14 街角のマネキン人形 2013/07/06(土)
(ね、ね。雅明。見て見て)
(言われなくても、同じもの見てるってば)
(きれいに撮れてるよねえ。あたしより、雅明のほうが実はモデルに向いてるんじゃ?)
(そりゃないよ。この時も勢いで誤魔化したけど、色々ギリギリだったのは分かってるだろ?)
俺たちの視線の先にあるのは、一枚の大きな看板。豪華な純白のウェディングドレス姿の花嫁が、黒のテールコート姿の花婿と、幸せそうに『誓いのキス』をしている。そんな大きな写真。その下には『2013年7月1日リニューアルオープン!!』の文字が躍っている。
(なんでよりによってこの写真を使うかな? ……というか、この時撮影してたんだ)
(いい写真じゃない。あたしだって、これ見てたら結婚したくなるもの)
(けどこれ、ドレス女装男と男装女のキスなわけだろ? 教育上まずくないか?)
そう。この看板の『花嫁』は以前撮影した、女装した俺なのだ。
最近、量産体制に入っている気がしなくもない俺の黒歴史。その中でも最大級のシロモノが、新幹線駅も近いこんな人目につく場所に置かれている。俺自身があまり来る場所じゃないのが、まだ救いなのかどうか。
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今日についての打合せのあと、メイクその他を済ませて入った従業員用の女子トイレ。
これからの7時間(準備撤収含めれば+1時間)、トイレ休憩もないから用を足したくなっても我慢するしかない。一応昨日の昼から飲み物は取ってないけど大丈夫かどうか。その最後のトイレということで、最後の一滴まで用を足してスカートを整えなおして外に出る。
トイレに入ってきた女性が、悲鳴を上げる寸前、って顔でこちらを見たのが印象的だった。
(あの人の表情、ちょっと失礼じゃない?)
(しょうがないと思うよ。自分の顔、見てみなよ)
仕立ての良い白いフリル付きブラウス、ハイウェストでミディ丈の透ける黒いスカート。そんな首から下は良いとしても、マネキン風に化粧した首から上が鏡の中から見返す。『トイレの中で、動くマネキンに会う』……そんな怪談に出てきそうなシチュエーション。本当に悲鳴を上げられなかっただけまだマシなのかも。
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(まさか、このドレスを3回も着る羽目になるとはねえ)
最初はチラシや雑誌向けの写真の撮影で。
2回目はそれから数日後、CM撮影で。CMは元々別のモデルさんがやる予定だったのに、そのモデルさんが出演できない事態になって、『すぐにドレスを準備できる』花嫁モデルの自分にお鉢が回ってきた。
大学を自主休講して、平日にCMの撮影。『見栄えがいいから』ということでこの豪華だけど重いドレスをまた着せられて、15秒と30秒バージョンを一気に撮り切る。ちなみにそのCMはもう放送中で、恐ろしいことに県内のテレビ画面には俺のドレス女装姿が映りまくっていたりもする。どんな羞恥プレイなのかと。
その撮影の後は『高校の試験期間』ということで、しばらくは仕事をあけてもらって。『次の仕事の七夕イベントまでのんびりできる』と喜んでいたのに、急遽入った本日の仕事。
これは女装した男で、それも俺自身なのだ。頭ではそう理解していても、それでも花嫁姿の美女にしか見えない、鏡の中の人物。チョーカーで首が、手袋で手先が、スカートでお尻が。意図的なのか俺の体で比較的『男』を残している箇所が隠されているせいで、余計にそう見える。
ウェスト部ではほとんど水平になるくらいに大きく大きく膨らんだスカート。狭い展示スペースに本当に入りきるのか不安になる。その下半身部の対比から更に細く見える、コルセットで作った細いウェスト。そこから続く背中の弓なりのラインが、なんだかとても女らしい印象を与える。
通常でも大きな目が、今は化粧のせいで更に一回り大きく見える。重い付け睫毛に縁どられた目は、言われ慣れた言い回しだけど本当に『お人形みたい』だ。日本人にしては色素が薄く、少し大きめな瞳がその印象をより強める。オフショルダーでほぼむき出しになった、陶器めいた質感の白い肩、白い二の腕。例によって光る粉末をかけられたせいで、なんだか肌自体がキラキラして見える。
毎度のテクで作った偽物の谷間が、ドレスの胸の部分からチラリのぞいているのも女らしい。
けど何より『女らしい』のは、綺麗なドレスにうっとりとする乙女そのものの表情だろう。
(こら、雅明。あたしのおっぱい見て鼻の下伸ばしてないで。お仕事行くわよ)
そう言って移動を始めるアキ。カーテンの降ろされた狭い展示スペースの中央に陣取り、ポーズを取る。街中に鳴る11時の時報の音楽、それを合図にするかのようにカーテンが上げられる。
これから7時間に及ぶ長丁場。俺とアキの1人による舞台の始まりだ。
道行く人が、驚いた表情、憧れるような表情、怪訝な表情、様々な表情でこちらを見ている。
自分が“瀬野雅明”であることを否定され、19歳の男であることを否定され、今度は人間であること、どころか有機物であることすら否定されている。どうにも落ち着かない感覚だ。
「これマネキン? 人間? あの看板のドレスだよね」
「んー。マネキンじゃないの? あの看板、修正しまくりだったけどそれに合わせて作ってる」
「修正しまくり、って?」
なんとなく、どこかで聞いたことがあるような女性2人の声。
「あー。あれウェストとか肌とか、どう見ても画像修正してたじゃない」
「そうなの? よくわかんないけど、広告用の写真って今時そんなもんか」
苦しい思いをして絞ったウェストとか、気を使いまくっている肌とか、そんな風に思われていたのか。ショックでもあり面白くもあり。
「もーしもーし。人間さんですかー? モデルさんですかー?」
視線のある方向に回り込んで、その記憶にある声の主が、俺に向かって手とか振っている。どこかで見たような、太めの女性……凄い昔、“甘ロリ女装した雅明”として一緒に夕食を食べた女性2人組なのだとようやく気付く。
(アキ、手くらい振り返してあげたら?)
そう言っても、返答は何も帰ってこない。
最初にカーテンが開いた瞬間、(『これ』はマネキン。店頭に置いてある、人型の展示物)と脳内で呟いたあと、何も思考が浮かんでこない状態のままだ。
「ねー。やっぱりマネキンでしょ」
「そっか。けど凄いリアルよねー。今にも動き出しそう」
それからしばらく俺の前で立ち話したあと、彼女たちはそのまま立ち去る。女装した俺を見ていた相手に、よく俺だとバレなかったものだと、内心ほっとする。
「このドレス、こうして近くで見ると本当素敵よねえ。私も着たいなあ」
「こういうのが良いんだ。確かにこれ着たエミ、俺も見てみたいけど」
「でも、すっごく高いんだろうなあ」
それからほどなく、カップルの男女がガラス越しに俺のことを見ながら会話している。俺のことをただのマネキンだと信じきった、そんな感じの会話。
そういえば、とふと思い当たる。このお仕事、『人間マネキン』という説明と条件(開始終了と休憩)を確認しただけで、肝心かなめの、『客が人間マネキンに何を求めるか』が聞けてない。このまま動かないなら普通のプラスチック製のマネキンを置いているのと変わらないわけで、それでいいんだろうか。
そういう疑問を脳内で伝えてみるけど、アキからはやっぱりなしのツブテだ。
ものすごく長い時間が過ぎたような気がするけれど、でも時報の音楽はまだ1回しか耳にしていない。するとあと5時間以上この状態でいないといけないのか。改めてこの仕事のヘビィさにうんざりしてしまう。
「看板の花嫁さんそっくりだよね。やっぱ美人よねえ」
「ウェスト細いよねえ。原寸?」
「間近で見るとこれ、ドレスも凄いなぁ。どんなセレブなら着れるんだろ。憧れだなぁ」
それでも(本人がもろに聞いているとも知らずに)自分の容姿やドレスを褒める言葉を聞くと、嬉しい感情が心の奥から湧いてくるのを止められない。
そんなことを考えつつ、でも表面的には感情を持たないマネキンを演じているとき、唐突に「アキちゃんっ!」と聞き覚えのある声で叫ばれてしまう。意識を占めているのが、俺でなくてアキでなくて良かった、と思う。俺なら凄い勢いで反応していたところだ。
……そもそも俺なら、始まって3分も耐えられなかったとも思うけど。
(この声、北村さんか。随分久しぶりね)
何故か唐突に戻ってきたアキの言葉に思い出す。昔俺たちがナンパされた、元バスケ部2人の片割れか。なんでこんなところにいるのやら。
北村と……確か伊賀だったっけ、2人はまだ何か言い合っているようだけど、喧騒に紛れて半分も聞き取れない。ただ北村が、なぜか俺がマネキンでなく『アキ』本人と確信していることは、途切れ途切れの中伝わってくる。
(なんでこいつ、俺がマネキンじゃないって分かるんだろ。他は大体誤魔化せたのに)
(ほら、やっぱりあれじゃない? ラヴの力)
(やめてくれよなあ)
北村と『誓いのキス』をしている花嫁姿の俺を、一瞬想像してしまってげんなりする。
(そうだ、アキ。このままだと普通のマネキンと変わらないし、少しくらいは動いたほうがいいんじゃない? でないと『人間マネキン』のメリットがないし)
(そっか、雅明は北村さんに挨拶したい、と。うん、分かった)
(違うって、そういう話じゃなくてな……)
その時ちょうど、図ったかのように1時の時報の音楽が街中に鳴り始める。
(じゃ雅明、やってみるね)
実に2時間ぶりの瞬きをして、これまで自分を生命のないマネキンだと信じ切っていたギャラリー相手に笑顔を振りまき始める。北村相手にはウィンクまでするサービスぶり。
周りに湧き起こる、驚きの悲鳴と感嘆の声。なんとも不思議な快感が背筋を駆け抜け、軽くイってしまう。それでも表面上は平然と、周囲に愛想を振りまいて、時報の音楽が鳴り終わると同時にピタリと静止する。やばい、周りの反応が楽しすぎる。ドヤ顔のアキの表情が目に浮かぶようだ。
(じゃあ、またマネキンになるわね)
そう言って、再び無機物の無思考に戻るアキ。
動かない俺を見守るのに飽きたのかどうか北村たちが立ち去ったあとも、入れ替わり立ち代わり人がやってくる。
「近くで見ると、このドレスこんなになってるんだ」
「刺繍とか真珠とか本当にびっしり」
「スカートもトレーンも迫力あるなあ」
「この人って、CMに出てたモデルさん本人よね? なんだかすごいなあ」
「本当に美人よねえ。手足長いし、スタイルすごい良くて羨ましい」
そんな意見には内心湧き上がってくる喜びを隠せないし、
「えーっ?! 本当にこれ生きてるモデルさんなの? 信じらんないっ! だってだって、お肌とか人間にしてはツルツルしすぎてるし、お目々もありえないくらい大きいじゃん」
「ツイッターにそう書かれてたけど、自分じゃ確認してないからなあ。なんか自信なくなってきた。瞬きもしてないし……まぶたの上に目を書いてるわけじゃないよね?」
という会話には内心ニンマリしてしまう。……20近い男子として、それはどうかとセルフ突っ込みを入れたくもなるのだが。
それはともかく、この仕事で大変なのは、時間の経過がやたらと遅く感じることだ。もう何日間もここでじっとしている気がする。今後の一生マネキンにされてしまって、もう二度と解放されることがない気がしてしまう。時報の音楽が鳴っている間だけが、自分が動いていられる時間。それももう、とっくに何回目か分からなくなって、何百回何千回となく繰り返している気がしてしまう。
それでも時間は過ぎて、待ちわびていた時報の音楽が街に鳴り響く。前回の時に「もうそろそろ5時だし~」って言った人がいたから、今回が最後というのだけは把握できている。
自分がマネキンではなく人間であって、身体が動くものだと理解するまでしばらくかかる。動きがぎこちないのが自分でも分かる。体も心も、本当に機械仕掛けの花嫁人形になってしまっていたような錯覚がする。
それでも徐々に、もとの動きを取り戻していく。反応を見るに、幸いに最初のぎくしゃくさも演技の一部に思われたような印象でほっと少し安心。周囲を見回しているうちに、何故かまた来ていた北村と視線がピタリとあってしまう。心臓がぴょこんと飛び跳ねたような感触。仕事中というのにドキドキが止まらない。彼の目には、自分の存在はどう映っているのだろう。
この素敵なウェディングドレスに、見合った花嫁に見えていれば良いのだけれど。もう聞き慣れた音楽に合わせて最後の公演を済ませ、最後にスカートを摘み上げて一礼。カーテンが降りるまでの時間がいやに長く感じた。
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ドレスを脱いで従業員用女子トイレに駆け込み、いつものように便座に腰掛けてほぼ8時間ぶりの用を足す。ほっと一息。
……って何か変だ。いつの間にやら意識の主導権がアキでなく雅明に切り替わっている。
ごく自然に女子トイレに入ったのは、アキだったのか雅明だったのか。
(んー。あたしにも良く分かんない。最後の時報の前から雅明だった気もするけど)
アキの言葉に困惑しつつ控室に戻って、少しの休憩のあと普段用のメイクをする。白いブラウスと黒いスカートをきちんと着て、黒いリボンタイを結びイヤリングをつける。もう少しお洒落したい気分がして、髪をアップに纏めて香水を振る。
10年前、一番初めに女装をしたときの衣装によく似た服。その少女が美しく可憐に成長を遂げたかのような姿に、これが自分だと分かっていてもトキメキを感じる。さすがに少し疲労の陰が見えたけど、気を引き締めなおして心からの笑顔で吹き飛ばす。
仕事の後始末まで終えてホテルを出る。
「アキちゃん、本当におつかれさま」
横からかけられた声を、俺は予想(あるいは期待)していたのだろうか?
「待ってて頂けたんですか。ありがとうございます。北村さん伊賀さん、お久しぶりです」
帽子を脱いで、声の主である北村とその隣の伊賀にぺこりとお辞儀をする。モデルをやっていて、自分より背の高い女性や、自分と釣り合う背丈の男性はわりと見慣れた存在になってきていた。それでもこの2人の身体の大きさはやっぱり別格だ。
なんだか意識が、10年前の小さな少女である自分に引き戻される感覚がしてしまう。偽物の胸の丘が、呼吸のたびに緩やかに上下しているところが、当時とは異なるけれど。伊賀とか、視線がついつい胸元に行くのを止められてないし。
本人はこっそりやっているつもりだろうけど、分かっているんだゾ。
「アキちゃん、このあとどういう予定? やっぱり彼氏さんとデート?」
「いえ、事務所に行って、明日のイベントの打合せです」
「うわ、頑張ってるんだなあ。凄いよ。尊敬する」
18歳になりたての女の子、『アキ』に成り切って、色々会話。いつも内心気恥ずかしい思いをしていて、終わったあとに自殺したい症状に駆られる成りきりプレイ。
でも今は別の種類の気恥ずかしさが胸の奥にこみ上げてくる。
(まるで、初恋の先輩の前で平常心を装って普通に振る舞おうとする、健気な恋する乙女みたいだねっ☆ とってもとっても可愛いよ)
アキはあんまり俺の心をえぐらないでくれると嬉しい。
早く別れたかったのに(アキ:本当に?)、3人一緒に地下鉄に乗って事務所の前まで行くことに。
「あたしもう、自分に嘘をつくのやめたんです。可愛くなっていいんだ、って」
色々互いの近況を確認する会話をして。その中でつい自分の口から飛び出た言葉に戸惑う。
雅明は男の本当の自分で、アキは女装の気恥ずかしさを誤魔化すために生んだ仮想の女の自分──にしてはきっちり自我を持ちすぎている気もするけど──そう認識していたけど、ひょっとするとそれは勘違いだったのかもしれない。
自分に嘘をついているのが雅明で、ついてない素直な本当の自分がアキ。そういう差。
(ようやく今更気づいたんだ? 『女装なんて嫌だ』『可愛いくなりたくない』──それに、『目立ちたくない』『平凡でいたい』。そんな【嘘】をやめたのがあたしなの)
(今、会話してるんだから、割り込んでこないでよ)
それは少なからずショックな話。間違いや勘違いならいいんだけど。
気が付くともう事務所前。マネキンを演じていた時とは違って、時間の経つのが早いこと。別れようとする自分に、北村さんが鞄から何かアイテムを取り出す。差し出した掌の上に、「プレゼントだから」とちょこんと置かれた、白い仔猫のぬいぐるみとご対面。
何だか記憶に引っかかる……って、『アキ』として最初に外出した時、欲しかったクレーンゲームの景品か。これ、わざわざ取ってきてくれたんだ。あの時も可愛いと思ったけど、目の前で見ると本当に可愛い。気が付くとアキと2人でピョンピョン飛び跳ねて、場所も考えずに大喜びしていた。
冷静に考えると20歳近い男が貰って喜ぶものでもないんだけど、でも何故か止まらない。
「本当にありがとうございます。うわっ、今日はいい日だ。……可愛いよう」
何度もお礼して、そのまま別れてビルに入り、ひとけのない階段を上る。
結局、北村さんはあたしを『お持ち帰り』する度胸はなかったんだ。紳士的なのはいいけど、時にはもっと積極的にならないとね……それともあたしって、そこまで魅力的な女の子じゃないのかなあ。
そんなことをナチュラルに考えている自分にふと気が付いて、とても怖くなった。
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「おはようございまーっす」
深呼吸して気を取り直し、元気に事務所のドアを開ける。そこかしこから返ってくる返事。お姉さまたちがいると教えてもらった部屋に入る。
「お姉さまがた、おはようございます。……遅れちゃってごめんなさい」
「アキちゃん、おはよ。お仕事すごかったんだってね」
「……むぅ」
いつもは明るく返事を返してくれる悠里が、女装した俺の顔を見た瞬間むすっとしている。
「……お、お姉さま、なんでしょう?」
「──浮気の気配がする」
いつもは俺が男と抱き合おうがキスしようが気にしない悠里なのに、なんだか雲行きが怪しい。今までこんなことはなかったはず……って、そういえば一度あったのを思い出す。確か以前、北村とデート──じゃない、北村に買い物の同行をお願いした時に、こんな瞳で俺を見たことがあった。あのとき、二度とこんな顔させまいと誓ったはずなのに。
「お姉さまっ、申し訳ありませんでしたっ」
「……釈明を聞きましょうか」
「その、仕事帰りに北村さんたちがやってきてですね、事務所まで送りたいっていうから断れなくて、一緒にここまで来ただけです。キスもハグも手繋いだりもしてないです」
土曜の夜。ブラウスにスカートを着て、下着まで女ものを身に着けて胸を膨らませて、長くなった地毛の髪を女らしくアップに纏めて化粧もイヤリングもした完璧な女装姿の俺。そんな格好で、愛しの彼女から【男】相手の浮気を疑われるという、きつい状態。
でも一番きついのは、自分でも完全にそれを否定しきれないところだろう。
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そのあと入ってきた瞳さんから明日の説明を受けて、事務所を出て俊也と別れて、閉店間際のショップに飛び込んで、料金悠里持ちで何故か2人分の浴衣を購入。それを包んでもらって店を出て、遅めの夕食を悠里と2人で取る。
「……やっぱりアキちゃんって、本当に可愛いなあ」
ここまでずっと、まともに悠里の顔も見られない状態。そんな俺をじっと見つめて、悠里が感心するかのようにしみじみと呟く。
「顔も性格も可愛いし、男だったら誰でも惚れてしまうのも分かるな」
俺は返事に困って、「……それはお姉さまもですよね?」というのがやっとだった。
「私? 私はあんまり男からは好かれないのよね。その分、女性からの好感度が高い、って分析結果を今日、事務所の人に見せてもらって、なんだかすごく納得しちゃった」
すらりとしてスタイルが無茶苦茶良くて、目鼻立ちのきっちりした美人で、自己がしっかりしていて、頭が良くて、(家事以外は)何でもテキパキとこなして。俺が恋人を名乗っているのもおこがましいくらいの、男なら誰でも憧れる存在だと思っていたけど、そうでもないんだろうか。
「愛里も私と同じ感じ。ただ男受けは私より随分いいかな。で、アキちゃんは中高年と子供が好感度高めで、男受けが無茶苦茶良くて、逆に若い女性層からの好感度が案外イマイチ」
「──そんなのが出ちゃうんですね。でもなんだか変な感じ」
「でまあ話を戻して。……何を言いたかったかというと、ごめんなさい、ってこと」
「へ?」
「私も忙しさにかまけて、最近あんまり構ってられなかったなあ、って反省してるの。これじゃあ、恋人をほかの男に寝取られても仕方ないのかな、って。このデートも、さっきの浴衣のプレゼントも、私からのお詫びのつもりなんだから」
「……怒ってるんじゃないんですか?」
「そりゃ、怒ってますよ。でも私にも悪いとこあるんだから、そこは改めていかないとね。これからますます忙しくなるし。……ほら、アキちゃん。こっちを見て。はい、あーん」
視線を上げると、豆腐ハンバーグをつまんだ悠里の箸先がある。少し戸惑って、それをパクリと口に入れる。狐につつまれたような、でも甘酸っぱい気分。
「ありがとう、お姉さま。あたしからも、あーん」
ちょっと調子に乗って、自分も同じように一つまみして食べさせてみるバカップル状態。
でも傍からは、『仲の良い女の子同士の微笑ましい戯れ』に見えるんだろうなあ。
「そういえば、ますます忙しくなるって、もうすぐ夏休みですよね?」
「その前に前期末があるし、8月にドラマの撮影が入ったから、それにほとんど時間が取られちゃう。だから隙を作ってイチャイチャしないと」
「おめでとうございますっ☆ ついに女優デビューですね。……どんな役なんです?」
正直寂しいしツラい。でも彼女の夢は応援するのが彼氏としての努めだろう。
「大正時代を舞台にした探偵ものでね。俳優の足立凌平さんが主演の探偵役で、私がその少年助手役。ついでに愛里が、華族の令嬢役だっけ」
「あら女優じゃなくて男優デビューなんですね。……でも、足立さんかあ。懐かしいなあ。あたし昔大ファンで、あの人の主演の映画は何回も見に行ってました」
その後映画を見に行くどころかテレビも家にない生活が始まって、興味も薄れていた。
……そう思っていたのに、彼と共演できる悠里と俊也を、羨ましいと思う自分がいた。




