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第二十六話「策謀と嫉妬と」

第二十六話「策謀と嫉妬と」






 ソラたちはシャルリーヌたちと合流してから程なく、シャルロットがマゴヤを誘い込もうとしたことを知った。

 幾人かが戻ることを提案したが、ソラがこれを却下する。

 戻る頃にはどちらかの勝利が決まっていること。敗退した時の保険として自分たちやシャルリーヌがこちらにいること。和睦の調停が終えたからと言って、すぐには動けないのである。

「そんな保険として私を?」

「そこら辺が潔いのです」

 王位はシャルリーヌに渡すのだ。ならば自分は捨て駒にでもなってやるというのが、シャルロットの思惑だ。

 もちろん負けるつもりは毛頭ないだろう。

「だが戻れば、勝利は更に確実になるのでは?」

 シルヴェストルの意見にアランを含めて頷く。

「いや、ソラの言う通りならば敵が撤退している頃にかち合うだろう。そうなれば悲惨だ。シャルリーヌ殿下にもしもの事があってはならない。万全を期して帰るべきだ」

 カエデがソラの考えを代弁する。

 敵が撤退しているところに、シャルリーヌを持っていくのは襲ってくださいと言っているようなモノである。

「負けるかもしれないという話をしているのだ」

「心配症だなシルヴェストルは、マイさんか?」

 ジンが茶化す。シルヴェストルは顔を赤く染めて、顔を俯かせる。

「と、とにかくだ。一度でも負ければ、マゴヤとの戦いに響くのでしょう? ならば」

「だからこそ、信じろって話だ少年」

 オスヴァルトがまとめる。

 彼の長年の経験が、遭遇戦は不味いと叩きだしたのだ。

「遭遇戦になる可能性は回避すべきだ。何よりその策、もう実行しているから、荷物を置いていかない限り、戦場には辿りつけない。丸腰で戦場に立つなんて、味方の足を引っ張るだけだぜ?」

 シルヴェストルとアランは閉口した。

「しかし、そうなると歯痒いな」

 ノブナガが視線だけをソラに向ける。

 言葉が欲しいのだ。皆を安心させる言葉が。

「勝てますよ。常設軍もそうですが、盾の騎士がいます」

「今頃替え馬使って戻っているだろうな。あの爺さん」

 オスヴァルトの言葉にエヴラールが頷く。

「それにここまで危険を犯したんだ。歓楽街守ってもらわないと、女を抱けないしな」

 オスヴァルトの言葉にジンとバーナードは同意する。そんな二人をアオイはげんなりとした目を向けた。そしてさり気なくソラの袖口を摘む。それに気づいたシャルリーヌも真似をする。

「とにかく――俺達は後の戦いの準備を。いえ、それよりも収穫期をどうしようか考えないと不味いですね」

 言いながら、ソラは二人の手を丁寧に解いた。






 執務室にシャルロットとヤリノスケ、アソー子爵、トゥース公爵令嬢、ミュール伯爵。そしてホワイトポリスから戻ってきたブークリエ宰相が顔を並べていた。

 ヤリノスケの策は至って単純。ミスリルの情報と作戦を流すというモノだ。包み隠さず全てをだ。

 それに最初は難色を示したシャルロットだが、話を聞いて納得したのである。

 その内容を、急遽呼び戻したブークリエ宰相に話しているところだ。

「なるほど。確かに液状化したミスリルの話なんぞ。周辺諸国で出たなど聞きませんな」

「さすがじゃろ?」

「お主はやはり食えぬ」

 ヤリノスケの顔を見て、ブークリエ宰相は顔を渋くさせた。

「それで行きましょう。私も異論はありません」

 アソー子爵も同意し、他二名も頷く。

「いい加減ミスリルの話はしておかないとね」

 そう考えていたところだとシャルロットは言う。

「その話を殿下からさせたかったですね」

 白髪の宰相の言葉に、シャルロットは深い溜息をもって同意する。

 早速六人は地図を広げて協議する。

「やはり山道。そこで迎え撃つべきかと」

 貴族を招集しミスリルの情報を包み隠さず流す。その情報を持ってアポー伯爵は行動を起こすだろうと考えた。否、起こさせるのだ。

「この話を流して敵を誘い込みたいと言えば、彼は喜んで誘い込み役を買って出るでしょう」

 アポー伯爵は隣接している二つの貴族にもマゴヤに寝返るように、話を持って行っていた。

 そこにミスリルの話と、マゴヤをこれで誘い込みたいと話せば、裏をかこうと画策するはずだ。

「そこで、二名の貴族をこちらに留まらせておくのです」

「ペ男爵にオルディネール子爵よね?」

「ええ。どちらもまだ煮え切らないでしょうな」

 ヤリノスケの言葉にブークリエ宰相は、自分の息子の事が心配になった。欲につられて寝返るなどしないだろうかと。

「お主の心配は無用じゃ。あれでお主の息子は、お主以上の忠誠心だ」

「不信心者ですまんな。何せ臆病で」

 二人は睨み合った後にふんと顔をそっぽ向けた。

「喧嘩しない」

 シャルロットが取り成し、話を進めていく。

 ペ男爵もオルディネール子爵も、そこまで領地の治世に問題もない。また内乱の時もブークリエ宰相と同じく中立の立場をとっていた。

 両者とも事なかれ主義なのである。

 だからこそ、ちゃんとした損得を示せば、彼らは素直にシャルロットとシャルリーヌに忠誠を誓うと、ヤリノスケは見ていた。

「やはり寝返るだけの材料が足らぬな」

「ミュール伯爵が陛下に忠誠を示してくれれば、彼らも思いとどまるだろう」

 ミュール伯爵はもちろんという。

 ミュール伯爵は内乱を起こした派閥の現在の代表的存在となっている。もちろん当人にはそのつもりはない。そのミュール伯爵が真っ先に忠誠を誓うというのは、大きな影響を与える。

 彼もまたシャルロットについていくことに利を見出していた。

 彼は今現在歓楽街や三大商人との繋がりを持ったおかげで、将来が明るくなっていたのである。

 さらにミスリルだ。

 液体と聞いた時は驚いたが、海上都市の話もあって莫大な利益が転がり込むことを理解していた。ので、彼はその利益を勝ち取るために、妥当マゴヤに燃える程にまでなっていたのである。

 そこまで黙っていたトゥース公爵令嬢――マリー=アンジュが口を開く。

「アポー伯爵の息子は嫌いですわ」

「あの馬鹿、エルフの姫には自分にこそ相応しいと言ってきたわよ」

 シャルロットは同意した。

 アポー伯爵の息子は、マリー=アンジュの元許嫁である。

 彼女が魔に魅入られたという噂を聞いて、彼は自分の風評に傷がつくと、許嫁を一方的に解消したのである。

 その彼であるが、シャルロットが龍ノ峰島のエルフの婿を探していると聞いて、自ら城に乗り込んで自分を売りだしたのである。

 シャルロットはマリー=アンジュの件を知っていたので、それを認めなかったのだ。

「今になって擦り寄ってきて気持ちが悪いですわ」

 マリー=アンジュは嫌悪する顔を隠しもせずに言う。その様相に、ミュール伯爵は気圧された。

 彼は貪欲なまでに権威を求めるところがあった。父親も同じである。今回の寝返りも治世が上手く行っていないところと、性分から来るものであった。

「ナギ=エル様に言い寄ったのですか?」

 アソー子爵は知らなかったと、シャルロットに問いかける。

「そうよ」

 そのナギ=エルも印象が良くない。

「まあ侯爵家がいなくて、公爵家も女でひとり――そうだ。アンジュ。私が後ろ盾になるから公爵位を引き継ぎなさい」

「お家騒動を制してこそ、正当なる公爵位を頂戴しますわ」

 シャルロットの力添えなど不要と、そっぽを向く。

「頑固!」

「陛下に言われたくないですわ」

 二人が睨み合いそうになったのをヤリノスケが止める。

「それで、結局どうしたのです? その件」

 そのとは、エルフの姫の結婚相手だ。シャルロットは渋面を作った。

「誰もいないの。誰かいない? もちろんアポー伯爵の息子以外で」

「ミュール伯爵は?」

「俺の身に余る」

 ブークリエ宰相の推薦を、彼は辞退する。いよいよエルフ族の姫に見合う男がいなくなってしまったのである。

「ソラ殿はどうです? 引き止める足枷にも出来ますよ?」

 ブークリエ宰相は何の気なしに言った言葉だ。次の瞬間放たれた殺気に、全員が押し黙る。

 すぐに気づいてシャルロットは詫びた。

「ごめんなさい。ちょっと」

 シャルロットもそのことを考えないでもなかった。ブランシュエクレールに多大な貢献をしている。爵位を与えてエルフの姫をあてがってもいいと考えた。他の貴族も文句はないだろう。

 だが感情がそれを許さなかった。

「ああ、駄目。違う。話がそれてる」

 シャルロットはかぶりを振ると続ける。

「とりあえず貴族に招集をかけて頂戴。ペ男爵とオルディネール子爵は追って、引き止める策を考えましょう」

 その場にいる面々は思い思いの言葉で応じた。

 シャルロットは側にいない少年を想い小さくつぶやく。

「馬鹿」






~続く~


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