第十七話「ストロベリーと相対する」
第十七話「ストロベリーと相対する」
太陽が中天を越え西に沈みはじめる。
目付きの悪い少年は四人の商人と会合していた。
ひとりはフェルナンド。春先の内乱でシャルロットに協力した商人であり、現在、ブランシュエクレールから優先販売権を獲得している。
ひとりはワーライオンの男はたてがみを撫でた。
サファリラインの商人、コウノスケである。
ひとりはスーツに身を包んだ男性。メガネの位置を正しながら、唸った。
ロン商会の会長であるパイラン・ロンだ。
ひとりは青肌の女性。ひと目で人族ではないとわかる。サキュバスのエルフリーデだ。
サキュバスモールの社長である。
一様に困惑していた。
「もう一度言います。奴隷を各商社から二千ずつ」
フェルナンドは関係ないと、話を右から左へ聞き流す。
自分には関係の無いことだと流していた。しかし、優先販売権を有しているフェルナンドにも関わってくる内容である。
そのことに気づいていないのはフェルナンドだけだ。
常の彼ならば疑問に抱いただろう。千人から二千人に膨れ上がった購入数に、しかし彼は現在抱えてしまった元奴隷の少女の事で頭がいっぱいであった。
だからこそ、パイランの言葉でようやくことの重大さに気づく。
「我々に何をさせるつもりだい?」
千人ずつ買ってくれれば、それだけ十分だった各社。だが、報せを受ければ千五百人ずつ買うということになっており、ここに来てみれば二千人になっていたのだ。
当初は喜んでいた。城塞都市の建築も合わさっていたため、事の重大さと深い意味まで思慮が及んでいなかったのだ。
突然膨れ上がった奴隷の購入数。そのことに無頓着に喜んでいられないのが彼らだ。その裏にある事情で、如何に利益を得るか。ただ与えられる利益に、彼らは強い警戒を抱いたのである。
ましてや相手はソラであった。
魔王とのやり取りを見ている彼らは、余計に警戒する。
彼の描く利益と、三大商人の描く利益が必ずしも一致するわけではない。
「怖いな。奴隷は売れない」
ブランシュエクレールと深い関係にはなりたいとは、彼らも思っている。しかし、それはどちらにとって優位性があるかの問題だ。
このままでは、彼らはブランシュエクレールの子飼いになってしまう。そんな危機感を抱いたのだ。
もちろんブランシュエクレールにそんな意図はない。ただ信頼関係を厚くしたいだけである。
ソラは意外だと少し考え込む。そして口を開く。
「結論から言いましょう。戦争を操作します」
フェルナンドは勢い良く立ち上がった。
「戦争を引き起こすっていうのか?」
隣に座っていたパイランが、服の裾を引っ張って座るように促す。褐色の青年は渋々座り込んだ。
「落ち着きたまえフェルナンド。戦争の操作は別におかしなことではない。それをしていない方がおかしい」
「だからって戦争を起こすなんて」
納得出来ないとフェルナンドは息巻いた。
ソラは違うと話を遮る。
「戦争を未然に防ぐ。またブランシュエクレールにとって利益になる組織、国に、援助するというところでしょうか」
もちろん将来的に変質する可能性は重々ありえる。しかし、その損失を恐れていてはブランシュエクレールという国は、埋没してしまう。
最初にソラの目指すモノを理解したのは、コウノスケだ。
「何が起こるんだ?」
「パスト公爵がロートヴァッフェに侵略するそうです」
そんな話は聞いていないと三大商人は、互いに顔を見合わせる。そして改めて目の前の目付きの悪い少年を見た。
「今頃そう動いているはずです」
ソラは特に動じることもなく言う。
この時パスト公爵は、軍を整え始めていた。かつてない程に万全を期し、そして荒れ狂う感情に任せてしまい、視野が狭まっていた。
「で、今後の展開は?」
ソラはかぶりを振る。
「ご自身たちでお考えください。ただブランシュエクレールとしては、今後ともお三方と、懇意に付き合って行きたいと思っております」
「その前払いとしての奴隷二千人――ということね?」
エルフリーデの言葉にソラは頷く。
「相変わらず食えないな。俺達が振り回そうとして、奴隷を千人なんて突きつけたが、まさか倍返しならぬ、倍購入とはな」
コウノスケはがははと笑い出す。
――マゴヤとグレートランドとの戦争が終われば、戦争の操作なんて必要がないはずだ。ましてやン・ヤルポンガゥとほとんど同盟を結んだも同然だ。
フェルナンドは思慮に埋没していく。
ブランシュエクレールはマゴヤとグレートランドを凌いでしまえば、後は平穏そのものだ。東を除いて海に囲まれている。それだけで戦争になることは、限られてくる。
三大商人の言うように、戦争を操作しようとしない国はない。だが、ブランシュエクレールにはそんなことをする必要性がないように、フェルナンドには思えたのだ。
そこで戸が叩かれる。デルフィーナ・イルミナルが入室した。
手にはお盆、その上にはカップが人数分。
そしてなぜか彼女はメイド服を着込んでいた。音もなくカップを置いていく。
「どうしました?」
デルフィーナなオッドアイを見て、フェルナンドは取っ掛かりを覚えた。
――眼の色が違う。違う? 同じだけど違う!?
「そうか」
フェルナンドは朧気ながら、ブランシュエクレールが目指そうとしている未来予想図を見出す。
ソラは胸中口元を歪めた。
フェルナンドに三大商人の視線が集まる。しかし、彼は言わない。意地の悪い笑みを浮かべる。
「今回は俺が儲けさせてもらうぜ」
「教えろ」
コウノスケは半ば脅すが、褐色の商人は白い歯を見せて言う。
「おっとただとはいかんぜ。そうだな俺から買う食料を割増で買ってくれるなら、考えてもいいぜ」
ふざけるなとエルフリーデとパイランが勢い良く立ち上がる。
おっととフェルナンドは手を差し出して制する。
「ソラ、ひとつ確認だ。今後この国内での戦争はマゴヤくらいだな?」
「その通りです」
フェルナンドは白い歯を見せて笑う。
「よくやったデルフィーナ!」
「あ、いえ。私は何も」
デルフィーナは顔を赤らめて俯く。
三人はフェルナンドのでまかせではないかと、値踏みする。
「ちなみにこの話はあんたらにとっても悪くない話だ」
三人は、ソラとフェルナンドが結託しているのではと考えた。しかし、ソラは優先販売権ですからね。と釘を刺すとフェルナンドは膝から崩れ落ちる。
されどフェルナンドは笑う。
「戦争を操作するってのは、あながち間違いじゃない。が、どっちかというと商売を操作するだな」
俺と一緒に儲けないかとフェルナンドは手を差し出す。三人はその手を眺める。
「奴隷を売れ! そして俺と契約して一緒に儲けようぜ!」
程なく羊皮紙が用意される。そこにフェルナンドは契約書を書こうとしたが、文字が書けなくて、筆が空を切る。
「あのっ、言ってください。私が書きます」
デルフィーナの申し出をフェルナンドはかぶりを振って、却下した。
「い、いや。これくらい書けるし。書けるようにならないといけないし」
「私がやります。やらせてください。フェルナンドさんは文字の読み書き駄目です」
「な、なんでだよ!」
少女の気持ちを鋭敏に感じ取ったのは、サキュバスのエルフリーデだ。
「貴方は、文字の読み書き禁止」
そこで他の面々も「ああ」と納得した。
「な、なんでぇ?」
フェルナンドは情けない声をあげる。
「どうせ出来やしないわ。適材適所よ」
「いや、デルフィーナにおんぶに抱っこはさすがに」
フェルナンドはいずれデルフィーナを独り立ちさせようと考えていた。商人の稼業に付き合わせる気はなかったのだ。
ブランシュエクレールにでも士官できれば御の字だと考えていた。
しかし、彼女の思惑はまた違っていたのだ。
「いいの!」
オッドアイの少女は筆と羊皮紙を奪い取ると、フェルナンドを睨んで黙らせる。彼は少女の凄味に飲み込まれただ頷くしか出来ない。
三人が署名してから。それぞれの書記を呼び込み、書き記して署名を行った。
それらが終わるとフェルナンドは種明かしをする。
「問題はグレートランドの港がパスト公爵と銀の姫将軍のところにしかないのが、問題なんだ」
「そうか。それをよしとしないグレートランドの派閥がいるはずだ」
コウノスケは勢い良く立ち上がった。
「となると、ロートヴァッフェとパスト公爵の戦争ではない」
グレートランド内での領土争いである。
「その先にあるのはブランシュエクレールとグレートランドの一派との同盟」
パイランの言葉にエルフリーデが捕捉。
この時彼らはブランシュエクレールの目指すものを正確に予想した。
「やんごとなき方と、上手く同盟を結べれば食料を供給開始します。後は皆さんのお好きなように、商売をしてください」
三大商人は凶悪な笑みを浮かべる。
「なるほど、そういう話なら素直に乗っておくべきだった。惜しいことをしたが」
「ええ。ブランシュエクレールとの関係強化は悪く無いですね」
コウノスケの言葉に相槌を打ったのはパイラン。
エルフリーデは悔しいと、フェルナンドを睨んだ。
「仕組んだ?」
「いえ、関係の深化を狙っただけなので」
ブランシュエクレールはただ食料を供給するだけだ。それを他国、または他の勢力が羨むだけで争いは起きる。または鎮めることが出来る。
運送にも一枚噛める上に、ブランシュエクレールにとっての有益な情報を対価に払わせることも可能だ。
商人としては、飢えている国に高値で売りつけることが可能なのだ。それも事前にブランシュエクレールから、知らされる形で。
いい話だと三人は乗っかった。そして三人は改めてフェルナンドを評価する。
その後ソラは三人と細かい話を詰めていく。
二日後。ソラはアソー領にある、北の港にやってきていた。
そこにはシャルリーヌ、シラヌイ、アオイ、タカアキ、ランス。そして数人の侍女が顔を並べる。
大人数だとパスト公爵に気取られる可能性があった。そのため少人数での行動である。
「遅いですね」
シャルリーヌは遅いなら遅いでいいかと、ソラに一歩だけ近づく。
その間にアオイが入り込んだ。両者はそれとなく視線をぶつけあう。
今回少人数ではあるが、ソラやタカアキ、そしてアオイは余所者である。そのことに異を唱えさせないために、ブランシュエクレールの貴族をひとり呼んでいた。
のだが、遅れている。
そろそろ出発の時間というところで、姿を見せた。
「遅れました。ごめんなさい」
漆黒の頭髪。普段は縦に巻かれている髪は、真っ直ぐに伸ばされ後頭部で結い上げられていた。
麻織りの服を身につけているため、普段の豪奢さはさほども感じられない。しかし、その顔立ちからは、気品が強く出ていた。
トゥース領の現在の領主。トゥース公爵令嬢、マリー=アンジュ・トゥースである。
大きな鞄を侍女に手渡すと、我先にと船に乗り込む。
それに続いてソラたちも乗り込み、半日もしないうちにグレートランドの南の港に辿り着く。
現地のストロベリーの息のかかった商人に手伝ってもらい、一日の時間かけて、グレートランドとノワールフォレの前線から一日の距離にある街に辿り着く。
街では臨時にグレートランドの兵士たちを受け入れていた。傷を負ったものや、予備兵力で呼ばれた人で溢れかえっていた。
商人に扮した彼らは、とある屋敷に通される。
屋敷といっても豪華な飾りなどはなく。申し訳程度に赤絨毯がひかれていた。
彼らは男女で別れそれぞれの待合室に通される。そこで全員は着替えを行い、程なくして一箇所に集められる。
全員礼服。ソラとタカアキは海上都市産のスーツ姿。
タカアキはスーツを気に入ったのは、姿見の鏡の前で何度も頷いていた。
「きつくないのかそれ?」
ランスは赤い頭髪をかきながら問う。彼は礼服を少し着崩して緩めていた。堅苦しいのが嫌いなのだ。
彼からすればスーツを着た二人は、息苦しく映るのである。
「身が引き締まる思いです」
対してタカアキは。ネクタイをくいっとあげて笑う。
「お二人とも似合っています」
シャルリーヌは嬉しそうに言う。マリー=アンジュもそうねとつぶやく。
二人とも普段の着ているドレスに身を包んでいる。
部屋の空気が柔らかくなると、戸が叩かれた。
ソラ一行はとある部屋に通される。その中では、金の姫将軍と金髪碧眼の青年、そして黒いローブに身を覆う存在が待ち構えていた。
「よく来てくれた。まずはお礼を申し上げる。こちらの申し出に応えてくれて、ありがとう」
金髪碧眼の青年――ストロベリー・ランス・グレート・オーランドは笑う。
「早速だが、俺に力を貸して欲しい」
~続く~




