第一話「緑の丘の国」
第一話「緑の丘の国」
夏を感じさせる青空に太陽がひとつ。
等しく降り注ぐ陽光を浴びる大地は緑の草原。そこに黒い一列の一団。旅の一行のひとりが周囲を見渡す。緑の地平線が周囲に広がっていた。
気温のせいか地平線は少し歪んで見える。一行は岩塩を舐めながら、ゆっくりと進んでいく。
しばらく進んでいくと緑の大きな丘が見えてくる。その上には石造りの壁。さらにその上に巨大な樹が一本。樹の幹と葉が城壁に影を落としている。
一行を引き連れている男が振り返ると、壁の上の樹を指さす。あのご神木のお陰で、夏でもあの王都は、涼しいんだと説明。男はあと少しだと面々を励ます。
程なくして緩やかな坂に差し掛かる。ちゃんと道は均されているのだが、それが思ったよりも長く続いて一行は音を上げそうになった。しかし、木陰に入ると彼らの足は早くなる。程なくして王都の門へとたどり着く。
壁は高く二十ミール(約二十メートル)ほどある。石を丁寧に積み上げた壁だ。それの出入口は大きな鉄の門。高さは十五ミールほどの高さだ。厚さもかなりあり、いちミールほどはあった。
一行が門をくぐると街が並ぶ。大通りには店が並び客の呼び込みがひっきりなしに行われている。道の向こうに壁と門が見えてくる。
ひとりがまだ続くのかと愚痴るが、一行を引き連れた男が首を振った。ここが俺達の目的地だと言う。
ここから上の階層はここより身分の高いものしか入れないのである。更にもうひとつ壁があり、その向こうに行けるのは貴族以上であった。
ご神木もそこにあるのである。
「差別ってやつか?」
「現王のフェリシー陛下は違うけどな」
先王までは差別のための敷居であったが、今はそれがない。祭事があれば王宮まで門は開かれるようになった。
おまけに外側の方にも利点があったりするので、一概にも中がいいとは言えないのだ。
商売するぞと、男は言うと旅の一行は露店を設営していく。
つい三年前までは、それすら許されていなかったことも、今では忘れ去られている。
ヴェルトゥブリエの王宮は神木よりも南寄りに造られている。
これは日差しの関係で南に位置しているのだが、近年はそんなことすら関係がないほどに暗い。
神木がまだそこまで高くなかった時期に造られたのである。当時は木が大きくなって、王宮が日陰に覆われることがあるなど、考慮していなかったのだろう。おかげで夏は過ごしやすいものの、春と秋、冬は大変である。寒いのだ。
さらに秋は、木の葉が大量に降り注ぐので、王宮は雪よりも先に木の葉に埋もれてしまう。王都を上げて掃除をしてなんとかなるほどだ。それらを流し出すための専用の地下水路があるのだが、秋はつまるのである。
それらもあって、最近は移築も検討されていた。王都を広げて王宮を移築しようとしているのだ。最上階級のみが許された場所をオルフォール教の神殿にし、王宮は別の場所にしようとしているのである。
ひとりの少女が、執務室で資料と睨めっこをしている。部屋は本が多く、本棚が執務室を圧迫していた。観葉植物などを置いてあるのが、せめてもの心遣いと言えた。それほどまでに、飾り気がない。日陰の暗さも相まって、綺麗に整頓されているにも関わらず、汚く見えるほどである。
彼女は王都拡大の計画書と書かれた資料と睨めっこしていたのだ。
少女の身なりは、長い金髪の髪に緑柱石の瞳。目鼻立ちは整っており、唇はぷっくりとしていた。豊満な胸の割にほっそりとした腰。そして大きな尻が、女性的な体つきを強調している。
身にまとうのは緑と白の布を重ねたドレスだ。腰のあたりに金の装飾品を撒いている。
数多の男を魅了した体を持つのはフェリシー・ロイ・ヴェルトゥブリエ王女であった。現在のヴェルトゥブリエの王である。
長い睫毛が瞬く。顔をあげると、女性は伸びをして肩をまして動かす。
「やはり先立つモノがないと厳しいわね」
「金銭はもちろんのこと、資材と食料は必須と言っていいでしょう」
フェリシーの言葉に青年が応じる。彼女の隣の机に座って何やら書き込んでいた。
青年の歳は二十を過ぎた頃。鋭い目つきに端正な顔立ち。色素の薄い金髪を長くしており、途中で結んで邪魔にならないように措置してある。瞳はフェリシーと同じく緑柱石だ。
「ノエルでもお手上げかしら?」
「陛下と結婚させていただけるなら、無茶をしますよ」
鋭く切れ長の目がより鋭くなった。端正な顔立ちから情欲という野獣が覗く。
それに対するフェリシーの対応は軽いものである。はいはいと言いながら続ける。
「じゃあ、だ~め」
ノエルは頭を勢い良く落とすと、すぐに顔を上げて情欲を押し隠す。
そして冷静に王都拡大計画を評する。
金銭は追々なんとかなるだろう。しかし、資材と食料がないとノエルは言う。
「草原しかないですからね」
ヴェルトゥブリエには草原しかないと言っていいほど、国の九割を平原で占めていた。
もちろん森や岩場もあるが、圧倒的に足りない上に採りつくしては、将来困ることになりかねない。故に外から輸入するしか無いのである。
「植樹も上手く行かなったものねぇ」
フェリシーとて何もしていないわけではない。しかし、上手くいかないのだ。
「こればかりは知識がありません故、申し訳なく」
恭しくノエルは頭を垂れる。フェリシーは眉根を寄せ上げて整った顔にシワを作った。
「そうだノエル。ブランシュエクレールはどうなったかしら?」
「今現在は内乱の後始末をしている頃合いかと、後ひと月は厳しいでしょう」
「ジャンヌの方は?」
その問いにノエルはしばしの沈黙を作ってしまう。その沈黙でわかってしまっても、フェリシーはノエルの言葉を待つ。
「以前不明です」
フェリシーはわかったと言って、ノエルにお礼を言うと席を立った。
「いつものですか?」
「ついてこなくてもいいのよ?」
試すような言葉にノエルは笑い飛ばす。顔を作ると彼は真面目に言う。
「陛下とならどこへでもお伴します。できれば夜も――」
フェリシーはそこから先は聞かず、足早に扉の前に立つ。背後ではノエルがフェリシーへの愛を語るが、全て聞き流されている。しばらくして扉が開けられた。
「お待ちしておりました陛下」
褐色の肌に漆黒の頭髪の青年が、恭しく頭を下げて出迎えた。フェリシーと同じく緑柱石の瞳を持つ。
「ディオンありがとう。今日もお願いね」
「微才を持って御身を守らせていただきます」
フェリシーの後ろで聞いていたノエルが鼻で笑う。ディオンは目つきを鋭くさせて色素の薄い金髪の青年を睨めつける。
「いや、毎度の大層な物言いに感心していてな」
「それはどうも。陛下の御身は俺が守るので、ノエル殿はどうぞお休みください」
「いやいや、私もご同行させてもらうぞ。陛下の御身を守るのもこの私の役目。そして陛下と結婚するのもこの私」
ノエルは天を仰ぐように言う。しかし、二人は最後まで聞かずに先に進んでいく。慌ててノエルは追いかける。
「つれないですよ陛下」
「陛下。無視してください」
ノエルは眉根にシワを作った。そのままの勢いで褐色の青年に文句を言う。
「いつもいつもお前は邪魔をする」
「お前こそ、いつもいつも性懲りもなく陛下に言い寄る」
「いいじゃないか! お前だって好きだろ? 抱きたいだろう?」
ノエルは手でフェリシーの凹凸を表現。ディオンは息を呑んで一瞬だけ目がフェリシーの胸元に動く。もちろんノエルは見逃さない。
「そうだろうとも! お前だってその美しい彫刻のような体を抱きたいはずだ」
「お、俺は陛下に忠誠を誓っている身。そ、そのような下卑た思惑など無い……。断じて無い!」
「下卑ただと? この俺の崇高なる愛をだな――」
フェリシーは笑いながら手を優しく合わせる。
「はぁい。そこまでよ。これ以上は怒るわよ?」
二人は歯を食いしばって睨み合ってから、荒々しい鼻息をもって勢い良くそっぽを向く。
三人は馬小屋に来ると、褐色の肌をした金髪の少年が待ち構えていた。歳はフェリシーと同じくらいだ。
「お待ちしておりました陛下――って、お二人はまた喧嘩ですか? 仲が良いですね」
最後は呆れるように言う。それにすかさず反論する二人。
「「よくない」」
二人は悔しそうに顔をしかめた後、睨み合ってから真似するなと言い合う。
「本当に仲が良いですね」
再び褐色の少年は呆れた。
「もう本当に。今日は特に長いんだから――エロワ。隣をお任せします」
「拝命いたします」
褐色の金髪の少年
その言葉にフェリシーの後ろにいた二人は情けない声をあげる。特にノエルは自分こそがと言い募った。ディオンは口惜しそうに黙って拳を作る。
「だって長いんですもの」
「そんなぁ」
と情けない声をあげると、肩を落とす。
程なくしてもうひとり現れる。頭巾と長袖の麻織物の服で体は覆われていた。頭巾を被っており顔はわからないが、体格は小柄である。
「陛下。身支度が済んでおりません」
声は女性のそれだ。一瞬だけ頭巾から緑柱石の瞳が見える。
「今日はこのままで」
「日差しが強いです。王族が肌を焼いては他の貴族に示しがつきません」
一瞬だけディオンとエロワは身を強張らせた。
フェリシーは肩を竦めると、元来た道を戻る。その間に三人は身支度を済ませていく。
「お前も頭巾と外套を纏え」
「いやいい。今更隠したところで、この肌は変わらん」
ノエルの申し出にディオンはかぶりを振る。後ろでエロワが困ったように頷く。
ディオンは褐色の手を広げてそれに視線を落とす。
「だがな、卑下するつもりはない。ノエル、お前の言った理想。それを実現するためにも俺はこの肌を晒すことに、なんのためらいもない」
「そうか悪かった。言い訳しておくが、うちの侍女もお前たちに当てつけて言っているわけではないんだぞ?」
「わかっているさ」
軽い調子でノエルとディオンは言葉を交わす。エロワは柔らかい笑みを浮かべてから、武具の確認をしていく。
程なくしてフェリシーがやってくる。白い頭巾。薄緑の絹で出来た長袖。袖口には金の刺繍。金の首飾りが唯一の装飾である。
「お待たせしました」
後ろにいる侍女にもフェリシーはお礼を言う。
「エメもありがとう」
「いえ、差し出がましいことをしました」
五人は馬に乗ると、背後からひとりの女性が走ってくる。
「神官のカノンだ。急ぐぞ」
カノンと呼ばれた女性は黒い頭巾と黒い長袖のワンピースを着ていた。修道服のそれだが、スカートに切れ込みがあり、そこから太ももと黒いタイツを覗かせている。
膨れ顔となって肩をつり上げていた。
「カノン。行ってきます」
フェリシーはそう言い残すと、カノンを置いて馬を走らせる。
「あっ! 待ちなさい! 待ちなさい陛下! もうっ!」
カノンは地団駄を踏んで、恨めしそうにフェリシーたちの後ろ姿を眺めた。
「本当にやれやれね」
カノンは頭上の神木を仰ぐと、両手を組み合わせ祈るように瞑目する。
「どうかあの野蛮なノエルとディオンとエロワが落馬しますように」
フェリシーは即位してから王都にいる時は、欠かさず街の見回りをしていた。一番外側の街をゆったりと周り、次にひとつ中に入るとやはり見回る。
時々馬から降りては、人と会話をして話し込むこともあった。その際隣を護衛するのが、エメとその日の指名で決まった人物だ。
本日はエロワである。
程なくして王宮に戻るとカノンがイカリ肩で待ち構えていた。
「待たせましたか?」
「いいえ、今来たところです」
フェリシーは笑顔のままカノンに応じる。
「毎度毎度言いますが、御身に何かあったらどうするのです?」
「だから気をつけて見回っているのよ。一緒に行きます?」
「馬に乗れないこと知っているでしょ!」
そこで全員が笑う。愉快に会話をしていると、ひとりの兵士が駆け込んできた。その様相に全員の弛緩した顔が、一気に引き締まる。兵士の顔が強張っていたのだ。
フェリシーの前まで来ると片膝をついて兵士は口を開く。
「陛下! お伝えします。北にグリーンハイランドの兵です」
六人は顔を見合わせると頷き合う。
「皆を集めてちょうだい」
フェリシーの顔からは柔和な笑みは消えていた。
~続く~




