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第九話「弓取り将軍対カエデ」

第九話「弓取り将軍対カエデ」






 太陽には残暑が残る。身を焦がすような陽光と湿気。それらが地面を焦がしていく。

 三度目の襲撃の頃にはシャルリーヌが現場に辿り着き、形だけ陣頭指揮を執ることとなった。

 彼女の出陣に伴い、バニーハイライダーとラトゥーラ族が前線に付き従う。過剰とも言える戦力はシャルロットがシャルリーヌへの心配を表していた。

 彼女の出撃は、シャルロットが命じたことである。

 次期王になる前に多くの兵を扱う経験を積ませるためだ。

「おお! なんかウサギさんも来てぞゲルマン!」

「はいはい落ち着きましょうね」

 眉目秀麗の美丈夫が、金髪碧眼の青年の首根っこを掴んで、引きずっていく。

 第五騎士団のジョセフとゲルマンだ。

 カエデやシルヴェストル、アランやジンの姿もある。第五騎士団もこの戦に参加することとなっているのだ。

「今回はなんか前線に出れるんだよな?」

「団長は後ろで俺たちを鼓舞していればいいんです」

「このジョセフの自己治癒力と魔力障壁とも呼べる鉄壁の壁が、なんかすごいんだぞと炸裂させたいんだよ」

「駄目です」

 ジョセフの願いを却下し、ゲルマンはやれやれと肩を竦める。

 ラトゥーラ族を見たシルヴェストルは口を開く。

「獅子と虎のキメラ族なんだってな」

 話しかけられたカエデは頷きながら、ゲルマンに問う。

「最初の戦はどうだったんですか?」

「後方にいて何もしていないさ」

 ジンは今回は運がなかったと嘆く。カエデとシルヴェストルに睨まれ、慌てて姿勢を正す。

 一度目と二度目の襲撃の時には、彼らは参加をしていない。予備戦力として歓楽街で待機。という名の休暇を楽しんでいた。

「しっかしなんか今回は多いな。なんか最初の頃のような戦闘でも行うってのか?」

 ジョセフは気怠そうにつぶやく。

「シャルリーヌ殿下が指揮を執るからだろうが」

 ジョセフは手を打ちそうだったと小さく言う。それに対して周囲の面々は顔を覆った。

「大丈夫大丈夫。なんか俺以外のみんなは凄いから大丈夫。そいつらを守るために体を張るぜ!」

「張るな!」

「下がってろ!」

「パッセ菌!」

「団長!」

「高級娼館で触れ合う前に果てた男!」

「ばーか。ばーか。ばーか」

 第五騎士団は口々にジョセフに文句を飛ばす。

「ちょっとなんか待てよ! 団長はなんか悪口じゃねえだろ! それとどうして俺がする前に果てたって知っているんだよ」

「ゲルマン副団長が後で女の子を慰めたんですよ!」

 ジョセフはゲルマンに向かって土下座した。

「面目なく」

「次はちゃんとしましょうね」

「はい」

 そもそも戦力は足りている。ルミエール、アソー、トゥース、ミュールの四領地合同常設軍が参加しているのだ。しかも半数も。そこにサナダ領と王都の兵士が加わるだけで六千の戦力となる。

「斥候の報告は?」

「四千と聞いていますね」

 ジョセフの問いに、ゲルマンは素早く答える。そして円柱の計測器を取り出す。

「マナの濃度も三割です」

 対してブランシュエクレールの現在の兵力は第五騎士団やバニーハイライダーなども加えて八千。十分過ぎる数だ。

「なんか多すぎるだろう。陛下もなんだかんだでなんか甘々だよね」

 少数の敵の撃退に、過剰な戦力は必要としない。ましてや地の利はブランシュエクレール側にあるのだ。

 だが今回はシャルリーヌが初の指揮を執るということもあり、余分な戦力を持ちだしたのだ。

「俺達もソラと一緒に前線に立つんだろ?」

 全員が同情の念を抱く。ソラの霊力だけが、ヨリチカの狙撃を防ぐことが出来るのだ。もちろん霊力だけではない。

「マルコさんに引き分けに持ち込めるんだから、腕も確かだが」

 シルヴェストルの言葉にカエデは面白くなさそうに、顔をしかめる。

 彼の腕を疑っているわけではない。客将であるソラを矢面に立たせるのは、なんともバツが悪いのである。




 その話はバニーハイライダーとラトゥーラの方にも回っていた。

「あの目つきの悪い奴が凄い奴なのか?」

 バニーハイライダーのひとりがソラを指さす。彼の元には色々な人が駆け寄っては、色々と報告をしていた。バニーハイライダーの族長。ブランディーヌもその中に加わっていた

「そうだ。あいつが緑の風を起こして、エルフを導いたんだ」

「エルフを導いたの?」

「そうだってティコが言ってた」

 ティコはラトゥーラ族の代表を務めている。今回の出兵にも参加しているが、ブランディーヌと同じく報告に出かけていた。

「でもあの男、魔力を感じないよ?」

 バニーハイライダーとラトゥーラの娘っ子たちは、集まってああでもないこうでもないと話し込み始める。

 もちろんまだ戦にはならない。が、なんとも長閑な風景となっていた。

 そんな中、ひとりが思い出したように口を開く。

「確か、陛下と同じなんだって」

「シャルロット陛下と? ってことは霊力。いや確かに霊力はカラミティモンスターの魔力障壁を突破するのに効果的だが、ドラゴンだぞ」

「らしいな」

 ドラゴンを倒した。その男が歓楽街を考えたと聞いて、彼女たちも含めて娼婦の娘っ子たちは、期待に胸を膨らませた。

 きっと色を好むのだろうと、一族で一番身奇麗な娘を差し出すのだと、全員が一念発起したほどだ。

 ドラゴンを倒した戦士の子種を手に入れる。それは種族としての本能に近いモノで求めていた。

 が、待てど暮らせど発案者と思しき人は来ない。

 それどころかひと月前にヴェルトゥブリエに向かったと言う。

 ようやく帰ってきたと思っても、顔を出したという話は聞かない。

 それどころか歓楽街にはダークエルフが移住。さらに三千人の奴隷を迎え入れるという話も出始めていた。

「どうしようか。嘘じゃないけど、だいぶ流しちゃったよ」

「何を?」

「ドラゴン倒した男の子供もらえるかもって」

 ラトゥーラ族のひとりが言うには、ン・ヤルポンガゥの海上都市から来ていた他の種族の娘たちに、噂を流したという。

 現在それが海で挟んだ海上都市で、大きな問題となっていた。

「ああ、やばいねそれ」

「きっとみんな来たがるね」

「でも客将なんでしょう? いつか消えるんじゃない?」

 ひとりの言葉に、周囲が驚愕して一斉にソラへと目を向けた。彼は突然の事態に驚き様子を伺う。

「やべーぞ。今夜に仕掛けないと」

「ドラゴン倒した男だろ?」

 押し倒せるのかと、全員がヒソヒソと相談をし始める。

「男ならイケるだろう」

 誘惑する自身はあると、彼女らは意気込む。

「機能不全じゃないはずだし」

「陛下に手を出したとも聞いたぞ」

 彼女たちの話はまだまだ続き、最終的にマゴヤ倒さないと、それが達成できないと結論づくと、異様な程の戦意を滾らせ、弛緩しそうになった戦場を張り詰めさせた。




 ソラは色々と仕事を終えると、シャルリーヌ、シラヌイ、サスケが近寄ってくる。

「大丈夫なんですか?」

「ええ、やってみます」

 シャルリーヌはソラの懐に入ると、上目遣いで覗きこんだ。

 彼女のその真っ直ぐな瞳に、目つき悪い少年はたじろぐ。

「皆さんを守ってください」

 ソラは片膝をついて、シャルリーヌと目線を合わせた。

「全力を尽くします」

 話が終わると見るや、シラヌイが口元を釣り上げて言う。

「よ! 噂の殿方」

 ソラは首を傾げる。

 そこでシラヌイは歓楽街で噂になっていることを告げた。ヤリノスケやブークリエと違い、妖狐の彼女から聞く言葉は、彼の肩に重くのしかかった。

「もしかして三千人の奴隷って」

「噂を聞いたんだろうね」

 魔王が噂を流していたこともあり、あっという間に奴隷にも話は波及し、三大商人は四苦八苦していた。

 なまじ三大商人が建築の際にブランシュエクレールに連れてきたこともあり、奴隷たちの嘆願が押し寄せているのだという。

「ただし、私達のような亜人族に限る」

「まあ、人族はそれで動きませんね」

 人族は待遇を求め、亜人族は種の繁栄が約束されている場所を求めている。もちろん待遇も良ければなおいい。

「奴隷で即王宮務めできているあたしもいるし。亜人族からすれば、夢の国。さらに将来有望な子種」

 ソラは肩落として項垂れた。

「四千五百かな」

 そう目つき悪い少年はつぶやくと、大きな物音が響く。咄嗟に三人はシャルリーヌを守ろうと警戒態勢になった。

 すぐに味方の出した音だと気付き、警戒を解く。

「あの壁なんですか?」

 シャルリーヌが倒れている壁を指さす。

「あれは、ブークリエ宰相が考案した盾です」

 まだ正式名称は決まっていない。

 分厚い木の板に、鎖帷子と金属製の板札を重ねた盾だ。山道を思いのままの地形に変える盾である。

「あれはとても頼もしいです」

「ソラ」

 緑の頭髪の少年がソラに声をかける。年の頃はソラと同い年、左のもみあげだけが長く、毛先を一纏めに結っていた。

 タカアキだ。

 彼は先のヴェルトゥブリエの戦いでソラ個人に仕えたいと、申し出た少年だ。

 この山道の戦いにおける最大の功労者でもある。

「ブークリエさんの策なんですが――」






 マゴヤの軍が攻めこむと、先の二回よりも山道の中程を越えても一行に相手が動こうとしない。

「砦が見えてきました!」

 マエカワは隣の兵士の報告に、視線を先に向けた。

 砦というにはお粗末で。東側にしか壁ができていない。物見櫓も大雑把な作りであった。

「あの壁も出ないな」

 左右で壁を作って道を作っていた。

 マエカワ将軍は、慌てて背後を振り返り山肌を眺める。特に兵士は伏せていない。

「ある程度試したら退くぞ」

 マエカワは先の二回の戦いよりもずっと前に出ていた。敵との距離を五百ミール(約五百メートル)にまで縮めると停止、すぐに反転できるように馬の側面を敵に見せつける。

 魔導具の弓を構えて矢を放つ。

「やはりダメか」

 距離を詰めてもソラに直撃する寸前で、魔力で生成した矢がブレると、雲散霧消した。

 今度は普通の矢を番える。矢羽の感触にマエカワ将軍は気分が高揚するのを感じた。

「やはりこの手触りはいい」

 そう言い終えると放った矢は、威力は減衰したものの今度は魔力の弓よりも早く、威力も落ちないままソラへと届く。

 しかし手斧で弾かれてしまう。

「見事。あっぱれな奴よ」

 壁がないからと言って騎兵も突撃しない。先の二回で四方八方から放たれるマナ光弾を警戒していた。

 攻め落としたい欲求と敵の策略の読み合い。

 両軍は睨み合ってしまう。

 砦の壁に数人の女性が顔を覗かせる。

「バニーハイライダーだ!」

 騎兵のひとりが駆け出しそうになったのを、寸で止めた。

「罠だ」

「わかっている!」

「あの壁を落として砦を作れば、歓楽街まで攻め上がれるのではないか?」

「馬鹿言うな! あんな一面しか壁がないんだぞ!」

「だから我らが構築すれば良いのではないか?」

「だから無理だと言っている。奪還されるし、それを見越した上で見せているんだって話でしょうが」

 マゴヤの騎兵たちは口々に意見を交わす。自身の総大将の意見を待つが、うんともすんとも言わない。

「将軍?」

 マエカワはゆっくりと馬を進めていく。その距離を四百まで詰めると、再び弓を構えた。

 ソラは誰かを探し名を叫ぶ。

 ユミヅル・マエカワは様子見守った。

 ひとりの少年が大弓を携えて、現れる。カエデだ。

 彼はマエカワとの距離を三百まで詰めた。弓を構えて矢を番える。その様子にマエカワ将軍は、ゆっくりと口元を釣り上げていく。同じく普通の矢を取り出し番える。

 カエデとマエカワ以外の両軍は固唾を呑んで見守った。

 両者弦を引き絞る。

 風が南から北へと流れていく。山肌を駆け抜ける風が、矢の行方を妨げようとしていた。

 両者の内心を現すように、弦が引き伸ばされる音が響く。

 刹那。風が止む。

 どちらからともなく矢を放った。両者の矢はお互いの頭部を寸分違わず狙い――。

 風が邪魔をする。

 矢の軌跡は大きくそれて二人の顔をかすめただけだ。

 赤い鮮血を流し、マエカワは笑う。馬首を巡らせる。

「撤退するぞ」




 あっけなく帰っていたマゴヤ。その背中を見つめるブランシュエクレールの兵士たちは呆気に取られていた。

「さすが弓取り将軍」

「いや、むしろよくこちらの挑戦に乗ってくれた」

「いやいや、むしろアレだけの大役をよくぞ全うしてくれたぞ」

 ヤリノスケとブークリエは、カエデを賞賛する。

 程なくして、マゴヤの使者がやってきた。

 幕舎に呼び出されたのは、カエデだ。中にはソラ、シャルリーヌ、ヤリノスケ、ブークリエが待ち構えていた。

「使者が来たのは知っているな?」

 ブークリエが代表で口を開く。カエデは頷いて応じる。

「将軍は会って話をしてみたいと言っている」

「俺と、ですか?」

「それとソラ君だ」

 カエデとソラは視線を交わす。

「どうする?」

 カエデは戸惑う。

「正直に言います。将軍の弓術に興味があります。ですが、そのなんというか恐れ多く」

 ブークリエとヤリノスケはどちらからともなく微笑んだ。

「会ってくるいい。いきなり殺すようなことはすまい」

 カエデはしばらくの間をおいてから頷く。

「敵と会ってきます」






~続く~


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