第三十一話「それぞれの状況」
第三十一話「それぞれの状況」
ソラが目を覚ますと、両隣にフェリシーとジャンヌがベッドに潜り込んでいた。しかも全裸だ。
目付きの悪い少年は慌てて飛び起きて、部屋の外に出る。自身が借り受けた部屋かどうか確認。そうだと確認して、額を拭ってから虚空に問いかける。
「気づかなかったのですか?」
「気づいたけど面白かったから」
「そうじゃ面白かったぞ」
ソラの問いかけに、二人の神霊は笑いながら現れた。
咄嗟にソラは蒼穹の姫を支える。彼女はお礼を言ってから地面に着地する。
「やはりまだ本調子は無理かえ?」
「そうですね」
蒼穹の姫ではなくソラが応えた。
「蒼穹の輝刃はそうそう使えないってね」
蒼穹の姫の言葉に、ソラは頭を抱えながらそんな技名はつけてないとつぶやく。
目付きの悪い少年は、部屋に戻ることも出来ずかといって、半裸に近い状態で寝ていたので、その場に佇むしかできないでいた。
彼の背後で悲鳴があがる。慌てて振り返ると神官のカノンが顔を真赤にして、顔を手で覆う。指の間から目を覗かせて、ソラの下腹部を見つめる。
二人の神霊もああと納得してそれを見つめた。
下着越しでもわかるほど、生理的な反応を示すソレ。
「不潔! 不純! 不浄!」
銀の布で叩きつけようとするが回避。
「待ってください」
そう言うとソラが借り受けていた部屋の戸が開かれる。
「ソラさん何を騒いでいるのですか」
フェリシーが寝ぼけ眼を擦りながら、現れた。そこで騒ぎを聞きつけた一同が集まり始める。目付きの悪い少年は天井を仰ぐと、大きく項垂れた。
当然の如く誤解を招き、大騒ぎとなったがフェリシーとジャンヌが潜り込んだと自白する。
当初、フェリシーは事に及んだと嘘をつき、騒ぎは余計に飛び火して大きくなった。
ソラはシャルリーヌたちに軽蔑の眼差しで見つめられ、オスヴァルトたちには尊敬の眼差しで見つめられるという事態に陥った。
だがジャンヌが自白したことで、事なきを得たのである。
彼らは現在、玉座の間で顔を並べていた。玉座にはフェリシー。彼女は蒼と緑の布を重ねたドレスを身にまとっていた。その意味を理解できていないのはソラだけである。
赤絨毯を堺にヴェルトゥブリエとグリーンハイランドが見つめ合う形となり、玉座と対面する形でブランシュエクレールの面々が並んでいた。
「ごめんなさーい」
軽い調子で笑うフェリシーは次こそはと小さくつぶやく。
「陛下、外交問題になります」
「だから事に及ばなかったの。眠ってましたし」
年老いた高官の言葉に舌をちろりと覗かせて答えるフェリシー。寝入っていなければ誘惑して暴発させたとまで言う。
「だってこれ以外に褒賞がないですし」
その言葉にヴェルトゥブリエ側の面々は黙りこんでしまう。
現在ヴェルトゥブリエは復興で手一杯である。捻出するだけで国庫が傾いてしまうほどだ。ブランシュエクレールに対しては軍を動かすことで報いるが、ソラ個人の働きに対して、褒賞を出さないわけにもいかない。
ということもあり、自身の純潔を捧げようとしたのである。
「外交問題がなければソラだって、手を出したわよね」
蒼穹の姫の言葉に言葉が詰まるソラ。
「若大将も一目置く体躯ですか。一緒に寝れただけでも羨ましい」
オスヴァルトの言葉をレーヌは肘鉄で黙らせる。その言葉にジャンヌが自身の胸を触った。ジルドに操られている間、体躯は女性らしくなっていた。だが、彼女の隣で座っている女性は、それをも超える豊満な乳房である。勝てないと顔を俯かせた。
フェリシーは嬉しそうに微笑むと、口を開く。
「私はいつでも」
「こらこらこら!」
高官は全力で止めに入った。
ノエルとアーマンは嫉妬の赴くままにソラを睨めつける。
ソラは咳払いをして、話をあからさまに変えた。
「フェリシー陛下、アーマン陛下。それでお話なのですが」
ソラの話とはこれからのことである。シャルリーヌが調停を行い終わった戦争。
今回の戦争はプリュトン侯爵、ゴドウィン司祭の共謀というのが表向きの発表である。
もちろん嘘ではない。
裏でゴドウィンとプリュトン侯爵は繋がっていたのであえう。ヴェルトゥブリエから使者を送ったことも彼は知っていた。しかしプリュトンと共謀して殺したのである。
プリュトンデューアルブルでゴドウィンと対面したヴァレール。そこで共謀して襲ったとプリュトン侯爵の息子が自白したのである。
その結果戦争となったわけだ。しかし、グリーンハイランドはそうでなくとも戦争を起こした。またヴェルトゥブリエも、外貨を稼ぐために程なくして受けていたかもしれない。
そうではない理由を表向きでっち上げる必要があったのだ。
グリーンハイランドは戦争とはいえ、ヴェルトゥブリエの神木を三本損失させた。これを他国がどう受け止めるのか。それが問題である。
また宗派の違いはあっても、オルフォール教を信奉している国同士が争ったのだ。その影響はでかい。特にンフォーワ教を信奉する国は、これを口実にオルフォール教を信奉する国を攻撃しかねない。
「グレートランドの介入はこれで防げると思う」
ブランドンは仏頂面で言う。
ゴドウィンはグレートランドの何モノかによって戦争するように仕向けられたのだ。もちろんそれを知っていて、その裏をかこうとしたのが、アーマンとブランドンである。
とはいえ、グレートランドが介入したことは事実であり、それをこれ以上許す訳にはいかない。
そのために彼らは手を打っていく。
「競馬場や娯楽施設。また両国間で商いを行う街の建設ですね」
歓楽街だけはずるいぞという両国の要望に応えた形で、ソラが提案したのである。
ブランシュエクレールからも人が流れるかもしれないが、だが最終的には他国から物流を引き込むことができると判断しての助力だ。
ヴェルトゥブリエとグリーンハイランドで大きな都市を作り、友好を周知させることができる。また隣国のノワールフォレ、グレートランド、リヒトヒンメルからの物流を呼ぶこともできるのである。
そこからブランシュエクレールの歓楽街に引きこむことは容易だ。
歓楽街と違う特性をもたせたのは、このためでもある。
「宗教上、賭博はあまり推奨できませんが」
フェリシーは顔を曇らせる。
他国からの物流を引き込むのが狙いであった。そのために宗教が及ばない特区として目指している。
両陛下とも難色を示したものの、利得の前に頷くしかなかった。
「そのためにはまずは運河ですな」
ノエルは地図を広げると。やや北寄りに輪を描く。その地点が運河の終わりである。
神木がない位置に作るのだ。夏のことを考えると運河を引いてから、建設を開始しなくてはならない。
そのためにはヴェルトゥブリエとグリーンハイランドは復興を急がなくてはならないのだ。
「その前にマゴヤか」
「今頃、先鋒を撃退したころでしょう」
アーマンの言葉にソラは応える。
「しかし、これまでの話。まとめると、やはりグレートランドの銀の姫将軍の治める土地が気がかりになるな」
銀の姫将軍とて自身の領地に物の流れができることを、拒みはしないだろうとシャルリーヌが言う。
彼女はここに来る前にフィオナと会っている。その時の印象で話をしていた。
「あの場所の問題は歴史だと思います」
フィオナの治める土地は、長くブランシュエクレールとノワールフォレが争っていた経緯がある。
それはグレートランドとの同盟により終わったのだが、その爪痕は今も色濃く残っている。
領地内に派閥があるのだ。親ブランシュエクレール派と、親ノワールフォレ派。それぞれが争っているのである。グレートランドからの人の流入はあれど、争いが絶えない領地であった。それを歴代でも一二を争うほど、上手く治世をしていたのが銀の姫将軍――フィオナだ。
マゴヤの侵略を機に、それは崩れ。彼らはそれぞれの国と接触を図っている。
「マゴヤさえ退いてくれれば、あるいは――か」
ブランドンがまとめる。各々神妙な顔つきとなった。
「では、後の事はお願いします。我々は明日にはサチュルヌデューアルブルに出立します」
帰りに寄ってほしいと、ブリスの申し出を受けたのである。お礼を兼ねて食事会を催してくれるらしい。戦況次第では急がなくてはならないが、どちらにせよ一報を受けてからでないと動けない。ならばと、サチュルヌデューアルブルに寄ってから、ブランシュエクレールに戻ると決めたのである。
「となると、先に我々が帰ることになりますな。色々とご迷惑おかけした」
ブランドンが頭を垂れるとアーマンは嫌だと、フェリシーに突撃しようとした。即座に裏拳で制され、みぞおち辺りを膝蹴りが入り、グリーンハイランドの王は地面に突っ伏した。
「外交問題になるだろうが!」
「あっちはいいのか」
「いいんだよ!」
話し合いが終わると、解散し各々のやることを進めていく。グリーンハイランドは本日で帰途に着く。そのためにもあれこれと忙しくなっていた。
グリーンハイランドの軍は隊列を組んで、ヴェルトゥブリエの王都から、今まさに出ようとしているところだ。
ブランドンの側にはジャンの姿があった。彼は戦争が終わると、結果的ではあるがその功績を認められたのである。ブランドンの護衛のひとりに選ばれたのだ。
捕虜となり、食事目当てに寝返ったことは褒められたことではない。しかし、彼がいたことでジャンヌの攻撃を凌いだ面もあった。少なくともヴェルトゥブリエの近衛大将、ディオンはそう評す。
結果的に和睦を結ぶ時間を稼いだので、例外的に騎士としての重用である。
ジャンは見送っている人の中に見知った顔を見つけた。ブランドンに一言断ってから、隊列から外れる。
「タカアキ! そのクソ真面目な顔を見ないで済むと思うと清々するぜ!」
「それはこっちの台詞だ。その脱力した顔を見ないで済むんだ。さっさと行け」
ジャンとタカアキは握手を交わす。
「またどこかでな」
「達者でな」
二人は笑顔となって、別れを惜しんだ。
程なくしてグリーンハイランドの軍は、王都を後にする。その後列が王都から消えたのを確認して、タカアキは踵を返す。
彼は旅人であるが、例外的に中央の都市の出入りを認められていた。
先の戦いでの活躍が認められたからである。戦いが終わると、改めてノエルに使えないかと誘われたが、これを謝辞。
彼はひとりの少年の元へとやってきた。
「ソラさん。いえ、ソラ殿」
目付きの悪い少年は振り返る。
タカアキは片膝をついて、頭を垂れた。
「貴方個人に仕えたいのです」
ソラは驚き、思案する。
「理由がわかりません」
「その力に惚れました」
タカアキはドラッヘングリーガーとしての強さ。そして彼個人の戦闘能力に惚れ込んでいたのである。
「俺は客将です」
「だから、貴方個人に仕えたいのです」
真っ直ぐな瞳が、ソラを見据える。
十を数えるほどの間をもってから彼は口を開く。
「わかりました。よろしくお願いします」
シャルリーヌはフェリシーとジャンヌと会話していた。側には護衛としてシラヌイとレーヌが付き従っている。
今後の事を話し合っているのだ。
話が一段落すると、シャルリーヌは思い出したようにそうだと手を叩く。
「ソラさんとの出会いを聞いてもいいですか?」
彼女は柔らかい笑みをフェリシーに向ける。
フェリシーも笑って応じた。
「だいぶ前、まだ私が十ニになったばかり、ジャンヌが十四だった頃のお話よ」
アズマでは、毎年大規模なお祭りが行われている。そこにフェリシーらは父親に連れられて出かけたのである。
もちろん政治的な話し合いをするためだ。
「その時に迷子になってしまって……」
照れ隠しするように、フェリシーは頬をかいた。
ジャンヌもそんなことがありましたねと、身を捩る。
二人して迷ってしまったのだ。あまりの数の出店。迷路のように入り組み、また驚くべき人の数。
親や護衛の人々と離れた不安から、フェリシーは泣いてしまったのだ。さらに奴隷商人が彼女らに目をつけて、追い掛け回したのである。そこでソラと出会ったのだ。
「あのまま我々だけでは、合流できなかったでしょう」
奴隷としてどこかで慰め物になっているか、重労働を強いられていただろうと、ジャンヌは言う。
ソラは瞬く間に奴隷商人を追い払うと、二人を安心させるように笑ったという。
「大丈夫って何度も言われたわ。俺がいるから大丈夫だって」
シャルリーヌは口振りと仕草が違うと疑問に思う。それを指摘したらフェリシーもそうねと小首を傾げた。
不安だった二人からすれば、颯爽と現れた救世主にも思えたのである。
「それで二人して気づいたら好きになってたの」
と、顔を真赤にして二人は俯く。
「いいなぁ」
自分も救ってほしいと考えたのだ。もちろん救ってもらっているのだが、危機的状況から英雄的に救って欲しい。吟遊詩人が歌う物語のように。そんな夢をシャルリーヌは抱く。
「今は側にいるじゃない」
「今は――ですね」
フェリシーとシャルリーヌは笑い合うが、互いに牽制しあう。
そしてシャルリーヌは夢想した。いつか自分を救うために変身するソラの姿を。
姉でもなく、フェリシーでもなく、ジャンヌでもない。自分だけを救ってくれるために変身してほしいなと。
~続く~




