第二話「太陽と月」
第二話「太陽と月」
ヴェルトゥブリエの王宮は騒然となっていた。主だった面々が顔を並べてあれやこれやと意見を交わしているからである。しかし議論は遅々として進まない。
原因は徹底抗戦派と戦争回避派が言い争って、話がまとまらないのだ。
徹底抗戦派は数で優っているのだからと、戦うべきだと叫ぶ。戦争回避派は話し合いの場を設けて、戦争を避けるべきだと大声で応じた。
北に領地を有する貴族たちが、この場にいないのも手伝って、根も葉もないことも言い出す始末となる。
見かねた老人がため息混じりに言う。
「しかし、なぜ今なのでしょうか?」
短毛は全て逆だっており、つんつんとした頭にも見える老人。しかしつんつんとした頭のわりに鋭い印象を与えない。それは眉毛が長く眼光が見えないのだ。
「ヴァレール殿、それは……」
全員が押し黙る。
「我らを異教徒と言い始めたのは三年前ですわね」
フェリシーの言葉に全員は息を呑んだ。
「し、しかしそれは我ら全員で決めたこと」
「そうだ。その結果、今の繁栄がある」
三年前。この国はフェリシーの父王が統治していた。それをフェリシーと貴族たち全員が離反し父王を追放したのである。父王と手近の側近たちを残し、全員が裏切ったため争いらしい争いも起きることなく、静かに終わった。
他国からは静かな内乱と、言われている。
父王はグレートランドに有利な約束を結ぼうとしていたのだ。また身分の格差を大きくさせ、いらぬ不協和音を生み出したのでもある。
これに潜在的な不満を抱いていた貴族と、父王の娘フェリシーは決起したのだ。
「ようやく奴隷とのわだかまりも解けつつあるというのに」
ノエルは勢い良く立ち上がると、大きく両手を広げた。
「陛下が気に病むことはありません。今回も我らと交渉の場で色々と譲歩させようとしているのでしょう」
「そうさせないために、打って出るべきではないか?」
ノエルは手で制する。
北の領地の貴族たちが参上するまで、待つべきだと言う。
「それにこちらは五万の兵力。向こうはかき集めても三万。恐らく今の情勢で動かせるのは二万でしょう。北の意見を持ってからでも遅くはない」
ノエルの言葉に全員がなるほどと頷く。
しかしこれは単なる先延ばしである。言ったノエル自身がそのことをよく理解していた。
「二万なら俺ひとりで」
全員が絶句する。そして全員がディオンの言葉を否定しなかった。
――こいつならやりかねない。
全員の心がひとつになった時である。
しかしノエルは首を振った。
「申し出は嬉しいが、事は二国間だけで済む問題ではない。必ずグレートランドが横槍を入れてくるのだ。それがわからんのかこのむっつりスケベ!」
「なんだと! この万年欲情期が!」
二人は掴みかからんほど肉薄する。
「それは褒め言葉だ!」
「ぬぁにぃおおおおおぅ!」
全員がまた始まったと、顔をしかめた。事あるごとに口喧嘩をするのが二人であったのだ。フェリシーも顔を手で覆う。見かねた老人が二人を引き離す。
「やめんか」
二人にげんこつを見舞うと座らせる。
「宰相」
「ヴァレール殿」
ヴァレールはため息混じりに言う。
「お主らもう少し仲良くせんか」
「ですがこいつはむっつりです」
色素の薄い金髪の青年に手刀を叩き込むと、ヴァレールは口を開く。
「お主らがこの国、そして姫様――失礼、フェリシー陛下をお支えしなくてはならんのだ。そのこと、ゆめゆめ忘れるなよ」
この日の会議はまとまることなく終わる。
後日。ヴェルトゥブリエ、最大の領地を有する貴族が王宮にやってくる。
「ローラン殿!」
「ローラン卿来てくださいましたか」
それらの声に手で応じながら、足早にローランは会議室に入る。
全員が揃ったところで、グリーンハイランドの使者からの言葉を伝えた。
「陛下を差し出せば、民族浄化だと? ふざけるな!」
叫んだのはディオンだ。犬歯を剥き出し、唸り声が聞こえてきそうなほど食いしばる。
「落ち着け下郎」
ローランは厳しく言葉を放つ。褐色の青年は顔をしかめると、瞑目して詫びた。その言葉に腰を浮かせたのはノエルである。対するローランは冷静に言う。
「まて、今は内輪で争っている場合ではないはずだが?」
落ち着いた声音がノエルを逆撫でた。
「その火種を撒いたのが、他ならぬ貴様だ!」
「おやめなさい」
フェリシーは二人をたしなめて、話を進めさせる。
グリーンハイランドの使者は、民族浄化のための戦争だと脅してきたのである。軍を退かせたければ、フェリシー・ロイ・ヴェルトゥブリエをグリーンハイランドに差し出せと、要求したのだ。
「かの国は、以前からもしつこく陛下を嫁に差し出せ、そう言っておりましたな」
ヴァレールの言葉に全員が頷く。
「このような愚劣な申し出を許すわけにはまいりません。徹底抗戦を具申します」
ローランはフェリシーに恭しく頭を垂れた。
「なりません。事は二国間だけで済む話ではないのです。ましてやオルフォール教同士の戦争は、ンフォーワ教につけ入れる隙を与えます」
「わかりました」
ローランは頷くと使者を出すのを提案。
「ノエルとかどうでしょう?」
侯爵はノエルを推薦する。対するノエルも不満はないのか、自身の胸に手をあてて、自信満々に立ち上がって応じる。
「拝命しますよ?」
「ならん」
これを止めたのがヴァレールであった。
「わしが行こう」
その場は騒然となった。ローランは目を見開くと首を振る。
「な、何を言っておられる。そなたも言っておっただろう。若い者に次代を繋ぐと、ここは若い者に任せるべきではないか?」
ローランの声から落ち着きが消え、声が震える。
「だからこそ、このような大事な局面には年寄りが立って手本を見せるのだ」
ヴァレールの頑なな対応に、フェリシーも驚いたものの彼女はそれを承諾した。
「ヴァレールならきっと出来ると信じているわ」
「拝命いたします」
ヴァレールは恭しく頭を垂れる。
「で、では、私はそのお手伝いをさせていただきます……」
フェリシーは小首を傾げる。ローランを見て瞳を瞬かせた。
「何か?」
「いえ。万事整えて、事に当たらせていただきます」
フェリシーは満足そうに微笑み頷く。
「頼りにしていますね。プリュトン侯爵。メルキュール宰相」
両名は声をあげて応じ、議会は終わる。ローランはヴァレールに何かを言うと、足早に去っていく。
「何を急いでいるんだ?」
「北に敵軍がいるのだ。色々と対応しておきたいのだろう。神経質なところは、昔から変わらん」
ノエルの疑問にヴァレールは頷きながら答えた。フェリシーも席を立ち部屋を後にしようとした時だ。
ヴァレールは思い出したように口を開く。
「そうだ陛下」
フェリシーは何事かと小首をかしげた。
「宰相の任を問いていただきたく。後任は――ノエル・ヴェルトゥ・ソレイユにお頼み申したい」
フェリシーとノエルは目を白黒させる。それだけではない。まだ部屋に残っていた高官たちも驚き、口を開けていた。
ヴァレールは周囲の反応を余所に、淡々と言う。
「ローランも言っておっただろう。あの言葉で決心がついた。そろそろ若い世代に継いでもらおうと思う所存です」
「使者の任を、全うしてからでも遅くはないのではなくて?」
フェリシーの問いにディオンは激しく頷いた。その様子にノエルは憮然となる。
「いやいや、拝命しますよ」
「ほれ、この自信家なら出来ましょうぞ」
ディオンは力強く首を振った。
「この万年色呆け野郎がですか?」
「宰相と呼べ下郎」
あてつけにノエルは言うが、ディオンは取り合わない。
「変態スケベが陛下のお側とか、何をしでかすかわかったもんじゃないですよ」
ヴァレールは声をあげて笑う。
「お主がいるではないか? 近衛大将ディオン・ヴェルトゥ・リュンヌ」
ヴァレールは言い終わってから全員を見渡す。
「よいな?」
「良くない。それでは陛下にあんなことやこんなことができなくなる。むしろあのむっつりスケベのほうがケダモノで、何しでかすかわからんぞ」
ノエルは両手を腰にあてて、ふんぞり返る。唯一の否定者がノエルだ。ディオンはフェリシーとノエルの間に入ると、そのまま口を開く。
「陛下、お任せください。この近衛大将のディオンめが、悪い虫からもお守りいたします」
「ほぅ、それは頼もしい。お前の槍は虫を倒すためにあるのか」
「ああ、ここにいるノエルスケベ虫という虫を殺す槍だ」
ノエルは顔を真赤にして叫ぶ。
「俺は虫ではない!」
「スケベは否定しないのか?」
「今更するかってんだよ!」
フェリシーは二人の耳をつねりあげる。
「おやめなさい宰相、近衛大将。皆の前で恥ずかしいですよ?」
ヴァレールは嬉しそうに笑う。その顔は子ども成長を見守る親のような、健やかな笑顔であった。
~続く~




