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第七話「再会は最悪」

第七話「再会は最悪」






 青い空に黒煙が立ち昇る。

 それをヴェルトゥブリエの軍も、グリーンハイランドの軍。民、そして戦争と関係のない旅人たちも見上げた。

 民が見上げて泣き叫ぶ。もうおしまいだと。

 旅人たちは遠くから眺めて口々に言う。この大地は終わりだと。

 ヴェルトゥブリエの軍は背後を眺めて誓う。あのようなことは王都では起こさせないと。

 グリーンハイランドの軍は空を仰ぎ見て言う。ここまでする必要があったのかと。

 ブランドンは燃えあがる神木を見て血相を変えた。慌てて彼は走りだし、勢いそのままに叫ぶ。

「兄上! 陛下! どちらにおりますか!」

 程なくして兵士が彼を陛下の元へと案内する。そしてアーマンは丘の上で燃え上がる神木を眺めていた。振り向かず気配でブランドンを感じる。

「良いではないか」

 口ぶりは至って落ち着いていた。ブランドンは常より遅い口ぶりだと感じるほどに、アーマンは落ち着いて眺めている。

「よくはありません!」

 彼の頭の中で不安が膨れ上がっていく。彼はこのプリュトンデューアルブルを補給拠点とする予定にあった。天然の日陰は何モノにも代えがたい。

 アーマンは焼き払った後に幕舎を用意すればいいという。幸いにも敵が置いていった備品がたくさんあったのである。それにとアーマンは言う。

「異教徒の偶像崇拝の対象であるのだから、見せしめは必要だろうて」

「そうでしょうが――いえ、そうではありません」

「プリュトン侯爵も合意した。王都の神木は残す。これでよかろう」

 言い終えると同時に神木から異音が響く。乾いた木が割れるような甲高い音。そして彼らの目の前で驚くべき早さで、神木が朽ちていく。

 日差しから大地を守り続けていた大木は、誰もが驚くような早さで傾く。

 逃げろと叫ぶ間もなく神木は折れて、地面を打ちて震わせる。火は燃え広がり草原を焼いていく。

「祟りだ」

 誰かの言葉が波及して一気にグリーンハイランド軍の士気は下がっていった。

「祟りではない! これは異教徒に対する神の怒りだ!」

 禿頭に白髪の髭。そして周囲に白衣の修道服を纏う兵士たち。

「ゴドウィン!」

 ブランドンは怒りを孕んだ瞳で睨めつける。

 ゴドウィンが指示を出し、神木を燃やしたのだ。彼は叫ぶ。これこそが神の断罪だと。我らに義はあり、異教徒から全てのモノを取り返し撲滅せよと。

 ゴドウィンとその手勢は、燃え盛るプリュトンデューアルブルに向かって走りだす。

「兄上! お止めください!」

「略奪をせねば、下がった士気はあがらん。俺を信じろブランドン」

 そう言われてはブランドンも引き下がる他無く。とはいえ、彼は頭を悩ませた。天然の屋根のある場所。そしてちゃんとした寝床があった街が今現在進行形で灰になっていった。そして現地の民からの略奪と虐殺。

 一時的な士気の向上にはなるだろう。それ以上に損失したものがたくさんあった。

「それに食料は全部抑えてある。大丈夫だ」

「そうではないんですよ……」

 アーマンはブランドンのつぶやきを聞き取れず聞き返す。しかし、彼は取り合わず質問を投げた。

「そのプリュトン侯爵は?」

「今頃私の元にフェリシー殿を連れてくる作戦会議だろうよ」

 ブランドンは内心毒づく。どこまでも脳天気なのだとため息をつく。

 ――我らにも思惑があるように、彼らにも思惑があるのだぞ。






「撤退の行軍がいささか速い?」

 ローランに問われた兵士は肯定し、自分の見たままを述べた。

 ――となると、やはりフェリシーは軍を離れたか。いや毒の効き目が悪いことも懸念せねば。

 ローランがあれこれと思考をしていると、青白い顔の男と、黒い仮面をつけた少女がやってくる。

 プリュトン侯爵は顔を向けずに口を開く。

「今一度問うが」

「洗脳はバッチリです」

「ならばよし」

 ローランは頷き、黒い仮面の少女に目を向けた。

 ――あれから三年か。

 ヴェルトゥブリエの内乱の原因はいくつかあった。その中で特に強い影響を与えたのが、とある近衛中将の処刑である。

 当時その近衛中将は国の人気者であった。それに業を煮やしたのが、フェリシーの父王である。彼は事件をでっちあげると、その罪をジャンヌになすりつけ処刑にしようとしたのだ。だが、それは途中で横槍が入る。

 悪魔――魔族が介入したのだ。

 結果その近衛中将は行方不明となり、潜在的にあった貴族たちの不満に火を点けた。それだけではなく、権力簒奪に消極的だったフェリシーの後押しとなったのである。

 その時ローランは考えたのだ。

 こんなに簡単に成り代わってしまうのなら、自分が王に成ってしまおうと。

「ついにこの時が来たのだな」

「左様にございますプリュトン侯爵。貴方様なら、この大地を導けます」

「世辞はいい。この行軍速度にいささかの疑問がある。フェリシーが離れた可能性がある」

 フェリシーという言葉に黒い仮面の少女が反応した。膨れ上がる殺気。ローランは目だけで青白い顔の男に目を向ける。男は小さく頷く。

「では我々がその捜索に」

「いや、お前たちは王都へ、グリーンハイランド軍を案内しろ。そのまま王都攻略に参加せよ。そちらにもフェリシーは、いるかもしれないからな」

 若干の間が空く。

「わかりました」

 ローランは男の思惑を理解していた。それだと困るので彼は、青白い男と黒い仮面の少女を案内役に任せたのだ。

 とはいえ、もっともらしい理由は添える。

「ジャンヌを奴らの前に出せば、多少は動揺もしよう」

「なるほど、わかりました。このジルド。全身全霊で頑張らせていただきます」

 何かを演じるように、大きな挙動と言葉で応じるジルド。

 ローランは内心鼻で笑いながら、視線を地図に戻す。

 ――南に向かうだろう。しかし、どこへ行く? あの毒では遠くまでは行けまい。

 ふと国境線が目に入る。

「急ぎ出立の準備をせよ」

「どちらに向かわれるのですか?」

「差し出がましいぞ。お前たちは王都攻略に専念せよ」

「失礼しました。では、王都に向かう準備を整えます」

 最後まで黒い仮面の少女は口を開かなかった。






 ヴェルトゥブリエの軍から離れて一日。フェリシーの身は汚れに汚れていた。馬から降りると乗るのに苦労することから、生理現象の全てを馬上ですませている。

 最初の数回は恥じていたが、今のフェリシー・ロイ・ヴェルトゥブリエはそのことを気に留めている余裕はなかった。

 手足のしびれが増していき、ついに馬を扱えなく成ってしまう。見かねたエメが徒歩にかえ、フェリシーの手をとって馬二頭を引きながら夏の平原を南下していく。

 彼女らの目的地はブランシュエクレールである。上手く逃げ延びて援軍を請うつもりであった。

 しかし、フェリシーの足取りは刻々と痺れが増し、日が傾く頃にはおぼつかなくなる。

「ごめんなさい」

「お構いなく。私はどんな陛下でもお側におります故」

 エメはフェリシーから悪臭が漂っているのはわかっていた。しかし、それでも眉ひとつ動かさない。

 捨て置いて逃げてもおかしくない状況。それでもエメはフェリシーに対する忠誠心。そして自身の主人であるノエルの言葉を信じていた。

 彼はフェリシーに強い執着心を抱いている。

 それがあるから大丈夫だと信じていた。しかし、その想いは打ち砕かれる。

 夜の平原に響き渡る馬蹄。あまりの多くの数に彼女らはすぐに察した。追手が来たのだと。

 九魔月も手伝って夜の闇は浅く。背後の騎兵の影も、そして彼女たちの影もばっちりと闇に生えていた。

 騎兵からいたぞと声が上がる。先頭にはローラン・ヴェルトゥ・プリュトン。一斉に彼らは武器を取った。

 彼らもまたフェリシーの考えを読んで、ここまで一直線で来たのである。

 彼女らは急ぐが徒歩。対する相手は馬である。誰が考えても追いつかれることは明白であった。それでも彼女らは足を動かす。遥か前方に旅人らしき人が目に留まった。フェリシーは巻き込めないという想いから、足を止める。

「エメは逃げなさい。ブランシュエクレールにこのことを」

「ですが?」

「わたくしは大丈夫です。すぐに殺されることはありません」

 この窮地でもフェリシーは笑った。

「なりません。私もご一緒します」

「ダメよ」

 が、彼女らが言い合っている間にローランたちは追いついてしまう。

 形だけでも錫杖を構えて、抵抗するフェリシー。軽く槍で払われて簡単に落としてしまう。

 夜の闇に錫杖の音が響く。

「ご観念いただこうか」

 フェリシーは顔を俯かせてから口を開く。

「ひとつ聞かせて。なぜ裏切ったの?」

「たったひとつ。単純な答えです。隙です。貴方に隙があったからです。覇を唱える隙があったからなのです。これ以上お手を煩わせないでいただきたい」

 フェリシーはローランの引き連れた騎兵を見る。約千はいると理解し、口を開く。

「わか――」

 空気を裂く音。誰かの断末魔が上がる。頭部に深々と突き刺さる矢。騎馬に乗っていた兵士の頭部を貫いた。

 それを視認したローランは叫ぶ。

「兜ごしだぞ!?」

 視線を前方に向ける。さらに空気を裂く音。否、矢が放たれた音が駆け抜けた。

 ついで三人が同時に騎馬から落ちる。

 そして馬蹄が響く。

 馬を駆けながらひとりが矢を素早く射放つ。さらに馬に命中し、激痛に暴れて騎馬に混乱を波及させた。

 エメはそれを確認してフェリシーの手を引く。

「逃すか」

 ローランの隣にいた兵士が血飛沫をあげる。槍が深々突き刺さっていた。その石突の上にひとりの少年。

 艶のない金髪。赤みがかかった白い肌。太い眉。透き通る青い瞳。

 彼はそのまま槍を馬上で引き抜くと、亡骸を投げ捨てる。それと同時に飛び退く。

 ローランは敵の数を確認する。人が四人に、馬が五頭。

 すぐにローランは疑問に思う。馬の数が人より多いのだ。加えて二頭は人が牽引している。牽引されているのに荷物の類はない。ひとりは槍を使っている少年のだろうと予想した。

 そもそも彼らは外套の下は軽装ながら甲冑で覆われていた。

「なっ――」

 彼らのうちひとりが口を開く。

「我らはブランシュエクレールの第五騎士団所属の者だ。貴方方の目的をお伺いしたい?」

 ローランは激情に身を委ねながら叫ぶ。

「他国の騎士団がなぜここにいる?」

「ブランシュエクレール? ロッテ――シャルロット陛下が?」

 男たちの側まで駆け寄ったフェリシーが問う。アイマスクをつけていた少年が頷く。

「そちらの女性を渡していただこうか? 我々に勝てるとでも思っているのかね? 異国の地で死にたくはなかろう?」

 数は圧倒的に違う。誰がどう見ても真正面から戦えばローランたちが勝つ。

 だが、ローランの言葉に青年は笑う。

「はっはーん? おたく俺達のこと知らないの? ドラゴンを倒した話? 聞いてないかな?」

 そして挑発するように言った。

「世迷い言を! そのような嘘がまかり通るとでも」

 緑の風が吹き抜ける。馬が怯えるように暴れだす。騎兵たちは突然の事態に狼狽える。

 ローランは気づくべきであった。馬の数が多い時点でもうひとりいることを。

 緑の竜巻がローラン部隊の中心に落着。突風が吹き荒れる。馬も人も吹き飛ぶ。疾風はそのままローランの背後からフェリシーの前へと駆け抜けた。血飛沫と砂塵を巻き上げながら。

「世迷い言と言ったな?」

 青年が笑う。

 砂埃が収まると、ローランたちとフェリシーの間に化け物がいた。否、龍の超戦士。そして風は龍の超戦士から吹き荒れていた。

「な! んだぁ!?」

 ローランは暴れる馬を抑えるのに必死である。

 黒い体躯。緑の外殻。そして手には錫杖と六尺(約百八十センチ)の大太刀。九魔月の月光を反射させて刀身を閃かせる。

 人も馬もその姿に恐怖を抱き、怯えた。

「弓だ! 弓を使え!」

 騎兵は弓を構えて射放つ。矢の雨が降り注ぐ。その光景に身を屈めたのはフェリシーとエメだけである。

 緑の風が突風となって矢の矛先を変えた。彼らに降り注ぐ。

 そしてダメ押しとばかりに龍の超戦士は、顎門開く。

「―――――――――――――――――――――――ッ!!!」

 ドラゴンの咆哮。

 それはローランの配下の戦意を奪うのには十分であった。我先にと馬首を巡らせて逃げ出す。

 悔しさに顔を歪めたローランは馬首を巡らせると反転。そのまま引き下がっていく。

 敵の影が見えなくなると彼らは警戒を解く。

 ジンはアランとカエデに斥候を命じる。そして彼はシルヴェストルと共に周囲の警護。

 緑の龍の超戦士は風が吹き抜けると、ひとりの少年へと変わっていた。

 彼はフェリシーの前で膝をついて、頭を垂れる。

「お待たせしましたフェリシー陛下。ソラ・イクサベと以下数名。シャルロット陛下の命により参上しました」

 顔をあげた少年は目つきが悪い。睨んでいるわけではない。生まれ持った顔つきだ。その顔を見てフェリシーは嬉しさにほころばせ、張り詰めていたモノを溶かしていく。

 大粒の涙をこぼしながら泣き出してしまう。勢いそのままにソラに飛びついた。

 が、すぐに彼女は飛び退く。

 ソラは首を傾げていると、彼女は口を戦慄かせながら開く。

「あ、ああ、私、今……駄目です」

「え?」

「ソラ、離れてください。私汚いんです!」

 エメは顔を手で抑える。フェリシーは現在汚れに汚れていたのだ。助かったことで精神的余裕が出来た彼女は、別の意味で涙をこぼしながら暴れ始める。

「あ、いやでも」

「どうしてこんな汚い私に会いに来たんですか!」

 錫杖を拾い上げると振り回す。エメは辛うじて避けたが、その一撃はソラの顔面に直撃した。

 九魔月の夜に錫杖の音が響き渡る。






~続く~


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