第十九話「救出作戦開始」
第十九話「救出作戦開始」
グレートランド軍は足並みが突如乱れた。ストロベリー第二皇子の軍が突如前進を始めたのだ。
それどころかノワールフォレに奪われた都市を奪還。その場に陣を展開。
その都市は四方を城壁で囲んでおり、西側には切り立った崖があった。崖は南北に長く続いている。それ故に都市を制圧しても南か北に迂回しないと西へと回れない。
ストロベリー軍は奪還すると、魔法で強引に城壁を修復した。それどころか周辺の地形も魔法により強引に変えていった。その代償にマナの濃度が八割を超す環境となったのだ。
この事態に後方に下がる形となったメロン第一皇子は激怒し、再三に渡って使者を送ったのだが、ストロベリーはまったく取り合わなかった。
その周囲を簡易な要塞へと変え、城壁の周囲に堀をたくさん何重にも用意したのだ。
これらも魔法による強引なモノである。
しばらく人が住めない土地になったと、後方にいるメロンとオレンジは嘆いたという。
その報せを受けた皇帝もストロベリーに対して強い怒りを滲ませた。
しかし彼の思いもよらない策により、ノワールフォレの戦力を大きく削ることに成功する。スミレ・サナダ。ヨリチカ・マサダは前線に引きずり出されることとなった。
ノワールフォレはすぐに奪還された都市へと進軍。西を除いて周囲を包囲。
日差しが昇り始めた頃。獣脚類にも見える爬虫類が顔を覗かせる。
ノワールフォレの軍隊の騎馬は馬ではない。二足歩行であるく大きな爬虫類である。キバトカゲと呼ばれる爬虫類だ。
その名の通り人が騎乗することが出来る大きなトカゲである。外皮は緑の鱗で覆われているのがほとんどだ。
変温動物の気質は少し受けているものの、冬や夜中でも活動は可能である。また馬よりも攻撃的で、ノワールフォレの騎馬隊の強さはキバトカゲの攻撃力と言ってもいい。
ノワールフォレの部隊は円柱の計測器を取り出す。
「マナの濃度八割五分」
「気でも狂ったか」
ノワールフォレも繰り返し斥候を放っては、調べているが魔法による修復。地形の変更は確認されていた。
ひとりの兵士が指差す。
都市から白い煙が上がる。炊き出しかと、指揮する者は考えた。
「今が好機では?」
「誘いかもしれん」
改めて指揮する男は、都市の情報を確認する。
「城壁は?」
「全て閉じられております」
見張りの兵士も確認され、またストロベリー軍の斥候の姿も確認されていた。かなりの数がいると思われた。
「マナの濃度をあげての自爆も考えられるな」
「皇族ですよ?」
「自分はとうに安全な場所にいるかもしれない。崖の上に陣取るとかしてな」
第二皇子は自領地以外に興味が無い。そう知られていた。故に自分たちの領土以外がどうなってもいいとノワールフォレは考えた。
「崖の上にも斥候を出せ」
だからこそノワールフォレは一度様子を見る。
それはブランシュエクレールが動き出す二日前まで続く。
数日後。都市の中央にある屋敷。そこに黒いローブに身を包んだ小さな存在が現れる。音もなく床を駆け抜け、とある一室の前で立ち止まる。
戸を叩くとすぐに入れと声が響く。
「時間です殿下」
「よしよし。よくぞかかってくれたノワールフォレの諸君。そろそろこちらに戦力が集まる頃合いだな?」
はいとヤマブキ。ストロベリーは白い歯を見せて笑う。
ピエールが流言をノワールフォレに制圧された都市や集落などに撒いているのだ。
メロン第一皇子はストロベリー第二皇子を切り捨てようとしていると。
ストロベリーが、兄の使者を取り合っていないのは確認されており、また彼の奇行に対してグレートランドも、腹を立てているのはノワールフォレも察知していた。
そこへストロベリー見捨てようという話が出てきたのだ。
故にノワールフォレは捨て石となるであろうストロベリーを一気に叩き潰すべく、戦力を集中させた。
斥候に最終確認させてから、ストロベリーは都市の住民を集める。
「諸君らの生活を私の一存で壊したことを詫びる。その責任は必ず果たす。故に諸君らにお願いしたい」
その姿は誰よりも泥に塗れていた。顔には疲労が色濃く出ており、無精髭が生えてきている。
普段の豪奢な格好とはかけ離れている姿。都市の住民は知っていた。この第二皇子が自分たちを救うために不眠不休で作業を行っていたことを。
ひとりが殿下についていくと、言い出す。後は流れるように全員が同意していく。
「感謝する。この不手際は必ず返す」
ノワールフォレの軍勢は、都市に向かって進軍を開始。
この時のマナの濃度は七割にまで下がっていた。
一気呵成に突撃。何重にも掘られた堀だが、彼らは大きく分厚い木の板を渡すことで、堀を越えていく。矢の雨が振り、熱湯がぶっかけられるなどの激しい抵抗の中、ついに城門を打ち破ることに成功する。
都市に一気に人が雪崩れ込む。ストロベリー軍の兵士たちが一様に抵抗するが、ノワールフォレの騎馬隊が蹂躙。キバトカゲは頭部を食いちぎり、二脚の先にある鋭い爪で兵士たちを蹂躙。しかし――。
「居ません! 人が居ませんよ!」
「なんだと?」
「だから人が居ないって言っているんですよ」
都市にいた住民が居ないのだ。突如周囲から戦闘が消え去る。
「兵士も消えました!」
「さっきまで抵抗していただろう! 我々は何と戦っていたというのだ!」
指揮する男が倒れているストロベリー軍の兵士を指さす。その先にあったのは土塊である。土が甲冑を纏っていたのだ。
その瞬間男は、稲妻に打たれるように円柱の計測器を取り出す。
「八割五分……」
その言葉が終わると同時に西側から火の手が上がる。火の広がりは自然のそれではなかった。
「このためだったのか!」
男は、マナの濃度を上げるような強引な手段の意図を理解する。自分たちを一網打尽にするためだ。
兵士が全て土塊であることは、ここにストロベリーの兵力はいない。ではどこに行ったのか。
そして同時に別の戦線が危険な状態であると悟った。
「撤退! 撤退しろ!」
叫びに呼応するようにノワールフォレの兵士たちは我先に逃げ出す。しかし、無秩序な撤退は各所でぶつかり合いが起き、混乱を波及させていった。男もそれに巻き込まれキバトカゲから落馬する。起き上がると熱を感じた。
「おのれぇ!」
男は火に呑まれてしまう。
逃げ出す兵士たちも何重にも張り巡らせた堀が行く手を阻む。無秩序に逃げ出すノワールフォレは仲間を蹴落とし逃げ出す。
掘りに落ちる兵士も出た。掘りに落ちた兵士はマナ計測器を見ると、九割を示していた。
何重にも張り巡らせた堀から火柱が噴出す。
ストロベリー軍を倒そうと動いたノワールフォレは壊滅的打撃を被る。
ストロベリーは崖越しに東の空から黒い煙が立ち昇るのを確認する。
「穴は閉じたな?」
「ええ。閉じました」
西にある崖に穴を掘っていたのだ。最初こそは魔法で無理矢理掘り抜いたが、途中からは人の手によって掘り進んだ。理由はマナの濃度を崖の向こう側まで上げないためだ。
まっすぐ一本道ではなく。一回下に掘り下げてから、上に掘りあげている。その掘り下げた部分には水を満たしており、自分たちも火に襲われる事を考慮したものだ。
脱出の途中、魔法で火を放ったのだが、マナの濃度の高い方へと火は波及。恐れていた事態はなかった。
ヤマブキは念には念を入れて、穴を閉じたのである。
「もう二度とマナの濃度上げる戦術は使いたくないな」
「ええ、心臓に悪いですね」
ジョナサンは肩を竦めて言う。
「その割には妙案ではないか」
堀はジョナサンの提案であった。それにヤマブキがマナの濃度が低い位置に集まりやすい性質を利用。
「二人共よくやった。このまま民を引き連れて戻るぞ」
「よろしいのですか?」
ヤマブキは追撃してもいいのではと進言する。しかしストロベリーは周囲の民を見渡す。
自分の領地に戻ると彼は再び言う。都市の民に新たに住まう場所を提供しなければならない。今は戦勝の高揚感で彼らの不満はないが、すぐにでも出てきてもおかしくない。
早めに対処する必要があった。
「どちらにせよ。皇帝に事情を説明に戻らねばならない」
それにとストロベリーは笑って続ける。
「これで失敗するようならそこまでだ」
それはブランシュエクレールに対してだけではない。自身の兄に対してもだ。
「まあ、黒の超将軍もいるし負けることはないだろう」
以上のことからスミレとヨリチカは、前線に引きずり出されていた。
ノワールフォレが奪った都市などが、グレートランドによって再奪還されていたのだ。
ストロベリー軍の大半はメロンに預ける形をとっていた。加えてストロベリーに一杯食わされたノワールフォレの戦力は大きく損なわれ、一気に押し返されていたのだ。
この機をソラたちは逃さない。
一週間後の深夜に、ブランシュエクレールは動き出す。
しかし、ここで予期せぬことが起きてしまう。
グレートランドは奪われた土地を勢い良く取り戻していた。そしてソラたちがシルバーラインに到着する頃には、わずか半日のところまで前線が下がっていたのだ。
ブランシュエクレールの船団が動いたことは、当然ながら前線にいたヨリチカの耳にも入った。
それを聞いたヨリチカの動きは早い。
港に向かうと、少数を引き連れてシルバーラインにある西の港へと目指す。
救出部隊はソラを含めてわずか五人。
ソラ、アオイ、タカアキ、マルコ、そして金の姫将軍である。
船団の陣頭指揮をシャルロット。そしてシャルリーヌもシラヌイと共に参加していた。
船団の目的は逃げ遅れた住民の救出とソラたちの回収だ。
主にアソー子爵領の兵士たちがこれを請け負っている。複数の小舟で港に接近。
「いくぞ野郎ども!」
ランスが叫ぶ。それに呼応するようにアソー子爵の兵団は黒いハルバートを掲げる。
上陸部隊にはガタサムライ族のサスケも参加していた。
ランスとサスケは小舟が港に着く直前で跳躍。港にいるマゴヤとノワールフォレの兵士たちを屠っていく。
ランスは四人ほど突き刺すと、それらを投げ飛ばす。それらが敵兵に直撃。
サスケは四つの腕にそれぞれ四振りの刀を構えた。技と膂力。それらが合わさった斬撃はいとも容易く敵兵を真っ二つに斬り裂く。
「刀なんて二回も斬れば使い物にならないだろうが!」
槍を突き出したノワールフォレの兵士。しかし甲虫族の中でもガタサムライは最大の硬さを誇っていた。槍の穂先は折れる。
サスケは相手を、そして敵の仲間を恐怖させるためにゆったりと動いてみせた。
槍を突き出した男は、足を震わせて失禁する。
「この刀は特別だ」
「へ?」
「特別だと言っているんだ!」
次の瞬間男は五つの肉塊となった。
サスケは怯える敵兵の一団を見つけると、雄叫びを上げて突っ込んだ。四振りの刀が振りぬかれる度に血飛沫が舞う。
それを見たランスは負けられないと笑う。魔力で脚力を強化。そのまま疾駆。足が地面を突く度に食い込み破裂していく。
ひとつ数える頃には五十ミール(約五十メートル)を走破。槍を振り回し薙ぎ払っていった。
二人が崩した陣形にアソー軍の兵団が一気に押し込んで行く。ノワールフォレとマゴヤの兵士は潰走を始めていく。
それを船上で見ていたシャルロットは小さく頷く。
「サスケって強いのね」
「自慢の護衛です」
シャルリーヌはわずかばかり胸を張ってみせる。
自分で目利きし、ソラに買ってもらったという自負からの自信であった。
それに気づいたシャルロットは少しだけ半目して、つまらなそうにそっぽを向く。そして異変に気づく。
「何かこっちに来ているわ」
「ソラさんでしょうか?」
シャルロットはそんなはずはないと言う。
どんなに急いでもそんなに早くは到着はしない。どんなに急いでも夜明けまでかかる。
「シャルリーヌ見える?」
「やってみます」
シャルリーヌは魔力で視力を強化して遠くを見る。九魔月のため夜でも明るい。それ故によく見えた。
「敵兵です。なんか凄い装備……お姉様なんだか怖い」
シャルリーヌの言葉に直感に近いものを感じたシャルロット。
「出るわ」
アソー子爵が回りこんで引き止める。
「待ってください」
「シャルリーヌをお願いね」
「ですが」
「手練だと言っている! 少数でここに来たということはそうでしょう!」
「だからこそランスたちに」
シャルロットはアソー子爵の言葉を聞かない。そして振り返る。その紅き双眸にはシャルリーヌを見据えた。
「怖いのね?」
「怖いです」
上手く説明できないシャルリーヌは、身振りを手振りでなんとか表現しようとして、俯いてしまう。
「ならばそれで十分よ」
シャルロットは跳躍。霊力で足場を作って跳躍して港までやってくる。
ランスたちはシャルロットに気づいて何事かと尋ねた。すぐに敵兵の襲来が迫っていると聞くと、彼らの動きは早い。
予めマルヴィナたちが潜伏してくれたおかげで、住民たちも動きは早い。
港に逃げ遅れた民は集まると、大型船のひとつが港へと着港。民を乗せていく。
「敵襲! 御旗はヨリチカ・マサダ! ヨリチカが来たぞ!」
シャルロットは身の毛がよだつのを感じた。
「ここは任せたわ!」
「待ってください!」
「急いでいるのだから!」
「銀の姫将軍。フィオナ様は負けたのですよ」
シャルロットは立ち止まる。
マルヴィナはフィオナが負けた時の状況を説明する。魔法がかき消されたと。
それを聞いたシャルロットは笑う。
「ならばなおのこと私が行くべきね」
「何を」
「私は無能なんでね」
シャルロットはヨリチカの相手は自分がするといい。他の兵士には避難誘導を命じる。
「サスケ、ランス。他の雑魚は任せるわ」
「無茶言いますな。相手は馬上でしょう?」
ランスは軽い調子で槍を担いで言う。サスケに異論はないのか、刀についた血を払うだけだ。
「怖いの?」
「いいえ、戦場は大好きです」
「魔法を無効化するみたい」
ランスとサスケは顔を見合わせる。互いに頷くと、地面を叩き割って大きな石を作っていく。
北より馬蹄が響き渡る。
「夜明け。いえ、せめて船が出るまで持たせるわよ」
「「了解」」
二人は叫ぶと、現れた黒き大鎧の存在に目を奪われる。それも一瞬。すぐに左右に別れてヨリチカの部下たちめがけて攻撃を仕掛ける。
シャルロットはヨリチカと相対した。
「お尋ねしてよろしいかな?」
「シャルロット・シャルル・ブランシュエクレールよ」
面倒だとシャルロットは名乗る。その気風を気に入ってヨリチカは笑う。
「馬上より失礼する。我はヨリチカ・マサダ。そちらの狙いは?」
「シルバーラインの民とフィオナ・シルバーラインの救出よ」
ヨリチカは驚き城の方を見やる。
舌打ちしてからシャルロットを向き直り改めて見据えた。
「ならば邪魔させていただこうか」
「冗談」
シャルロットは左の籠手の調子を確認。鞘から白い霊剣を引き抜く。
ヨリチカは馬を走らせる。シャルロットもそれに応じて突出。
黒い大鎧は大盾を構える。盾が展開。周囲のマナを吸収していく。すぐにそれをやめた。周囲の仲間を気遣ってのことである。
それでも接近していたシャルロットからも奪ったと考えた。
「なん……と!」
シャルロットはまったく倒れるような素振りを見せない。白き霊剣を馬の胸部に突き刺す。そのまま切っ先をヨリチカの下腹部に突き立てようとした。
寸前に跳躍。
馬は血飛沫を撒き散らしながら倒れる。
ヨリチカは早すぎたと考えた。しかし彼は知らない。目の前の彼女は魔力ではなく霊力を持つ人間だということを。
そして彼が二度目の盾を構えた時に、シャルロットは盾の能力を看破する。
――あの盾。あれが魔力を吸っているのね。
腰にぶら下げたマナ計測器が下がり始めている。
最初こそ自分が来たからかと考えたが、大盾が展開される度に勢い良く下がっていく。それを彼女は見逃さなかったのだ。
ヨリチカは盾をどかすが目の前の少女は倒れない。
「何者だ」
「言わなかった? シャルロット・シャルル・ブランシュエクレールだと」
不敵に笑うシャルロット。しかしその実背中を冷や汗が伝う。
優位に立ちまわっているが、ヨリチカの纏う気迫に彼女は若干気圧されていた。
その言葉にヨリチカは手で顔を覆い笑い出す。
「な、何よ?」
「いいぞ。いいな。気に入った。気に入りましたぞシャルロット殿」
シャルロットは顔をしかめる。相手が何を言っているのかわからなかったのだ。
「惚れました」
言葉とは裏腹に黒き大剣を構え直す。
「是非降したい」
「お断りよ」
~続く~




