13 本日も花嫁気分 2013/06/22(土)
「うん。アキちゃん、やっぱりおっぱい綺麗でいいなあ♪」
俺の胸を指先でぷにぷにと突きながら、悠里が実にニコヤカな笑顔で言う。見下ろすと見える、たった今出来上がったばかりの谷間が、下着の合間から『コンニチワ!』している光景。
別に豊胸したわけでなく、上半身の肉を胸のところにかき集めてそれらしくして、ヌーブラで持ち上げて下着で固定して作った、即席でまがいものの谷間もどきである。
着替えやドレス合わせに何度か参加しても、(多分)一度も俺が男だとばれなかった優れもの。……貧乳・上げ底というのは、わりとバレまくりだったけど。
俺が今着ているのは、純白のウェディングドレス用の下着(ビスチェとか呼んでいたっけ)。
コルセットと胸のカップが一体になったもので肩ひもがなく、背中側は大きく開いている。最初のころ息が止まるかと思った締め付けには段々と慣れてきたけど、マシュマロや悠里の素肌のような肌触りのよさには未だに慣れられそうにない。
アキでいるときは大喜びしていたそんな姿も、今はただ、げんなりさせる材料だった。
「悠里、毎度だけど胸作る手助けありがとな。……あとズボン貸してくれない?」
「どうぞどうぞ。……私もそろそろ準備に入らなきゃ、かな」
時計を見上げて風呂場に向かう悠里。その背中を見送ってクローゼットを開く。『彼女のクローゼットを開いて物色して、その服を着る彼氏』というのもまた異様な話だけど、俺たちの間では最近普通になってきた。なんだか感覚が麻痺してきてまずい。黒のジーンズを適当に選んで部屋に戻り、二ヶ月前に部屋に増えた自分の衣装棚を開く。フリル・レース沢山、ピンク系多数の、頭がくらくらするような眺めと匂いだ。
今日はホテルでの撮影。ロビーで場違いにならぬよう、シックに大人らしくなるように。頭をひねってお洒落するのは楽しい……と思っている自分に気付いて落ち込むけれど。まずレースのついたクリーム色のショーツに穿き替えて、胸元に小さなリボン飾り付きの白のキャミソールを羽織る。アキで慣れて、もう感想も浮かばなくなっているのがやばい。
その上から俺用の、男物の無染色のリネンの長袖シャツを着て、先ほどのジーンズを穿く。脚の長さはほとんど一緒で、腿回りは少し余るくらい。いつも着ている男物よりよほどフィットするという事実が、俺の男としてのプライドをいい塩梅で潰してくれる。ウェストがぶかぶか過ぎるのは、ベルトをきつめに締めてカバー。
自分の姿を鏡に映して確認。お尻が寂しいので、ジーンズの上に、白地に赤い花柄のスカートを着用してみる。
女物とはいえジーンズと、男物のシャツの取り合わせ。マニッシュ方面を目指したつもりだったはずなのに、下着に取り付けたパッドのせいで突き出た胸と、括れたウェストが強調されて、逆に非常に女らしくなっていた。
お洒落って難しい。
髪をとかして、最小限のメイクをして、女物のベージュの薄いジャケットを羽織ればもう、『可愛くて発育の良い女子中学生』の出来上がりだ。
……『シックに大人らしくなるように』は、どこに行ってしまったんだろう?
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モデルの仕事がある日はいつも勝手に登場している『アキ』なのに、今日は呼んでも何してもやってこない。前の日曜、今日は俺に任せるとか言っていた記憶があるけど、本気なのだろうか? 案内された控え室でマニキュア・ペディキュアを塗られながらも、既に違和感が半端ない。
靴や手袋で隠れるのに、いちいち塗らなくても良いだろうに、とも思うのだけど、今日は本格的な花嫁姿で撮影するのがクライアントの意向とかで仕方がないらしい。
男そのものである俺が、『本格的な花嫁』! ……どんな酷い冗談なのかと。手術済みとか、心は女とか、せめて女装が趣味というならまだ理解可能な世界なんだが。
だけど冗談でもなんでもなく、俺は徐々に徐々に花嫁にされていく。ベースの化粧だけで、種類を替え、場所を替え、色を替え。睫毛も一本一本持ち上げていくように。
「今日は随分可愛らしいモデルさんなのね。お肌も本当に若々しくて……何歳になるの?」
「もうすぐ18歳なんですよぅ」
「ええっ?! もっと若いと思った。私も何回か16歳の子のメイクしたことあるけど、それよりずっと若い感じ……白人さんでも、こんなに肌が白くて綺麗な人いないし」
やたらと話しかけてくる、中年女性のメイクさんだった。そのたびに『17歳の現役女子高生モデルの瀬野アキ』として回答しないといけないのがいちいち羞恥心を煽る。2歳サバを読んで、まだ幼く見えるのってどんなのだろう。
ただこのメイクさんの腕は確かで、その指の動きについつい見とれてしまう。
メイクさんも俺のそんな視線に気づいて、少しの会話ののちメイクの説明を事細かにしてくれるようになった。面白いテクも多くて参考になる。写真栄えするぎりぎり最小限の色遣いでとどめて、モデルでは意外と欠点になりがちな色の白さを魅力に置き換えている。
化粧も終わって次はヘアメイク。アップ風に纏めて、ゆったりとしたウェーブのかかった髪と同色のエクステをつけて背中に垂らす。そのくすぐったい感覚が心地よいと、不覚にも思ってしまった。
ひとまず完成した、鏡の中の自分を見つめる。いつもの自分の幼さは、瑞々しく若々しい可憐さに変えられている。代わりに占めるのは、ヨーロッパの社交界にでも出せそうな気品と上品さと、新雪のような透明感。メイクってやっぱり奥が深くて面白い。
自分の女装姿に落ち込みつつ、改めてそう思う。
下半身の下着を替えたあと、ボリュームを出すためのパニエを4枚も取り付ける。そしてスタッフが何人がかりかで持ち込んできた、本日1着目のドレスと対面。衣装合わせのときも思ったけれども、本当に俺が着てよいものかどうか不安になるようなドレス。1日間のレンタル料だけで百万円を軽く越えそうだ。
本当に俺が──というより人間が着られるのか不安になるほどほっそりした上半身。びっしりと細やかな刺繍と、本物の真珠らしい輝きと、布地そのもののきらめきがそれを彩る。スカート部を埋める花を模した飾りが、まるで花畑のよう。ドレスというより、布で作った芸術作品という印象すら与える存在だった。
その『芸術作品』のパーツの1つに、俺はこれからされてしまうのだ。そう考えた瞬間、なんだかよく分からない感慨めいた何かが背中じゅうを駆け回るような感じがした。
化粧を衣装につけないよう、慎重に慎重にドレスを上から被らせてもらう。パニエの上を滑らせたスカートを合わせるふりをして、生地に指をそっと這わせる。『シルク』と一言で言っても、ここまで差があるとは思わなかった。
手触りが違う。きらめきが違う。初めてシルクのチャイナドレス(正確にはシルク混紡だそうだけど)を着たときも、男物の服にはない気持ちよさにびっくりしたものだけど、それとすらレベルが完璧に違う。
ボディの部分を慎重に合わせて、コルセットみたいに背中の紐を編み上げられる。肘上までの、これまたシルクのグローブを慎重に引き上げてもらう。自分の手であることが信じられない、細くて優美な姿。手を開いたり閉じたりして確認するけど、それでも現実感がしてこない。
スカートの中に潜り込んだスタッフの手助けをもらって、ヒール付きのパンプスを履く。大きな真珠のついたチョーカーを首に巻き、ダイヤとプラチナの輝きも眩しい上品で重いイヤリングを耳につけ、頭に豪華なティアラとヴェールをつけ、ブーケを受け取る。少し髪と化粧の手直しが入って、何か肌に粉を振りかけられて、これでようやく完成形。
改めて鏡を見なおしてみる。オフショルダーでプリンセスラインのウェディングドレス。肩から胸、背中にかけて大きく開いていて、白くて柔らかそうな胸の谷間が微かにのぞいている。先ほど振りかけられた粉のお陰か、肌が形容でなく本当にキラキラと光り輝いている。大きく大きく膨らませたスカートが、上半身の細さと優美さを強調する。
一歩間違うと装飾過多でごてごてした感じになりそうなのに、洗練されたデザインのおかげでむしろすっきりした印象になっている。振り向くと見える、5m以上ありそうな長いトレーンと腰より長いヴェール。
恐らく本当の女性でも、多分一握りの令嬢にしか袖を通すことが許されない高貴なドレス。それを建前的にも女子高生モデルで、実際には女装男子大学生の俺が着ている……その事実に、なんとも言えない複雑な気分になる。
「すごく綺麗……このドレス、こんなに着こなせる人は多分、世界中探しても他にいないわね。アキちゃんのために作られたみたい」
いつの間にか入ってきていた瞳さんが、うっとりとした声で言うのを聞いて我に返る。
「あ、瞳さんおはようございます」
「アキちゃん、おはよう。……けど本当にアキちゃんて、綺麗なドレス着るのが好きなのね。今もわたしに気付かないくらい、嬉しそうな笑顔ですっかり自分に見とれきっちゃって」
……俺、そんな顔していたんだろうか。
瞳さん含め、ここにいる全員が俺を女性と信じて口々に賞賛してくるのを、嬉しく感じる。せめて自分だけでも俺は男であると認識していたいのに、それすら揺らいできそうだった。
「俺は男だ!」
「女装なんて真っ平だ!」
「ウェディングドレスを着るなんて絶対嫌だ!」
そんなことを叫びたい誘惑に駆られる。
男なのに矯正下着でウェストを絞り上げ、手術もホルモンもなしで胸元に谷間を作り、女装趣味でもなんでもないのに唇を紅く塗った姿で。
でもそんな俺の内心の葛藤は完全に無視された状態のまま、撮影場所に移動する。
女物の衣装って、ふわふわとして柔らかくて肌触りがいいのが多いけれど、特にこれは飛び切りだ。そして女の衣装って、重くて動きにくいのも多いけど、これはそっち方面でも飛び切りだ。
下手に動くと破けて高い弁償を払わされそうで、ついつい動きが制限される。姿勢を固定された挙句に普段使わない筋肉を使わされて、正直かなりきつい。『動きが優美だ』と口々に言われるけれど、そんなの慰めにもならない。顔が引きつりそうだけど、それさえも許されないのだ。
スタッフ達に導かれるままについたのは、こんな機会でなければ足を踏み入れることもなかっただろう、立派なチャペル風の式場。それも改装オープンを目前にした真新しい空間だ。黒のテールコートを着た、長身の新郎役の男性がびっくりした表情で自分を見ている。どこかで見たような、と思ったら先週アキが『ワイルドさん』と呼んでいた男モデルだった。
「うーん、こんな綺麗な花嫁、初めて見た……アキちゃん、でいいんだよね。見違えたよ」
少しの間のあと、そう言う彼。改めて見ると、顔立ちの整いぶりが半端でない。元々宝塚の男役のような美形に、鍛えられた逞しさが精悍さを加味する。俊也や義父、それに北村とついでにデンパナンパ男と知人になぜか多いハンサム連中の中でも、トップクラスだろう。
その彼と挨拶と多少の会話をして、撮影に入る……寸前に。
「アキちゃん、愛してるよ」
囁くように、そんなことを言われてしまう。途端、全身に鳥肌が立つのを覚える。
土曜の休日を潰して、可愛い美人の恋人と遊びに出かけもせずに、男なのにウェディングドレスを着て化粧して、よりによって男から愛を囁かれる!! これが悪夢だったらどんなに良かっただろう。でも、これは現実なのであって。見返すと、真顔で、真剣な眼差しでこちらを見つめる『ワイルドさん』の顔がある。
とても演技とは思えない迫真さ。中途半端な自分が嫌になり、プライドを捨てようと決心する。まぶたを閉じ、衣装の許す限り最大限の深呼吸。先の鏡の中の自分に意識を合わせる。
「……ええ、あなた。わたくしもです」
自分の左胸、心臓と柔らかい胸のある場所に手を当てて、にっこりと微笑む。
──これからの時間、わたくしはこの世界で最高の男性を夫に迎える、世界で最高の花嫁。それ以外の自分は、すべてひとまず封印だ。……そう、自分に言い聞かせる。
そしてその陶然とした、ふわふわとした心のまま、撮影を進行させていくのに任せる。祭壇の前で指輪を交換し、結婚証明書への署名をし、2人で誓いのキスをする。
「いや、それはフリだけでいいんだってば!」
「メイクさん、手直しお願い!」
大慌てするスタッフさんの声に、顔を見合わせて同時に吹き出す。温かくて力強くて優しい唇の感触が、まだ残っていた。
最初の衣装での撮影を終え、白無垢と赤い打掛の悠里と俊也、それに初めて見る花婿役の男性モデル氏にバトンタッチして、お色直しのために控え室へ。メイクを一旦完全に落とし、下着姿に戻る。
そこにいるのは、一人の恋する乙女。新しい化粧を済ませ、ドレスを再び纏ったあとに現れるのは、愛する男性との結婚を迎え、人生の絶頂に眩いばかりに輝く一人の美しい女性。
先ほどとは打って変わり、飾りは少ないけどその分デザインの優美さが際立つドレス。足首までの長さのAライン、ホルターネックタイプでわりと動きやすい。
そんな姿で次の移動。タキシードに着替えた彼が、わたくしの姿を目にするとニッコリと微笑む。ドレスのアクセントである大きなリボンの下にある心臓が、恐ろしいほど早く強くバクバク言って、下手につついたら弾けて破裂しそうな気さえしてくる。
そのままぴたり2人で寄り添って、ホテル内のブライダル施設を順に巡りながら撮影を重ねていく。トレーンはないけど、代わりに足元まで届くマリアヴェールを翻しながら。通りすがるホテルのお客さん達から、口々に祝福を受ける。くすぐったくもあり嬉しい感覚。
特に指示もないのに、お姫さま抱っこで抱えあげられてみる。体重とドレス、足して60kg近くあるのに、不安定さを微塵も感じさせない確かな足取り。自分の胸を、幸福感が埋めていくのを感じる。包まれている、守られている、愛されている、そんな実感をひしひしと感覚える。
その後、再びのお色直しのため、愛しの彼とまた別れて控え室へ。
(……雅明ってさ、時々あたしよりずうっと乙女ちっくになるよね)
頭の中で、アキが感心するように言うのを聞いて、思いっきり我に返る。冷や水を浴びた気分。……俺は一体、今まで何をやらかしていたんだ?
(アキ。今までどこに行ってた?)
(あたしはどこにも行けないよ? それは雅明が一番良く知ってると思うけどなぁ)
(良くわからないけど、まあいいや。せめて次のシーンでいいから交代してよ)
(嫌よ。あたしはお姉さま達に一筋なの。雅明みたいに、『愛してる』って囁かれただけで、すぐ転ぶような尻軽じゃないもの。他の人の花嫁役なんて、まっぴら)
……なんだか凄い誹謗中傷を受けた気がする。
次に着替えさせられた衣装は、漆黒のイブニングドレス。生地が薄く、軽く、滑らかで、まるで何も纏っていないかのような落ち着かなさを覚える。男物の服には絶対ない、でも女物の服でおなじみになってしまった、裸のときより裸な感覚。装飾がほとんどない分、布の黒と肌の白との対比が恐ろしいくらい目を惹く。
裾はわずかに引きずる長さだけど前にスリットが入っていて、動くたび右脚全部が見える。下着の許す限り大きく露出したビスチェタイプのデザインで、背中も恐ろしく開いている。後ろは被った黒のストレートロングのカツラが隠しているけど前は丸見えで、覗いている白い谷間に、これが自分のものと分かっていながら魅入りそうになる。
化粧も一度完全に落とされて、また自分の存在が別人であるかのように書き換えられる。ご丁寧に目にも黒のカラコンを入れて、今の俺はエキゾチックでセクシーな美女な状態。たださっきのキラキラ状態から一気に落ち込んだので、色々心配されてしまったけれども。
歩くたびに脚にまとわり付く、薄い布の感触がつらい。露出狂の気はまったくないのに、大きく開きまくった肌がきつい。耳元で揺れるイヤリングの重みが堪らない。特に男性からの視線が視姦されているようで、鳥肌が立ちそうだ。
撮影場所に到着してみると、悠里たちの撮影がまだ続いていた。『ワイルド氏』は事情があって少し遅れているとの話で、少しほっとする。とにかくどんな顔をして会えばよいのか分からない。こんなんで撮影できるのかも不明だ。心を落ち着けるために、今は唯一のよすがになる俺の恋人を見つめていたかった。
(アキ、どっちが悠里か分かる?)
今撮影しているのは純和風の赤い裾を引きずる振袖と、それとうって変わって和風の生地をドレスに仕上げた衣装の2人。だけど悲しいかな、俺だとどちらがどちらか分からない。
(振袖のほうだよ)
良かった、意外にあっさり教えてくれた。
赤い百合のような、悠里のほっそりした佇まいに見とれる。大きく結った日本髪のカツラとの対比のせいで、すんなりと伸びる首の細さが一層強調されて折れてしまいそうにすら見える。小さな頭、狭いなで肩によく映える和装。後ろを向いたときの、うなじの優美さは驚くほどだ。赤の地に白で大輪の花々を描いた鮮やかな衣装と、それに負けないくらい華やかな笑顔。振袖って、こんなに綺麗な衣装だったのかと感動すら覚える。
やっぱり悠里はすごい。ただ立っているだけのように見えるのに、それだけで他の花嫁とは格が違っている。一見なにげない仕草の中に、『いかに自分を、衣装を美しく見せるか』の超絶技巧がどれだけ含まれているのか。改めて惚れ直している自分を感じた。
(ごめん雅明、間違えた。ドレスのほうがお姉さまで、引き振袖は愛里お姉さまだった)
(……)
悶絶しそうになるのをなんとか抑える。
──こいつ、分かっていてやりやがったな?
そうこうしているうちに、白いタキシードに着替えたワイルド氏も到着。その笑顔を見た瞬間に、先ほどよりは少し大人びた、ゆったりとした愛情が胸を満たしていくのを覚える。多少の会話を交えたあと、悠里たちと交代する形で撮影開始。慣れない『色っぽい』衣装に合わせるのに苦労して、少し駄目出しを受けてしまったけど。
でも、彼の視線に見守られながら、時にアドバイスを受けながら、形にしていく。最後はスタッフたちから賞賛まで受けて、なんとも誇らしい気分になりながら控え室へ。
今日最後の衣装は、衣装合わせのとき一目見て「かーわいぃっ!」と思わず叫んだ、ペパーミントグリーンのプリンセスラインのドレスだ。
細身で大きく開いた上半身。チュール製の花々が胸元を飾る。右足の付け根までくし上げたスカートような飾りが付いていて、その下に花の刺繍入りスカートがのぞいている。そんなドレス。メイクもそれに合わせて、非常に可愛らしい雰囲気に変更。髪も地毛を結い上げた感じ。
うん、自分はやっぱりこっちのほうが演じやすい。ドレスと同じ色の大きな帽子に、やっぱり同じ色のチュールのショールを羽織り、悠里たちの撮影真っ最中の場所に移動する。
純白と真紅。色違いで同じデザインのスレンダーなドレスを纏った悠里と俊也。やっぱり悠里は綺麗だ。……どっちが悠里か分からないのが残念だけど。さっきのようにもっと眺めていたかったのに、自分が到着したのと殆ど同じタイミングで撮影が完了してしまって少し残念。
「そのドレス、本当に可愛いね。まるで花の妖精のようだ」
「あら、可愛いのはドレスだけ?」
「もちろん、アキちゃんも妖精みたいに可愛いよ」
そんな会話をしながら、銀系統のセレモニースーツの相方と一緒に自分達の撮影を開始。
途中からピンクとブルーのミニのドレスに着替えてきた悠里たちと合流し、ソファに並んで座ったりしながら、ややゆったりした気分で撮影を続ける。ドレス姿の3人で抱っこしたりされたり、抱き合ったり、膝枕したりさせてもらったり、自分が真ん中で両側からキスするフリをされてみたり。傍から見ていると『美少女同士の戯れ』に見えるのだろう、そんな光景。
最後、花婿2人も加わって合計5人のショットも撮り、本日の撮影が完了した。
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「お疲れ様……3人とも凄く良かったわよ」
「綺麗なドレス沢山着れて、いいお仕事でした♪ でもお腹すいちゃったね」
あまりにノリノリに『恋する乙女』を演じてしまったせいで、なんともいえない自己嫌悪と心身の疲労困憊を抱えながら、瞳さんとも一緒の4人での帰り道。
撮影場所だったホテルの、従業員用の出口を開ける……と。
「アキちゃん、ちょっといいかな?」
待ち構えていたらしいワイルド氏が俺に声をかけてきた。
背が高く、身体も厚い。トラッドなファッションが良く似合う。俺もこんな体格なら、女装なんてさせられることもなかったのに、と少し羨望してしまう。
自分の心を探ってみる。撮影中の『乙女心』は、ありがたいことに憑き物がとれたように霧散していた。あるのはわずかな羨望と、『何であんなことをやらかしたんだろう』という大きな羞恥心。
「えぇと、なんでしょう」
「どこから切り出すか迷うけど……アキちゃんって、彼氏いたりするのかな」
「いいえ」
と、首を横に振る。彼氏なんていてたまるか。俺にいるのは、愛しい彼女だけだ。その答えに、「良かった……」と、少し考え込む様子の彼。
そういえば、と思い出す。今日の撮影の直前、演技とも思えない迫真さで『愛してるよ』と囁いてくれて、それに応えようと努力することで、何とか今日の仕事を終えたんだった。あのきっかけがなければ、きっとグダグダのまま進んでいただろう。その礼を言ってない。
そう考えて彼の瞳をまっすぐ見返すと──あのときよりも更に熱っぽい視線が返ってきた。不意に、撮影中の『誓いのキス』の感触を思い出しそうになる。ぶんぶんと頭を振ってその記憶を頭から追い出す。でもどう答えたものか。「俺は男だから、男と付き合う気はない」と本当は言いたいけど。
「……今日の撮影、どうもありがとうございました。新郎の演技、とても上手くて尊敬しました。あたしも、少しはそれに応える演技が出来ていたら嬉しいんですけど」
お辞儀をして、『演技』というところを故意に強調しつつ言ってみる。
「俺は演技じゃないよ。最初から最後まで、偽りない本心だ。先週から好意を感じてたけど、今日また会って確信した。いつか仕事じゃなくて、本当にアキちゃんと式を挙げたいって」
何が悲しくて恋人の目の前で、同性から求婚を受けなきゃいけないのか。人の往来もある土曜夜の街角。無茶苦茶目立っていて恥ずかしくて逃げ出したい。
「あたし、すごくいい演技をする人って、ずっと感心してたんですけど……」
「アキちゃんこそ、あれが演技とか信じられない。演技だったことにしたいだけとか?」
なんとか当たり障りなく別れたいと言葉を交わしてみるけど、どうもうまくいかない。
(ああ、もう見てらんない。ごめん、雅明)
しばらくの会話のあと、突然『アキ』が頭の中でそう言って、俺の主導権を奪う。そのまま彼の耳元に口を近寄せて、小声でささやく。
「ごめんなさい。あたしやっぱり、女の人と付き合う趣味はないんです」
俺自身、びっくりな一言だ。でも彼? の狼狽もまた凄かった。
「今日はありがとうございました。次ご一緒する機会があれば、またお願いします」
その隙を縫って距離を取り、にっこりと笑顔のまま一礼して別れる。
(……あいつが女って、アキはいつ気付いたの?)
(あれ? 先週の最初に言わなかったっけ? 花婿役が全員女の人で、花嫁役のうち1人を除いた全員が男の人。あわせて男5人に女3人、って。お姉さまだけがなぜか例外で)
あれ、そういう意味だったのか。今のを見ても信じられないし、正直わけが分からない。




