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第十話「探り合い」

第十話「探り合い」






 湿気を含んだ風が吹き抜ける。

 カエデはジンとブークリエ宰相を連れて、馬で山道を駆け抜けていく。

 ふと手が震えていることに、彼は気づく。手綱を握る手がわずかに震えていた。

 カエデの隣をガエル・ブークリエが並走する。

「緊張しているのか?」

「え、ええ。初めてなので。色々と不始末をしないように頑張ります」

 片方の手を見ながら言う。

「任せておくがよい」

 ブークリエ宰相は胸を叩いて見せた。

 そこから山道を抜けるまで、ブークリエ宰相はヤリノスケの昔話を聞かせて、ジンを大笑いさせる。

 カエデは微笑むだけだったが、いつしか緊張が溶けていった。

「お、見えてきたぜ」

 ジンが進行方向を指し示す。

 白い幕舎が飛び込んでくる。マゴヤの幕舎だ。そこにユミヅル・マエカワが待ち構えていた。

 先ほど戦いは今までの戦いの中で一番短く、早く終わってしまったのだ。

 程なくして使者がやってくると、カエデと会って話したいというモノだった。この中にはソラも含まれていたのだが、彼はカエデに一任したのである。

 シャルリーヌの提案によりブークリエ宰相を補佐につけたのだ。

「殿下は何も考えてないようで、考えていますよね――あ、不敬とかじゃなくてですね」

「聞かなかったことにしておくわい」

 ジンの言葉にブークリエため息を漏らしながらも、内心半分は同意していた。

 ――敵の真意を見抜き。考え方や傾向を知り、今後に役立てる。

 そうしてはどうかと、シャルリーヌが言ったのだ。もちろん誰かが提案していたかもしれない。

 それを殿下自ら、提案出来たことに老宰相は微笑ましく思ったのである。

 三人は下馬し武器を護衛している者に預けた。一応体を触られて暗器の類がないか、確認される。

 それらが終わると三人は幕舎の中に通された。

「おお! おお……ふむ。とりあえずひとりは来てくれたか」

 マエカワは落胆をすぐに消すと、座れと三人を促す。

「せっかくの申し出を無碍にしてしまい申し訳ございません。こちらの事情です」

 ソラがこちらに来なかった理由は、情報を与えないためだ。霊力を持つ人間がいると知っているかもしれないが。敢えて教える必要もない。

「戦をする前に顔と名を知りたいと思ったのだがな」

 まあよいと膝を叩くと、マエカワは一本の使い込まれた弓を取り出す。

 分類としては大弓と言っていい弓。しかし、木で出来た弓ではなかった。獣の骨で出来たような黒い弓。もちろん弦はどこにもありふれた弦である。

「我が名はユミヅル・マエカワだ」

 マエカワ将軍は名乗りながら、カエデに視線を向けた。

「汝の名は?」

「カエデ」

「ふむ。名を貰えていないか。ならばユミチカ。カエデ・ユミチカと名乗るがいい」

 カエデは目を白黒させる。ブランシュエクレールよりも先に、マゴヤから名を授かったのだ。

 降れと言っているようなモノである。が、すぐにマエカワは手を突き出す。

「もちろん降れという意味ではない。あの弓術に対しての賞賛として、受け取って欲しい」

 カエデとジンは腰を浮かしていた。

 そう言うと黒い弓を差し出す。自身が昔使っていた弓だという。魔導具ではないが、反り返りがない弓なのだという、カエデは受け取ると、恭しく頭を垂れる。

 静観していたブークリエ宰相は口を開く。

「マエカワ将軍に名前をいただけるとは、弓という言葉が入っているようですが? 何か意味があるのでしょうか?」

「弓に親しい者という意味だ」

 ブークリエはおおと大仰に頷き、確かに相応しいと顎鬚を撫でる。

 マエカワはどうかなと問いかける。

 問われたカエデは背中に汗をかく。言い知れぬ重圧と気配に呑まれそうになっていた。必死に奥歯を噛み締め耐える。

「その名。将軍との弓勝負で勝ったら頂きたいと思います」

 マゴヤの兵士が殺気立つ。それを手で制するマゴヤの総大将。

 そして大きく笑う。

「戰場で我を見つけたら、容赦なく射るがいい。受けて立つ」

 静かなしかし強い闘志を宿した瞳が、カエデを見据える。

 対するカエデは背中を凍らせながらも、手に力を込めて相対した。

「気張るな。もう少しゆとりのある構えをせよ。あの壁になっていた少年のようにな」

 マエカワはそう助言すると、ブークリエに向き直る。

「これにて我々は本国に戻る」

 度肝を抜く言葉にカエデとジンは、目を点にした。ブークリエはほうと顎鬚を撫でる。

「それはどういう意味でしょうか?」

 ジンが問う。意味を探ろうとした。

「考えるのだな――そうだ。しばらくの間、我が国の兵士がお忍びで休暇を楽しむために、歓楽街に向かうかもしれないが、できれば無下にしないで欲しい」

 ブークリエはそちら次第だと返し、続ける。

「だが、上客には等しく門が開かれるであろう」

 話が終わり、沈黙が訪れた。しかし、まだ両者とも動かない。

「そういえばヴェルトゥブリエに少しばかり兵を送っていたらしいな」

 ユミヅル・マエカワは扇子を開いて仰ぎ始める。その様子を老宰相はしっかりと観察しながら口を開く。

「食糧支援は行いましたのぅ。そういえば奴隷をたくさん仕入れたとも聞きましたぞ」

 ガエル・ブークリエはお返しにと相手の腹を探る。

「それはそちらも同じこと。我が国は豊作なのだ。人手が欲しくてな」

「我が国は例年通りであります」

 しばし静まり返る幕舎内。カエデとジン。そして相手のマゴヤの兵士たちも息を呑む。

「ミスリルの湖という話を知っているか?」

「ミスリル? 鉱物ではないのですか?」

 またしばし沈黙。

 扇子の仰ぐ音。衣擦れの音が聞こえるほど、静まり返る。

「魔王軍を引き込んだと、聞いたぞ?」

「海上都市の建築をお願いしたのです。知りませんか?」

 マエカワの仰ぐ腕がわずかに乱れる。

「海上都市で何やら競りにかけたと聞いた。それがミスリルではないかと、小耳に挟んだ。それも液体でな」

「吹聴したのは、アポー伯爵ですな」

 裏切り者の言葉だぞと暗に言う。

 確証がない。そしてミスリルは鉱物だという情報。樽の中身が液体とは限らない。周囲を欺くための策略かもしれない。

 ヤリノスケの誘き出す策などを見て、実際に被害を出しているマゴヤの総大将は、胸中唸った。

 嘘、本当。その判断が出来ない。

 ミスリルが仮にあったとすれば、それはノワールフォレを説得できる材料となる。

 現在ノワールフォレはグレートランドの侵略を提案。ブランシュエクレールは来年の冬でもいいのではないかと、マエカワも一理あると考えてはいる。

 グレートランドが完全に援軍を出せない状況に追い込めば、後はマゴヤとノワールフォレでブランシュエクレールを攻略することが可能だ。

 ――南のオーク共の国がどう動く?

 マエカワはカエデとジンを見据える。初めて聞いたという顔をする。実際彼らは初めてミスリルという話を聞いたのだ。実際に魔王との交渉には立ち会っているが、中身に触れないまま、ソラと話を進めていた。

 それを知っているであろうブークリエは完全に腹芸をしてみせる。

「そうだ。是非我が歓楽街で一拍していくのはどうでしょうか?」

 その手には乗らないと、マエカワはきっぱりと断る。

「実に有意義な時間であった。もうよい。帰って盾になっていた若者に伝えろ。ヨリチカが相手だ。とな」

 そこまで黙っていたカエデとジンが、声をあげた。






~続く~


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