こわい。こわい
ある時の朝のことだった。N国都心の大通り沿いに変な物が置かれていた。
それは、デッサン人形のように丸いパーツを組み合わせて作られた人形のようなものだった。
体は白くてツヤツヤとしており、手の指等の造形は無く、顔には目と口に当たる箇所に穴が空いているだけという簡素さだった。
初めにそれを見つけたのは、自転車に乗った新聞配達員だった。
新聞配達員が前を横切ろうとすると 、人形は突然動き出した。右手で左肘を指差して「こわい。こわい」と言った。
なんだろうか? 配達員は一瞬不思議に思ったが、気にしないでいると、その一時間後に自転車を転倒させて左肘を擦りむいた。
その次に見つけたのはパン屋の亭主だった。
パン屋が人形の前を横切ると、右手で左手を指して「いたい。いたい」と言った。
パン屋はそれを無視した。そして、自分の店に帰り、ドアを閉めようとした時に、左手の指を挟み骨折した。一時間後のことだった。
たちまち噂になった。一時間後の未来を予測するロボットとしてテレビや新聞にも取り上げられた。
噂は広まると同時に議論を呼んだ。誰が何の為に作ったのか? 何故、一時間後の未来を予測するのか?
数々の疑問が上がり、学者の立会いのもと検証が行われた。しかし、目新しい発見は無く、謎の未来予測ロボットと呼ばれることとなった。
ある時、親とはぐれた小さな子供が人形の目の前を横切った。
人形は突然、全身を揺らしながら「こわい。こわい」と壊れたラジオのように繰り返した。それは今まで誰も見たことがない動きだった。
子供はそれを見て泣き出した。母親は鳴き声で子供を見つけると、焦ったように子供を抱いて立ち去った。人形は母親が立ち去るまで体をくねらせ続けていた。
一時間後、子供は死んだとニュースで報道された。子供は家に帰ると泣き疲れてベッドで眠ったのだが、母親が目を離した隙にベッドから転げ落ちたそうだ。それに加え、近くにあったタンスを倒し全身打撲で死んでしまったようだ。
人々は恐怖したこの人形は死すらも予知するのだと。それから更に数日後、人形は突然体を揺らして「こわい。こわい」と言い始めた。
いつもと違ったのは人形の目の前には誰も居ないということだった。しかし、人形は狂ったように「こわい。こわい」と言いながら踊り続けていた。
緊急で学者達が招集された。学者達は話しあった。
「人形はきっと壊れたのだ」
「いや、これは我々に対する警告だ。事実、今まで予想が外れた事はない。このままでは全員死ぬだろう」
「そんな馬鹿な話は無い。全員死ぬだと
? どこにそんな事が出来るものがあるというのだね」
「......核爆弾か?」
「......まさか彼の国か?」
彼の国とはS国のことだ。N国とS国は仲が悪く、S国はN国に追いつく為、核弾頭を作り、発射実験を続けて来た。最近、遠く離れたN国まで弾頭が届くようになって来ていたのだった。
「やられる前にやるべきだ!!」
学者の熱に当てられ、それを聞いた民衆は怒鳴った。
「そうだ。そうだ。やってしまえ!!」
そこからは大混乱だった。民衆達は学者を盾に集まって来た報道陣に向かって、「核弾頭を一時間以内にS国へ発射しなければN国は滅亡する」と言った。
テレビはそれをN国中に拡散した。政治家からミュージシャン、果ては大統領の耳にまで入った。
それを聞いた大統領は悩んだ。核を発射すれば、S国は確実に潰せるだろう。しかし、押してしまえば、他国から文句を言われるだろう。
大統領は悩んだ結果ある結論を出した。どうせ自分には関係のない土地だ。大統領は制限時間のきっかり5分前に核弾頭の発射スイッチを入れた。
その弾頭が発射される瞬間を笑って見ている男が居た。
「まったく。馬鹿ばっかだよなぁ。事実を確かめもしないなんてさ」
そう言って、男は地中に掘られた自慢の家に入った。中では妻と子供がくつろいでいた。
中に居たのは、ロボットに死を予言された少女だった。他にも新聞配達員やパン屋も部屋の中でくつろいでいた。
男の帰宅に妻が立ち上がって抱擁する。
「弾頭は発射されたの?」
「ああ。明日から忙しくなるぞ。何しろ世界中が俺らの売り物を欲しがるからな」
「そうね。でもそれよりも立役者になった娘にありがとうを言ってよね」
「もちろんさ。君達やロボットが芝居してくれたから成功したんだからね」
男はウキウキとしながら娘にキスをした。明日から忙しくなるのだから、今日はうんと家族にサービスをしよう。地下シェルターを作る会社の社長はそう考えながらスーツを脱いだ。
「それにしても、自分の国の為に他の国の人を殺すなんて......他の国がどう思うかもわからないなんて。ああ。こわい。こわい」