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第十一話「森緑の姫の移住先」

第十一話「森緑の姫の移住先」






 マエカワ将軍はシルバーラインにある城へと帰還する。

 本国に戻る前にここで報告を受けてから、戻るつもりなのだ。

「どうした額のその傷は」

 獅子のようなたてがみの頭髪と髭。巨躯な男は額から血を流していた。侍女がそれを治療にあたっている。

「お見苦しいモノをみせました」

 ヨリチカは怪我の理由を説明。

 魔導具の影響で暴走しかけた本能を頭突きで鎮めたのだという。

「なんでまた?」

「銀の姫将軍が扇情的に見えましてな。我ながら未熟です」

 地下牢に様子を見に行った際、その吸い付くような肢体に釘付けになったのである。

 トシイエが呼びかけることで我に帰り、石造りで出来た壁に額を打ち付けたのだ。

 マエカワ将軍は手で顔を覆う。

「さっさと押し倒せ」

「それは殿のご命令でも、承服いたしかねます」

 銀の姫将軍が心より屈服した時に、添い遂げると宣言する。

「何を格好つけているか」

「それより殿。何か良きことがございましたか?」

「うむ。いい弓取りと出会えた。ついでだから弓と名前を与えた」

 ヨリチカは戦慄にも似た高揚感を抱く。

 自身の主君がこのような振る舞いをしたのは、初めてである。それほどの弓使いに、武人としての魂が沸き立ったのだ。

「それはいい。どちらかと言えば、狸にだまくらかされた」

 マエカワ将軍は報告を聞きたいと言った。

「ノワールフォレも大胆なようで慎重です」

 彼が出ている間、ヨリチカはノワールフォレの主要な貴族たちと会談を行っていたのだ。

 マエカワは黙って続きを促す。

「現在スミレを筆頭に、ノワールフォレ軍はグレートランドの領土を破竹の勢いで奪っています」

 が、と言葉を切るヨリチカ。

 グレートランドもこれを予見し、焦土作戦に出ていた。その手際の早さに両軍とも舌を巻いたのだ。

「砦の建築を提案し、補給線を強化を提案しました」

「して?」

「許諾されましたが時期が未定です」

 グレートランドに対する戦いの姿勢が違うのである。

 ヨリチカたちがシルバーラインを攻め落としたのは、来るブランシュエクレールとの戦のため。ヴェルトゥブリエやグレートランドの援軍を断つ狙いがあった。

 しかしノワールフォレはマゴヤと姿勢が違う。ブランシュエクレールを来年以降に攻めるべきだという、理由はブランシュエクレールの本土を傷つけることを、嫌ったのだ。

 豊かな大地を、なるべく傷つけずに手に入れたいというのが、ノワールフォレの本音だ。できれば食料を蓄えさせた状態を誘ってである。

 それを聞いたマエカワは、うむと頷いて口を開く。

「ホワイトポリスは攻撃しない方針で行こう」

 いくらノワールフォレでも、ホワイトポリスにブランシュエクレールが出張ってくれば、後背を突かれまいと動くはずだ。

「ミスリルの話は?」

「わからん。せめてミスリルの話が本当ならば、ノワールフォレの説得をできようものなのだが、いかんせんあの狸は、ひらりひらりと躱していく」

 マエカワは笑い始めた。






 シャルリーヌはスカートの裾を踏んでしまい、前のめりに倒れこむ。その先には男の背中。

 彼女は咄嗟に飛びつく。

「ご、ごめんなさい」

 顔を見上げると、目付きの悪い顔が飛び込む。

 間近で見たシャルリーヌの感想は、温かい眼差しを向けてくれる人である。そのまま抱きつく腕に力を込めた。

「殿下、大丈夫ですか?」

「しばらくこうさせてください」

「え?」

「いい臭いなんです」

「はい?」

 ソラは慌てて自身の臭いを嗅ぐ。自分ではいい臭いだとは思えなかった。

「殿下。これ以上は汚れてしまいます」

「いいんです。皆を守る大役。ありがとうございました」

 シャルリーヌは深呼吸して、ソラの臭いを楽しんだ。

 シラヌイが引き剥がすまでそれは続く。

 程なくしてソラたちは撤収準備を始めていった。合同常設軍の指揮をバーナードとオスヴァルトたちに預け、ソラはアオイ、タカアキを伴ってシャルリーヌと共に歓楽街経由で王都へと向かう手はずとなっている。

「二日後には歓楽街ですか」

「一日休暇を挟むので、ゆっくり楽しんでください」

 タカアキは是非と答えながら、自身の手持ちを確認する。

 ソラはあっというと棒給を渡す。

「こんなに頂いても」

「前払いです。高級娼館がお勧めです」

「あるんですか?」

 タカアキは出来て間もないと聞いていた。加えて彼は初めてここにある歓楽街に向かう。

 ブランシュエクレールに到着してすぐ前線に出ることを希望したのだ。

 ヴェルトゥブリエからの戦いを含めて、初めての休暇らしい休暇でもある。

 ソラは高級娼館あるよと答えながら、思い出すように補足した。

「と言っても娼婦の皆さんの体調や健康面は管理してもらっています。最長でも一ヶ月に一度は検査してもらっています」

 つまり歓楽街で娼婦として働いている娘たちは、すでに一回は医師に見てもらっているのだ。

「ああ、では高級娼館は保険ですか?」

 高級娼館の娼婦たちは一週間にに一度身体検査を行っている。

「でも聞いた話じゃ、高級娼館と他の娼館はあまり差がないと聞きましたが」

「対応する時間違うとか」

「とか?」

「まだ行ったことがないですよ」

 タカアキは目を点にした。

「ソラが計画したんですよね?」

 ソラは首肯する。

 タカアキは信じられないという顔になる。だがすぐに思い直す。

 そもそも物流を引き込むための歓楽街なのだ。稼働し始めてひと月とちょっと。歓楽街ばかりに目が行きがちだが、併設した楽市は徐々に盛況となっていた。

 だがこの時、ソラは色を好む客将だと大多数に思われていたのだ。

「好色客将って言われているのは?」

 目付きの悪い少年は頭をかいて、乾いた笑みを浮かべる。歓楽街設置後の自分がどう思われているのか理解したのだ。

「それで昨夜の彼女たちの行動ですか」

 ソラは視線を動かす。彼の目先にはバニーハイライダー族とラトゥーラ族がいた。

 彼は彼女たちに夜襲を仕掛けられたのである。

「よく耐えましたね」

「しばらく寝れませんでしたよ」

 ソラは昨夜の光景を思い出し、すぐに頭を振って忘れようとした。体の一部が素直に反応したためである。

「跡取りとかどうするのですか?」

 ソラとタカアキの会話は、遠巻きで聞いていたシャルリーヌにも届いており、彼女にいらぬ妄想を誘発させた。

「そういえばソラ」

 森緑の光がソラの背後に現れる。

 緑の着物に黒い長髪。緑柱石の瞳の森緑の姫が現れる。

「その歓楽街にわしを奉納してくれまいか?」

「よろしいのですか?」

 森緑の姫は大仰に頷く。

「おんしの事は嫌いではない。そのおんしが造った歓楽街。どうせならそれの行く末を見届けたい」

 森緑の姫は言いながら、そうじゃなそうするべきであろうと、何度もつぶやく。






~続く~


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