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第七話「緑の丘の王女」

第七話「緑の丘の王女」






 日が昇った青空。ブランシュエクレールの王都ブランシュエクレールを照らす。

 王都の中央には王宮がある。大きくはないが、小さ過ぎもせずこの時代としては標準的な大きさと言っていいだろう。

 桜色が散りばめられた部屋。部屋の主は桜色が好みなのか、部屋は桜色で満たされている。部屋の中央には天蓋付きのベッド。かけられた布団は規則正しく上下していた。

 しかし、突如その動きは乱れ始める。程なくして、少女がベッドから飛び起きた。

 肩で息をして、玉のような汗を額ににじませている。

――冠をつけた者が王なのではないのです――

 少女の脳裏に言葉が走った。それは少女の胸を苦しめる。

「シャルリーヌ様、どうかなされましたか?」

 彼女が声のする方へと視線を向けると、メガネをかけた侍女が立っていた。茶色の髪を全て後ろで結わえてまとめている。

「ゾエさん――いえ、なんでもありません」

 シャルリーヌは額の汗を拭いながら、それよりもと切り出す。

「体を拭いていただけるでしょうか?」

「はい。喜んで」

 ゾエと呼ばれ侍女はすぐに、シャルリーヌの体を拭う。シャルリーヌは少し顔を歪める。ゾエの拭い方は力がかかっているのだ。それで顔をしかめたのである。

「本来ならば、このような仕事はカトリーヌ・ルの方が、手際がいいのですがご勘弁を」

「はい……」

 常ならば、カトリーヌ・ルという侍女が、シャルリーヌの側をお世話していた。しかし、姉であるシャルロットに刃を向けると決めてから、カトリーヌ・ルをその役目から外したのである。

 カトリーヌ・ルはいわゆるシャルロット派であった。彼女だけではなく、王宮で従事していた多くの者は、シャルロットを信奉していた。そのため、ほとんどがパッセ侯爵に軟禁されているのだ。故に、王宮は彼の屋敷で働いている者が、政務などについていた。

 そんな中、ゾエだけはシャルリーヌに付き従った。彼女はシャルリーヌの母親時代から仕える侍女である。だからか、謀反を起こしたシャルリーヌとパッセ侯爵は、彼女を頼っているところがあった。

「ありがとうございます」

「そのお言葉だけで、私は幸せでございます」

 お辞儀するゾエ。そんな彼女の手を見て、シャルリーヌはあらと漏らす。

「ゾエさん。肌が荒れていますわ」

「あ――これは大したことはございません」

 彼女はそれを隠すようにした。見られたくないと、態度で示す。

「本当ですか? それにしては結構酷いように見えますが……」

 心配そうに眺めるシャルリーヌは、ゾエの肌荒れが首筋まで走っていることに気づいた。

「首にまで――」

「大丈夫です」

 ゾエはきっぱりと言い切り、それ以上も追求を許さない構えを見せる。

 シャルリーヌはゾエを休ませるためにさがらせた。しばらくして、別の女性が部屋に入ってくる。女性は杖に乗って移動していた。彼女は杖の上から降りると、杖を肩で担ぐ。

「ゾエさん。なんかマナで悪さしているの?」

 部屋に入るなり、開口一番それだ。シャルリーヌは目を瞠る。

「どういう――」

「察しが悪い。演技じゃなさそうね――まあいいわ。何かやらせているわけじゃないようね」

 女性は目の前の人物に対して敬意を払わない。それに対して、シャルリーヌは伏し目がちになった。

「あの……マリアンヌさん。本当に仕えていただけないのですか?」

「ないわね。私はシャルロットに忠誠を誓っているからね」

 マリアンヌがこうして自由なのは、中立という方針をとったからである。

「ではなぜ――」

「それは何度も言ったでしょ? 誰かが手伝わないと、国は滞るからよ」

 シャルリーヌは上目遣いに覗きこむ。一瞬マリアンヌは動揺をする。しかし、それもつかの間。彼女は表情を冷たく固めると、踵を返す。

「例え、貴方がこの国を統治する者になったとしても、私はここを去るだけ」

 現状、王宮を制圧した状態である。シャルリーヌは形だけ王となっていた。

 玉璽を手に入れたとしても、彼女にはシャルリーヌの元で仕える魅力が見いだせない。

「貴方ほどの魔導師ならば、皇国でも評価が高いはずです」

「高いけどね」

 ぐっとシャルリーヌは顔をしかめる。

 事実マリアンヌは他国でも有名な程の魔導師であった。マナの平均濃度が低いブランシュエクレールで、かなりの魔力を持ちそれを自在に行使できるというのは、それだけでも凄いことで評価されるのだ。

「ですから、それで我が国と皇国の橋渡しとしての重要な役割を担えるはずです。どうですか?」

 マリアンヌははあとため息を吐いた。こいつ何にもわかっていないと、小さく漏らす。それはシャルリーヌの耳にも届いており、彼女は肩を震わせた。

「そういうのやめなさいよ」

 彼女は興味ないとそのまま退出しようとして、足を止める。振り返った彼女の瞳に射竦められ、シャルリーヌは脚が震えた。

「ゾエに何も指示を出してないのよね?」

「はい。誓って」

 信じると言い残すと、今度こそ退出する。

 シャルリーヌは俯き重い溜息を吐き出す。




「あら? 盗み聞き?」

「失礼」

 マリアンヌが部屋の外に出ると、赤髪の大男が立っていた。

 アソー子爵が部屋の外に待ち構えていたが、彼はシャルリーヌではなく、マリアンヌに用があったようだ。マリアンヌの横を歩く。二人は赤絨毯の敷かれた廊下を歩み行く。

「ここまでどうやって?」

「有能な部下がいるのでな」

 彼の片腕とも呼べる部下の手配により、ここまで来れていた。普通に来ようものならパッセ侯爵の手の者に阻まれていただろう。

「統率がとれてないのもあるな」

 それはそれはとマリアンヌは大仰に応対する。

 形だけとはいえ今はシャルリーヌたちに仕えているのだ。彼女には対処する必要があった。もちろん形だけではある。

「一応、シャルリーヌ陛下に仕えている身としては、対策を講じないとね。それで?」

「マリアンヌ殿に言うまでもないが、シャルリーヌ殿下をお頼み申す。しばし、王宮には足を運ばない」

「あら? 子爵殿が声高に叫んでくれないと、私も困るのですが?」

 彼が声高に抵抗したおかげか、パッセ侯爵も思うように動けないでいるのだ。特に民はパッセ侯爵に対して否定的な動きを見せていた。

 マリアンヌはシャルロットほど民を大切にしすぎない。故に民が決起することを願っていた。

 アソー子爵はため息を吐く。後頭部の辺りをかきながら、バツが悪いという顔になる。

「ブークリエ伯爵と口論になってな」

「盾の騎士ともやりましたか――相変わらず猪突猛進ですね」

 アソー子爵は猪貴族、突撃馬鹿などと国内と周辺国に知られていた。彼の率いる常備軍は黒いハルバートと黒い甲冑を身に纏っていることから、黒猪の騎士団と呼ばれている。彼の性格を表したような戦法、突撃が得意なのだ。

 アソー子爵は鼻を鳴らして、話を続ける。

「陛下が生きている。ならば私は自分の持ち味を存分に生かすまで」

 マリアンヌもこの時には、シャルロットの生存の噂は聞いていた。またパッセ侯爵が自身の領地を見捨てたという悪評もだ。

 彼女はシャルロットの生存を疑わないが、アソー子爵のように声高に言う訳にもいかない。仮に彼女がここでシャルリーヌとパッセ侯爵を倒しても、なんの解決にもならないのだ。

 彼らを倒せば次なる敵が動くだろう。それこそさせてはならない。

「グレートランドのパスト公爵が動いていて、上手く立ち回れないの」

 パスト公爵は足繁くブランシュエクレールの王都に顔を出していた。顔を見せてはマリアンヌに自分に仕えないかと、シャルリーヌと同じく地位や財宝で、口説こうとしているのだ。

「ならば、私がそれを突き崩しますよ」

「猪突猛進でですか?」

 アソー子爵は左様と頷く。

「とはいえ、シャルリーヌ殿には刃を向けるつもりはない。とはいえだ。民の動きが活発すぎる。故に殿下をお頼み申したい」

 マリアンヌはこの身にかえてもと小さく言うと、突き当りを右へと曲がる。アソー子爵も何事も無かったかのように左へと曲がった。

 アソー子爵はそのまま王宮を出ようとすると、一人の男が物陰から歩み出る。

 白髪交じりの灰色の髪、灰色の髭、灰色の瞳。歳老いてもなお、その眼光は鋭い。

 日が当たらぬ廊下は薄暗く。二人はそこで視線をぶつけあう。

「もう一度言う。やめるんだ。国を割るようなことはするな」

 アソー子爵は歩みを止めず、ブークリエ伯爵の横を過ぎていく。

「アソー子爵。ここで国を割れば、マゴヤにつけ入れられる。それに皇国の介入もある。だから――」

 アソー子爵は足を止めて、振り向かずに言う。

「だから民の声を無視しろと? 生きている主君を見殺せよと? 卿はそう言うのだな!」

 ブークリエ伯爵は違うと首を振った。

「国を混乱に陥れるなと言っている。それにマゴヤや皇国を敵にまわして守りきれると思っているのか?」

「陛下は生きている」

「与太話だ」

「生きている。生きているのだ。ならば、それで十分だ」

 ブークリエ伯爵はアソー子爵の肩に手を置き制止しようとする。しかし、アソー子爵はそれを歩いて躱す。

「盾の騎士。貴公の言っていることは正しいのかもしれないな。正論にも聞こえる。だが、そこにある民の声を無視はできない。生きている可能性があるならば、私のあるべき場所はその可能性だ」

 アソー子爵は陽の当たる場所へと歩み出て行く。

「だから、国を血に染め上げると言うのか!」

 ブークリエ伯爵の怒号の声。アソー子爵は振り返ると指をさして、負けじと声高に叫ぶ。

「腰抜けが! 老いて思考が固まったか! お前の言っていることは先延ばしに過ぎないとなぜわからん! それで延命して何が守れる?」

 老貴族は目を瞠る。

「だからこそ協力してじゃな――」

「国を売ろうというのか? 知っているぞ。皇国の貴族がシャルリーヌ様と結婚しようとしていることを。それを本人には知らせていないこともな!」

 今度こそ盾の騎士と呼ばれた老人は押し黙った。アソー子爵は憮然とした態度で、踵を返す。

 ブークリエ伯爵は、アソー子爵の背を見送ることしかできない。彼は内心悟ってしまったのだ。自分はただ国を守ろうといいながら、楽な方を選ぼうとしたことを。国を守ろうとして、貴族たちの団結を目指した。同じ国にいる貴族同士、争うことはせず国をまとめようと。しかし、そんなのはいい訳であり、彼がやろうとしていたのは国を売ろうとしていることであった。

「だが、それでも民を巻き込んでしまうのだぞ」






「すでに民を巻き込んでおいて、綺麗事で終われるはずがないでしょうが」

 シャルロットは吐き捨てるように言う。

 ソラは困ったように頭をかいて、彼女の後に続く。

 彼らは東の国境線付近に広がる森の中を歩いていた。起伏が激しく、シャルロットは多少息が上がっていたが、ソラの平静な顔を見て強がってみせる。

「ですよね」

「そうよ。大体ね、平和だったところをひっくり返したのはパッセ侯爵でしょうが!」

「まったくです」

 事の発端は、この先の事を話していた流れで、皇国とマゴヤが攻めてきたら、民が巻き込まれるのでは、という難題にぶちあったのだ。

 あれこれ考えたが、シャルロットは啖呵を切るように、先の言葉を吐き捨てる。

 すでに事は始まっており、彼らは民をないがしているのだ。その償いは時間かけて返していくしかないのである。

 シャルロットは忌々しそうに、パッセ侯爵の名を叫ぶ。そんな彼女の様子にソラは頭をかいた。

 彼らは今、道なき山道を行っている。フェリシー・ロイ・ヴェルトゥブリエに遭遇できないかとしてのことだ。

 街道を外れているのには、パッセ侯爵の手先に見つからないためである。

「あ、私臭くない?」

 ソラは言われて、シャルロットの側に寄ると、鼻を鳴らすように臭いを嗅いだ。彼女は少し顔を赤らめる。

「少し、臭いです」

 彼は控えめに表現した。実際は水浴びなんてする暇もなく、ここまで来ていたのだ。体臭がキツくなるのは仕方がない。

 シャルロットは自身の臭いを嗅ぐ。

「水浴びする」

 シャルロットは近くに川があるのを知っていた。しばらく歩いて川へと移動する。そしてソラの前で堂々と服を脱いだ。

「んなっ!?」

 ソラはシャルロットの肢体をまじまじと見てしまう。彼女は半目する。

「貴方に一度見られているとはいえ、あんまりじろじろ見ないでくれるかしら?」

「失礼しました」

 ソラはすぐに踵を返す。周囲を警戒する振りをした。内心は彼女の肢体を脳内から追いやろうと、煩悩と終わりなき戦いを始めていたのである。

 対してシャルロットは少しつまらなそうに、鼻を鳴らす。そのまま川で水浴びを行う。

「いいのですか?」

「追われているとはいえ、王が身を汚くしたまま、王に会うのは失礼だわ。何より私の意地」

 最後が本音だなとソラは頭をかいた。そこで自分自身の体臭を嗅いでみる。

(臭い)

 ソラは後で自分も軽く水浴びをしようと決めた。

「かえの服を持ってくればよかったわね」

「そうですね――む」

 ソラは周囲に気配を感じて、身を屈める。辺りを見渡す。そんな彼の様子にシャルロットも霊剣を掴む。掴むが水浴びはやめない。

 ソラの耳には異音を拾っていた。金属と金属がこすれるような音だ。彼はそれを甲冑と予想する。

(殺気はない)

 とはいえ、彼には気になることがあった。それが彼の警戒の度合いを強めさせているのだ。

(狩り――だとしても、人数が多い。多すぎる)

 人数である。人数の多さがただならぬモノをソラに感じさせていた。パッセ侯爵の手先かもしれないとも想定する。。

 彼は弓に手をかける。それを見て、シャルロットは霊剣を握る手に力を入れた。

(それにこの、金属音、錫杖か?)

 錫杖の音。煩悩を払い、知恵を授けるため。山に篭もる際は、音を響かせて、獣を寄りつけさせない。その綽々という音が徐々に近づいてくる。シャルロットはその音に聞き覚えがあった。はっとなると、すぐに川から上がる。

 人影が木々の間から見えたころ、ソラは弓を構え矢を番えた。それを横から手で制される。裸のままシャルロットが歩み寄っていた。彼は視線を彷徨わせる。

「ソラいい。それより、着替えを手伝ってくれるかしら?」

 ソラは疑問に首を傾げるが、彼女の堂々とした様子に疑問を押しやる。眩しい肢体を母親の裸だと言い聞かせながら、濡れた衣服を広げる。

 森から現れたのは、甲冑を纏った兵士と、緑の錫杖を手に持つ女性だった。

「少し待ってほしい」

 シャルロットはソラにではなく、錫杖を持つ女性に言う。

「あら~。お取り込み中だったかしら? でも、こんな日も高いうちに外でお盛んな事をするのはいけないと思うわ」

「違うわよ!」

 ソラは背を向けているため、声で女性らしいとしかわからなかった。

(フェリシー・ロイ・ヴェルトゥブリエ王かな?)

 視線をシャルロットの目に向ける。彼女の表情が王のそれとなっていることから、彼はそうなのだと判断した。

 着替えを終えて、振り返り一礼する。

「背を向けていたご無礼をご容赦ください」

 ソラの三白眼を見て、錫杖を持つ女性を兵士たちは取り囲むように守ろうと動く。そんな様子に、ソラは内心またかと思いながら頭をかく。

(警戒させてしまいましたか。どうするべきか)

 ソラの意識は女性にではなく、周囲の兵士に向けられる。一連の流れに、シャルロットは声を殺して笑う。

 村人もそうであったように、彼の良さを知っているのは自分だけなのだと、優越感を抱いたのである。

「すまない。こいつは今――フェリ。ん? フェリシー」

 言い直して彼女の顔を見やると、見慣れない顔となっていた。

「どうした?」

 が、相手の女性はそんなソラを見て、信じられないという様子で呆けていたのだ。

 ソラとシャルロットは顔を合わせて首を傾げる。

「まさか、貴方にここでお会いできるなんて!」

 フェリシーは顔を輝かせた。双眸に大粒の涙をためて、ソラを見つめる。当然見つめられているソラは居心地の悪さを感じた。頭から首筋に手を置く。

(どこかで会った?)

 彼はフェリシーを、注意深く観察する。記憶を遡るモノの、思い当たる節がない。

 長い金髪。エメラルドグリーンを思わせる瞳。左の目元には泣きぼくろ。豊かな胸はシャルロットより大きい。くびれた腰。

 泣きぼくろに何かが重なる。

(ん、どこかで?)

 ソラは既視感を覚えた。

 緑のドレスに、腰回りに円環を繋げた金の装飾品が巻かれている。

 それが甲高い音を立てた。フェリシーは周りの兵士を押しのけて、ソラに飛び込んだ。咄嗟の事で、ソラは受け止めるのが精一杯。そのまま押し倒される。

 ソラは見上げると、そこには大きな胸。手に触れているのはくびれた腰。ドレス越しでも細さと、柔らかさ、そして温かさに手が一気に硬化した。

 密着した体から温かさと柔らかさ、そして甘い匂いがソラの脳髄の奥にある本能を強く揺さぶる。

 フェリシーの涙を浮かべた瞳が迫り――。

「おい」

 シャルロットの低い声が降ってきた。ソラは見上げると、瞳を釣り上げたシャルロットが彼を睨んでいた。

 押し倒されている状態。それ故に彼は身動きができない。ソラは死を覚悟した。

「あら、なんだか大きなモノが」

 フェリシーは自身に当たるものに困惑する。視線をソラの下腹部に向けた。

「ソラ」

「俺も男、男なんですよ」

 諦めを込めた言葉に、シャルロットは深いため息を吐いて、フェリシーに視線を向ける。

「フェリ、貴方も貴方よ。一体どういうこと?」

「そ、そうでした。どういう――」

 ソラは上に乗っているフェリシーをどかせようとしたが、がっちり掴んで離さない。

「あ、あの」

「お忘れですか? 貴方様とお祭りでお会いしたことがあるのですよ?」

 そこでソラの脳裏に二人の女の子の姿が飛び込んでくる。

「あ、あの時の」

「覚えていただいていたようで、嬉しいです」

 シャルロットはフェリシーの腰を掴んで引き剥がそうとするが、離れない。近くにいたヴェルトゥブリエ軍の兵士に、目で手伝えと促す。

 兵士五人とシャルロットによって、ようやく引き離す。

「皆様、酷いですわ」

「話しなら、くっつかなくても出来るでしょう」

「嫉妬かしら?」

「そんなことないでしょうが! こいつは今、私の家臣なの!」

 フェリシーは驚いてソラを見た。彼は首肯する。

「貴方ほどの方が? なぜ?」

 シャルロットは一瞬だけ目元を細めた。

「あ、いえ、その……成り行きというか、責任というか」

「役職は? もしかして武家かしら?」

「違います。相談役です」

 フェリシーは頬に手を当てると「あらあら」と言いながら、一歩ソラに歩み寄った。

 シャルロットは二人の間に入り込む。

「と・に・か・く、どうしてこんなところにいるのよ」

「そうだったわ。感動の再会で、つい」

「ついって何よ。こっちは今色々と大変なのよ!」

 フェリシーとソラは、シャルロットをなだめるように「まあまあ」と言う。

 彼女はそっぽを向いた。直後にフェリシーの雰囲気が、鋭いモノになって彼女も姿勢を正す。

「とにかく無事で良かったわシャルロット・シャルル・ブランシェエクレール王」

 シャルロットは安堵に胸を撫で下ろす。

 まだフェリシーがシャルロットの事を王と認めてくれている。それは皇国にも、自分の国にも太刀打ち出来るということだ。

「どうしてこちらに?」

 フェリシーは「ええ」と応えると、話を続けた。

 かいつまんで話すと、フェリシーはここにシャルロットを探しに来たのである。国同士の話が成り立たないほどの会合が破綻していたのだ。

 それではヴェルトゥブリエとしても困る。そして何よりも、友の死を信じられなかったフェリシーは、僅かな希望を胸に東の国境線付近を寄り道することにしたのだ。

 その途中、盗賊がパッセ領を攻撃していると聞き、生きていると確信。

「運が良かったわ。もう少し時間がかかると思ったから」

 フェリシーに仕えている部下たちは一様に頷く。

 シャルロットははにかむ。

「さて、こちらとして貴方の手助けするにしても、いくつか条件があるわ」

「でしょうね」

 いくら友人とはいえ、ただで助けることではない。隙を見せれば国益につながるように交渉するのが王として普通である。民や、国の利益になるように立ち振る舞うのは当然であった。そしてフェリシーはそれを行おうとしているのだ。

 シャルロットもそれを理解していた。故に、少しでも国に損なうような交渉はできない。ましてや彼女は現在、王であるかどうかあやふやなのである。下手なことを言えないのだ。

 二人の間に緊張感が走る。

「王として認めてもいいわ。ただし――その前に確認したいことがあるの?」

「ん? なんだ?」

 フェリシーの視線がソラに向く。

「今の貴方達の関係は?」

 シャルロットは疑問に浮かべながら、思案する。

 彼女に、ソラとの関係を教えたところで損することは何もない。むしろここで不誠実さを見せるのは、良くないことだろう。

 シャルロットは正直に答えた。

「王とその相談役といったところだな。こんな状態だが、家臣だ」

 フェリシーは「なるほど」頷く。

 そこからシャルロットは出会いから話を進めた。もちろん全てを話すことは、ソラの立場を悪くするので詳しくは説明していない。全裸で寝たと知られればどうなるかわかったものではない。

 ソラは三白眼の瞳で彼女たちのやりとりを見守る。

「なぜ、彼女を助けようと?」

 ソラは頭をかいた。

「笑っていてほしいと思ったからです」

「それはどういうこと?」

 反応したのはシャルロットである。彼女もどうして自分に付き従っているのか、聞いていなかった。

 素裸を見られた責任だけでここまでついてきているのだと、思っていたのだ。

「泣いていたんです。助けた時も、寝ている時も。だから笑顔でいてほしいと。笑えるようにしてあげたいと――笑顔っていいですよね」

 言っている当人の顔は、憮然としているようにもとれる。だが、本人はいたって真剣だ。

 それを聞いたシャルロットは笑う。彼女はソラに満面の笑顔を見せたのである。それを見たソラは腕を組んで頷く。

「やはり笑顔がいいですね」

「貴方も笑ったらどう?」

 ソラは口元を歪めようとして、凶悪な顔になった。あまりの人相の悪さにとめられる。

 フェリシーはふうっと息を吐くと、ソラとシャルロットを交互に見合わせる。

「つまり、貴方は彼女の正式な配下なのですね?」

 ソラは一瞬、内乱終了までの期限付きであることを、言おうか迷った。

――無責任に国を放り出すのか――

 しかし、今は期限付きとはいえ、彼はブランシェエクレール王の相談役である。国として損になるような発言は控えるべきであった。

 故に彼は首肯で答える。

「では、内乱を収拾したら、貸してちょうだい。私のところに来て欲しいの」

 彼女は「手伝ってほしいことがある」と、告げた。

 その時彼女はわずかに瞳を揺らす。ソラはそれを見逃さなかった。そして彼は気づく、フェリシーの指先が少しだけ震えていることに。

 彼は頭をかきながら、思案する。

「仕えろというわけではないのですよね?」

「ええ。内乱が無事に収拾したら、来て欲しいの。その時に詳しい内容をお話します」

 ソラは話を聞きながら思い出す。かつてフェリシーと出会った時にもう一人の少女がいたのを。

 彼は本能的にそれを聞かずにはいられなくなった。

「そういえば、もう一人は?」

「え?」

「あの祭りにいたもう一人の女の子。確か、あの時は護衛でしたよね?」

 見当たらないと、彼は身振りで伝える。フェリシーの顔が大きく崩れた。ソラは不穏な空気を感じ取る。周囲の兵士たちもどこか居心地の悪さを見せた。

「そう――ですか」

「生きてはいます。状況はわからないですが、ですが――」

 ソラは手で制する。

「貴方にも笑顔でいてほしい。だから、必ず行きます」

 フェリシーは顔をうつむかせた後、しばしの間を置いて顔を上げた。

「お願いしますね」

 シャルロットは面白く無いのか、半目してそのやりとりを見やる。

「私の相談役だからな!」

「わかっているわよ」

 フェリシーとシャルロットはそれ以外の話も詰めていく。主に牧草関係と、食量で協力を得ることとなる。

 シャルロットは牧草ならと内心胸を撫で下ろす。もちろんフェリシーの手心もある。

「牧草、そんなに足りないのかしら?」

「ええ、ソラ殿にも来てもらうことで、関係しているのだけどね」

 その過程で、彼女らの話の内容は、シャルリーヌへと変わった。シャルロットの予想通り、魔道具ブランシュエクレールを振りかざして、王だと宣言したそうだ。

「貴方の妹さんとお話させていただいたわ」

「愚妹がすまない」

 フェリシーは首を振る。

「貴方の言っていたとおり、彼女に王位を譲るのはいいかもしれないわね」

 シャルリーヌの資質は他者に手助けさせたいと思わせるところである。それをフェリシーは、一度会って看破したのだ。

 ただとフェリシーは表情を曇らせた。その先はシャルロットも聞かなくてもわかっている。

 理想だけしかシャルリーヌにはないのだ。

「理想だけでは国は成り立たないわね」

「体が弱いからといって、甘やかしすぎたわ。私の落ち度ね」

「これから教えるつもりだったのでしょう?」

 フェリシーの言葉にシャルロットは苦々しく頷く。

「まあ、パッセ侯爵さえ倒せれば色々と上手くことが運ぶでしょう」

 シャルロットはほっと胸を撫で下ろす。

「それはそうと、グレートランドとマゴヤの動きを探ってもらえないかしら?」

「それはこちらとしても、やろうとしていたところよ」

 シャルロットは好都合だと思ったが、同時に疑問に抱く。フェリシーもそれを察して説明する。

「ノワールフォレが怪しい動きをしているの」

 シャルロットはソラと顔を見合わせる。

「ノワールフォレが?」

「ええ、まだ確証はないけど、裏で繋がっていると見てもいいわ」

 昨今国境付近に軍隊を動かしては、周囲の国の出方を見ているのだという。銀の姫将軍の軍隊と衝突しかけたこともあったという。

 シャルロットは疑問に思った。ノワールフォレにマゴヤと手を組む理由が思い当たらなかったのだ。グレートランドはマナ害で、治安の悪化は見られても絶対な力は失われていない。皇国との同盟を蹴ってまでもマゴヤにつく利点が見いだせない。

 フェリシーはそれを察して補足する。

「ロッテ、忘れているかもしれないけど、貴方の国は海に面しているわ。ヴェルトゥブリエとノワールフォレにはそれがない」

 海に面しているブランシュエクレールを奪う理由はあったのだ。グレートランドと手を切り、干渉領地も含めて奪うことができれば――。

「それが本当なら困ったわね」

 フェリシーは「そうね」とつぶやくと、思い出したかのように話を続けた。

「グレートランドも陛下の容態はよくないわね。関係筋によると長くないそうよ」

 グレートランドの政変に巻き込まれるのは必至だ。フェリシーは第一皇子のメロンが継承するだろうと、補足した。それでも少なからず、政変は起きてしまう。

 それまでに国をまとめ、自力をそれなりに備えておかないとブランシュエクレールも巻き込まれてしまう。

 フェリシーは最後に「こちらでも皇国やマゴヤの情報を収集しておきます」と言うと、ソラの手をとる。

「また貴方様に会えて嬉しく思います」

「こちらこそ、お久しぶりです」

 それで終わりと思われたが、いつまで待ってもフェリシーは手を離さない。

 ソラは優しく手を解こうとしたが、フェリシーは逃がすまいとがっちりと握りしめた。

「話は終わったでしょう! 早く帰りなさいよ」

 シャルロットはそれを引き離そうとして躱される。

「ダメよシャルロット。私、今ソラ殿とお話しているのですから」

「してなかったじゃない! それに私の相談役よ!」

 二人はソラの腕を掴んで引っ張り合う。目付きの悪い少年は大の字に引き伸ばされた。両者ともに君主なので、彼は抵抗できずになすがままとなる。

「ちょっとだけいいじゃない」

「そのまま連れて帰るつもりでしょう!」

「こっちは個人的なお話なの」

「個人的なって何よ! 公的じゃないっていうの?」

 ソラは蒼穹を仰ぐ。二人共胸が彼の腕にあたっているが、気づいておらず。ソラと周囲の兵士たちだけにしか気づかれていなかった。

「ソラ! あなたもあなたよ! はっきりなさい!」

「わたくしとお話したいですよね?」

 ヴェルトゥブリエの兵士たちは心底同情し、心底嫉妬した。故に彼らは助けずに周囲を警戒することに専念する。

「助けて」

 ソラの小さな叫びは、誰にも届かなかった。






~続く~

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