ。
「やん! やん! やんっ! やっぱりアキちゃんかわいいっ!」
着替え終わった控え室、俺が悠里に見とれている隙に、俊也がそう言って飛びついてくる。柔らかい身体、細い首が覗く襟足、そこから立ち上る体臭と香水の混じった匂い。
……って“俺”はなんでこうドキドキしてるんだろう。
実際には女装男同士でいちゃついてるシーンなのに、『仲の良い美少女姉妹の戯れ』だと他の人たちから見られているのが複雑な気分。
コルセットで圧迫されるのは幾らか慣れたとはいえ、帯の圧迫感はまた別物。タオルや腰紐やら伊達締めやらでぐるぐる巻きにされて結構たいへん。
それでも鏡に映る3人の美少女たちの姿に、思わず満足げな笑みがこぼれてしまうあたしなのだった。
司会の合図に従って入った会場は、凄い熱気だった。
「悠里さーん!!」
「愛里さーん!!」
「アキちゃーん!!」
女性客メインのイベント会場。メディア露出が少ないだけに『あんた誰?』扱いされることを予想してたのに、少ないもののあたしへの声援もあってびっくり。
中でも一番大きな声のしたほうを見ると、元バスケ部の2人組、北村さんと伊賀さんが少し居心地悪そうにしながら手を振っている。一瞬吹き出しそうになったのをこらえて、笑顔で小さく手を振り返す。伊賀さんの隣の女の人は恋人なのだろうか。
紹介を経て3人でトーク。そして浴衣でのウォーキングなどを披露してたりもする。
司会さんがうまい人で、後半ほとんどイベントということも忘れて会話を楽しんでいただけの気もするけど、お客さんも一緒に楽しめてる感じで多分オーライなのだろう。始まる前は務まるかドキドキだったけど、終わってみると一瞬で少し寂しい感じだった。
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花火の光が唯一の灯りの、暗い道。
今から自分がやろうとすることに胸をドキマキさせつつ、“俺”はそこを歩いていた。
鞄から服を取り出して、イベント会場からここまで着てきた女もののピンクの浴衣を脱ぐ。他にひとけがないから良いけれど、いたら完全に痴女だなと苦笑してみたりもする。
10分後に来るようにお願いしていた悠里がここに着く前に済むよう、急いで着替えを。久々に着た男物のスラックスとシャツは何だかゴワゴワして肌触りが悪くて、ついつい着慣れた女ものの服が恋しくなる。メイクは落とせてないし髪は後ろで縛っただけだから、傍から見たら多分『男装の女の子』に見えるんだろうけど、これからやることはせめて自分の意識としては男姿でやりたかった。
(──おめでとう、雅明。とうとう、これで目標達成なんだね)
(ありがとう。長かったような、短かったような。『アキ』にも色々迷惑かけてごめんね)
モデル経験で早着替えが板についてたせいか、時間が余ってしまったたので、花火の音が鳴り響く下、話しかけてきたアキと脳内で会話してみる。
(モデルを始めた理由はこれでなくなるわけだけど、これからどうするのかな?)
少しからかうようなアキの言葉。それに俺は、少し考えたあと返事を作る。
(もちろん、モデルを続けるよ……こんなワクワクすること、辞められそうにないや)
(うん、知ってた。……これからもよろしくね。もう一人の『あたし』)
そこまでの対話を終えたあと、夜道に鳴る足音に振り返る。
「ここ、いいとこだね」
「……うん。花火がよく見えて、人が来ない穴場なんだ」
イベントと同じ、濃紺に白い朝顔を咲かせた正統派の浴衣。ほっそりとしつつきちんと肉のついた、スタイルが良すぎるほどに良い肢体。
素敵な笑顔で優美に歩いてくる、そんな姿に思わず見惚れる。
少しぼけっとしていた俺だけど、我に返ってポケットから小さな箱を取り出す。
喉がカラカラして、心臓がバクバクいっている。
自分の動きがぎくしゃくしているのが分かる。
「俺からのプレゼントなんだけど、受け取ってくれるかな」
「……ありがとう。嬉しい。……ね、つけてくれるかな」
微かに戸惑ったあと、小箱を開け、うっとりとした表情で呟く悠里。その華奢な指先を取り、慎重に左手薬指に『それ』を嵌めていく。
もう随分昔に思える。デンパナンパ男に婚約指輪をもらった時に思いついたアイデア。自分で稼いで買った指輪で、悠里にプロポーズしたいと。
ようやく目標にしていた金額が溜まって、今それがここにある。悠里に自分の分もつけてもらって、並べてみる。
あの時もらった指輪よりずっとずっと安物だけど、それでも誇らしい気分だった。
もう言葉も要らない。
浴衣姿の悠里の身体を引き寄せて、唇同士を重ねあう────ぶっ。
「お前か俊也────────────────っ!!!」
「あははははっ、やっと気付いたんだ。でもこの話には、やっぱりこれがないとね♪」
「お前なあ、俺が死ぬ気で告白したのに、茶化しやがって……」
「……別に、茶化したわけじゃないよ。婚約指輪、嬉しかったもの。……本当に嬉しかった」
きらきらと光る瞳に、蠱惑されたように動けなくなる。目の前に存在するのが男とは頭では理解していても、でも外見は最愛の女の子と同じ姿の浴衣美少女なのだ。
「ふーん、雅明って私より愛里のほうがいいんだ」
「ゆ……悠里サマ、申し訳ありませんでしたっ」
暗がりから現れた、白い浴衣姿の(今度は本物の)悠里に向かって土下座してみたり。
「ごめん、私たちもちょっとおふざけが過ぎたかな。……ほら、雅明立って」
促されるまま立ち上がる。一生一度の告白の不発もあって、まともに悠里の顔が見れない。
「ほら、雅明、こっち見て。……私からもプレゼントがあるの」
差し出されたのは、たった今俺が悠里(と思い込んでいた俊也)に渡したのと同じ小箱。開けてみると、そっくり同じデザインの指輪が入っている。
そっと取り上げて、俺の薬指に嵌めてくれる。
「ありがとう。……なんてのかな、凄い嬉しいよ」
もう一つの指輪を受け取り、悠里の指に嵌める。
「うん……これ、意外なくらいに嬉しいね」
左手を目の前に掲げて、うっとりと眺める悠里。指がすんなり伸びたその小さな手に、自分の手を合わせる。左手を掲げ、俊也もその手を重ねてくる。
白い浴衣が鮮やかな浴衣姿の、愛しくて可愛い俺の婚約者にして義理の姉、悠里。
それと瓜二つの、双子の姉妹の美少女にしか見えない、でも義理の弟、俊也。
指先までそっくりな2つの手、その薬指に1つずつ輝く指輪。
そして男でもあり女でもあるような、中途半端な格好をした俺の薬指で輝く2つの指輪。
花火が頭上で大輪の花を開かせる。ひときわ大きな音が鳴り響いてくる。
その光に照らされて、夜闇の中光る4つの指輪。
それは少し奇妙なようでいて、でも俺たちの関係をうまく表すもののように思えた。
<完>




