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第四話「不 穏」

第四話「不 穏」






 石造りの大部屋。壁には絵画などが申し訳程度に飾られていた。他には飾り気もなく、地味ではあるが、部屋は清潔である。

 部屋には大勢の人がいた。彼らは皆ブランシュエクレール国の貴族である。彼らは長い机に椅子を並べて座す。好き勝手に言いたいことを言っている。誰も話をまとめようとしなかった。

 王女が死んだことに哀しむ者もいれば、盗賊に討たれたことを罵倒する者。それに対して怒号を浴びせて、殴りかかる者。そんなことよりも領民にどう説明するべきか。同盟諸国に対する説明は――。とまちまちである。

 つまるところ誰もがどうすればいいのかわからないのでいた。

 一人の男が重々しく口を開く。

「まだ陛下の亡骸は見つからんのか?」

 ずんぐりとした体格の男が声を発しただけで、全員が静まり返る。

 その男は灰色の髭を撫でながら一同を見回す。

「ブークリエ伯爵。先にも言った通り、シャルロット王女はすでに亡くなったと、そう兵士が証言しております」

 パッセ侯爵は淡々と言葉を並べた。ブークリエ伯爵は灰色の髭を撫でる。視線だけを動かし太った貴族を見つめた。

「兵の証言ではないか! 亡骸がない以上、そんなの信じられるものか!」

 赤い髪をオールバックにした男が突如立ち上がり、大声で否定する。彼が怒鳴り始めると、またかという言葉がささやかれた。彼が怒鳴り散らすのはいつものことであり、貴族たちからも思慮が足りないと疎まれていた。

 そんな彼はシャルロットの死を未だに信じていない。

「アソー子爵落ち着いてください。これは、第五騎士団の証言ですぞ?」

「その第五騎士団の団長が、なぜここにいない?」

 アソー子爵の言葉に、数人がそうだと同意の声をあげた。

 パッセ侯爵は額をハンカチで拭う。その下で忌々しく思っているのか、眉間にしわがよる。

 アソー子爵は語気を荒らげて、さらに言葉を続ける。

「あの団長が亡骸も取り返さずに、おめおめと帰ってくるモノか! とにかく私は亡骸もないのに、王女が死んだなどと、信じんからな!」

 他の貴族がアソー子爵をなだめて、レーヌの状態を説明する。

「大きな怪我を負ったそうじゃないか。精神的にもかなり追い込まれているはずだ」

 だからここに出られないのも仕方がない。そうアソー子爵を落ち着かせようとした。

「黙れ! 卿らはそこまで王女を亡き者にしたいというのか?」

 その言葉に全員が押し黙る。アソー子爵は露骨に不満を示す。貴族の間でシャルロットを亡くなったことにしようとしている節があるからだ。それを感じ取って彼は、反発しているのだ。

「そういう貴方こそ、生きているかどうかわからぬ者に、いつまで固執するつもりですか?」

 パッセ侯爵は刺々しく言い放ち、言葉を続ける。

「大体、皇国の使者様が来ているのに、責任も果たせぬのでは、王女としても失格なのでは?」

「ムライ宰相はどうした?」

 アソー子爵は食い下がった。

「カトリーヌ・ル。シャルリーヌ様はどうした? 卿らの中で誰か一人でも見たものはおるか?」

「今は関係ないでしょう?」

 パッセ侯爵の声が上ずる。

「関係なくはないだろう! 皇国の使者とやらが来ているのだ。シャルロット陛下がいない間は、ムライ宰相殿がお相手するのではないのか? シャルリーヌ様も王女の代理なのだろう? ならばなぜここに出席になられない」

 勢いそのままに立ち上がる二人。指を指し合って罵倒交じりに言葉をかわしていく。

 パッセ侯爵の顔色はみるみる悪くなっていく。

「せ、精神的なモノです。ご家族が亡くなった彼女の心中を思えば――」

「王族たるもの、責任を果たさなくてはいけないのではないか?」

 パッセ侯爵は苦虫を噛み潰した顔になる。

「良さぬか!」

「ブークリエ! こやつに肩入れする気か!」

 ブークリエ伯爵は手で制する。落ち着けと短く一言言うと、アソー子爵を目線で座らせた。

「亡骸も確認出来ないまま、事を運ぶのは我々貴族にとっても、好ましい状況ではないのも確かである。とはいえ、便宜上シャルリーヌ様を一時的にでも王と仰ぐべきではないかね諸君。国にいらぬ混乱をもたらすべきではない。そうではないか?」

 その言葉に全員が押し黙る。

 結局彼らはシャルリーヌを当分の王とすること、それの補佐を行うのをパッセ侯爵ということで一致した。

 会議が終わると、貴族たちは大部屋を後にする。アソー子爵は顔見知りの侍女に声をかける。

「ゾエ、カトリーヌ・ルやレーヌはどうしたのだ?」

「体調がすぐれないと、自室で休んでおられます」

 アソー子爵は案内できるかと聞くが、ゾエは首を振った。

「誰にも会いたくないと」

 アソー子爵は、露骨に嫌疑の眼差しをゾエに向ける。彼女は一切動じることはなかった。

「そうか。ありがとう」

 アソー子爵は礼を言うと、足早に退出した。

 その姿を部屋の片隅で見ていたパッセ侯爵と数人の貴族は、猪貴族と揶揄する。

 彼らはしばらくそこに留まり、シャルロットに対する方針を話し合った。改めて人が出払ったのを確認して、彼らは公文書を作成。密約する。






 フェルナンドが別れようとした時、シャルロットは思いついたことを口にする。

「そうだ。この戦いで上手く事が運べば、専売権を与えてもいいわよ」

 フェルナンドは飛び上がる。

「マジかよ!」

「考えてもいいわ。貴方の働き次第ね」

 フェルナンドも根は商人であった。故に、莫大な利益が入る話には、俄然やる気が出るのである。彼は専売権を得た後の事を考えて、顔を緩めた。

「だから、無茶はしないでね。何があっても生き抜きなさい」

 その言葉にフェルナンドは、意表を突かれた。シャルロットは彼が危険で孤独な戦いをすることを理解している。故に、彼の身を案じて、危険に見合う対価を提案したのだ。

 不都合な情報を流すのだ。パッセ侯爵などに捕まれば、命はない。

「ありがとうよ。その話は追々しようぜ」

「そうね」

 ソラは最後にフェルナンドにいくつかの、お願いごとを頼んだ。その内容に褐色の青年は眉間にしわを作る。

「武器はわかった。だが、最後のは難しいな」

「最後の策に必要です」

「わかったよ。なんとかしてみせる」

 ソラは前金を渡そうとしたが、フェルナンドは手でそれを制止した。

「逃げたくなる」

 ソラは頭をかいて、わかりましたと応じる。フェルナンドは二人に手を上げて、彼の戦場へと向かう。






 男二人が面と向かって世間話をしていた。当然、今の国の情勢の話題になる。

「シャルロット王女生きているって話知っているか?」

「そう……らしいな……」

 嬉しそうに話す男に対して、話を聞いている男の言葉は歯切れの悪いモノとなっていた。

「お、お前……村に戻るんだよな……」

 嬉しそうに話した男はああと言って、自分の荷物を指し示す。

「お前の村からもらったもん、持って帰らないとな」

「そ、そうか……」

 二人はしばらく会話した後、別れた。

 見送った男は最後まで言うことができなかったことがある。

「すまない……すまない……お前たちの村……見捨てて」

 嗚咽混じりの言葉は届くことはなく。二人はついに再会することはなかった。

 シャルロット王女生存の噂話は、瞬く間にブランシュエクレール国全土に渡る。国内では噂を信じるもの、疑うものが各地で言い争う事態にも発展。

 それから間髪をいれず、傭兵団は動き出す。村を焼いたのだ。ブランシュエクレール国南東にあるパッセ領内の村を焼き、女をさらい。食糧を奪った。パッセ侯爵はそれを黙認。

 何人かは残って戦い、傭兵団の数は百十人にまで減るが、ほぼ返り討ちである。

 彼らは一時避難場所で、生き残った村の人々と合流。今後の事を話し合う。今後のことなどほぼ決まっており、どこに逃げるか、である。

 それでもすぐに動くことは出来ず、自警団の生き残りは、森から傭兵団の様子を伺っていた。

 朝日の眩しさに、二人の少年は目を細める。

 艶のない金髪の少年は、森の中から無念そうに、焼かれた村を眺めた。ついで傭兵団を眺めては、顔を赤くして眉間にしわを作る。歯ぎしりが聞こえるほど、噛み締めた。

「まだ百人はいるのかな?」

 艶のない金髪の少年の言葉を、黒髪の少年はああとだけ返す。

 金髪の少年は握りこぶしを作って、大木を殴った。自身の怒りを抑えきれず、何かモノにあたらないと、飛び出してしまいそうになるからだ。

「奴らを全員、血祭りにあげてやる」

 またもああとだけしか返事をしない。艶のない金髪の少年も、話を聞いていないのかと、ため息を吐いた。それと同時に彼は脱力する。先ほどまで浮き上がっていた肩はだらりと垂れ下がっていた。

「カエデ。お前だって、おふくろさんが危険な目に遭っただろう? なんか思わないのか」

「怒っている」

 黒髪の少年、カエデは鋭い目つきを、更に細くする。側にいる艶のない金髪の少年は、戦慄した。そんな友人の様子を尻目に、カエデはだがと話を続ける。

「怒りで我を忘れて突っ込んでも、こちらが血祭りにあげられるだけだ」

 金髪の少年はなんだよと口を開く。

「話を聞いてくれているなら、もう少し愛想よくだな」

「俺はお前に、愛想を振りまいてやるつもりはない」

 釣れないねと金髪の少年は頬をかいた。彼は話題をかえる。自分の村が襲われた理由がわからないのだ。

 東の砦に盗賊たちが出たという話は、彼らの耳にも届いていた。しかし、彼らの村よりずっと北東の位置だと言われていたのだ。

「しかしどうして俺達の村が?」

「シャルロット王女をおびき出すためだろう」

 艶のない金髪の少年は、目を瞠り、口を情けなく半開きにさせてしまう。そんな友人にカエデはため息交じりに言う。

「奴らが動いたのが、シャルロット王女の生存の噂が出回ってからだ」

 なるほどと金髪の少年は頷く。噂が国に出回ったくらいに動きがあった。

「そしてここは襲われてもいい場所。おびき出すのに都合がいい場所なのだろう――つまりだ。俺達の領主様は、俺達を助けてくれないだろう」

 皮肉交じりにカエデは言った。最後の言葉に艶のない金髪の少年は目を白黒させる。彼からすれば突飛な話であった。しかし――

「カエデが言うなら、そうかもしれないな。しかしそうなると村長たちが無駄足じゃないか」

 少年はその話を鵜呑みにする。カエデはため息を吐いて、艶のない金髪を真正面から見据える。

「シルヴェストル。お前の悪い癖だ。少しは疑え。俺の話は、突飛な話にもほどがあるんだぞ?」

 艶のない金髪の少年シルヴェストルは、にぃと白い歯を見せて、それは無理だ。と、屈託の無い笑みを浮かべる。カエデは肩をすくめて応じるしかなかった。

「お取り込み中いいか?」

 シルヴェストルは驚き、腰をついた。突如現れたように感じたのだ。シルヴェストルの視線の先に珍妙な格好をした少年が立っていた。

 頭部はフルヘルムで覆われており、首元は黒いマフラーを巻いている。後はどこにでもいる普通の格好だ。遠目でもわかるほど、突飛な格好であった。そんな格好の人物が突然現れたのだ。シルヴェストルが腰を抜かすのも無理のない話である。

 すでに察知していたカエデは、やれやれと首を振って、シルヴェストルに手を差し出す。その手を掴みながら、彼は礼を言う。

 シルヴェストルは起き上がりながら聞く。

「アラン、村はどうだった?」

「数は百十人、士気も高いな」

 アランの声は低い。オマケにフルヘルムである。中でこもり声は低くなった。彼の報告にだろうなとカエデはつぶやく。

「だろうな。じゃないでしょうがよ」

 シルヴェストルは頭を抱えた。

「こっちは大ピンチだよ? 作戦とかないの?」

 期待を孕んだ瞳を向けるが、帰ってきのは冷たい視線だ。

「せいぜい少数でやれるのは、奇襲によって敵の大将を討ち取るという手。後は遊撃戦で相手の戦力を削っていく手だが――そのどちらも無理だ。現状物資がほとんどないから、お手上げ、逃げるしかないな」

「淡々と言うんじゃないよ」

 カエデは肩をすくめてから、事実だと冷たく言い捨てる。

「おう、お前ら。どうだい?」

「ジンさん」

 ジンと呼ばれる男は、手を上げてカエデ達に歩み寄る。彼は自分がいた村を眺めて、あーあと声を漏らす。

 茶色の頭髪は波打っていた。それを肩まであり、もみあげの部分に髪留めをつけている。

「こりゃあ参ったね」

 彼は三人より年上であり、村の自警団の副団長を任されていた。

「団長、村の方針は?」

 しかし、団長が先の戦いで死亡。彼が今の団長である。

「隣の村に避難することとなった。俺達はそれの護衛を行う。いいな?」

 三人は思い思いの返事をする。

「一矢報いたかったけどな。こればっかりはな」

 しかたがないとこぼしながら、ジンは彼らに背を向ける。指先でついて来いという仕草をして、その場を後にした。三人もそれに続く。






 フェルナンドは革新派の領地にいた。ミュール領、ミュール伯爵が統治する領内。そこで一番大きな町に彼は足を運んでいた。

 町は武器工場に溢れており、フェルナンドは品定めも行う。が、すぐに、それをやめた。ン・ヤルポンガゥやエメリアユニティの質と比べるべくもなく悪い。素人目に見ても歪んだ剣。鉄を薄く伸ばした程度のフルプレートアーマー。どれも、戦場で壊してくれと言っているようなモノばかりだ。

 褐色の青年は諦めると、大きな集会場へと向かった。

 彼は馬鹿な商人を装って、村人から収穫物を買おうとする。もちろん断られた。この国の内情を知っていれば、それは無駄足である。しかし、彼はそうやって村人と会話の糸口を作り、噂を流してきていたのだ。

 道中であった商人たちにも吹聴し、ねずみ算式に噂を流す者は増えていった。結果、わずか数日で全土に広がることに成功する。

 今はシャルロットにとって都合の悪い方の噂を流していた。つまり、シャルロットは死んだという話をしているのだ。

「――んで、どうやらご遺体は王宮に運び込まれたそうなんだよ」

「そうか……」

 それを聞いた村の男たちは、露骨に肩を落とした。フェルナンドは内心、手を合わせて謝罪する。

(戦争させないとはいえ、やっぱり情報操作は嫌いだな……)

 商人という職業柄、フェルナンドもそれを行う。しかし、彼は情報操作と戦争関係での商売を快く思えなかった。

 彼の脳裏にあるのは燃え盛る故郷の村と、黒く炭化した誰ともわからなくなった両親、友人たちだ。

「なあ、その亡くなったシャルロット陛下ってどんな人だったんだ?」

 彼は直接会っているし、それなりの人となりを知っている。しかし、こういうことは、一般大衆、第三者から聞くことも大事であった。

 それは商人としての経験から来ている。自分自身の眼と耳を疑う。今、自分が抱いている評価を、疑ってかかる。そしてまったくの無関係の人間からの、評価は判断材料としてとても重要になってくる。

 それが時に正しい判断へと導くことがあるのだ。

「シャルロット王女はいい人だよ。魔力はなくて、俺らの領主は――能なし――なんて言っているが、あの人には魔力なんて必要がないんだよ」

 この話は行く先々で聞いてきたフェルナンドは、内心やっぱりそういう人なのかと、安堵する。

「前の王様から変わって不満に思ったこととかは?」

「いんや。特にないな」

「俺はあるぜ――あの人俺たちより農具が似合いすぎ」

 男たちは一斉に笑う。

「そうなのか?」

「ああ、この国の人間では有名な話さ。あの人はよく農具を持って、民の畑仕事なんかを率先して手伝うんだわ」

 そうそうと男たちは首肯する。

 シャルロットが農具を持って農作業を手伝っていることを、フェルナンドは彼女から直接聞いていたわけではない。行く先々でこういう話を聞くのだ。

「おかげで、かあちゃんに仕事しろってよくケツ叩かれたなぁ」

「後、シャルロット様が視察に来た農地は、豊作になるって話もあるな」

 彼らは女神エクレールの再来なのだと、誇り高く語った。だからこそ、王女の訃報に表情を暗くする。その鎮痛な面持ちはフェルナンドの内心をえぐった。

「そんな人も亡くなってしまったなんて……」

「おまけに、また食糧支援で増税だ……」

 沈んだ村人たちが口々に「アデライド様がご存命ならば」と漏らす。

「そういや、前の女王、アデライド様はなんで亡くなったんだ?」

 フェルナンドも亡くなった事は聞いていた。しかし、詳しく知っていたわけではない。加えて彼はこの話題を振った時、話を広げるつもりだった。だから次に彼らの口から聞く言葉に、衝撃を受ける。

「ああ、それが数年前に突然体調を崩してな。なんでも熱病で衰弱していく病気らしい」

 フェルナンドは目を点にした。自分の聞いた言葉を疑う。

「それマジか?」

「そうだけども、どうしたんだ?」

 褐色の青年の豹変ぶりは、男たちを驚かせた。

「いや……」

 フェルナンドは村の男たちを励ましてから、その場を後にする。しばらく村を見まわり、公示人の掲げるお触れを見た。

 公示人とは、王や領主のお触れを伝える役目を担っている者である。この時代、文字を読める者は少ないため、彼らが口頭で説明したりするのが常であった。とはいえ、そのお触書が偽証であってはならず、玉璽や貴族による印が押されるのである。

「読めん」

 公示人は咳払いをしてから、読み上げた。

「シャルロット・シャルル・ブランシェエクレール様は、亡くなり、王位はシャルリーヌ様が引き継ぎました。即位後、シャルリーヌ様は、グレートランド皇国からの打診により、食糧支援を再開することを決定――」

 読み上げている内容を聞きながら、彼はお触書に貴族の印しか無いことを確認する。

(ここもか。強引な手を使い始めたということは――相当追い詰められているな)

 フェルナンドは公示人にお礼を言って、その領地より急ぎ離れた。

「さて、厄介事が増えたな」

 胸中にある漠然とした不安。証拠はない。村人の話がでっち上げているだけかもしれない。それでもとフェルナンドは考えてしまう。

(もしかしてアデライド様の死は――)

 ソラの頼まれごとを思い出す。

(奴隷に武器……)

 フェルナンドは晴れ渡る青空を仰ぎ、白い歯を見せて笑う。

 商人として、彼には矜持があった。そしてアデライドの死の真相が、彼の考えている通りならば、彼はこの戦いに商人として挑まねばならなくなる。

「向こうも勝利したみたいだし、俺も頑張るか」






 シャルロット達が焼かれた村に来たのは、カエデ達が移動して、程なくしてだ。王都に偵察に向かってから、東の国境に移動していたため、素早く駆けつけることは出来たのだが、二人は積極的に来ようとはしなかった。

 武器と食糧の調達で即応することが出来なかったのだ。それでもとシャルロットは飛び出そうとしたが、ソラがそれを制止して、商人をつかまえると食糧と武器を調達してから来たのである。到着したのは太陽が中天にさしかかろうとする昼ごろだ。

 周囲は新緑で彩られ、森は深い。故に潜むにはうってつけだ。彼らは村から少し距離がある森の中に潜伏。傭兵団が支配している村を伺う。

「どう?」

「まだいますね」

 シャルロットは無意識にソラへと顔を寄せた。対するソラはそれに気づいて、少し距離を取ろうとするも、木がそれを阻む。

「罠、よね?」

「疑うべくもなく罠です」

 ソラは罠を回避するのを提案しなかった。罠と教えてからここに来ている。

 罠とはこの事件が、シャルロットを誘き出すモノということだ。彼女の生存の噂が聞こえ始めた時に起きたのだ。そう考えるのは自然である。

「火に入る虫ね」

「虫と違って火だとわかった上、ですからね」

 装備が整いすぎていた。そして彼女は彼らの装備を知っている。彼女が討伐した傭兵くずれたちのそれと同じであった。

 この時彼女はそういうことかと胸中つぶやく。

「全部仕組まれていたのね」

 パッセ侯爵が東の砦に出た盗賊を討伐しなかったのも、それを差し向けたのも。そしてここにいる盗賊団と同じ装備をした彼ら。未だに討伐に来ないパッセ侯爵の私兵たち。それらの点が、線となってつながる。

 全てはシャルロットを殺すためのもの。

 シャルロットはむうと唸った。彼女の目から見ても百はいるのがわかったからだ。

「奇襲は――ダメね」

「逆に誘き出すのはどうでしょうか?」

 シャルロットを殺すことが彼らの目的である。姿を見せれば彼らは追いかけてくるだろう。そこで罠に陥れれば、ある程度の効果は見られる。上手く頭目を見抜き討ち取ることも可能だろう。

 しかし、それには地図が必要だ。この村の周辺地理に詳しくない二人は、地図の入手が必要不可欠である。どこが罠に適していて、どこに潜むのが適切か。情報が足りないため、策を弄する事もできない。

 今度はソラが唸る番だ。

「見て」

 シャルロットは声を押し殺して、視線で指し示す。ソラはその先を見やる。

 村が慌ただしくなった。傭兵団が武器を手に取り動き出したのだ。ソラもただごとではないと、注視する。

 十数人が馬に騎乗すると、西へ駆け出していく。二人は視線を見合わせて、馬を隠している場所まで急ぐ。馬に乗って走らせると、村を迂回するように動いた。その道中、シャルロットは疑問を口にする。

「なんだと思う?」

「逃げた村人がいるはずです。それを追いかけているのかもしれないです」

「でもなんで?」

「奴隷として売るため――ですかね」

 シャルロットはどういうことだとソラを睨む。睨まれた少年は頭をかいてから、説明する。彼を責めても仕方がないとわかっていても、シャルロットは激情を抑えることが出来なかった。

「お金がほしいのでしょう。例えば、捕まえた人々を奴隷商人に売りつければ、多少の金額にはなります」

「余分な報酬が必要ということね」

 ソラは頷きながら、そうですと肯定する。

 この時の二人の共通見解として、村を襲った傭兵団はパッセ侯爵に雇われたのだと、理解している。

 罠であり、それを仕掛けたのはパッセ侯爵だ。パッセ領内での出来事であり、侯爵ほどならばそれなりの戦力を有していた。故にこれくらいの盗賊は彼ならば、すぐに対応できるのである。しかし、それがない。

 それらの点を考慮すれば、傭兵団はパッセ侯爵に雇われていると見るのが普通だった。

 黙認されているならば、彼とて大きくしすぎない程度に好き勝手にやるはずだ。パッセ侯爵からの報酬だけでは足りない。足りたとしてもこの先足りなくなる可能性があるのだ。

 百人以上を賄うにはそれなりのまとまった金が必要である。どんなに優秀な団長が上にいようとも、下の者を食わせられなければ、傭兵団はあっという間に瓦解するのだ。

 金はあればあるだけいい。彼らが焼いた村で何をしようが、パッセ侯爵は黙認するだろう。だからこそ、少しでも金に成ることはする。

「絶対ぶっ殺す」

 シャルロットは眉間に深いシワを作った。鋭い眼光はここにいない人物を射抜く。






 森に挟まれるような道。カエデたちの村から、隣の村まで行く際によく使う道である。そこを生き残った人々は行く。荷物や怪我人などを運んでいるため、足は遅い。そのため追手にすぐに追いつかれた。

 カエデは長弓を構える。彼は矢を番えると難なく弦を引き絞った。

 鍛え抜かれた者達だけが、その弦を引くことができると言われている長弓。それを中肉中背の少年は簡単に引いてみせたのだ。

 彼の視線の先には馬に跨る十五人、追手である。避難場所は敵に知られており、彼らは隣村に逃げる道中、その追いかけてきた敵につかまろうとしていた。

 対するカエデたちはたったの四人である。他にも村人が武器を持って、逃げる村の後列に回ってきたが、戦闘に慣れている彼らと素人では、差があるのは明白だ。

 追手も馬上用の弓、短弓を構える。距離は三百十ミール(約三百十メートル)カエデは手始めに、追手の頭目を射抜いた。頭部を射抜かれ落馬。

 矢を素早く番え、出先の馬の頭部を射抜く。馬が倒れ、乗っていた男も投げ飛ばされる。それらが、不意に現れた障害となり、後から続く彼の仲間の足並みを崩した。

 残り十三人。

 崩れた足並みに巻き込まれ、馬から投げ出された男が現れる。仲間の馬の馬蹄に踏み抜かれて絶命する。隊列は大きく乱れた。立て直すべきなのだが、指示を出す者が死んだことにより、混乱が生じる。

 それでも追手は距離を詰めてきていた。距離は二百ミール(約二百メートル)まで迫っている。しかし脅威は大きく薄れていた。

 残り十二人。彼らは矢を恐れて盾を構える。

 シルヴェストルが槍を構え、アランが拳大の石を掴む。ジンは長剣を抜き放つと、叫んだ。

「一人でも行かすな!」

 決死の覚悟で十二人を相手取る。しかしカエデたちの表情には余裕が伺えた。

 距離が縮まれば、盾があろうとも矢を受ければ、盾や鎧など意味がなくなる。おまけに混乱が生じたまま突っ込んできていた。

 カエデは正確無比に矢を放つ。

 馬を射抜く度に、投げ飛ばされ馬蹄に踏み潰されるか、打ちどころが悪くて再起不能。隊列を横に広げようとするが、左右の森が邪魔で広がりきれない。

 盾を構えるが、距離が縮まっていくにつれ盾ごと貫かれる者も出始めた。

 百ミール(約百メートル)を越えて五十ミール(約五十メートル)に達すると石が投擲され始める。人に当たらずとも馬にぶつかるだけで、効果はあった。また精神的威圧感を相手に与える効果もある。

 矢をくぐり抜けた先に石だ。士気が大きくそがれるのは無理からぬ話。そこに加えて馬が逃げ出したくなれば、追手も無理な追撃は出来ない。

 カエデ達が九人目を屠ったところで、動きが変わる。一人が馬首をめぐらせたのだ。反転するとそのまま逃げ出した。

 後は総崩れである。無謀な突撃する者、逃げ出す者とわかれる。突撃してくる者は、矢に射すくめられ絶命した。

「やったな」

 ジンはわざとらしく額を拭う素振りをする。そして全員に視線をめぐらせて笑う。

「生きた心地がしませんでしたよ」

「同じく」

 シルヴェストルとアランは脱力した。

 カエデは弓をおろそうとして――やめる。それに気づいたジン達は周囲を警戒した。

 徐々に彼らの耳に馬蹄の音が響く。それも一つや二つではない。

「本隊だ」

「なんで冷静なんだよ!」

 冷静に言うカエデ。視線の先に土煙を上げる一団。傭兵たちだ。彼らは杖を持った隊を先行させる。その後方に短弓を構えた隊が続く。

「不味いな」

 ジンは振り返る。村の人々は、まだ逃げおおせていない。すぐに追いつかれてしまう距離にいた。

 カエデは矢筒を確認して、鼻を鳴らす。先の戦闘で矢は残りの二本となっていた。

「降参するか?」

「冗談はよしてください」

 ジンは笑って見せるが、シルヴェストルは顔を真青にしていた。アランはフルヘルムをかぶり直すと、言う。

「殺しすぎた」

 カエデは無言でそれを眺め、蒼穹を見上げる。

(父のようにはなれないか)

 彼らが諦めた時だった。

「王女がいるぞ!」

 そんな叫び声がその場に駆け抜ける。そこまで整っていた傭兵団の隊列が大きく崩れた。そのまま森の中へと突っ込んでいく。

 突然の事態にカエデ達は呆然と立ち尽くす。

「今のうちに逃げるぞ」

 ジンはいち早く立ち直ると、シルヴェストルの肩を掴んで言い放つ。彼らは、その場を後にした。






 彼らは村人と合流すると、隣村に行くことを断念したと告げられる。理由はいくつかあるが、最大の理由が隣の村からの拒絶だ。

 使者が現れ、先頭の一団に告げたのである。

「襲われたくなければ――か」

「いい案ですね」

「褒めるんじゃないよ。敵だよ敵」

 ジンはカエデの称賛に、半ば脱力するように言った。

 しかしとカエデは続ける。

「的確です。彼らは我々を受け入れないだけで、村の安全は保証されるのですから」

「絶対とは言い切れないぞ?」

 カエデはそこに関しては否定しなかった。とはいえ、目先の安全と危険。どちらを取るかと選ばされたら前者であるのは、仕方がないことである。逆の立場ならどうしていたか、簡単だ。隣村と同じことをしていた。

 傭兵団はカエデ達の村を襲う前に、周囲の村に使者を送っていたのだ。彼らを受け入れなければ襲わないと言ったそうである。それを教えてくれた使者にも、思うことがあるのだろう。その情報は彼らを打ちのめしたが、別の道を指し示したのでもある。

 村の代理の代表が重い口を開く。

「戦うしか無いか」

 その言葉に、全員が息を呑んだ。

 数こそ傭兵団を圧倒しているが、手に武器を取って戦えるのは三十人にも満たない。その現実が彼らの肩に重くのしかかる。

 そこでシルヴェストルは思い出したかのように、膝を打った。

「そういえば、先の戦いで――王女がいたぞ――と言っていたな」

 その言葉にカエデ達意外の全員が、腰を浮かせる。誰もが信じられないといった面持ちだ。

「たぶん生きているのだろう。そして、俺達の村は王女をおびき出す餌にされたのは、本当のようだな」

 カエデは淡々と言うと、ため息を吐いた。自身の予想があったことに、少し不服なのだ。対してシルヴェストルは自慢気に胸を張っていた。

「やっぱりな」

「言い当てたのはお前じゃないでしょうがよ」

 ジンは指摘しながら笑ってみせる。シルヴェストルも笑って応じる。

 彼らは笑うことで自分たちに余裕が有ることを確認しているのだ。村人たちもそんな彼らの様子に張り詰めていた気持ちが、緩んでいく。

「あの――」

 そんな時だった。聞きなれぬ声に、全員が飛び上がりそうになる。声のする方へと一斉に視線が向く。一人の不審人物がいた。頭巾つきの外套の格好の少年。当然頭巾を深くかぶり表情は伺えない。

 ソラである。彼はその場にいる人々を見渡す。

 突然の来訪に彼らは警戒心をむき出しにする。無理もないかとソラは胸中つぶやく。

 ジンは、ソラと村人の間に入るように、前へと出た。

「見慣れない格好だな。余所者か?」

「はい」

 ジンは瞬時に相対する者の武器を見極める。

(武器は手斧、弓、それと包丁……)

 彼は盗賊団の仲間かとも考え込んだが、身なりが違いすぎることが気になった。

 それでも彼らにとっては敵に等しい存在である。村を追われた彼らが突然現れた者に、好意的な態度を取れるはずもない。

「余所者がなんのようだ?」

 明らかな拒絶を孕んだ声音に、ソラは内心肩をすくめる。

「この辺の地理に詳しい人はおりませんか? できれば百人くらい収まる場所を知りたいのですが」

 百人くらい。というのは盗賊団のことだろうと、村人たちでも想像がついた。なぜ彼からその言葉が出たのか不思議で、彼らの警戒心はさらに強くなる。どうしたものかと村人たちは話し合う。その間もジンは、ソラに立ちふさがり、いつでも飛び出せるようにした。

 カエデは相手が自分達の様子を、頭巾越しに伺っていることを察する。

「何をするつもりだ?」

 カエデの言葉にソラは答える。

「傭兵団を討ち倒します」

 その言葉に全員が呆然とした。こいつは何を言っているんだという顔になる。ジン達は胸中そういうことかと、驚く。

 彼らも、盗賊団の装備が整いすぎていることには疑問に思っていた。そして戦いの練度も高く、隊列を組んで行動することのできること、それらの正体を彼らは知って戦慄する。

「人数は?」

「二人ですね」

 全員が耳を疑った。

「ふざけているのか!」

 カエデはソラに掴みかかり、顔面がぶつかりそうなほど肉薄する。頭巾はずり落ち、顔があらわになる。

 目つきの悪い顔が、全員の敵意をさらにむき出させた。

「落ち着いてください」

 そのままカエデはソラを拘束しようと試みるが、ソラはするりと抜けた。その様子にジンは口笛を吹く。

「やるな」

 ジンの笑みにシルヴェストルは、立ち上がる。ソラの前に立ち塞がるように間に入った。彼は首を振って、口を開いた。

「ジンさん!」

 ジンはその場にいる全員を見渡す。最後にソラへと視線を向けた。

「どうだい少年。その傭兵団を倒すのに三十人ばかり、いらないか?」

 ジンの言葉に村人全員が口を開けて、呆れる。すぐに非難轟々の嵐となった。誰もが余所者に協力することを拒んだ。

 そこへ新たな人物が現れる。

「ソラ。遅いわよ」

 シャルロットであった。フードで顔を隠していたため、気づかれてない。

 彼女は村人たちとソラを見比べて、ため息を吐く。フードをかぶっていたが、すぐにそれを取り払うと顔を覗かせる。

 最初に驚いたのはカエデであった。

「シャルロット・シャルル・ブランシェエクレール王女……」

 その場にいる全員は驚き、叫んだ。






~続く~

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