悪魔の子孫
ーー夕暮れ時なのに赤みの少ない紫がかった空が泣いているみたいだった日。私は一人列車に乗り込んだ。誰に告げることもなく、ひっそりと。
ゆらり、走り出した寝台列車。遠く遠く先まで連れていってくれる。きっと空気の質の変化さえ実感できる程遥かへと、一人きりの私を乗せて走っていく。
向かう先、まだ見ぬ町には災難の訪れでしかないかも知れない。それを防ぐ為の唯一の手段をかつては何度も試みた。だけど無駄だった。本能に抗えるものなどそう簡単に見つかるものではないのだと知った。
しん、と静まった空気が徐々に確実に冷えていく。シーツの上にうずくまり頭まで布団を被った。間違えても柄の悪い輩なんかがやって来ないことを願った。それだけは起きてはならない。
そのときはきっとまた“終わり”を見てしまうことになるのだから。
新しい町の地を踏み、新しい誰かに出会うたびに私は自らを【サラ】と名乗る。
大きなキャリーバッグを引きずり訪れたこの場所でもそうだった。始めに名乗った相手は簡素な宿の支配人。愛想もなくボソボソと必要最低限だけを喋る仏頂面の中年の男、これでは閑古鳥が鳴く訳だと納得してしまう。
だけど私にとってはむしろ都合の良いことだった。真実を告げなくとも胸の痛みなど起こらない、始めからこちらと距離をとっている相手ならなおのこと。むしろ手間が省けて良いとさえ思った。
決して褒められた内装、設備ではなくても居心地は悪くなかった。だけどいつまでもここに居る訳にもいかない。生きていく為に何処かで働かなくてはならない。
それからは毎日求人の広告に目を通し職業安定所を訪れて、それこそ虱潰しに探していた。なるべく目立たず仲間内の関わりの薄そうなところを見極めようとしていた。
幾度となく重ねてきたこんな作業にはもうとっくに慣れたものだと思っていた。なのに一体何処で見誤ったのだろうか。
数え切れない程多くの人間が従事する物流の会社。ここなら自然と存在を紛らわせられるだろうと考えて面接に赴いた。
ほんの少し希望を見出した為だったのか、私は思いのほか饒舌になっていたらしい。ハキハキとした口調と知性漂う姿勢が気に入ったと翌日には採用の連絡が届いた。
始めからさほど興味もなかったがこれと言ったお洒落もせず、化粧もせず、生活基盤は最小限に、コツコツと貯めた給料でやっと小さなアパートの二階に住むことができた。慣れてきた職場では多くの従業員たちと形ばかりの挨拶を交わす日々…ここまでは予定通りだった。とことん地味を決め込んでいる私に興味を示す者などいない、そう思っていた矢先のことだった。
「こんにちは、サラ」
ある日の事務仕事の最中、一人の女性に声をかけられた。見たところ20代半ばくらい、私より少し年上であろうその人は多くの中でも明らかに目立つ、いや浮いているくらい華やかなオーラを纏った美しい人だった。
「ずっと気になっていたのよ、あなたが」
上品な微笑みの彼女が言う。
「可愛らしい子だなって見かける度に思っていたの。いいわね、サラサラのプラチナブロンド。青の目もすごく綺麗…」
呆然としてしまった。あなたの方がよほど眩しくて綺麗じゃない。むしろ今まで気付かなかったことが不思議なくらいだと。
私はミーナ。
お友達になってくれる?サラ。
彼女は言った。柔らかくも何処か自信を感じさせる笑み、きっと断られたことなどないのだろうと想像がつく。自分とは相反するものへの恐れさえ感じて全身が固く強張った。
あまりにも真っ直ぐ見つめる視線から逃れることもできず、とりあえずとばかりに頷いた。社交辞令など社会ではよくあること。当たり障りなく接していればいいだけ、と自分に言い聞かせながら。
ミーナはそれから度々私に声をかけた。お昼どきは私を連れ出して一緒にランチに行ってくれる。仕事で起こった気に入らないことから嬉しかったことまで次々と話してくれる。
“お友達”…その呼び名に相応しい距離へと近付いていく。くすぐったく温まっていく私の心へ追い打ちをかけるみたいに彼女は時折囁いた。
サラは本当に可愛いわ…天使みたいよ。
頬杖をつき、大きな目を傾けてうっとりと眺めてくる。そこに羨望を見た気がした。鋭く刺し込まれる私の胸の奥が細く悲鳴を漏らした。
お願い、やめて…声にも出せずうつむいていた。そんなある日、更なる新しい存在が現れてしまった。
「ラミエル…!」
食堂に現れたその人にミーナが呼びかけた。素早く身体まで立ち上がらせて。
いつからいたの?
来るなら言ってくれれば…
イキイキとワントーン高い彼女の口調は今まで私に向けられたどれともつかぬもの。ああ…すぐに察しがついた。
【ラミエル】と呼ばれたその人はきっとミーナと同じくらいの年の頃。すらりと高い身体にかっちりとした見るからに仕立ての良いスーツを纏っている。ここに従事している者ではないと明らかにわかる。私と同じ青い目をしている、キリッと爽やかで涼しげな雰囲気の男の人。
並んで談笑する二人をぼおっと眺めていた。華やかな者同士、美男美女。自分を友達と呼んで慕ってくれるミーナと彼女が想いを寄せる男性。お似合いだわ、上手くいってほしいわ…そう思っていただけだったのに。
君は…?
初めて会う、よね?
それが自分に向けられたものだと気付くのに時間がかかってしまった。爽やかな彼がじっとこちらへ視線を止めている。驚いて目を見開いて一言も発せないでいる私を察したのか、ミーナが明朗な声で言ってくれた。
「この子はサラよ。ここに来てまだ半年くらいなんだけど、私のお友達なの!」
嬉しそうに微笑んで彼を見る。へぇ、と彼が声を漏らす。見つめる視線はそのままに。
サラ、とミーナが今度は私に言う。
「この人はラミエル。取引先の方で時々ここへ顔を出してくれるのよ。私たちからしたら偉い人だけどすごく優しいから安心してね」
取引先、その言葉に緊張が走って私は深々と頭を下げた。はは、と困ったような笑い声がした。
「そんなに恐縮しないで。ミーナと仲良くしてくれてありがとう。こいつ強情だから迷惑かけるかも知れないけど…」
ラミエルという名のその人が悪戯っぽい笑みで言う。もう!とミーナがむくれながら返す。だけどやっぱり嬉しそう。本当によく似合っているとつくづく見惚れてしまう。
仲の良い者同士でないと出すことのできない和やかでちょっぴり甘い雰囲気が漂う中、私は密かに安堵していた。これなら大丈夫、きっと…そう思いかけていた。
明日また来るから…
立ち去ろうとする彼がもう一度、私を見た。
「これからよろしくね…サラ」
ニコ、と微笑むその顔はやっぱり爽やかで、営業という職業柄板についたものなのだろうと思った。
そう、思いたかった。
それから何度か取引先の彼、ラミエルと顔を合わせた。そのときは大抵ミーナが一緒だった。
積極的に話かけるのはいつも彼女。なのに彼の視線は時折違う方へ向いていた。日を追う毎にその頻度は増えていった。真っ直ぐな眼差しに射抜かれてしまう…私はそっと身を小さくするだけ。
ついに別れ際にまでその変化は現れ始めた。じゃあね、と名残惜しげに手を振るミーナへ同じように手を振った後、必ずそれは起こるようになった。
身体は前へ進みつつもこちらに付いてくる。青の流し目が絡みつくように。気付く度に出来るだけ早く目をそむける。だけどそうしてなお、背中で感じてしまう。
私はミーナの顔が見れなくなった。あんなに明るかった彼女の声色が今では沈みきった太陽のように、低い。もう距離を置くくらいしかできなかった。彼女からも、そして彼からも。
ラミエル…
神の慈悲という意味を持つ、天使の名。
帰り道、藍に染まった空を眺めた。浮かんできてしまう彼の笑顔。星の瞬きさえ霞む程、眩しく。そこへ私は語りかける。
あなたが目を向けるべきなのは…私じゃないわ。
天使は天使と共に居るべきよ。
こんな…悪魔ではなく……
「サラ…?」
背後からの声に息が詰まった。聞き覚えのある声が近付いてくる。
「今帰り?こんな暗い道を一人でなんて、危ないよ」
家は何処?心配気な表情のラミエルが言う。私は小さくかぶりを振ってやっと言う。
「大丈夫です、ラミエルさん。もう慣れた道ですから…」
やっぱり離してはくれない、優しくも強引な眼差しから逃げるように背を向けた。しかしすぐに後ろへ引き戻された。強い腕の力…息つく間さえなく。
「駄目だよ、女の子じゃない」
送らせて、そう言ってくる彼に私は一層激しくかぶりを振る。
違う…違うの…
私は…っ
藍の空に浮かぶ星明かりが滲む。目の前にいるはずの彼の姿さえ曖昧になってしまう頃、更に強い力で締め付けられた。今度は全身を。
好きだよ、サラ。
傍に居させてほしい。
耳元で天使の名の彼が今まで聞いたどれよりも切なく優しい声を放つ。疼く奥の気配に身体の力が抜けてしまう。それでも告げた。
「お願い、待って。これ以上は…駄目」
締め付ける腕がようやく緩まった。ごめん…解放された私へ彼が言う。自らを悔いるみたいな表情をうつむかせている。
「怖がらせてしまったね。これ以上は何もしないから…」
ただ送らせてほしい、その願いは聞き入れた。そうしなければきっと再び彼の衝動を呼び起こしてしまうから、と言い訳みたいに無理矢理な理由をつけて、並んで歩いた。しんみりと言葉の一つもないまま。
こんなのは想定外だった。のどかな田舎でありながらも周囲と程々の距離感を保つことが許される、なかなか居心地の良い町だったけれど…もうここには居られない。こうなってしまった以上。
着々と荷造りを始めて辞表をしたためた。これを持って明日…名残惜しい心に決意を固めた。
翌日、辞表を出す前にデスク周りを整えている途中のことだった。
サラ…
懐かしい声がした。ほんの一ヶ月くらいなのにもう何年と聞いていなかったように思える、声が。
「ちょっと、いい?」
すっかり陰ってしまった表情のミーナが虚ろな上目遣いと共に言う。ぞく、と背筋に寒気が走った。彼女が今全身から放っているもの、その正体に気付いてしまった。
言われるがまま付いていった倉庫の裏。覚悟は決めたはずだった。
ここは悪魔らしく図太くどっしりと構えようと。何を言わようと何が起ころうと動じずにいよう、と。だけど…
「…ラミエルと、付き合っているの?」
その一言に胸の奥が抉られる。何もない、ただ一方的に抱き締められただけ。こちらからは何も求めていないのだから、悪びれる必要などないと言い聞かせてみても早まる動悸が抑えられない。
一言たりとも返さない私に苛立ったのだろうか、ミーナの声色が更に低い地鳴りのように響く。
「好きなら好きだと何故言ってくれなかったの?私たち友達だったのに…どうして…」
ついには目を潤ませて引きつった笑みまで浮かべてしまっている。こぼれる雫のように彼女は続けていく。
私、責めないよ?
サラが正直に言ってくれさえすれば…
もう限界だった。いたたまれなかった。やっと紡ぎ出した返答はあまりにも不格好で、きっと彼女にとってこの上なく残酷なものだったに違いない。
「違うわ、ミーナ。何もないの。彼はきっと私なんかより、あなたの方が…」
せめてもの配慮、いや、気休めに過ぎなかったんだとすぐに知った。嘘つき!!鋭く上がった彼女の声によって。
「裏切り者!あなたは私の気持ちに気付いていたはずよ。いつだって隣にいたのだからね…!」
鋭利に尖ったミーナの恐ろしい目。感情のままに伸びてきた両腕がついに私の首へと。
「上手くいっていたのよ、ラミエルとは。彼に振り向いてもらいたくてお洒落もした!化粧も覚えた!誰よりも綺麗になろうとした!もう少しだった…もう少しだったのに……」
あんたさえ、あんたさえいなければ…!!
締め付けられる喉以上にもっと奥が激痛に悲鳴を上げていた。やめて、お願いだから…かすれる願いも虚しく、とうとう彼女の口から放たれてしまった、恐れていたもの。
「あんたなんて嫌いよ…大嫌い…」
死んじゃえ…!!
大きく見開き過ぎて乾いた私の目がその光景を捉えた。
ふっ…と解放された首。ドサ、と雪崩れる音。
数回の痙攣の後、目を開いたまま動かなくなったミーナ。
しばらく呆然と見下ろしていた。
乾いて痛んだ両目に一気に湿った幕が張った。
何で…
私はこぼした。涙と同じように、弱々しく震えながら。
「何で、何でそんなこと…言ったのよ……死ねなんて…何で、そんな簡単に……!」
知ってる。首を締めたのだってきっと脅しだったんだ。本気なんかじゃなかったんだ。死を願う言葉だって、きっと。
だけど私は、違うの。それは決して耳にしてはいけない呪いの言葉なの。
ーー私は悪魔の子孫。
負の願いを具現化させる力を持っている。だけど感情があるの。痛みがあるの。
そんな悲しい言葉を耳にしたら最後、目覚めてしまうの。
負の願い…憎しみが。
愛した分だけ振れ幅も大きい。私を友達と言ってくれたことが本当は嬉しくて、だからあなたをうんと好きになったのよ、ミーナ。なのに…
やっぱり遠ざけるべきだった。ラミエルと同じように、そして今までしてきたように…
亡骸となった大好きな友達を前に何度も何度も悔いてみるけれどもう遅い。泣いたって無駄だってわかってる。私は変わらないって。
呪われた悪魔の子孫なんだって。
ーー翌々日、ミーナの葬儀がしめやかに執り行われた。
駄目だとわかっていながらも形ばかりの助けを呼んだ。やっぱり間に合わなかった。手遅れだった。心臓発作…そういうことになった。
集まった人の多さに特に驚きもしなかった。納得だった。人望の厚い人気者の彼女の為に皆が涙した。
信じられない…まだ若いのに…
あんなに元気だったのに。
持病なんてなかったはずよ。
美人薄命って、本当なのね…
涙混じりの呟きが聞こえる。抜け殻の如く立ち尽くす元凶の私の隣に彼はいた。
「サラ…辛かったね。僕も、辛いよ」
何も知らない優しい言葉と握る手のぬくもりが寄り添ってくれていた。
ミーナがいなくなって一週間。あの日出しそびれた辞表を私はそっと提出した。上司は哀れんだ表情ですんなりと受け取ってくれた。仲の良い同僚の死を目の当たりにしたのだから無理もない、と解釈してくれたのだろう。
幸いラミエルは来ていない。デスクの上も綺麗になった。荷造りもとうに終えている。
今夜の寝台列車で私はまた遠くへ旅立つ。今度はうんと人の少ないところにしよう。山奥でもいい。
社会の場に出るのはよそう。自分で畑を耕して、人目に触れず、自給自足でやっていこう。
もうずっとこのままでいよう。私は変わらないのだから。
何処へ行こうとも、独りなのだから。
ーーサラ…!!
突如遠くからそれでもはっきりと響いた声に身体を強張らせた。聞き間違いよ、空耳よ、キャリーバッグを片手に足早に進もうとした。いや、逃げようとした。
だけどまた、食い止められてしまった。優しい天使の強引な力によって。
「ラミエル…どうして?」
両肩を掴まれ、無理矢理振り向かされた私は抑えることができなかった。震える唇も両目から溢れ出す熱い雫も。
駅の前、人目もはばからず抱きすくめられた。彼のかすれた声がすぐ耳元で。
「もう離さないよ、サラ。一人でなんて行かせない…!」
力が奪われていく。落ちる涙と共に。今更のように実感した。
天使を前に悪魔はなんて無力なの、と。
駅から少し歩いた場所、夕に染まりつつある公園のベンチに腰を下ろした。この町に来たときのように空を見上げた。今日は情熱的な、赤。
私の片目から最後の一雫が流れ落ちた頃、彼の唇が触れた。何度も何度も繰り返される。味も何もわからないはずなのに甘い感覚を覚える。奥から全身へと痺れが広がっていく。同時に満ちていく…心まで。
ああ、胸の内でごく自然に思った。
このまま時が止まればどんなにいいだろう。どんなに幸せだろう。
そう、そうよ…
一つだけ、あるわ。
時を止める方法。
愛してる…ラミエル
私、今なら……
ドク、と締め上げられる感覚に私の息は詰まった。呻きを漏らしすがりつく私を彼が驚いて見下ろしている。
「サラ?サラ…どうしたの?」
浅く切れ切れになっていく呼吸。ラミエルはいよいよ焦燥を露わにする。綺麗な青の双眼に悲壮の潤いが満ちていく。
だけど私は返した。精一杯に微笑みながら。
「泣かないで…ラミエル……私の願いは…今、叶ったの…やっと、なのよ……」
助けを呼ぼうと立ち上がる彼に必死にすがりついて引き戻す。言葉になっているかもわからない声で彼だけを見ながら言う。
行かないで、聞いて、ラミエル…
私の本当の名は…【サラカエル】
あなたと同じ、天使の名。
悪魔の血を引いているのに…おかしいでしょう?
遠い記憶が蘇った。それこそ走馬灯のように。
ーーサラカエル。それは同じ力を持つ母がくれた名。同じように負の願いで人を殺め、絶望に耐え切れず幼い私を残して自らの命を絶った人。
そんな母がこの名に込めた意味が今ならわかる気がした。
死を司る力を持つ者…それでも天使であってほしい、そう願ったのね、と。
ずっと一番望む願いを叶えられずにいた。母のように行動には起こせなかった。強く願ってみても叶わなかった。無理もない。
だって本当は怖かったから。こんな憎き運命を背負ったまま死に絶えたくなどなかったから。
幸せに、なりたかったから。
だから効かなかったんだ。自分に向ける負の願いなど所詮その程度の半端な力しか持たなかった。だけど今、自然に思ったの。願ったの。
ーー時よ、止まって。
愛する人の腕の中…
今なら、死んでもいいわ。ーー
霞んでいく、愛しい人の姿。
「サラ、サラ、どうして…!!嫌だよ…っ」
悲痛な叫び。きつく締め付ける腕に力の入らない身体も鼓動を弱めていく心臓も潰れてしまいそうよ。
やっと叶った私の願い。それと引き換えに最愛の人を悲しませてしまう。
私は悪魔。最後まで残酷な、悪魔。
だけど神様、もしこんな惨い私の願いを聞いてくれるのなら…
私を忘れさせるくらいの素晴らしい出会いをどうか、この人に。
そしてもう一つ、厚かましいのはわかっています。だけど…
次は、本物の天使に生まれたいな。
天使は天使と共に居るべき、だもの……。
ここまでお読み頂き誠にありがとうございます。短編小説はふと浮かんだ情景を動かして形にすることが多い私ですが、今回は暗い部分を動かさずに突っ走るようにして描きました。
悲しいラスト…そうなってしまうかも知れません。だけどその中で伝えたかったこと。負の願いと言葉の重さ。
今や頻繁に耳にするようになってしまった死を願う言葉。“死ね”、“死ねばいいよ”、“消えて”…もちろん本気ではないでしょう。そんな一言で死にはしないと知っているからでしょう。
だけどもし、もしも、その負の願いが具現化されてしまったら…?心ない言葉が現実になってしまったら…?
サラのようにそんな重過ぎる運命を背負ってしまったら…?想像するだけで身の毛がよだつ、すごく恐ろしいこと。
そんなこと起こる訳がない。本当にそうならいいけれどいつタイミングが重なってしまうかもわからない。そのときに悔いてももう遅い。
負の願いを軽々しく口にする風潮がいずれ薄れて消えることを願います。時折負の感情を抱いてしまう、感覚が麻痺しそうになる、私も含めてです。そしてずっと願い続けたであろうサラに私が与えられるせめてもの救いは愛しい人との確かな愛、そしてやっと叶った一つの願い、これくらいでした。