09’ はじめてのおつかい@女の子モード(※俊也視点)
寄ってきたナンパ男たちを半分上の空でスルーしつつ、待ち合わせの場所に到着。
「あれ、アキちゃん?」
意外そうな声に迎えられる。デニムのスカートにGジャンをあわせた、カジュアルなスタイル。頭には変装のためなのかウェーブのかかった茶髪のカツラ。すらりと伸びた黒ストの脚が目に眩しい。
不意の衝動に襲われ、その姿に思いっきり抱きついてキスをする。これがもし俊也の女装姿だったらという不安が背筋を走るけど、それでも止まらない。でも良かった、これは悠里だった。やっぱり俺、男なんだ。女の子が好きなんだ。さっきの一幕はただの気の迷い。
落ち着いて、冷静になって、自分を取り戻して。
落ち着いた。冷静になった。自分を取り戻した。
「ぎにゃー」
思わず大声で叫びをあげそうになって、飛び離れて自分の口を押さえる。
「なんというか……その……ごめんなさい」
「うわっレズかよ」
「だいたーん」
「すっげえ美人同士なのにもったいねェ」
「眼福、眼福」
周囲の呟きが一気に耳に入ってきて、頭をかかえてしゃがみたくなる。
「さすがに移動したほうがいいかな、これ」
冷静な悠里がありがたかった。
「……けど、あなたがアキで来るのはさすがに意外すぎたなぁ」
少し移動してガードパイプに腰を預け、2人並んで化粧直し。馴染んでしまっている自分が少し嫌になる。手早くそれを終わらせたくらいに、悠里の携帯が着信音を奏でる。
「……うん、ごめんね。ちょっと事情があって移動しなきゃならなくなって。そこからそのまま、高島屋のほうに来て……うん、……うん、……あ、見えた。こっちこっち」
手を振る方向を見ると……ずんずんずんと、お袋登場。
「悠里ちゃん、お待たせしてしまってごめんなさい。……そちらの方は?」
俺を見て、首をかしげながら尋ねてくる。……俺が俺だと気付いてないんだろうか。
「モデルの後輩のコでね、アキちゃんって言うの」
「なるほどモデルさんかあ。道理ですっごい美人だと思った」
「ありがとうございます。えぇと、はじめまして、アキです。……悠里先輩、こちらの方は?」
「ああ、ごめんなさい。悠里の母親で、純子と申します」
本気で気付いてないのか、気付かないフリをしているだけなのか。判断つかないけど、とりあえずこっちとしては、お袋の前で『駆け出しモデルのアキ』に成りきって対応するしかない。
心臓を裏側から、ごりごりと削られていくような感覚だった。
「お母様ですか。随分とお若いんですね。お姉さんかと思いました」
「生みの親じゃなくて、うちのパパの再婚相手だけどね」
「といっても、悠里ちゃんと同じ齢の実の息子もいるから、年齢としては変わらないけど」
「へぇ、意外です。……って、あんまりお邪魔してもいけないですね。悠里さん、今日はお疲れ様でした」
白々しい会話をこれ以上続けるのもアレだし、顔を合わせるのもつらいので逃亡に挑戦。
「アキさん、待って。これからお時間ある?」
「えぇと、あたし門限があるので」
「嘘おっしゃいな。さっきまで『夕食どこにするかな』とか言ってたくせに」
我ながらナイス言い訳だと思ったのに、即座に悠里に逃げ道を塞がれてしまう。
「ああ、そうなんだ。じゃあいい機会だし、ご一緒に食事でもなさらない?」
____________
「そういえば、雅明はどうしたの?」
前にも来た、悠里おすすめの定食屋の席に腰掛けながら、そんな会話。結局、逃げ出すのに失敗したのがひどく辛かった。母親相手に女のフリ。悪夢に見そうだ。
「急に用事が出来て、今日は来れなくなったって」
「そうなんだ。楽しみにしてたのにな」
「雅明さん、ってどなたですか?」
「ああ、さっき言った、わたしの息子」
「そ。で、ついでに私の彼氏」
「んー……え? ってことは、姉弟同士で恋人なんですか?」
「まあ、連れ子だから血が繋がってないし、戸籍上は一応姉弟でも、普通に結婚できるしね」
他人事として改めて聞くと、やっぱり少し不思議な感じのする自分達の関係だった。雅明の話題がそれから暫く続き、モデルのお仕事上での体験談、美容や化粧、ファッションの話に会話が転がっていく。
俺の話題からそれたときは心底ほっとしたけど、でも美容や化粧の話に気楽に普通に参加できたのはどうなんだろうなあ。
そんなこんなで、まあなごやかに食事も終わりかけたころ。
「ところで、雅明」
「うん?」
お袋にいきなり名前で呼ばれて、つい返事してしまって、気付いて硬直。
「あの……お母様。いつから気付いていらっしゃいました?」
「背のすっごく高い、ハンサムな男の子と一緒に歩いているときからかな」
ムセタ。
最初っからですらなく、合流するはるかに前からだったとか。
「え? 何それ?」
「えーっとね。なんでか知らないけど俺、やたらにナンパにあってね。しょうがないから通りすがりの北村っていう、前言ったバスケの人にナンパ避け目的で同行してもらったんだ」
「そんな雰囲気じゃなかったけどなあ。手なんて繋いで、本当に初々しいカップルのデート、って感じで。キスなんてしてたし」
「わーわーわーわーわー」
「へぇ。……私の仕事中に男と浮気? これはお仕置きが必要かな」
『それはぜんぜん大丈夫』、どころじゃありませんでした。目以外は笑顔なのが、逆にとっても怖いです。
「キスって言っても、ほっぺただよ? 荷物持ってもらったし、何かご褒美あげないとまずいかなあ、って思ってごめんなさい申し訳ありません俺が悪かったですもうしません」
「ま、詳しいことはまたあとで」
「でも、ナンパにあうのは分かるかな。なんというかスキだらけで、『あたしと一緒に居てください』って感じで、目を離せない、ほっとけない感じがすごくするもの。援助交際とかで変な病気でもらわないようにしてね?」
「息子が女装で歩いてて、まず気にするところはそこなんだ」
「キモい女装趣味なら嫌だけど……すごく似合ってて違和感ないし、美人だし、声も女声だし。……あなた、あれなの? 性なんとか障碍、だっけ?」
「別に俺、そういうのじゃないよ。心は男だし、女が好きだし、女の体になりたいわけでもないし。女装だって強制されなければするつもりはないし」
「でも、今日は別に誰からも女装を強制されてないよね?」
「女物の下着とか女性誌とか買い物するのに、こっちのほうが気楽かなあ、って。前、男の格好で買ったらすごく恥ずかしくて、ならいっそ、って。……大失敗だったわけだけど」
「ま、趣味のレベルで続けるならわたしも気にしないし、化粧やお洒落のアドバイスくらいなら出来ると思う。悠里ちゃんのベッドの下の奥にある、あなたの女装道具、もう別に隠す必要もないわよ」
こんなとき、どんな顔すればいいかわからないの。笑えばいいと思うよ。そうなのか。
「あとは恋人に愛想を尽かされないようにしないとね。……こんな息子でごめんなさいね」
「いえ、むしろ息子さんを女装趣味にしてしまって、こちらこそごめんなさい」
「あら。そういう経緯。……でもそれは関係なかったと思うな。この子って昔も一時期女装にはまっていたころがあってね。ほっておいても、いずれまたやってたと思う」
「春美さん……でしたっけ?」
「いや、確か篠原……うん、篠原睦さん。あれ? わたしが知ってるのと別口がまだあるの?」
「ああ、そっか睦さんだ。言われてやっと思い出した。春美(仮)さんって言ってた人、確か本当はそんな名前だった。……前説明したとき、名前思い出せなくて、適当につけたんだ」
「そんなことまで話してたんだ。少し意外」
「でも、あんまり詳しいとこまで聞けなかったから、教えてもらえると嬉しいかな」
「あ、うちに帰ったらその時の写真あるわよ? 見てみる?」
……神様。俺は前世で、どんな重い犯罪をやらかしていたのでしょうか。
そろそろ店を出ようかと、お袋がお手洗いに行くのを見送って。
「……悠里さ、今日のお袋のことは仕組んでたの?」
「いや全然。ママから一緒に食事したいって話が来て、あなたに電話かけても繋がらなくて、それでアキちゃんの格好で来たからびっくりしたもん。その分だとLINEもメールも見てないよね?」
「あー。つまり全部俺の自業自得なわけか」
……でも、今日は悪いことばかりじゃなかった、ような気もする。
悪戯や演技や冗談でいつも誤魔化されてばかりいる悠里の本心。本当は俺の片想いで、空回りしているような気もしてきただけに、ふと見せてくれた嫉妬がなんだかとても心地よかった。
もう2度と見ないよう、俺がしっかりしないといけないけど。
「……雅明、なんか変なこと考えてない?」
「いや、悠里とエッチしたいなあ、って。……こんなことばっかり考えててごめんね」
「むぅ。どうしよっかな。……そっか、『お仕置き』の内容決めてなかったね。じゃあ今日いっぱい、私に『駄目』とか『嫌』とか言うの禁止で。全部OKで答えてね」
「それ、どんな酷いことされるか怖いんだけど……」
「あら? そんなこと言える身分と思ってるのかな?」
「……そうでしたごめんなさい」
「で、今日はエッチはお預けで」
「分かりました従います。……こんな感じ?」
「ん。OK。……こんなことなければ、今日はするつもりだったんだけどね。残念でした」
半分魂が抜けているところにお袋が戻ってきて、店を出る。
「あ、そだ。これからアキちゃんの服買ってあげたいんだけど、ママはどうする?」
「わたしも一緒に行っていいの? なら喜んで」
『そんなの嫌だって』……と喉元まで出かけた言葉を、どうにか飲み込む。
それからの時間は、拷問に近かった。お袋と店員さんの前で女の子のフリをして、露出度が高かったり、露出度が低くても可愛すぎる系の衣装を、店を回っては次々に試着させられて。しかも嫌とは言えなくて。結局4組くらい購入して、今はそのうち1着に着替えて、夜でもなお明るい街を歩く。
以前、悠里と一緒に女子制服を着たときに比べると多少はマシな、でもそれがちっとも慰めにならない白地に赤の花柄で超ミニのフリルスカート。少しオフショルダー気味で襟ぐりの大きく開いた、同じ柄のトップス。羽織ったカーディガンの長い裾がお尻方面を隠しているのが、まだしも救いだけど。
本当の女の子でも、こんなのを着たら恥ずかしいに違いない。ほとんど露出狂だ。カーディガンの前はあけているから、いつ膨らんだ股間が見られてばれるか不安すぎる。風が吹くたびに、金玉にほぼダイレクトに外気が当たって恐怖が走る。昼間の服装で恥ずかしがっていた俺を殴りたい。
「この身長で9号が入るとか羨ましい。脚もすっごく綺麗だし、隠しちゃ勿体無いわね」
「まあ、どうしてもヒップのラインとか男だし、昼間にこの格好はきついかな?」
いや悠里様。夜でも充分きついです。
「でも似合ってて可愛いよ。もっと自信を持って、背筋をしゃんと伸ばしなさい」
駅でロッカーから荷物を取り出し、家に到着した時点で、撃沈しそうな思いだった。
……しかし息をつく暇もなく、まだまだ試練の夜は続くのでありました。
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<<俊也視点>>
「ただいまー」
久々に友人たちと夜遅くまで遊び倒し、やっと帰宅。奥からパタパタとスリッパを鳴らして、メイドさんが登場した。
「おかえりなさいませ、ご主人様」
日常が、一気に非日常に変化したような違和感に硬直する。
見覚えのある可愛らしいメイド衣装に身を包んだ少女が、微かに媚びを含んだ仕草で綺麗におじぎをしてお出迎えしてくれている。背が高いのが難だけど、そこらのメイド喫茶なら一気にトップに登りつめそうな美少女だ。
股下85cmのお姉ちゃんと殆ど同じくらいの長さの生脚が、エプロンドレスの黒ミニスカートから覗いている。吸い込まれそうになる視線を無理やり外して、本人に確認する。
「……どうしたの、お義兄ちゃん」
「うん、罰ゲーム」
凄くげんなりした顔だった。一体何があったのだろう。
「おかえり、俊也。早くこっち来てー。すっごく面白いよー」
うがい手洗いを済ませて、声のした居間に移動。お義母さんとお姉ちゃんが、興味津々といった体でPC画面を覗いている。
「俊也、お帰りなさい」
「……なんか今日、色々とすごいことがあったみたいだね」
「そりゃもう。ま、それはあとで話すけど、まずはこれを見て」
シックな色合いの豪奢なドレスに身を包んだ、精巧なアンティークドール?の写真だった。金色の巻き毛、水色の瞳、長い睫毛、愛くるしくもどこかにコケティッシュさを含んだ顔のつくり、滑らかすぎるほどに滑らかな肌。やや幼い、美しい少女を模した人形だ。
「まるで生きてるみたいな綺麗な人形だね。……これ、何?」
「いいコメント。じゃあ、もっとめくっていくよ」
ピンクやブルーの色鮮やかな、あるいはゴスロリ風の衣装に包んだお人形の画像が現れる。髪や瞳の色が違うけど、これ全部同じ人形なのか。
不思議なくらいに魅惑的で目が離せない。息をするのも忘れて現れる画像に見入る。しばらくしてようやく、どこかで見たことがある面差しだな、と思う。……ってこれ、人形じゃなくて、映っているのは人間の女の子なんだ。いや、“女の子”ですらない。
「……これ、『アキちゃん』なのか」
「ピンポーン。雅明の10歳の写真集。……というか、分かるまで意外に時間かかったわね」
「前聞いたとき、これほどまでとは思ってなかった。……随分と控えめな表現だったんだね」
「この時の面白い話はまだまだあるわよ? さっきの話の続きだけど……」
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玄関のチャイムが鳴り、しばらくして鍵を開ける音がした。お父さんの癖だ。
「あ、パパ帰ってきたわね……アキちゃん、ゴー」
天井を仰いで、玄関に向かう偽メイド少女。散々自分でも弄んでおいてあれだけど、今日ばかりは流石に同情する。
「えーっと、どちらさまでしょうか?」
玄関からうろたえる声がした。そりゃそうだろう。普通うちに美少女メイドさんはいない。
「そうか、雅明くんなんだ……」
「こんな格好で、本当すいません」
色々説明が入って、ようやく落ち着く。
「あっ、もうこんな時間か。じゃあ私寝るけど、雅明は12時まではその格好でいてね」
「はいはい」
散々かき回しておいて、嵐のように自室に向かうお姉ちゃん。今日はいつもよりなんだか更に度を越してた感じがしなくもない。
「雅明くん、娘が迷惑かけてすまないね。その服脱いでもいいよ? 口裏合わせとくから」
「いや、これでも悠里との約束なんで、12時まできっちり守りますよ」
「あなた、いつもの通り熱燗でいい?」
「うん、お願い。……そっか。じゃあ君の意思を尊重する。あと、そんなに恐縮する必要もないよ。……もう全部説明してしまったほうがいいか。あれ、ある意味血筋なんだ」
「……血筋???」
「悠里の母親も、何故か男に女装させるのが大好きでね。僕も昔は随分被害にあったもんだ。だから雅明くんがそうしてると、なんだか戦友めいた気分になるね」
笑うしかない、という感じの引きつった笑いをひとしきり。
「今でもスリムでハンサムだし、さぞ似合ったんだろうなあ」
「僕なんて全然だよ。雅明くんみたいに、女性に見間違えるようなことは絶対なかった。あと、俊也も小学校入るまではほとんどずっと悠里のお下がり着せられてたっけ」
「はい、どうぞ……雅明、どうせだからお父さんにお酒注いであげなさいな」
「美人メイドの酌で呑む熱燗か……なんだか少しシュールかも」
「ワインかブランデーあたりが良かったかしら? ごめんなさい、わたし気が利かなくて」
「いや、別にいいよ。雅明くん、注ぐのうまいね。君も一緒に呑むかい?」
「いやまだ俺、19歳ですし」
「そんな固くならないでいいと思うけど、まあもうすぐだし楽しみに待つことにするよ」
そんなこんなで、いつになく会話も弾んで。12時をすぎて、
「よっしゃ、やっと男に戻れるー」
と、大きく背伸びをしながら洗面所に向かう背中に、お父さんが声をかける。
「雅明くん、その、女装が嫌なら、僕のほうから悠里に言っておこうか?」
「いや、大丈夫です。悠里って、俺が本当に嫌がることは絶対にやらないですから」
「じゃああなた、今日のミニスカとかも嫌じゃなかったの?」
「うーん、あれ自体はとても嫌なんだけど……でも悠里が俺に妬いてくれた証ってことで、あの罰に見合うだけの悪いことをしたと思ってくれてる、ってことなら、悪くないかなって。うまく説明できないけど」
「まあ、その心理なら僕にも分かる気がする……あんな娘で悪いけど、よろしく頼むよ」
「悠里は、俺には本当に勿体無い、最高に素敵な女の子ですよ。俺が今、恋人を名乗れること自体が奇跡に思えるくらい」
振り向いて笑顔で答えた顔は、服や化粧にも拘らず、ひどく男らしく見えた。




