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瀬野家の人々(R-15版)  作者: ◆fYihcWFZ.c
末期 俺と彼女と弟が美少女すぎてヤバい問題
18/21

15 ローブ・ア・ラ・フランセーズの少女 2013/08/09(金)

 目を覚まして、時計を見る。うん、目覚まし時計が鳴る2分前。


「ましろん、ふーみん、ゆっちん、おはよっ☆」


 ベッドの上のぬいぐるみさんたちに小声で挨拶して、2段ベッドの下をのぞく。愛里お姉さまは、まだ柔らかな寝息を立てているところだった。

 目覚ましが鳴らなかったことに感謝しつつ、音を立てないようにそうっとベッドを降り、着ていたベビードールから花柄ピンクのルームウェアに着替え、部屋を出る。

 最近部屋替えして相部屋になった、あたしと愛里お姉さま。昔の俊也さんの部屋が、今は雅明と俊也さんの相部屋ということになっている。

 あたし的には、この部屋替えで可愛い小物を遠慮なく置けるようになったのが嬉しい。匂いも素敵だし、人も遠慮なく呼べるようになったし、なんでもっと早くこうしなかったのかと思ってみたり。


 朝の新鮮な空気を深呼吸して洗面所に。鏡の前でもうすっかり日課になった、笑顔の練習だ。


「うんうん。あたし、とっても可愛い☆」


 今日も素敵な一日になるように、素敵な笑顔でがんばろう。


 朝のスキンケアを手早く済ませて、キッチンに入ってエプロンをつける。ピンクでフリル付き、黒猫に白猫が寄り添っているプリント付きの、最近のお気に入り。

 今日は麦とろごはん、ワカメの味噌汁に焼きシシャモの和風メニューだ。平行してお昼のお弁当も。カロリー控えめで、スタミナがあって、美容によくて、栄養バランスがよくて、美味しい食事。工夫のしがいがあって、なかなか面白い。


「相変わらず美味しそうな匂いね。アキちゃん、おはよう」

「おはよっ、ママ」


 あたしの頭をなでなでして、一緒にお料理してくれる。相変わらず、見とれちゃうくらいの腕前だ。

 楽しい会話を母娘でしつつ、楽しいお料理。こんな時間をちょっと前まで持てなかっただなんて、なんてもったいないことをしていたのだろう。


「うん、あとはよそうだけだから、アキちゃん、みんなを起こしてきて」

「はーい、ママ」


 まずはあたしたちの部屋に戻り、部屋の明かりを灯す。

 愛らしく寝息を立てている愛里お姉さま。まるで天使のようだ。長い睫毛とすべすべのほっぺ、額の描く曲線美、形のいい唇に見とれる。思わずその唇に、自分の唇を重ねてしまう。

 ほんの一瞬、軽いキスだけのつもりだったのに、愛里お姉さまが抱き付いてきて、いきなりディープキスに。


「?!っ ……んっ? ぅんっ……!」


 思わず脚から力が抜けて、思いっきり抱き合う形でベッドに重なり合う。


「んーふ♪ 朝のアキちゃんキスげっとー♪ おーはよっ♪」


 身体を起こして、唇に指をあてた愛里お姉さまの、爽やかな笑顔が眩しかった。

 ドキドキしている胸がちっとも静まらないのに困惑しつつ、次はお姉さまの部屋。ノックをして「どうぞー」と言われたので開けてみると、お姉さまは既に起きていて、全裸で鏡の前で身体のラインとか確認しているところだった。その美しい姿に、思わず息を呑む。


「おはよっ♪ アキちゃん」


 振り返りながら笑いかけるその顔に、ぴょこんと心臓が飛び跳ねる感触がする。


「お姉さま、おはようございます。朝食の準備が出来てるので、来てくださいね」


 最後にパパを起こしてあげて、一家みんなが食卓に並ぶ。素敵な光景。


(──おはよ、雅明)

(おはよ☆ アキ)


 頭の中で、眠たげに挨拶してきたアキに対しても挨拶。


 ……ってちょっと待った。『あたし』……じゃない、“俺”は雅明なのか?


(なぁに、雅明。なんでそんな変なこと言ってるの?)


 大学が夏季休暇に入って以来、ずっと女装しっぱなしで男姿に戻ったことがないとはいえ、なんで俺はここまで『女の子』に順応しているのか。

 ──俺はもう、駄目かもしれん。


____________



 準備と最低限の家事を済ませて、撮影用のペチコートとコルセットの上からサマードレスをかぶって家を出る。


「アキちゃん、おはよう。こないだのキャロットケーキありがとう。おいしかったわぁ」

「坂本さん、おはようございます。お口にあって何よりです」

「うちの亮、普段ニンジン食べないくせに『美味しい、美味しい』って。ニンジンのケーキってばらしたらウゲって顔したけど、アキちゃんの手作りって教えたら『もっとないの?』、だって」

「あはははは。でも、嬉しいです」

「こんな可愛いし、性格いいし、料理もお菓子も上手だし、本当、いいお嫁さんになるわぁ」


 雅明のときには黙って頭を下げて通り過ぎるだけの、近所の住人たち。それが『アキ』になったとたんに、親しく言葉を交わす知人・友人たちになる。20年くらい実際に生きてきた実在の男性“雅明”より、半年前には影も形もなかった非実在の少女『アキ』のほうが、もう知り合いの数が多いんじゃないのか。

 改めてそのことを実感させられて、なんとも不思議な気分に包まれる。


 唇や顔を覆うヌメヌメ感、妙な匂い。

 耳たぶの圧迫感、耳元で揺れる重み。

 風になびく髪、その度に届くシャンプーの香り。

 呼吸のたびに緩やかに上下する胸。

 ピンクの可愛らしい日傘、日除けの白いショール、長手袋。

 足首丈の淡いブルーのサマードレスの裾が、すね毛のない脚に絡む感触。

 『慣れるため』と履かされているハイヒールの不安定感、締め付け感と、コンクリートを叩くコツコツという音。


 おかしな気分だ。

 とっくに慣れたはずの『女らしい』色々なことが、なぜか妙に気になる。一歩間違えればただのキモい変態の、女装した男。それなのに『背の高い可愛い女の子』として疑いもなく受け入れられる、見られる、扱われる、振る舞うことを要求される。

 とても奇妙な、自分でもよくわからない、ふわふわした気分がした。



「瞳さん、おはようございまーすっ☆」

「おはよう、アキちゃん。……何かいいことあったの? なんだかいつもより嬉しそう」


 そんなこんなで歩くこと30分ばかりで事務所到着。……でも俺が『嬉しそう』? そうなんだろうか?


「あたしはいつも通りだと思いますよ? お姉さまたちはもう出ちゃいました?」

「2人はここは少し立ち寄っただけね。ちょっと早いけど、わたしたちも出発しましょうか」


 8月に入ってからずっと、悠里と俊也はドラマの撮影にかかりきり。女優になるのが夢と悠里は言っていたから応援したいけれども、せっかくの夏休みに土日以外ほとんど顔を合わせる間もないのが悲しい。せめて仕事場が一緒なら良かったのに(これはまあ、昔、俺がファンだった足立さんが主演のドラマの撮影という理由もあるけど)。

 たしか、大正時代を舞台にした探偵もの。大正の女学生スタイルは可愛くていいけれど、時代考証のしっかりしたドレスは重くて動きにくくて大変、と悠里がぼやいていたことを思い出す。

 ……まあ俺もその『時代考証のしっかりしたドレス』を、これから着せられるわけだが。


 ああ、気が重い。


____________



「おはようございまーす☆ おはようございまーす☆」


 笑顔で皆に挨拶しながら、スタジオに入る。


 事務所登録してモデルとしてデビューしてからまだ3ヶ月なのに、これが2度目になるTVCM撮影。

 最初は突然の代役だったわけだけど、こっちはスポンサー様じきじきの名指し指名のメイン抜擢である。登録1か月も経ってない時期のオファーには事務所の人と一緒に驚いたものだけど、悠里の指摘でスポンサー名を確認して思いっきり脱力した覚えがある。デンパナンパ男、自分の会社の広告費を私物化してまで俺をナンパしたいんだろうかと。

 とはいうもののそれから2ヶ月。これまで何回かあったミーティング、リハーサル、衣装合わせでもあいつが顔を見せたことはない。

 微妙に出現を警戒していた俺に、「スポンサーの社長様が、CM撮影を見に来るわけないでしょ」と呆れたように言われたけど、今日の撮影後の夕食を一緒にくらいはあるだろうと、一応覚悟は決めている。


 午前中は、今回のCMでの相手役、『オリヴィエ』役の男性俳優の卵と一緒に最後のリハーサルをこなす。

 たぶんハーフなのだろう。ちょっと日本人離れした容姿のそこそこハンサムな男性だ。それでも普段着のまま、日本人同士で互いに『オリヴィエ』『シャルロット』と呼び合うのは微妙な気分になるけれど。

「うん、OK。予定通り、お昼のあと衣装を変えてこの調子で本番行こう!」


 監督さんの合図を受けて皆は食事に入り、自分一人だけはピンクに塗った唇でゼリーをちゅーちゅーとすする。

 今日のコルセットを着るためだと頭では分かっていても、さすがに虚しい。朝作ったお弁当、みんなは今頃美味しく食べてくれているだろうか。


 食事のあとはメイクだ。

 サマードレスを脱いで、化粧を一度全部落として、それでも(たぶん)男と気づかれることなしに段取り通りに進んでいく。肌の白さを引き立てる方向で、頬と唇はバラ色に輝き、大きな水色のカラコンがきらめいている。そんな姿。相変わらずメイクの力は凄いというしかない。

 それが終わったらいよいよこの時。朝から付けていたコルセットを、最後の最後まで絞り上げるのだ。


「思いっきり息をはいて、吸ってー」

「もっとしっかりお腹引っ込めて」


 男性スタッフ陣何人かに囲まれ、途中で紐か胴体のどっちかが千切れないか不安になる勢いで、ギリギリとコルセットが徐々に引き絞られていく。

 昔の女性は本当に毎日こんなシロモノを付けていたんだろうか。男と女の身体の差で余計にきついのは分かるけど、それでもやっぱり尊敬する。いつもよりも何周りも細くなった俺のウェスト。内臓が口からあふれてきそう。完全に締め終わったあと、両手で実際につかめるかどうか試してみたけれど、惜しいところで指同士は届かなかった。


 その次はパニエの装着。

 『パニエ』といっても布の塊ではなく、鉄枠で作ったカマボコみたいな感じのシロモノを、ベルトで腰に装着してもらう。何だか籠の中に閉じ込められたような気分。そのまま様々なパーツが俺の身体に取り付けられていくのをひたすら待つ。一部糸で縫いとめたりして、一人だけでは絶対に着られないし脱げない衣装。確か、ロココ朝のドレスを完全再現って言われていたっけ。

 『ヨーロッパのお姫様』みたいな、淡いピンクの生地に花柄のドレス。一応自分の身体に合わせてもらったけど、それでもドレスは男が着る衣装じゃない。そんなことをしみじみ実感させられるきつい衣装だった。

 ネックレスをつけ、亜麻色のウィッグを被り、更にその上からやたらに重い造花の髪飾りを装着する。

 軽く化粧直しをして、これでようやくの出陣準備完了だ。



 今日の前半分の自分の役は、『フランス貴族の娘、シャルロット』。

 事前に色々設定が書かれた冊子が送られてきたけど、半分も頭に入っていない。たしか天衣無縫(てんいむほう)さと美貌とで数々の男性と浮名を流したフランス人の美少女、とかいう設定だったか。

 メイクさんと衣装さんのおかげで、自分では分からないけど大体そんな感じに仕上がったとは思う。

 これからどこの舞踏会に行くのかと言いたくなるような、品は悪くないけど派手なドレス。足元まで完全に覆い隠すスカートは大きく大きく膨らんで、一種異様なほど細いウェスト部との対比を強調する。肘から下がレース飾りになったパコダスリーブの袖口からは、人形めいた細い腕が伸びている。その先端で輝くピンクの付け爪。大きく開いた胸の部分の下、いくつものリボンが縦に並ぶ。

 そしてその上には、あどけない美貌の中に微かな色香を漂わせる、気品ある白人(に見える)少女の顔が乗っている。少しいたずらっぽい淡いブルーの瞳が輝く目は、顔の半分を占めそうなくらいだ。


 まさしく『日本男児、ここにあり』というべき、そんな立ち姿──ごめんなさい、嘘です。


「本当、綺麗ねぇ」

「お姫様そのものって感じ」

「フランス人形か、少女漫画みたい」

「このコルセット、本当に全部締まったんだ。すごいわぁ」

「わたしの太腿よりほっそーい」

「でもこれ、本当に白人さんに見える」


 口々に浴びせられる、スタッフさんたちの賞賛。それを素直に喜びそうになっている自分が嫌だった。

 衣装合わせとメイクテスト、それぞれ別にはやったけれど、初めて見る完成形。この撮影の参考のためにといくつか見た映画。その女優さんたちの中に混じっていても外見だけなら違和感がないかもしれない。絵画の中に登場しそうな、そんな美少女。


「実に懐かしいよ。昔を思い出す。……シャルロット、綺麗だ」


 そんなことを考えながらスタッフさんたちと会話していたとき、聞き覚えのある声が届いてきた。

 昔の人がこれで踊っていたと信じられないドレスと邪魔なマントに少し苦労しながら振り向くと……そう来たか。


 視線の先には、デンパナンパ男が、まるで王子様のような出で立ちで両手を広げていた。美形ではあるし、似合ってはいる……のだけれど。

 リハーサルまで相手してくれていた男優氏はダミーだったんだろうか? さすがにひきつった笑みしか出てこない。


「本当はリハーサルから一緒に居たかったんだけど、どうしても時間の都合がつけられなくてね」

「それはいいんですが……『昔』、って何のことでしょう?」

「ごめん……そうだよね。君には前世の記憶なんてないんだよね」

「すいません、この社長さんって、いつもこんな感じなんでしょうか」


 思わず、彼の隣につれそっていた中年男性(社員さん?)に聞いてしまう。


「いえ、こんな社長は初めて見ました。基本、生真面目なかたですし」


 しかしどうしよう。突っ込みどころが多すぎて困った。

 何か言いたげな瞳さんとか、話したいことは色々あるけれど、でも呼び出しがかかって撮影が開始になる。

 頭の中で流れを確認する。

 最初は昔のヨーロッパ貴族の衣装で2人で登場。その後商品紹介が入り、現代のスーツ姿で2人、職場で働いているシーンで終了という、まあ単純なストーリーのCMだ。



 前半の撮影は、意外なくらいスムーズに終わった。

 始めしどもどして怪演していたデンパナンパ男が、すぐに気を取り戻したように役に入りきって快演で応えてくれたのが大きいのかも。

 スタジオを出て、衣装交換のために楽屋に到着。


「んーふ☆」


 頭飾りとウィッグとマントとドレスとコルセットとを脱ぎ捨てた解放感から、思わず声がこぼれるのを止められない。

 メイクも完全に落として下着だけの姿になって……とはいえ、これで男姿に戻れるのではなく、やっぱりまた女装なのである。


 ヒップパッドとボディスーツを身に付け、胸にはパッドを追加する。最初はウェスト部がきつかったこのボディスーツも、コルセットを脱いだばかりの今はだだ余りの状態。『くびれを作るための補正下着』じゃなくて、『あり過ぎるくびれを埋めるための補正下着』になってしまっている。

 女のもののブラウスに袖を通し、肌色のストッキングを穿いて、膝上5cmのタイトスカートを身に付ける。化粧気のない素の俺の顔で、こんな服を着ている事実に違和感。

 それにしても、どうしてこれで俺が男だとばれないのやら。女性の多いスタッフさんたちに囲まれて、その中に男である俺が一人座って、徐々に『女』にされていく体験は何度しても慣れない落ち着かないものである。


 髪型をセットし、付け爪を取り換え、色々な筆やパフで自分の顔が撫でるのを、ひたすら待つ。

 胸元に控えめなボウタイを結んでもらい、ハイヒールを履いて、ジャケットを着せてもらって、小ぶりなイヤリングと高そうな腕時計を取り付ける。ほんの一瞬しか映らない姿にどれだけ時間と手間をかけているのやら。

 このグレイのレディーススーツ一式だって、わざわざ今日のために作った特注品らしい。

 スタッフさんに許可をもらって、手持ちのオードトワレを付けさせてもらう。最近アキのお気に入りになったフローラルなほのかな香りに、少し落ち着いた気分になる。


 姿勢を正して、全身鏡でチェック。

 『ちょっと抜けたところのある、愛らしい新人OL』というのがスポンサー様からの要望による役どころ。茶色の瞳、茶色の髪。『一見薄く見える』メイクもあって、普通に日本人に見える感じ。

 このCMを見た人、前半部分と後半部分が同一人物だと気付いてもらえるのだろうか。悠里と俊也が以前出たCMが『一人二役』(本当は違うけど)だとあまり気付いてもらえなかった事件を思い出す。


 しかし、前半のフランス人もどきより今の日本人状態のほうが、よほど化粧が厚いってどうなんだろうね。首から上どころじゃなくて、手首から指先までドーランを塗られまくっているし。

 しっかり測ってあつらえただけあって、身体のラインがきっちりと出ている。着心地を確認しようと身をよじってみると、盛った胸と括れたウェストとお尻の描く曲線美が非常に女らしくて悩ましい。

 ……なんだろうね。これ。散々ウェディングドレスやらチャイナドレスやら着せられて、普段着も女物ばかりの俺だけど、何故か今が一番恥ずかしい気がしてきた。


「アキちゃん、よければ移動お願いね」


 着替えの時間から考えて、もうみんなを待たせている状態。ヒールをコツコツと響かせて瞳さんのあとに続く。


「シャルロット!」

「だから誰やねん、シャルロットって」


 出迎えられた言葉に思わず素で返しあと、「遅くなってすいません」とアキっぽい感じでぺこぺこ謝りつつ進む。

 撮影場に作られた事務所っぽいセットの中、出迎えてくれたデンパナンパ男。スーツの上下にネクタイをビシっと決めていて、前に会ったときのカジュアルな服よりずっと板について格好いいと思ってしまった。

 これでやり手な若手社長なのだから(たとえ極度のデンパ男でも)もてそうなのに、今まで浮いた話がないというのが意外だった。


____________



「お疲れさま。アキちゃん、良かったよー!」

「おつかれさまでした。ありがとうございますっ☆」

「シャルロット、すごかった!」

「社長もお疲れさまでした」


 後半部分の撮影も、色々あったけど無事終了。満場の拍手の中、自分も拍手しながら控室に急ぐ。


「ちょっと、アキちゃんいいかな?」


 なるだけ早くに女物スーツ上下から解放されたいと足を速めている最中、またデンパナンパ男から呼び止められた。また適当に答えて振り切ろうとしたのに、


(社長さんにきちんとお礼しておきなさい? これだけいい条件って中々無いんだから)


 と、瞳さんに耳打ちされてしまう。


 拍手で見送られた直後なだけにちょっと恥ずかしい感はあるけれど、スタジオの片隅にあった椅子に2人で腰かけさせていただく。

 目ざといスタッフの人がお茶を持ってきてくれたのを、可愛くお礼を言って受け取る。やっぱり女の子は得だなと思う瞬間でもある。



「……何をしているのですか? あなた。時代はもう変わったのに」


 撤収の進むスタジオの中。わざわざ呼び止めたのに黙っていたデンパナンパ男が、ぼそりと呟く。劇の中で何度も繰り返した、『シャルロット』の台詞である。


「……アキちゃん。この言葉を聞いて、何も思い出したりしないかな?」

「すいません。あたし、あなたが何を言ってるのか分からないです」

「そうなんだよね。『時代はもう変わったのに』……200年も前に言われたのに、オレは今でも昔にこだわってる。前のキミは、今のキミじゃないのに。いい加減、吹っ切らないと」


 なんかいきなり自己完結しているし。いや本当に吹っ切ってくれるならありがたいけど。


「ところでアキちゃん、今高校3年だっけ。どう? 卒業後はうちの会社に来ない?」


 それは少し心が揺らぐ申し出だったけど、色んな意味で無理な話だった。

 けどさっきのは、『新しい関係を始めよう』って宣言なのか。ゲンナリしてみる。


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