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第二十五話「調停と未熟と」

第二十五話「調停と未熟と」






 青空が広がる。雲ひとつない空から、容赦なく陽光が降り注ぎ、降っていた雨が蒸気となって湿気が覆う。

 じめじめとした湿気に、シャルリーヌ一行は気怠さを感じていた。そのため少し足取りが重い。その結果、彼女たちは出発してグレートランドの銀の姫将軍の本拠の街にいた。

 シャルリーヌの疲労を鑑みて、一行は飯屋に入る。ガタサムライのサスケを見た一同は驚いたものの、特に騒ぎになるようなことはなかった。

 麻織り服を身に纏っていた事もあり、旅の一団と認識したようだ。

 それぞれ注文を終えてどうするかと話し合う。

「野宿は反対だ」

 レーヌが言うとカトリーヌ=ルも頷く。ツインテールがその度にゆらゆら揺れて、尖った耳が覗く。周囲はそれを見てハーフエルフだと気づいて、物珍しく眺める。

「いや、急ぐべきだ。夜中は俺が守るぞ」

 サスケは四つの腕で拳を作る。

 その前に店員が彼の頼んだ果物の盛り合わせを置く。サスケはお礼を言って、頬を真っ赤にしながら果物を口に運ぶ。

「あんたは良くてもあたしらは嫌よ」

 シラヌイが女性陣の意見を代弁する。彼女らは反対なのだ。

 赤髪のランスはどこ吹く風で女性店員のお尻を追いかけていた。

「で、どうお考えですか?」

 サスケはシャルリーヌに問いかけるが、当のシャルリーヌは果物の盛り合わせに釘付けになっている。サスケの手元を眺めていた。

「あの……」

 殿下と言いそうになる面々は言葉を選びながら、シャルリーヌに話しかける。

「あ、はい。その美味しそうだったので」

「一口いかがですか?」

 サスケは木製のスプーンを差し出す。それを摘み上げたのはシラヌイだ。シラヌイとサスケは睨み合う。

「新しく注文すればいいでしょう」

「毒味を済ませているではないか」

「それより今後の方針を」

 二人の言い合いに頭を抱えたレーヌはため息を漏らす。彼女は今後の事を決めたいのだが、どうにもまとまらない。そんな状況にカトリーヌ=ルは右往左往する。

「サスケのでいいです。そんなにいりません。一口だけで」

 シャルリーヌの上目遣いにシラヌイは、仰け反りそうになった。かぶりを振る。

「はしたない」

「俺は見てくれはあれだが、汚くない」

 サスケにそうじゃないと妖狐は言う。

 ランスは話に加わらず女性の定員に声をかけて口説こうとしていた。

 そんな一団を遠くの客席から眺める存在。銀色の頭髪に紅玉を思わせる瞳。

 食事を終えると、一行は宿を探す。

「しっかし、銀の姫将軍のお膝元でいいのか?」

「北東に行けば村はあるのだが、盗賊が出たという話だ」

 ランスの疑問にレーヌが答えた。なるほどとランスはシラヌイのお尻を眺める。そして小さくうんうんと頷く。

 シャルリーヌは街並みを眺める。

 木造の家が多く。銀の姫将軍の居城に近くになるにつれ、石造りの家が姿を見せる。

「とりあえず北の方で宿を探しましょう?」

 シラヌイが提案し、全員が同意した。

「もし」

 声がかけられる。全員が振り向くと日傘をさした女性がひとり。白いドレスに黒いフリルをあしらったモノを纏った少女だ。

 その姿を見て最初に反応を示したのはランスである。

「どうしてこちらに?」

「お忍びで街を見まわるのは、治めている者としての義務ですから」

 物腰柔らかい物言い。そして彼女の言葉からレーヌとシラヌイは目の前の人物を理解する。

 日傘があげられると、中から紅玉の瞳が覗く。

 瞳を見て、シャルリーヌは姉より赤いなという感想を抱いていた。

「それで俺達に御用ですかな?」

「他国の重役がいるとなれば、少しは対処します」

 ランスはおどけるような態度を取りつつ、シャルリーヌの前に立つ。いつでも守れるようにしていた。

「お初にお目にかかりますシャルリーヌ殿下。わたくしはこの地を治めている、フィオナ・シルバーラインです」

 その名前をオウム返しして繰り返し、シャルリーヌは顔をハッとさせる。

「銀の姫将軍……」

「ご存知いただけて光栄です」

 フィオナは顔色ひとつ変えることなく、恭しく頭を垂れる。

「我が居城で一夜を過ごしませんか?」

 レーヌは顔をしかめる。銀の姫将軍の申し出を断るわけにも行かず、かといって自分たちの目的を気取られたくないと考えていた。

「ヴェルトゥブリエまでは、まだ距離はあります」

 その言葉にシャルリーヌ以外が苦い思いをする。自分たちの目的を完全に把握されているのだと。

 だが、当のシャルリーヌは柔らかく笑うと、嬉しそうに言う。

「銀の姫将軍様ともお話をしたいと思っておりました。是非お願いします」






 シャルリーヌ一行はフィオナの居城に足を運んでいた。城の周りは堀があり、底には水が張っている。堀と城の間は木造の橋がかけられており、城と太い鎖で繋がれていた。

 戦となった場合、橋をあげて敵の侵入を阻む目的がある。

 シャルリーヌは物珍しそうに、観察していく。

 ブランシュエクレールの王都は、街の周りに壁を築き、その周囲に堀を作っている。城だけではなく街も守るという姿勢の現れだ。銀の姫将軍の居城は、城だけは守るという形なのである。

「城だけ守っても仕方がないのですが」

 フィオナは顔色ひとつ変えずに言う。

 とはいえ、フィオナが建てた城ではない。彼女以前の守護将軍、あるいは貴族、武家がこうしたものだ。

 昨今の情勢を考えると、彼女としても街の周囲に壁を設けたいとも考えていた。

 城内に入ると、ひとりの女性が駆け寄ってくる。

「フィオナ様! どちらに行ってらっしたんですか!」

 怒鳴りながら駆け寄ってきて、客人の存在に気づく。

「ランス殿? に? シャルリーヌ様も?!」

「客人ですよマルヴィナ」

「客人を盾にしないでください! まだ執務は残ってます」

 遅れはないとフィオナはしれっと言うと、客人の案内をマルヴィナに任せた。

 日が沈む頃にはシャルリーヌたちは、客間に通される、

「お招きありがとうございます」

 銀の姫将軍は招いた以上の責任は果たすと、顔色を変えずに言う。そのまま食事会も終わりを迎えた頃に、シャルリーヌは切り出した。

「どうしてわたくしたちを?」

 単刀直入に踏み込んだ。

 何か意図があるから、迎え入れたのではないだろうか。追い返すことや、掴まえて政治的な駆け引きの道具にだって出来る。しかし、それを行わず賓客として招いているのだ。

 裏があると考えるのは自然と言える。

 魔王や三大商人と出会ってから、シャルリーヌはそこまで考えられるようになっていた。

 そんな彼女の言葉にフィオナはしばし黙り込んだ。

 十を数えるくらいに口を開く。

「マゴヤの存在です」

 フィオナは王の勅命を伏せたまま話を進める。

 マゴヤが不当に占拠し、城を構えていることが面白く思っていないと言う。

「何より、我が皇国の方々は楽観しているのです。マゴヤがブランシュエクレールを真っ先に攻撃をすると」

 フィオナは手を叩くと、マルヴィナは入室。書簡を差し出した。

 それをフィオナはシャルリーヌに手渡す。

 彼女は蝋封が切られているのを確認する。中身を取り出し、素早く読み上げていく。

「これは……」

「再三使者を送りつけてこれです。わたくしとしては、ブランシュエクレールと同じくらい、いやそれ以上にここも危険だと考えています」

 ランスが興味を示したので、シャルリーヌは視線で問う。フィオナは首肯して許可を出す。

 ランスは中身を読み、口元を歪める。

「さすが銀の姫将軍様といったところですかな」

「嬉しい褒め言葉ではありませんね」

「これは失敬しました」

 シャルリーヌはランスの言葉に同意した。

「ですが、フィオナ様はとっても美しいです。肌の艶とかどんな手入れをしているのか聞きたいくらいです。髪の毛もサラサラですし、少し妬ましいくらいです」

 嘘偽りの無い賛辞に、銀の姫将軍は少しだけ顔を赤らめたが、それに気づけたのはマルヴィナくらいである。

 フィオナは咳払いをして、話の軌道を修正した。

「こちらに仕掛けた陽動とも十分考えられます」

 だがとフィオナはノワールフォレの存在が気がかりだと言う。

 ノワールフォレはブラックシティから、ヨリチカの城に物資を送り出している。ノワールフォレの助けもあって、敵の城は完成し、現在は周辺に手を出し始めていた。

「植樹を行い、魔法で成長を促しています」

 シャルリーヌ一行は腰を浮かせた。

 エクレールの教えを大事にしている彼女たちからすれば、恐ろしいことなのである。

 実際にカラミティモンスターが増えてきていると、フィオナは言う。

「なので、わたくしとしては皇国の意思がどうであれ、ブランシュエクレールの存在は必要不可欠ですし、ヴェルトゥブリエの協力を仰げるのならば、それに越したことはないのです。それが理由です」

「どうして?」

 シャルリーヌは疑問だった。自国に背くような真似をしてでも、何をしたいのかわからなかったのだ。

「無論、民を守るため。わたくしはこの土地と民が大好きなのです」






 後日シャルリーヌたちは城を発つ。三日後にはヴェルトゥブリエの国境に辿り着き、エヴラールたちと合流。そのままヴェルトゥブリエの王都へと足を運んだ。

 その王都ではヴェルトゥブリエとグリーンハイランドが和睦に向けた協議で、平行線となっていた。

 両者とも、譲らないのだ。

 それに参加していたソラは、両者が納得する答えを持っていた。だが、シャルリーヌが居ない場で調停を進めることを良しとせず、彼女の到着を待ち続けていた。

 シャルリーヌに華を持たせる。それがブランシュエクレールにとっての理想の決着と言えた。客将であるソラが解決してしまうと、ブランシュエクレールの威光が薄れてしまう。それはヴェルトゥブリエにとってもグリーンハイランドにとっても、この先にシコリを残してしまう形となると言えた。

 会議に入る前にソラはシャルリーヌに、どういう状況だったかを説明する。

「割譲?」

「そうです」

 戦争の責任。とくに神木の焼失に関して、グリーンハイランド側は全面的に謝罪したのである。そこでグリーンハイランドは詫びの印として、南にある湖から川を引くことを提案。

 それはヴェルトゥブリエも喜んだ。養分を含んだ土壌が流れ込むと、貧しいこの土地に可能性が生まれたのである。

 しかしここで治水の問題が浮上。

 グリーンハイランドが水を止めてしまう可能性を指摘したのだ。もちろんそれはしないと口約束はしたものの、いつでも反故に出来る位置にいるのだ。

 また、今回焼失した神木の街の復興を手伝わないと、言ったことで議論は紛糾。

「それを解決するのが領地の割譲ですか?」

「左様です」

 グリーンハイランドの領土の一部と、ヴェルトゥブリエの領土の一部を割譲し合う。そういう形になれば治水と復興の問題は解決する。

「グリーンハイランドにだけ損がありませんか? 復興を負うことになりますし、治水の一部をヴェルトゥブリエに渡してしまいます」

「彼らは低地の平原を持ちえていません。さらに交渉の窓口が増えます」

 グリーンハイランドがグレートランドと隣接している土地が、たったひとつの貴族にしか隣接していないのが、法外な税を課せられている原因のひとつだ。

 窓口が二つできれば、グリーンハイランドもやりようが出来るのだ。

「また運河をヴェルトゥブリエの中心まで引っ張ってくれば、歓楽街までの物流が出来ます」

 銀の姫将軍も法外な税をふっかけるという話は聞かない。

 またこの時、フィオナと言葉を交わしたシャルリーヌたちは、確信を持っていた。

 湖と運河を挟む形で割譲し合えば、お互いに監視しあう事になり、ヴェルトゥブリエの言う問題も小さくなる。

「現状のヴェルトゥブリエでは、北の領土を復興させるのは難しいでしょう」

「グリーンハイランドの運河と、割譲。それだけでは足りないのでは?」

 シャルリーヌは金銭的なモノを指摘、ソラも頷く。

「それでこれです」

 ソラは一枚の織物を取り出す。羊毛で糸を紡ぎ、それで織ったもの。

「ヴェルトゥブリエ織りの毛布です」

 毛糸を編み込み模様などが刺繍されていた。

 そこまで黙って聞いていたレーヌがかぶりを振る。

「外貨を稼ぐにしてもそれだけでは」

「そこで、こちらから話を提案するのです」

 ソラは歓楽街にいるモスシルクワーカーとトゥース領にいるアラクネを、話題に出す。

「それらの糸で織物を織ってもらいます」

 つまりブランシュエクレールから糸を売り、それでヴェルトゥブリエが織物を作る。それを売ることでヴェルトゥブリエは外貨を得る。

 そういう流れを作るとソラは言う。

「しかし、飛び地に糸を運ぶのは」

 奪われることを懸念した。両種族の糸は高値で売買されているのだ。ソラは織り込み済みなのか、大丈夫だと話を続ける。

「そこで、歓楽街にヴェルトゥブリエの職人を誘致します」

「一部をヴェルトゥブリエに明け渡すのか?」

 レーヌの問いにソラは頷く。

 なるほどと納得したのはシラヌイだ。稼いだ外貨をモノに変えるなりして、ヴェルトゥブリエに運べば良いのである。

 奪われる可能性もそれは捨てきれないが、ある程度まとまってから軍を動かすなりすればいいのだ。

 ブランシュエクレールとしては、今回の戦争で物流の拡大。そしてマゴヤとの戦争での助力を取り付ける。それが最大目的だ。それがこれで達せられるのである。

 グリーンハイランドは割譲しあうことで窓口が増え、運河ができれば、ブランシュエクレールまでの運搬が比較的に、簡単になる。

 ヴェルトゥブリエも同様だが、高地を手に入れ、更に川を手に入れることが出来る。植樹も以前より、比較にならないほどやりやすくなるだろう。また外貨を稼ぐ場を手に入れられる。

 ソラはシャルリーヌに共存共栄できますと、締めくくった。

「糸を安定的に売れる国があるというだけで、それは確かに」

「後は物流の拡大は問題ないわね」

 レーヌとシラヌイはうんうんと納得を示す。

「ソラさんがご提案なさらないのですか?」

 シャルリーヌの言葉にソラは否定する。

「俺では駄目です。後に問題を残しかねません。時期王位を引き継ぐ殿下が提案することで、両国にとって担保となります」

 そこでシャルリーヌはふと考えこむ。

「私は……やはり自国が見えていないのですね」

 ソラ以外が彼女の言葉の真意を図りかねる。シャルリーヌは顔を俯かせて、涙をこらえた。

 シャルリーヌはフィオナの言葉を思い出す。自国の意思に背く形になるとしても、民を守ると、民が好きだと言った。彼女は表情こそ変わらなかったが、言葉には温かさがあった。

 魔王は海上都市を造ろうとあれこれ、躍起になったのも自国を裕福にするためだ。むろん共存共栄を掲げているものの、やはり行動原理は自国を愛してこそ。

 ヴェルトゥブリエやグリーンハイランドが、和睦で譲らないのは自国にとって利益が確約出来ないからでもある。

 それを知った彼女は、改めて自身が引き起こした内乱に対して、惨めな気持ちになったのだ。

「だからこそ、今の殿下がいるのです」

 シャルリーヌは顔を上げる。瞳の端には少しだけ涙が浮かんでいた。

「今の殿下なら、きっと大丈夫です。過去は消せませんが、俺は今の殿下は好きですよ」

 シャルリーヌは好きですよ以降の話がまったく耳に入らなくなる。

 ソラは失敗してしまう殿下だからこそ云々、みんなが助けたくなると、言葉を送っているのだが、彼女はすでに自分に都合のいい部分だけを聞いて、のぼせていた。

「――ですから、殿下。殿下?」

「あ、はい。好きでいてもらえるように頑張ります」

「は、はい」

 そしてシャルリーヌは和睦の調停を見事務めたのである。

 彼女の提案をヴェルトゥブリエもグリーンハイランドも受け入れたのだ。もちろん、予定外の出来事もあったが、それもソラが対応することで、三国にとって良きことへと変わる。

 そして、この裏でブランシュエクレールとマゴヤは激突していた。






~続く~


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