14’ 街角のマネキン人形 side:伊賀真治
【注意】
今回投下分は、一応これまで禁じ手にしていた『同一場面・同一時間の別視点』になります。
読み飛ばしても問題ないので、苦手な方はスキップお願いします。
<<伊賀真治視点>>
「ね、ね、前こんな看板なかったよね? きれーなモデルさんねぇ」
「いいなぁ、わたしもこんな美人になって、こんなイケメン捕まえて結婚したいなぁ」
「んー、あんたなら、一回死んで生まれ変わらないと無理かな」
「ひどっ?!」
前を歩いていた女性2人連れの会話が耳に入る。
今まで気にしたこともなかったけど、確かにこの看板は見覚えがない。
ホテルの結婚式場のものだろう。美男美女のカップルが、『リア充爆発しろ!!』と叫びたくなるくらい幸せそうに『誓いのキス』を交わしている様子が写っている。
大学への通り道だから、毎日朝晩に見かけるその看板。なぜだか次第に、ウェディングドレス姿のその花嫁が非常に気になっている自分を覚えた。
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「あー、今日は愛里ちゃん一緒じゃないのかぁ」
そんなある日。最近では少し珍しく、アネキとお袋の3人で一緒の晩飯どきの話。
「あらあなた、ちょっと前まで『悠里ちゃん』『悠里ちゃん』って言ってたのに?」
「悠里ちゃんもいいけど、どっちかと言えば愛里ちゃんかなぁ、って」
テレビのバラエティ番組に片割れが出演している、双子モデルの会話が姦しい。つられて何となく、画面の中に注目してみる。確かに顔もスタイルも無茶苦茶いい美人だ。
「って、あ────っ!!」
「何? 真治、突然」
食事を中断して部屋に戻り、しまっていたものを探し出して食卓に急ぐ。怪訝な表情のアネキをスルーして、見つけたプリクラとテレビに並べてみる。多分そうだ。
「うわっ、何これ凄い。悠里ちゃん? 愛里ちゃん? どっち? 超レアもんじゃん。……で、なんであなたがこんなもの持ってるの。てかなんで一緒に写ってるのよ」
マシンガンなアネキの質問をかいくぐり、事情を説明する。といっても、高校卒業後の春休み、北村と一緒にゲーセンで遊んでいたときに出会って、偶々ナンパしてプリクラを撮っただけなので、あんまり説明できることもないんだけど。
あの時結局、携帯番号どころかメアドもLINEのIDも教えてもらえなかったものだけど、芸能人だったとするとそんなガードの固さも納得がいく。
「いいなぁ、いいなぁ。ナマ悠里ちゃんかぁ。……なんで今まで黙ってたのさ」
「いやぁ、てっきり別人だと思ってたし。髪型もメイクも全然違うし、むしろ良く気付いたって褒めて欲しいくらい。……名前も確か、瀬野悠里って言ってなかったし」
「そりゃあんたアレでしょ。芸名」
あの時のことを思い出そうと努力してみる。
“悠里ちゃん”は確かに凄い美人だと思ったけど、彼女一人だけなら声をかける気にもなれなかっただろう。おれが惹かれたのは、“アキちゃん”のほうだ。まあ、じゃんけんに負けたせいもあって、あの娘は北村に譲る羽目にはなったけど。
そこまで考えたとき、番組がCMタイムになる。
「あっ、これアレよね。駅前のホテルの看板の。やっぱすごい美人だなあ。憧れちゃうなぁ」
こういうのには疎いおれでも分かる、例の看板の結婚式場のCM。
「あ────っ! そっか────っ!!」
「真治、近所迷惑よ。あんた声でかいんだから」
ようやく、今更ながら、『あの看板』の花嫁が気になっていた原因に気づく。印象が変わりすぎて分からなったけど、たぶん、あれアキちゃんなんだ。
ということで夕食後、久々に(彼女のプリクラを持ってる)北村に電話をかけてみる。
「よぅ、北村、久しぶり。あのな……」
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土曜昼過ぎに北村と待ち合わせて、例の看板のところに行ってみる。人だかりというほどではないけど、人が看板近くのショーウィンドー前にたむろっている。看板の確認もそこそこに、なんとなくその場所に行ってみる。
「これ、人間なのかな?」
「私さっきから見てるけど、ピクリとも動いてないし、瞬きもしてないしマネキンでいいと思う」
「そうなんだぁ。けど凄いリアルねぇ。動き出しそう」
「看板の花嫁さんそっくりだよね。やっぱ美人よねえ」
「ウェストほっそいよねえ。原寸?」
「間近で見るとこれ、ドレスも凄いなぁ。どんなセレブなら着れるんだろ。憧れだなぁ」
そんなことを言っているギャラリー連中の上から、自分達の身長に感謝しつつ覗き込む。
確かにやたらに精巧なマネキン?が置いてあった。ドレスの区別なんかつかないおれだけど、多分看板やCMと同じ衣装を着たマネキンだ。顔もモデル本人から直接型取りしたに違いない。それくらい似ている。けど一緒に覗いた北村は、「アキちゃんっ!」と叫んで、皆の注目を集めてしまった。
マネキンは当然、反応がない。何も映らない無機物の瞳で、どこかを見つめているだけだ。
「北村、やっぱりあの看板の花嫁、アキちゃんでいいの?」
「……そうだけど、そうじゃない。今あそこでマネキンのふりをしてるのが、アキちゃんだ」
なぜか確信した感じで言われても、おれには少しぴんと来ない。
その時ちょうど、1時の時報の音楽が街中に鳴った。
自分の目で直接見てなかったら、きっと何かのSFXだと思っただろう。時報を合図にするかのように、今まで命を持たない花嫁人形そのものだったマネキンが、急に生き生きとした生命を持つ花嫁に生まれ変わる。これまで微動もしなかった身体は滑らかで優雅極まりない動きに、作り物の笑顔を貼り付けていた顔は柔らかで華やかな笑みに、ガラス玉のようだった瞳は愛する相手を迎える花嫁そのものの夢見る瞳に。
周囲で起きた悲鳴と歓声を、おれはひどく遠くで起きたことのように感じていた。
まわりを見回しながら手を振ったりしていたアキちゃん。観客の一員であるおれ達には、特にすてきな笑顔とウィンクまでプレゼントだ。そんなこんなで時が進み、時報の音楽が止まる。その瞬間に、今までが嘘だったかのように、最初とは別のポーズでぴたり静止する。そうなるともう、本当にマネキンにしか見えない。
「すごいな……」
正直、ため息しか出なかった。
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予めホテルの人から聞いていた終了時刻である6時の、その少し前。戻ってきてみると、けっこうな人だかりができていた。
「これ、本当に人間なの?」
「本当だって。もうちょっと待ってて。そろそろ動くはず」
時報の音楽が鳴り始める。1時の時とは違い、最初は機械的に二、三度瞬きしただけだ。それでも、一度見て頭の中で理解していたはずなのに、『動かないはずのマネキンが命をもって動き出す』という非現実的な光景に、強いショックを受ける。
人形めいた動きで身体を動かし始める。機械仕掛けの人形と言われたら納得しそうな動き。それが徐々に滑らかに、人間らしい動きと表情を取り戻し、優美さを備え始める。ドレスのスカートを両手で摘み上げ、背筋をきちんと伸ばして礼をした状態で音楽が終わり、そのまま静止してこの短い公演が終わりを告げた。
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「アキちゃん、本当におつかれさま」
それから1時間くらいあと。ホテルの中から出てきた女の子に、北村が声をかけた。
フリルのついた薄手の白いブラウス、少し透ける黒い長いスカート、細い黒いリボンタイ、つばの広い大きな白い帽子。『深窓の令嬢』という言葉が似合う綺麗な少女だ。
「待ってて頂けたんですか。ありがとうございます。北村さん伊賀さん、お久しぶりです」
あわてて帽子を取り、にっこりと笑いながら、ぺこりと頭を下げる彼女。
「……お疲れ様、本当凄かったよ。おれのこと、覚えてくれてたんだ。嬉しいな」
おれの知っているアキちゃんは、どこかボーイッシュなところなところのある、『わりと可愛い』レベルの女の子だった。
それが今は、アネキやお袋、いやおれの知っている女性全員とすら比較にならないくらい女らしい、綺麗で上品で可憐で可愛らしい、飛び切りの美少女になっていた。よく彼女がアキちゃんだと一目でわかったもんだと、北村に内心で感心しつつおれも挨拶。
「アキちゃん、このあとどういう予定? やっぱり彼氏さんとデート?」
「いえ、事務所に行って、明日のイベントの打合せです」
「うわ、頑張ってるんだなあ。凄いよ。尊敬する」
「ありがとうございます。色んな仕事ができて、毎日充実中、って感じですね」
今からの予定をいろいろ聞き出し、結局事務所まで一緒に行かせてもらうことにする。
あの大仕事のあとだというのに疲れを見せない、背筋をぴんと張った、流れるような足取り。細くて艶やかな髪を今はアップで纏めているのでよく見える、透明感溢れる白い首筋。
「アキちゃん結局、モデルになったんだね」
「はいっ。あれから色々ありまして。でも、あの時の伊賀さんの後押しがなかったら、ならなかったかも。あの時のお礼もまだでしたね。ありがとうございます」
「あの式場、ちょうど大学の行き道にあるから、毎日看板見て、綺麗だな、って思ってた」
「うわっ、なんだかちょっと恥ずかしいですね」
平日は毎日使っている地下鉄を、大学とは反対方向の便に乗る。
背の高い女の子は目立つ。今は高いヒールをはいているからなおさらだ。
北村と並んで違和感がない少女なんて初めて見る。
色の白い女の子は目立つ。肌がCGのように滑らかに光り輝やいているからなおさらだ。
白いブラウスと並べても、まだ白くすら見える。
脚の長い女の子は目立つ。ウェストの位置が高く見える服を着ているからなおさらだ。
スカートからのぞく足は、片手で軽くつかめそうなくらい細い。
スタイルのいい女の子は目立つ。幼い少女めいた衣装との対比があるからなおさらだ。
下手に抱くと折れそうな腰と見事な胸との対比がすごい。
頭の小さい女の子は目立つ。アップに纏めた髪がそれを強調するからなおさらだ。
前回は悠里ちゃんが比較対象だったから大きく見えたけど、普通に小顔なレベルだ。
顔の可愛い女の子は目立つ。表情がくるくると変わる笑顔の素敵な美少女ならなおさらだ。
先ほど無表情なマネキンの演技をしていたとは信じられないくらいだ。
どれか1つでも十分目立つ存在なのに、全部兼ね備えているのだ。周囲の乗客の注目が、思いっきり集まっているのが分かる。
でも最初は外見の変化に気を取られていたけども、それより大きく変わっていたのは、彼女の内面のほうだと、道中話しているうちに気づく。
以前あったときは、何かこう、自分を包む殻をおっかなびっくり内側からつついている、孵化寸前の雛のような印象のあったアキちゃん。それから4ケ月も経ってないのに、もう自分の翼で大空を飛び始めている。そんな印象。
一体、これから彼女がどこまで飛んでいくのか、楽しみにすらなってくる。
「アキちゃん本当にすごく変わったよね。おれだけなら分からなかったかも。素敵になった」
「ありがとうございます。以前のあたし知ってる人と会うのはやっぱり恥ずかしいですね。……あたしもう、自分に嘘をつくのやめたんです。可愛くなっていいんだ、って」
人って、こんなにも変われるもんなんだ。そんな感動すら覚えているおれの鼻に、彼女の匂いが届く。お気に入りの香水なのだろうか。前会ったときと同じ、花のような微かな香り。
大きく変わった彼女の中の、変わらない点──それに何故か余計にドキドキしてくる。
そんな楽しい時間は、あっという間に終わる。地下鉄に揺られること10分強、そこから歩いて数分。『事務所』と聞いて都心に行くのか思っていたら、意外なくらいに近場だった。『こんな場所に芸能事務所があったのか』と驚くような、大きくはない雑居ビルの前。
「そうそう、忘れるところだった。アキちゃん、これ」
「へっ? え? え? え? かっ、かぁいぃーっ!! やっぱかぁいぃーなぁ、もぅっ」
北村が手渡した白い仔猫のぬいぐるみ。それを見て、大きな目を更に大きく丸くしている。
「これってあれですよね。最初お会いしたときの」
「うん。アキちゃんが狙ってた、クレーンゲームのぬいぐるみ。今日一日、がんばったね、って、僕たちからのプレゼント」
「いいんですか? ありがとうございます。ありがとうございますっ。やったぁ!」
原価でたぶん500円もしないアイテムを両手で抱えて、ぴょんぴょん飛び跳ねたりしているアキちゃん。今日、6時のアキちゃんの仕事の終了を待つ間に探して何度も挑戦して、最後は店員さんにお情けで開けてもらったシロモノだけど、この喜びようだけで十分な気がしてしまう。
「本当にありがとうございます。うわっ、今日はいい日だ。かーいぃよう」
そう言うアキちゃんのほうがずっと可愛く見える。柔らかそうな胸の間にぬいぐるみをむぎゅっと抱きしめて、何度もお礼するアキちゃん。おいお前、場所変われ。
別れの言葉を繰り返してビルの中に入る姿とその残り香を見送って、北村に声をかける。
「で、北村。これからどうする? 何か飲みに行くか?」
その後彼らはドリンクバーを堪能しました。
(※お酒は20歳になってから)




