第六話「茨の道へ」
第六話「茨の道へ」
程なくして、パッセ侯爵の悪名と、王女生存の噂が国内を走り抜けていく。それは外の国にまで届いた。
青空に浮かぶ太陽。陽光が照らすは石垣と木で出来た城。マゴヤ城と呼ばれる城だ。
マゴヤの首都であるマゴヤにそびえ立つその城は、マゴヤの済む民にとって誇りである。始まりは砦であった。それが徐々に改修されていき、大きな城へとなったのだ。
それにちなんだ言い伝えで、自身を高めていけば大きな存在へとなれる。という話が出来るほどだ。
マゴヤ城一室に男たちが集う。
畳が敷かれた一室。部屋に目立つ調度品はないものの、価値のわかる者が見れば唸る逸品のモノが、そこかしこに置かれていた。周囲はふすまで仕切られているが、換気のためにふすまは開け放たれている。
春先の冷たい風が吹く。
上座に座る男、マゴヤの王ユミヅル・マエカワは、目の前の男に問う。
「その話は真か?」
身に付ける着物は金色。刺繍で鳥が描かれていた。
「確かな情報だと思われます」
男たちはユミヅルの言葉をまった。彼らは一様に戦を求めている。家臣の胸中を汲み取り、ユミヅルは口を開く。
「この機を逃す手はないな。ノワールフォレに使者を送れ」
男は更に頭を下げて、部屋を後にする。残った者たちは男の号令を待つ。
「ヨリチカ」
男が一人前へと出る。獅子のような頭髪。堀の深い顔立ちの男だ。
ヨリチカと呼ばれた男は、鋭い眼光を主に向けた。
鍛え抜かれた体は、身につけている着物の上からでもわかるほど。鋭い眼光に、獅子を彷彿とするような頭髪と髭。それらが彼に自然と馴染んでいた。
彼が歩み出たとたん、部屋の空気は一変する。張り詰めた空気に、男たちの表情もより一層引き締まった。
「少し性急すぎるが、できるか?」
「楽観出来ません」
ヨリチカは真っ向から否定した。ユミヅルは気にならないのか、そうかと軽い口調で言う。
「案は?」
「まずは威力偵察の名目で、部隊を編成。出陣するのが良いかと。その間急ぎ戦の準備」
上座の男はなぜだと理由を問う。
「此度の経緯を考慮すれば、ノワールフォレとグレートランドは動かないでしょう。しかし、銀の姫将軍は黙っていないかと」
上座の男は顎に手を当て考える素振りを見せる。
「噂通りなら、自身の収める土地を守りに動くか」
「小生はそう考えます」
なるほどと男はつぶやき、そこにいる一同を見渡す。
「干渉領地を迂回する手立ては?」
ユミヅルは周囲に視線を巡らせる。男たちは口々に意見を交わす。
「船を使うのは?」
「使うにしても、海戦を行えばン・ヤルポンガゥにいらぬ緊張を強いてしまいますな」
提案した男はそうかと素直に引っ込める。
「何より、隙を見せれば、南の奴らが黙っていないでしょう」
「海戦は向こうのほうが一枚上手だしな」
「先の戦も悔しい結果になった――これは失礼した」
一人が頭を下げた。ユミヅルはよいと手を振る。彼は先の戦いでの海戦での敗北の原因をヨリチカに言わせた。
「海戦の練度の差、というところでしょう。潮流を見誤ったのが原因です」
「この時期は、漁民も潮流を見誤り事故が多いという」
ユミヅルは迂回を諦める。
「ヨリチカ、仔細を話せ」
ヨリチカは一度頭を垂れてから、口を開く。彼の案はこうである。五千の精鋭で先遣隊を組んで、干渉領地に侵入。ブランシェエクレールを目指し行軍。上手く領内に入れば港を制圧。そこから本隊を引き入れる。
「そこまで上手く行くでしょうか?」
一人が疑問の声を漏らす。
「無理だろうな。理想論だ」
ヨリチカは首を振る。ユミヅルは先を促す。
「上手くいかない場合は?」
「姫将軍の手勢と戦います。彼女の手勢は七千のはずです」
ヨリチカは、それなら私は勝てますと断言してから続ける。
「先遣隊は姫将軍の手勢と交戦後、適当な場所で砦を構築。兵糧は――略奪すればよいでしょう」
ユミヅルは瞑目した。程なくして開かれ、鋭い眼光が覗かせる。それを家臣一同、戦慄にも似た高揚感で受け止めた。
「戦の準備をせよ。先遣隊はヨリチカ、お前に任せる!」
「ハッ!」
太陽に届かんと城が聳え立つ。山のような城の最上階の屋根は、街の時計代わりとなっていた。今の影の向きは昼らしく、王都の人々は昼飯にありついていた。
石を重ねて作り上げた巨大な城。かつて神託がおりて、この地に城を作ったのだが、当時は大魔導師と呼ばれる者たちが多数おり、その魔導師たちの粋を極めた城だ。
大理石で作られた一室。対照的な作りで、飾られている生花さえもシンメトリーになるように気遣われていた。部屋を見渡せばあちこちに金の装飾。
部屋の中央を赤い絨毯が敷かれ、その両端に多くの人が直立不動で立っている。
絨毯の先にある壇上には王座、そこには誰も居ない。ここは玉座の間だ。
グレートランド皇国王宮。玉座の間の王座は不在である。その側に立つ男が一歩前へと踏み出た。
グレートランド皇国第二皇子。ストロベリー・ランス・グレート・オーランドである。彼は、金の装飾を散りばめた衣服を、身に纏い。大袈裟に振る舞う。
彼の眼下では皇国に仕える者達が一斉に頭を垂れる。
「内乱が始まれば、手はず通り介入する。戦の準備をしておけ」
一同は更に頭を下げて、ストロベリーが退室するのを待った。それを確認してから、家臣たちは謁見の間を後にする。
道中、数人が言葉を交わす。内容は布告に批判的なモノばかりである。
「手はず通りとな――マゴヤやエメリアユニティ。同盟諸国に対しての意識が行き届いておらんな」
「マゴヤは間違いなく動くだろうな」
男たちは頷き合う。そして憂鬱のため息を吐く。
「あちらは、銀の姫将軍の独断が頼みとなるな」
一人がそんな時が来るなんてなと、笑う。それに釣られて、全員が苦笑いをする。
「同盟諸国に対しては?」
「宰相殿が胃を痛めてくれるだろうさ――」
男は周囲に視線を彷徨わせる。それからほどなく、まあと言ってから続ける。
「――不信感は拭えないだろうがな」
彼らは自ら交流する各国の貴族たちと、密な連絡をして周辺の混乱を抑える方向で話は終わりかけた。
「アップル皇帝ならば、どうしただろうな?」
一人の男が皮肉交じりに笑って聞く。
「知れたこと、公爵と第二皇子の暴走を止めただろうさ」
彼らはしばし無言のまま廊下を歩く。自分たちはその暴走を止められなかったのだ。と、肩を落とす。
「我々とて、目先の餌に飛びつきたいことは変わりないか……」
「我が国と同盟諸国を賄えるほどの量。これほどの魅力はない」
「不満も、食糧支援によって解消されるだろう」
徐々に彼らの顔から、憂いが消えていく。最後に一人の男がつぶやく。
「ドラゴンさえ来なければな」
かつてグレートランド皇国に飛龍が襲来した。絶大な被害を被ったのだ。それは今も皇国に色濃く残っていた。
グレートランド皇国と、同盟諸国の全軍で戦い、一撃を浴びせて退けさせた。しかし、ドラゴンがまき散らしたマナは濃く。そしてそれは今も国に残っている。それが皇国の平均マナ濃度を高め、各地でマナ結晶化現象による、マナ害が起きていた。それにより、ここ三年は不作が続いているのだ。
「カラミティモンスターも多すぎる」
「ハンターや傭兵団の流入」
最後に自身の領地の治安の改善に、彼らは頭を悩ませる。
ストロベリー皇子がブランシェエクレールの食を独占しようと、動くのは無理からぬ話であった。
空には月が八つ。黒色の円盤の縁に銀色の輝き。星々と共に地上を照らす。
時はさかのぼり、勝利してすぐの夜だ。捕虜を奴隷商人への引き渡し、埋葬、村の修復、そして周辺の村への連絡などで時間はあっという間に過ぎていく。
そんな中、村ではささやかな宴が催されていた。普段より少しだけ豪華な食事に葡萄酒を添えたものだ。そこにシャルロットも招かれていた。戦いで活躍してカエデ、シルヴェストル、アラン、ジンは村の女性達から、もみくちゃにされている。そんな様子に皆笑っていた。
誰もが笑顔で宴に臨んでいる中、一人だけ仏頂面でいるのがいる。
「少しは笑ったらどう?」
「楽しいですよ」
ソラだ。彼は鋭い目つき故に、側にはシャルロットしかいない。いくつかの理由で誰も近づけない雰囲気になっていた。これ幸いと思っているのがシャルロットだ。挨拶を済ませた彼女は、その近寄りがたい場所に、腰をおろしたのだ。
二人は少し離れたところで、宴を眺めている。
本来ならば参加していないはずだった。戦いが終わった後に、何人か見繕って、立ち去ろうとしたのだが、村の人々に懇願され参加している。
「とても楽しいです。宴や祭りは楽しくなってしまいますね」
「見えない」
シャルロットは不満そうに口を尖らせる。ソラは申し訳無さそうにするが、すぐにいつもの顔へとお戻り、葡萄酒を口に含んだ。
「それで――これからどうする?」
「そうですね。しばらくは出方を伺います」
「そっか。そうね」
ソラは葡萄酒を飲みながら、説明する。
相手が全兵力を捜索に割り当てた時が、こちらの勝機だと。フェルナンドに頼んだもろもろの準備が整えばそれでよし。整わなければ、その時に策を練ると。
「つまり、しばらくは行き当たりばったりね」
「申し訳ないです」
ですが、と彼は野菜のスープを飲みながら続ける。
「切り札はこちらにあります」
「これね」
シャルロットは自身の指輪を見やった。
「私は、霊力を持つ人間なのよね?」
ソラは首肯する。それを確認してから、彼女は口を開く。
「なら、これはどうして動くの?」
彼女が念じると、指輪は光った。真ん中の宝石に印が浮かび上がる。
それはブランシェエクレールの玉璽だ。
「血脈ですね。そういう魔導具もあります」
「霊具みたいに、名前変えてくれればいいのに」
彼女に、そう思わないかと問われたソラは困ったように頭をかいた。そんな彼の様子にシャルロットはつまらなそうに顔をする。
「そうだ。霊力の事、教えて頂戴」
「魔力に少しだけ優位という程度です。扱い方はまだ先に」
シャルロットは首を傾げたが、すぐに納得した。
「あの剣、握っているだけで凄い疲れるからな」
ソラは頷く。シャルロットはその後、夜空を睨んだ。
「何か、向こうに都合が悪く、こちらにとって都合のイイことがあればいいのですが」
その言葉を受け取ったシャルロットはないわねとそっぽを向く。
「あ――あった」
「あるんですか?」
ソラは驚き、彼女に視線を向ける。
「あった。もう終わっているはずだけど、ヴェルトゥブリエの王女と会談するはずだったの」
シャルロットは頭を抱えた。
「シャルリーヌは上手くやったのかしら……あーでも、私あの娘に……あーもう」
裏切られたとはいえ、彼女は妹が上手くやれたのか心配していた。頭を抱えたまま体をくねらせて、複雑な胸中を体現している。
「ヴェルトゥブリエの王女は――その、気づくでしょうか?」
言葉に出さず、玉璽や内乱のことなどを含めて問う。
「気づくわね。あそこの王女と私、仲がいいのよ。それなりに秘密も語り合っているわね」
言外に玉璽の事も教えたとシャルロットは言う。
彼女は三年前の、ドラゴン討伐の話をし始める。その内容にソラは合点がいったのか、聞いた後にだからかとつぶやく。
彼が納得したのはカラミティモンスターとの、戦闘の経験である。ドラゴンの魔力障壁はそこいらのカラミティモンスターとは比べ物にならない。それを破ったことがあるのだろうと、彼は予想した。
「その時に知り合って、意気投合したのが、フェリシー・ロイ・ヴェルトゥブリエ」
「シャルロットさんもそうですけど、名前に国名を背負うんですね」
ロッテと、指摘してから彼女はそうねと頷く。
「貴方はそういう国の出身ではないのね?」
ソラはええと言いながら葡萄酒を口に含んだ。
ちなみにと彼女は説明する。セカンドネームはかつてここらを治世していた国王の名前をとっていると。ブランシェエクレールはシャルル。ヴェルトゥブリエはロイ。そして、ノワールフォレはルイだと、補足する。
「ゲン担ぎですか?」
「まあ、そんなものね」
「シャルロットさんも、シャルリーヌさんも、そこから文字って名前を付けられたんでしょうか」
彼女は瞳を輝かせる。
「そうかもしれない」
シャルロットは杯を突き出し、乾杯を促す。ソラも杯を差し出し、静かに杯を交わした。
「それで、急に依頼の期日が狭まったのか」
彼らが振り返ると、眉目秀麗の男が立っていた。元傭兵のゲルマンだ。顔は包帯で覆われており、その包帯も少し血が滲んでいる。
それを察したシャルロットは気遣う。
「起き上がって大丈夫なの?」
ゲルマンはええと柔らかい笑みを浮かべる。
魔導師の類は村にはおらず、また傭兵団にも傷を治せるほどの魔導師はいなかった。
傭兵たちの顛末は三つである。一つは散り散りに逃げた者。一つは村の復興資金繰りのため、奴隷として売りだされた者。そして最後に、ゲルマンのようにシャルロット直々に重用された者達だ。
彼はその容姿から、奴隷に高く売れるだろうと村人に期待されていたが、シャルロットがそれを却下し、彼を自身の配下として引き取ったのだ。
もちろん不満は出たが、シャルロット王女の活躍により、村の奪還が叶ったこともあり、彼らは強く言い出せなかった。
村に入るときも、武具を奪われ、それらは村人が管理している。彼ら自身はソラが見張っていた。故にソラの場所は近寄りがたい雰囲気になっていたのだ。もちろんソラの仏頂面と、鋭い眼光を恐れても加味されている。
「色々とこちらの持っている情報を、話さなくてはね」
「後からでもいいのに」
「陛下。情報はいきものです。それも足が早い」
シャルロットは手を出してわかったと告げると、視線で促した。
「その前に伺いたいのです。なぜ私を?」
「直感」
シャルロットはつまらなさそうに言う。ゲルマンは目を瞠る。それだけですかと問うが、彼女は頷くだけである。
「こういうの、口で説明できないんだけど、私には持ってないモノを感じたそれだけよ」
ゲルマンは開いた口が塞がらない。
「それが時に仇となることもあるでしょうに」
「現に今こうしてね」
シャルロットは笑って見せた。ゲルマンは肩をすくめる。
「ゲルマンさんは裏切らない人だから、ですかね。部下を取りまとめる力があります。信頼されていますね。実際貴方が選んだ十一人は、今もこうして逃げ出さないでいますし――」
ソラがシャルロットの代わりに、ゲルマンを選んだ点を説明し始めた。
「――それに視野が広い。一度団長に、撤退を提案しましたよね? あそこで引き下がられたら、こちらは完全に負けていました」
ソラは先の戦いの様子を思い出す。彼は広い視野で戦場の様子をつぶさに思い出していく。
「よくそこまで見ていましたね」
「昔、よく言われたんです。――広い視野で戦場を見ろ――と」
なるほどとゲルマンは首肯する。
「ま、そういうこと」
ゲルマンは苦笑交じりにそうですかと言うと、話をしましょうと、切り出した。
「最初の依頼の期日が一週間と言い渡されておりました。それが突然、三日以内と短くなったのです。それもかなり強い口調でした」
「侯爵なのだから、もっと余裕を見せなさいよ」
ソラ達は胸中そこなのかと疑問に思う。が、すぐにシャルロットはそういう人なのだと、流した。
シャルロットは皇国の一人勝ちを予見した。この内乱が成功しても、ブランシュエクレールという国が長くないのだ。侯爵が上手く自分を討ち取った後この国は崩壊する。それも早い段階でだ。侯爵の余裕のない振る舞いは内部分裂を引き起こし、民を巻き込んだ血で血を洗う戦いになっただろう。故に最後は皇国が美味しいところを持っていけるのだ。皇国が民の不満を理由に大義名分を掲げて、パッセ侯爵を討ち取ってもいいのだ。
実際問題、余裕のない者の下について、統率が取れるかどうかも疑問である。
ソラも同様に考え、この内乱は行き当たりばったりなのだろうと予想した。
「それで、君を討ち取ったら、亡骸と身につけているものは、全て手を付けずに差し出せと言っていた」
シャルロットは顔を抑えて呆れる。
「これは完全にフェリシーにバレたわね。大方、魔導具を振りかざしたのでしょうけど、フェリシーはそこらへん厳しいから、気にしてないといいけど」
「侯爵がですか?」
ゲルマンは驚きながら聞いた。シャルロットは彼に凍てつくような視線を向ける。実際彼は故郷のブリザードが脳裏を過った。
肩を竦めて口を開く。
「冗談。シャルリーヌよ」
「そういえば、ゲルマンさんにはまだ話していませんでしたね」
そこでソラはシャルロットの目指す形を話す。無血に近い形で終わらせようとしていることを、言ったのだ。さすがにその話には秀麗な男も、表情が曇る。
シャルロットは更に付け加える。
「ちなみに、そのうち王位もシャルリーヌに渡すわね」
「それじゃあ何の意味が」
抗う意味が無いと言ってもいい。権力が欲しいということで戦争しているのでなければ、彼女の戦う理由に説明がつかない。
ゲルマンには、回りくどくする意味がわからなかった。いずれ王位を渡すつもりがあるならば、回りくどくせずに直接乗り込んで身の保障を約束させて、譲るなりなんなりするほうが、平和的であると思われたからだ。
「リーヌは理想だけで、政をしようとしている。それは悪いことではないわ。けど、それは国としての力と民の豊かさという地盤があってこそ、初めて行えるの。個人の考えで国を治めることは――」
説教臭いわねと彼女は言葉を切る。
「御託はいいわ。今のまま渡すのは気に入らないからよ。ゴミ虫が、お母様やお父様の努力を踏みにじるなんて、死んでもゴメンだわ」
シャルロットの言葉に、ゲルマンは笑い出す。仕舞には腹を抱えて体を折った。ひとしきり笑った後彼は居直す。
「気に入らないから――ですか。下手な言葉を並べ連ねるより、よほど気持ちのいい。いいでしょう。このゲルマン、貴方の盾となり剣となりましょう。どうか、この命を使ってください」
「じゃあ騎士の称号を与えるわ。この場で叙勲式を行うけど――いいかわね?」
言葉こそ疑問形だが、すでに剣を手にとっていた。それを「ちょっと待って下さい」と、両手を差し出し制止するのは、当のゲルマンである。
「いきなり騎士ですか? 私は敵だったのですよ?」
「今手勢少ないし、いいんじゃない? それにいつでも剥奪はできるし」
彼女は試すような視線を送った。それに相応しい仕事をしろと、言外に言ってもいるのだ。しかしゲルマンは恐れ多くて、踏ん切りが付かない。
「か、彼がいるではありませんか」
ゲルマンはソラを指さす。当の目つきの悪い少年は鋭い眼光で、事の経緯を見守っていた。
「あ、そいつは私の相談役ってことで」
「それに――俺は内乱が終わればこの国を去るつもりです」
最初からの約束なのか、シャルロットも「そうね」と同意する。しかし、その表情にはいささかの不満が滲んでいた。
「内乱を収めた後は、無責任に国を放り出すというのか?」
声は別の方向から飛んでくる。三人は三者三様に、声の出処に視線を向く。
そこにはカエデたちがやってきていた。彼らは話を立ち聞きしていたのだ。そのことに怒りを覚えてシャルロットの怒号が飛ぶ。
「そこに座りなさい」
低く冷たい言葉に、カエデたちは従うしかなく座りこんだ。
「あの――盗み聞きしたことは謝るので」
「変な横槍入れるからだろ」
シルヴェストルは謝罪し、ジンは無言のまま座っているカエデを、肘で突く。アランはフルヘルム地面につけて謝罪の姿勢をとった。
「そこのヘルム野郎。ヘルム取れないの?」
「えっと、無理です。まともな会話ができなくなります」
答えたのはシルヴェストルだ。アランは極度の対人恐怖症であり、フルヘルムの兜がないと、まともに会話すら出来ないのである。それを聞いたシャルロットは謝罪した。
「あ、いえ。こちらこそ――すいません」
アランは珍しく声が上ずる。そんな様子にカエデを含み、目を見開く。
「それで、要件は?」
シャルロットは腕を組むと、彼らの話を聞くことを優先した。彼女としては新たな配下との親睦、そして今後の方針の話し合い、それらを進めておきたい気持ちがあるのだ。それを押し殺してでも、彼らの話を聞こうとしたのは、王という責任からだ。
ジンが口を開く。
「実は、パッセ侯爵に直談判しに行った村長達が戻らなくてな。あ、いえ、戻らないのですよ」
戦いが終わった後に、彼らは馬を使って周囲の村に、傭兵団を倒したことと、逃げ出したものがいるので、注意喚起を行いに行っていた。そのついでに村長落ち合うはずだったいくつかの村に村長の姿が見当たらなかったのだ。
ちなみに、この注意喚起はソラとシャルロットが村人にすすめたものである。彼らは最初、渋った。彼らからすれば、自分たちを見捨てた村々に義理立てするのは面白く無い話だ。しかし、それを説得してやらせたのである。
いくつかの意味があるのだが、最大の理由。それは脅威が去ったことをいち早く、知ってほしいというのがシャルロットの願いであった。
怯えずに暮らせることが一番いいのだ。と、彼女は村人たちに説いたのだ。それを理解できない彼らではない。面白くはないが共感する部分があり、動いてくれたのだ。
「私に意見求めちゃう? んーでも」
シャルロットが答えあぐねいていると、ソラが口を開いた。
「ジンさん、アランさんでパッセ侯爵の邸宅に偵察に向かってください。行って帰ってくるのにどれくらいかかります?」
ジンは目を白黒させる。カエデが代わりに答えた。
「飛ばせば、一両日中には可能かと」
「時間はかけてもいいです。明朝にパッセ侯爵の邸宅に向かってください。ただし、偵察です。何があっても乗り込まないでください。侯爵の直轄地と邸宅の周囲を調べて、撤収してください」
シャルロットはソラが何を確かめようとしているのか察する。下唇を噛んだ。
両名はソラの言葉では頷かない。彼は余所者である。故に従っていいものかと、考えあぐねていた。彼自身は先の戦いで信頼できるが、それとこれとは別である。
四人の視線がシャルロットに向く。彼女は咳払いして、改めて指示を出した。
「ゲルマン。彼らが戻るまで村の周囲の警戒お願いね。ゲルマンらが不穏な動きをしたら、射抜いていいからカエデ。貴方は見張り」
カエデとゲルマンは了解の返事をすると、すぐに動く。
ゲルマンは部下たちに事情説明。カエデは弓の手入れである。
「シルヴェストルは何人か見繕って、改めて周囲の村に情報を収集しに行きなさい」
「了解です」
最後にシャルロットはソラに向き直った。
「私たちは東の国境に向かうわ」
ソラは頭をかいてから、了解の旨を伝える。
「どうして、東の国境に?」
シルヴェストルは疑問に思い首を傾げた。
「ヴェルトゥブリエの王に会うためよ」
「え? でも、今から――」
「わかっているわ。少しでも可能性があるなら、それに賭けるだけよ。貴方達もそうだったでしょう?」
シルヴェストルは目を見開く。シャルロットは先の戦いのことを言っているのだ。彼らは勝てないはず戦いに飛び込んだ。
もちろん勝つために色々と準備した。それでも勝てない可能性のほうが高かったのだ。だから諦めたのか。否、彼らは小さな可能性に飛び込んだのだ。
自分たちが望んだ生き方をするために。
「はい。ついでにお伺いしてもよろしいでしょうか?」
「何?」
「その、ヴェルトゥブリエという国、どういう国なのか知りたいのです。俺達下々には、さっぱりなのです」
シャルロットははたと考えこむ。顎に手を当てて思案する。
「いいわ」
彼女は「そうね」とつぶやいて、話を進める。
ヴェルトゥブリエという国は、ブランシェエクレールから北東の位置にある国だ。といっても、皇国の領地を越えた先である。ヴェルトゥブリエの南にノワールフォレがあった。
「酪農関係が主な産業ね。羊が多くてね。広い丘に羊がぶわーっているのよ。衣服関係の生産も、皇国周辺の同盟の中では随一ね。だからあそこから輸入しているわ。後、貴方達の農業で使う牛や馬も、あそこから輸入しているの」
なるほどとシルヴェストルは頷く。
「ということは、我々が扱いきれない草などは輸出しているのですか?」
「そうよ。かなりの量になるわね」
利用できない草などはヴェルトゥブリエに輸出している。放牧はもちろんブランシュエクレールでもしてはいるが、扱いきれないのだ。ならば輸出してしまうのが、双方にとっていいのである。
「ソラ、とにかく明日は早いわよ」
ソラは頷き、左中指にある指輪を見下ろす。
「だってさ」
~続く~