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第五話「勝 利」

第五話「勝 利」






 春先とはいえ、夜は冷え込む。そんな夜の闇の中、断末魔の叫びが響く。

 傭兵団が支配する村では、処刑が行われていた。先の村人追撃で失敗して、逃げ帰った者たちは見せしめに、殺されていたのだ。

「いいか、次はない。次はないんだぞ!」

 頭目の顔は青ざめていた。生き残り彼に付き従っている者達も、それを察している。

 程なくして、処刑兼、集会は終わる。

 王女を発見しながら、取り逃がした彼らは村に戻ると、パッセ侯爵からの使者が来ていた。彼は短くパッセ侯爵の言葉を伝える。その内容は、三日以内に討ち取れというモノであった。

 ヒソヒソと部下の少年たちは耳打ちする。

「一週間っていう期限だったよな?」

「ああ、しかしなんでまた急に」

 彼らは幕舎の外で暖を取りながら、食事をする。

 彼らの食事は野菜をぶつ切りにしたスープと、村の家畜をさばいた肉である。野菜と肉のスープからは白い湯気が立ち上り、それを口に含んだ彼らは体の芯から温まっていくのを感じた。

「しかも、亡骸と身につけていたモノは必ず全部差し出せ、だと」

「難しいだろう。俺ならすぐに金目の物は頂いちまうぜ」

「それだと、困るのだが?」

 聞き慣れない声に彼らは飛び上がる。視線を声のする方へと向けると、金髪碧眼の男がいた。

「ゲルマン副長!」

 ゲルマンは長髪の髪が似合う眉目秀麗。傭兵団のむさ苦しい雰囲気に、似つかわしくないほど、彼は美しかった。

「残り物のスープをいただけるかな?」

「もしかして、またやったんですか?」

 責めるような声音に、ゲルマンは悪びれる素振りを見せない。軽い口調でああと応じる。

「物好きですね」

「飢えられても困るだろう?」

 捕らえた女たちに、彼は自分の食事の分を差し出したのだ。それはこの傭兵団では常識らしく、副長である男に対して、少年たちは呆れ交じりに笑う。

「女にも手を出してないって聞きましたよ?」

「騎士道精神ってやつです?」

「もしかして男の方がいいっていう噂は……」

 ゲルマンは最後の言葉に違うと否定して、続ける。

「昔、吟遊詩人の歌で聞いた恋愛に憧れているのさ」

 その言葉にどっと笑いが起きた。ゲルマンは、笑われているにも関わらず、微笑を浮かべてスープをすするにとどまった。

 ゲルマンは捕虜や奴隷の女性に手を出さないことは、傭兵団では周知の事実。

 眉目秀麗の男は、目の前の少年たちにかつての自分の姿を重ねる。たまたま寄った町で、吟遊詩人が話した内容に、心奪われたのだ。傭兵の男が貴族の娘と恋に落ちるお話。しかし傭兵という出自で、最初はその恋は認められなかった。

 当時は理解できなかったゲルマンだが、今でなら理解している。傭兵はあまりにも粗暴で汚れているのだ。普通の感性の貴族ならば認めないだろう。

 しかし。その物語は人に聞かせるモノ。清く正しく生きていた傭兵は、ついに認められて貴族の娘と結ばれるという結末だ。

「いや、失礼。副長が言うと、決まりますな」

「ありがとう」

 お礼を言ってからゲルマンはスープを啜る。

 一人の少年が口を開く。

「実のところ、どうなんです?」

 声を潜ませる。ゲルマンは少しだけ眉根を釣り上げるが、それもわずか。微笑を浮かべる。

「勝つさ。数が違いすぎる」

「違います。団長にこのままついていくんです?」

 ゲルマンは笑みを絶やさずに首肯した。

「君たちは、まだ入って日が浅かったな。以前、そういうことがあったのだ」

 その言葉に少年たちは息を呑む。

「当時の副長が今の団長だ。今と同じような状況だったな。依頼が上手くいかなくなり、余裕がなくなってな。当時の団長も部下を斬り捨てるようになったのだ」

 あれは酷かったと、ゲルマンは苦笑いをする。

「それで仲間内で刃を交えてな。結果は地獄さ。その後散り散りになったりして、ようやく今の大きさになった。同じことをやる勇気は私にはないよ」

 ゲルマンは言いながら、自分たちの傭兵団がそう長くないことを悟っていた。彼は、目の前にいる少年たちを一人ひとり見つめる。

「次の戦い、後方にいろ。俺の隊だ」






 ソラ達は最終確認をすると、準備に取り掛かった。未だソラを警戒する者がたくさんいるが、王女が生きていたこと、そして自分たちの村を取り返すために、彼らは黙々と作業を始める。

 当初の作戦の予定では、ソラ一人が百人を相手にするというモノだった。そこを森に潜んだ面々で挟撃、傭兵団に逃げてもらうというものだ。しかしそれに異を唱えたのはカエデとシャルロットだ。そこからソラが折れる形で修正されていく。

 村の女性たちも縄を編んでいた。男たちは大木を探して切り倒していく。それは夜通し行われる。その間シャルロット達はカエデ達四人に乗馬と、騎乗した状態での戦闘を教えていた。結果、アラン以外は乗れるようになる。

 アランには時間をかけないといけないと判断。彼自身の長所も、前に出るものではないため断念する。そもそも彼の役目は、戦闘ではない。それらを考慮した結果、ジン、カエデ、シルヴェストルを集中的に教えた。

 朝陽が登る頃には準備は全て整う。

「開始します」

 シャルロットはソラの顔を改めて見て、ため息を吐く。

「もう少し愛想のいい顔はできない?」

 ソラは「はあ」と応じた後に、すいませんと謝る。そうじゃないとシャルロットは内心思った。

 彼女が出ていかなければ、村人の力を借りることは出来なかった。彼の応対の仕方もぶっきらぼうである。わかっていたことではあるが、もう少し上手く出来たはずだと思えたのだ。

 それ故に不満を抱く。

 その不満を出すべきではないと、わかっていても口をついて出る。

「この人達の力を借りることが出来なかったら、どうするつもりだったの?」

 ソラは何を言っているという顔になった。

「昨夜も言いましたが、彼らの力は借りるつもりはありませんでした」

「え?」

「シャルロットさんがおびき出し、俺が百人相手にする。それだけです」

 淡々と彼は言う。一人で百人を相手にするのは無理だ。すごい魔導具を持っていても、それは難しいことである。それをやると彼は言い切ったのだ。

「陛下の民を危険な目に遭わせることもない」

 本気で言っているとわかって、シャルロットは目を瞠る。

「できるの?」

 彼は短くええと言うと、握りこぶしを作った。それをすぐに解き、もう一度出来ますと言い切る。

「ですが、村の人達が立ち上がってくれたのは、ありがたいです」

 ソラ達は班を二つにわけたのだ。一つは傭兵団と戦う者たち。もう一つは村に忍び込み、捕らえられている人々を解放する人たちである。

「確実に村の人を救えます」

 シャルロットはそうねと同意した。

 おびき出した部隊が逃げ出すことも考慮して、救出作戦と同時並行に行う。アランを筆頭に救出に向かう部隊を見送り、シャルロット達は森を駆けていく。

 シャルロットの後方にいるジンが口を開く。

「百対二十ですか」

「こちらを五人と思い込ませることが、この作戦の要です」

 ソラが補足する。カエデとシルヴェストルは頷くだけだ。

 程なくしてシャルロットは傭兵団の前に姿を見せる。馬首を巡らせると反転逃走。昨日も姿を見せたこともあり、彼らの対応は早かった。すぐに騎馬隊を編成して、追撃を開始する。後詰で歩兵部隊を編成し、騎馬隊を追いかけていく。村には数人残して、傭兵団は持てる戦力を全て投入。全戦力で追撃を開始する。

 騎馬隊の中で、数人がおびき出されていると悟った。しかし、目の前にいる王女を殺すことが彼らの目的である。ましてや、数の上で圧倒的優位からか、彼らは罠に敢えて乗ることにしたのだ。

 小高い丘に差し掛かる。左右は森に挟まれていた。否、丘の周りに森が広がっているのだ。シャルロットを含め、五人は丘の上で反転。カエデとソラは弓を構える。

 矢筒はソラが持っていたものを全て投入。全部で四十本。

「数は? 最初の追手の数は?」

「大体、七十」

 シャルロットの問いに、ジンが答える。

「二十まで使いましょう」

 ソラの言葉にカエデは首肯する。二人を補佐するのはシルヴェストルだ。

 そんな彼らを見て、傭兵団は動き出す。

「弓を構えています」

「数の上ではこちらが優位だ。盾を構えよ。魔導師前へ!」

 杖を持った一団が前へと躍り出る。その後方は弓を持つ騎馬隊が固めた。

 彼らの視線は上へと固定されていく。

「マナ濃度は?」

 問われた男は円柱の形をした道具に視線を向ける。

「四割です」

「少し威力と距離は下がるが――」

 男は角笛を持つ男に指示を出す。

「矢が来るぞ。弓取りがいる。魔導師隊、敵を驚かせてやれ!」

 角笛を持つ男が息を大きく吸い込み音を出す。音に合わせて魔導師達は杖を構えて、緑の発光を閃かせる。

 大きな音と共に緑の光がシャルロットたちを襲わんと走り、途中で霧散する。

「届かないだと?」

 傭兵団は驚き、思考に空白が生まれた。その僅かな隙は致命的なモノとなる。

「今だぁ!」

 傭兵団の左右から大声が飛んでくる。それと同時に縄が張られた。追手の騎馬隊は足を捕られ、ほぼ全員落馬。左右から投石がはじまる。

 縄は両端にある樹々に縛り付けられ、全員が一気呵成に投石。力のあるものは頭部ほどの石を投げて、命を奪っていく。

 そして部隊を率いる隊長各は、次々と矢で射すくめられていく。

 魔導師達は起き上がって杖を構える。

「ダメだ。ダメです! マナの濃度が二割しかない」

「四割はあっただろう!」

 怒号が飛び交うなか、敵中にシャルロットが飛び込む。純白の長剣が虹色の光沢を放つ。素早い剣閃は血飛沫を、次から次へと巻き上げていく。傭兵達はことごとく斬り伏せられる。彼女の背中から切りつけようとすれば、矢で射抜かれ、石を投げられた。

 ――残り六十人。

 石が投げ終わると村人たちは次の行動へと移る。難を逃れた傭兵たちはそれを追うが――。

「罠だ!」

「水だ! 水を持ってこい! 杭に糞が塗りつけてあるぞ!」

 予め罠を設置していた森へと入り込み、戦意を喪失していく。

 落とし穴が多数仕掛けられており、底に糞と小便をかけた杭が仕掛けられていた。そこに落ちたものは傷口から、ばい菌が入り込む。一刻もはやく消毒のため足を止めなくてはならず、一人で足を止めれば桑を持った村の者達に袋叩きにあった。

 複数で動いていた場合でも、仲間を放っておけず足が止まる。追撃は困難を極めた。

「よしっ。こっからやり返すぞ!」

 村人たちは意気揚々と次の場所へ行く。そこには丸太が二本あり、取っ手代わりに縄が結わえられている。十人ずつでそれを持ち、全員でそれを担ぎ上げた。

「いくぞ!」

「村を取り返すぞ!」

 彼らは王女の活躍を見ていた。単身敵中に飛び込み、斬り伏せていく姿を。それにあてられて、彼らの戦意は上がりに上がっていた。

 ともすれば諸刃の剣。危険なのだが、一人が注意をうながす。

「おいおい、カエデの言っていたこと忘れるなよ」

「浮かれるな、だっけ?」

 最前列に立つ男は振り返り言う。

「浮かれちゃうでしょうがよ。あんなの見せられたら」

 指差す先には彼らの王、シャルロットである。今も敵を一人また一人と屠っていた。

「俺達も男だってところを見せる時だな」

 それを隣の男がなだめるように返す。

「だが、忘れるなよ。俺達は逃げて生き延びる事が、役目だ」

 彼らは頷き合うと、大木を突き出し彼らは息を合わせて歩き出す。彼らはソラたちの背後から現れる。

「あれ、敵が増えてら」

「援軍だ」

 村の男の言葉にジンが返す。後詰が追いついたのだ。彼らは到着すると、すぐに張られた縄を斬り捨てた。細道であり左右に罠が仕掛けられていること、そして目の前に王女がいることで、視野が狭まっていく。彼らは猪突猛進するかのように進軍していた。

「回り込めと言っている! 回り込め! 聞こえんのか!」

「統率できるやつがいないじゃないか」

 指揮系統が混乱を見せていたのだ。

 これは先発隊の隊長各を、全て討ち取ったソラとカエデの功績でもある。それにより、我先に王女を討ち取って、大手柄を立てたいという欲が抑えきれず、仲間内でも争う始末になっていた。

 ――残り六十三人。

 それらを見て、村人たちは心臓が跳ね上がる。

「いつでも行けますぜ?」

 村の男はジンに声をかけた。彼はソラに視線を走らせる。

「ジンさん。シルヴェストルさん」

 ソラは矢を射放つと槍を構えた。シルヴェストルは頷き、矢筒をカエデに全て渡すと、槍を構える。丸太の横につける。ジンもまた長剣を抜き放つ。

「号令をお願いします」

「あいよ」

 ソラが作戦の立案をしてはいたので、本来ならば彼が号令をかける場面ではある。しかし、今回はそれをジンにお願いしている。

 理由は二つあり、一つはソラが余所者であること。もう一つは村の仲間であるジンにやらせることが、気持ちの入れようが違うだろうということである。信頼がある方に任せたほうが気持ちもいい。そういうことであった。

 最前線では縄が全て斬り捨てられていが、死屍累々。三十人以上の躯が転がっていた。

 ――残り五十人。

「仕返しするぞ!」

 ジンが叫ぶと、全員が雄叫びを上げる。

「かかれ!」

 二本の丸太を担いだ二十人が走りだし、並走してソラ、ジン、シルヴェストルが突撃を開始する。それをカエデは矢で援護。

 ――残り矢十九本。

 丸太の突撃は威圧感があった。

「マナが使える方が有利でしょうが!」

「魔導師応戦!」

 生き残った魔導師達が杖を構える。大きな音と共に、緑の光線が閃く。光は走るが、二十ミール(約二十メートル)も走らないうちに霧散した。

「届かない? どうしてよ?」

「マナの濃度一割……」

 それを聞いた男は、顔を青ざめさせる。報告した男も顔を真青にしていた。

「マナが味方しているというのか?!」

「魔導具を使え!」

 団長は、側にいる男に叫ぶ。でかい斧を構えている男は逡巡する。彼は側にいたゲルマンを見やる。彼も反対なのか、団長の男に意見する。

「ここで使うと味方が巻き込まれます」

「目の前に王女がいるじゃない! それにあの丸太の突撃を許していいというのか? いいわけないでしょうが!」

「旗色が悪いです。まだ数はこちらの方が優勢です。一度下がり――」

「うるさい!」

 刃が振りぬかれ、ゲルマンの顔に血が走った。顔を抑えて彼は落馬する。

 大きな戦斧を持つ男は、それを見て了解と応じると仲間に叫ぶ。逃げろと。

「やめ、ろ……」

 ゲルマンの声は弱々しく、届かない。

 戦斧を視認したソラの動きは早かった。馬の尻を叩き、加速させる。二馬身ほど先行したところで、馬の背に立つと跳躍。

「陛下!」

「ロッテって言っているでしょう!」

 ソラは内心そこなのかと思いながら、手斧を二本投擲。ロッテの近くにいた男二人の頭部を斧がかち割る。

 戦斧を持つ男が緑の光を纏い、斧を振り下ろす。地面を破裂させ、生きている仲間と死んだ仲間ごと、周囲を吹き飛ばす。シャルロットも巻き込まれ、吹き飛ばされる。が、その背を着地と同時にソラが受け止める。

「あいつは俺が」

「頭目はいただくわね」

 ソラは頷き返し、シャルロットを自分の乗っていた馬に投げ飛ばす。彼女は刹那、目を白黒させるが、察して馬の背に着地。衝撃に驚き馬が仰け反る。そこを見逃す傭兵たちではない。二人の男が槍を突き出――。

 空気を切り裂く音が二つ。男たちの穂先は空を切る。

 ――残り矢十五本。

 カエデが射抜き阻止した。

「感謝する!」

 彼女はそのまま手綱を引っ張り、強引に突撃を開始する。

 刹那の出来事に傭兵たちは唖然とした。斧を持つ男はすぐに再起し、斧を振り回し追いすがる。

 ――残り四十三人。

「させません」

 目つきの悪い少年に阻まれた。

「塵芥になれよや!」

 緑の光を纏い、巨大な斧を振り下ろす。無感動にその一撃を見て、ソラは左手で受け止めようと突き出した。

「そんなんで止められるかよ!」

 刹那。蒼い光が閃く。

 その光を背に感じた王女は勝利を確信して笑う。

「なんとー?!」

 驚愕の叫びは斧を振り下ろした男からだ。

 振り下ろされた戦斧はソラの頭上で止まっていた。斧の切っ先を掴み受け止めたのだ。

 ソラの左前腕に、それまでつけていた手甲とは別の手甲が顕現していた。虹の光沢を纏う蒼き手甲。それは指先まで覆われており、指先は鋭く尖っていた。

「なんと?! なんと?!」

 鋭い爪が戦斧を貫通する。戦斧を持つ男は強引に魔力を魔導具に流し込む。

「させるかよ!」

 傭兵の男は叫ぶ。

 戦斧が緑の光を放――たない。戦斧が砕かれ驚愕。そして戦斧を持つ男は目を瞠る。ソラの左腰に、それまで無かった蒼い太刀を視認。それが戦斧を持った男の最後の光景。

 右腰から左肩まで袈裟斬りに斬り飛ばされたのだ。

 蒼い一閃。

 ソラは即座に手近にいる兵士に斬りかかり、首を跳ね飛ばす。その兵士の持っていた槍を奪い。丸太の突撃を邪魔しようとした一人にめがけて投擲。

(これで障害は消えた)

 ソラは視線を走らせると、シャルロットはすでに敵の頭目を討ち取っていた。首級を掲げて周囲の戦意を一気に削ったところで、丸太の突撃。傭兵たちは戦意を失い、我先にと潰走する。




 遡ること、ソラが魔導具の戦斧を受け止めた頃。シャルロットは純白の長剣は、灰色の長剣と交わっていた。彼女を取り囲もうと長槍を持つ男たちが穂先を向ける。それらに馬の死骸を投げつけた。

 頭目には馬が見当たらず。これ幸いと馬蹄で踏み砕こうとしたが、彼もまた魔導具を持つモノであり、馬が真っ二つに斬り捨てられたのだ。故に今の彼女は地面を泥臭く駆けずり回って戦っている。

 血に染まる大地を転がり、槍の穂先を交わして懐に飛び込み。白い一閃。倒した敵の躯を投げ飛ばして、足並みを崩す。土を掴んで投げる。そうしてようやく頭目以外の動きを鈍らせたところで、頭目が背後から迫り、灰色の刃を振り下ろす。そのまま頭上で受け止めた。

「パッセ侯爵の差金ね」

 が、頭目は答えない。

「死ぬお前には関係のないことだ」

 膝蹴りがシャルロットの背中に入ったところで、蒼い一閃が戦斧の男を絶命たらしめる。

 それを視界の端で確認していた頭目は、わずかに動きが鈍った。その一瞬をシャルロットは逃さない。血の混じった泥を投げつけ、相手の視界を奪い。一気に首を跳ね飛ばした。

 苦悶に歪んだ首級を掴み上げ、周囲に見せしめる。

「討ち取ったぞ!」

 返り血と泥にまみれた王女は叫ぶ。

 彼女の叫び声の後、丸太が傭兵団の中を突っ込み、蹂躙していく。中には丸太の一撃は免れたものの、村人たちに踏み潰された者もいた。

 横合いから邪魔する者は、カエデに射すくめられ、シルヴェストルに槍で突かれ、ジンの長剣に斬り伏せられる。

 こうして傭兵団だった者たちは烏合の衆となり、我先にと逃げ出す。しかし、彼らの行く手を阻む者たちがいた。

「あ、あいつらは村で捕らえていた」

 数人の男たちと捕まっていた者たちが、農具を武器に行く手を阻んだのだ。

「ゲルマン副団長」

 ゲルマンに指示を仰ごうとする者たちが集まるが、彼は小さなため息を吐いて笑う。シャルロットを前に彼は武器を捨てる。

「降伏する。私は如何なる処罰も処遇を受け入れる。だが、あの者達には再起の機会を与えてほしい」

 ゲルマンは彼の背後にいる少年たちを指さす。

「彼らはまだ若く、将来も私なんかより長く明るい。今回の依頼が彼らにとって――」

「ああ、はいはい。とりあえず、貴方、名前は?」

「これは失礼。ゲルマンと申します」

 シャルロットはゲルマンを指さすと――。

「こいつもらうね」

 シャルロットの言葉に、村の人々は難色を示す。

「そ、そいつは顔に傷こそあるが、顔はいい。奴隷として売ればそれなりの――」

 シャルロットは視線で射すくめる。

「今回の戦いで武勲を上げたのは私とソラ」

「ま、待て。私は後ろの少年たちを――」

「黙りなさい」

 ゲルマンははいと言って口をつぐむ。いつの間にか側まで寄ってきていたソラが。ゲルマンの肩に手を置いて、小さく頷いて諦めろと諭す。

 その後、シャルロットに説き伏せられた村の人々は渋々了承。

 結果、シャルロットとソラの取り分として、ゲルマンを含む十二人の身柄は彼女の手下として迎え入れられる。

 後の者達は恨めしそうに、彼らを睨んで罵声を浴びせるが、諦めてその場にへたり込む。

 小さな戦いが終わる。それはブランシェエクレール国と、周囲の国に決して小さくない波紋を与えた。






~続く~


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