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第四十一話「ブークリエは年甲斐もなく情熱に中てられる」

第四十一話「ブークリエは年甲斐もなく情熱に中てられる」






 ガエル・ブークリエ元伯爵はブランシュエクレール王宮の広場で砂遊びをしていた。

 否、色々な地形に堀を掘ってはあれこれと検証しているのである。年甲斐もなく遊んでいるわけではなく、真剣に唸りながらあれこれと考え込んでいた。

 もちろんそれがわかるのは、当人とそれを教えてもらった人間だけである。ラトゥーラ族の娘っ子たちは、一緒に砂遊びを楽しんでいるつもりで、子どもとも遊んでいるような有り様だ。

 彼はソラが魔王を伴って帰ってきた時、自身の知識を披露したのである。それは歓楽街の話に及んだ時だ。その際にシャルロットは脱出用の通路などを確保しろと厳命。ソラはあれやこれと考えてみたものの、ガエルからすれば素人の思いつき。

 困っていたソラに、見かねたガエルは自身が適当に考案した水路と堀を提案。それに目つきの悪い若者はいたく感激。それに気を良くした老人は、その日のうちに本気で立地を検証して、ちゃんとした水路と堀を設計図に起こしたのだ。それはシャルロット陛下の元、認められることとなった。

 当人として参考にして欲しい程度であったが、これにさらに気を良くして王宮にある資料をかき集める。昔、趣味で嗜んでいたもろもろの資料も、息子に打診して持ってこさせていた。

 彼は現在、歓楽街の地下水路と堀の最終検証を行っている。砂場にただ水を撒いているように見えるが、重要な検証であった。

 ラトゥーラ族の娘っ子たちと、シャルリーヌはおおと声を上げて見入る。

「出来ましたか?」

「お、おお!? 殿下おられましたか。無礼を失礼しました」

 シャルリーヌはいえと手を振る。その後ろにはカトリーヌ=ルと妖狐のシラヌイとガタサムライのサスケが控えていた。異種族の二人は侍女服と陣羽織に見を包んでいる。

 両者ともにシャルリーヌが、ソラのお金で買った奴隷である。武芸に秀でており、忠誠心もある二人は、早速シャルリーヌの付き人となっている

 妖狐のシラヌイは霊力を持っていた。来てからはシャルロットの指南役もこなしている。

 ガタサムライのサスケは四本の腕を匠に扱い、四刀流で戦う。実際にガエルも手合わせをしたのだが、完膚なきまでに負けている。

 サスケは傍から見て巨大なクワガタ虫である。オオクワガタが二足歩行しているのだ。見慣れぬ人々は目を見開き、腰を抜かすだろう。実際王都を歩いた時は騒ぎとなったが、シャルリーヌが取りなして、その場を収めることが出来た。

 ちなみに、余談だがシャルリーヌの奴隷を見たシャルロットは、頭を抱えてため息ひとつで、わかったと一言。

 裏ではソラに不満を言いまくったと言われている。

「どうですか?」

「お? ああ、はい。出来ました。後は模型にするだけです」

「見てもいいでしょうか?」

「構いません。ですが、退屈ですぞ?」

 シャルリーヌはお構いなくと言って、ガエルの後に続く。カトリーヌ=ル、そしてもちろん異種族の二人もだ。

 ガエルは言い知れぬ緊張感を抱きながら、部屋へと入る。机の上に歓楽街の模型があった。といっても外枠だけだ。中に建てていく建物はこれから決まっていく。

 ほぼ完成している模型だが、堀の部分は手付かずである。水路は見えないからという理由で作りこんでいない。

 別の机の上に地下のみの模型があった。それが地下水路の模型である。シャルリーヌは地下水路を眺めてから、歓楽街の方も見た。

「下水はどうするのです?」

「別で作ります。そちらは後日に」

 糞尿を肥やしにしたいのだが、どこに設置するかでまだ揉めていたのである。もちろん理由は臭いであった。周辺の森に設置しようと考えていたのだが、とある問題が起きたのだ。

 エルフである。

 龍ノ峰島のエルフの女性たちはラトゥーラ族と一緒に奴隷として売られるはずだった。しかし、船は難破しブランシュエクレールに漂着。そのまま彼女たちはブランシュエクレールに転がり込んできたのだ。

 ラトゥーラ族はそのままいたいと願いでたが、エルフは帰ることを希望した。もちろんそれを叶えるはずだったのだが、ここで横槍が入る。

 グレートランド第三皇子のオレンジが、それに異を唱えたのだ。

 曰く、パスト公爵はなりふり構わなくなっているという。どうもパスト公爵は、グレートランドでも鼻つまみ者とされているようであった。

 それもあり、またエルフ族の姫の相手も見つかっていない。ので、歓楽街周辺に仮の居を構えることとなったのだが、その地点が肥溜めの予定地点であった。また臭いにも敏感な種族などが来ることも考慮せねばならなく、現在進行形で滞っている。

 ソラに投げようかとガエルは考えたのだが、老婆心からそれも出来ずに今も思い出して唸り始めていた。

「大変ですか?」

「大変ですが、楽しいですな」

 元伯爵は顎鬚を撫でる。

 ガエルの脳裏に、ソラの顔が浮かぶ。普段見せない笑みを見せた少年の顔だ。純真無垢な子どものように喜んでいた。それはガエルの老婆心を激しく煽ったのだ。

「わしも頑張らねばな」

 それから程なくして堀を作り終えた模型が出来上がる。

「宰相! ブークリエ宰相!」

「なんじゃ慌ただしい」

 衛兵が飛び込んできたのだ。彼はシャルリーヌを認めると、敬礼をしてガエルの元へ駆け寄る。

「シャルロット陛下が至急でお呼びです」

「わかった」

 ガエルは一度シャルリーヌに向き直った。シャルリーヌもすでに出る態勢である。

 小さく頷き合うと一緒に執務室へと足を運ぶ。室内に入ると険しい表情のシャルロットが地図を睨んでいた。

「どういたしましたか?」

「ホワイトポリスに出向いてもらえないかしら?」

 ガエルは黙って言葉を促す。

「ホワイトポリスから使者が来たわ」

 シャルロットは面倒臭そうに使者との会話をざっくりと説明した。

 マゴヤの城ができつつあること、そしてノワールフォレがブラックシティを通して加担しているという情報である。

 ホワイトポリスはこれを危惧し、ブランシュエクレールに自分たちの街を拠点に戦ってほしいと言ってきたのだ。

「ノワールフォレが?」

「おかしいことではないわ。ノワールフォレからすれば港がほしいでしょうからね」

 ノワールフォレには港がない。現状、銀の姫将軍の管轄の港までが最短距離。税金を払ってそこから他国に輸出入しているのだ。

「確かにそうですが、グレートランドとの同盟を蹴ってまでも、ですか?」

「マゴヤに加担して利があるか、ノワールフォレ自体の軍が精強になったか」

 色々な可能性をシャルロットは口にする。それらも問題ではあるが、今回問題にしているのはそこではない。

 ホワイトポリスを拠点として、戦争をしなければならないという点だ。

「国外で戦えるのなら、それにこしたことはない」

 シャルロットの言葉にガエルも頷く。側で聞いていたシャルリーヌは、顔を俯かせたものの、それはわずかであった。

「なるほど確かに外で戦えるのはありがたいですな」

 だが、ホワイトポリスは拠点とするならば、それなりに手を加えねばならないのだ。

 シャルロットは、今回の歓楽街でのガエルの手腕を高く評価していた。そしてそれをここでも発揮してほしいと頼んだのだ。

「歓楽街に目処がついたら出向して、現地ですぐに作業に入ってもらいたい」

「わかりました。拝命致します。行く前にホワイトポリス周辺の正確な地図をお求めしてもよろしいですかな?」

 時間がないと判断したガエルは、現地に赴くまでにホワイトポリスの面々でやれる作業を考えなければならなかった。

 そこではたとガエルは考えこむ。そしてそれを口にする。

「今日でしたな?」

 シャルロットはしばらく考えこんでから、手を打った。若干の喜びを顔に滲ませる。次いで出る声にもそれが乗ってしまう。

「そうよ。ソラが来るわね」

 彼はすでにルミエール領についており、もろもろの作業を終えたら王宮に顔を出す約束をしていた。すでに歓楽街は大きな事業ともなっている。

 そのため三大商人の顔合わせも兼ねて、本日はソラたちがやってくる日となっていたのだ。

 ガエルはそれを指摘して、意見を求めるのはどうかと提案したのである。

「そうね。知恵を借りましょう」






 ソラはやってくると、すぐさま執務室へと通された。

 ただごとではないと、判断した彼の表情は常より鋭くなる。

 室内に通されると、最初に三人の商人を紹介。そして最後に金の姫将軍も紹介する。これには一同も驚くが、シャルロットは黙って話を促す。

 海上都市での経緯を説明。納得をしたシャルロットはグラディスに、改めて挨拶を交わす。

 作業に取り掛かりたいと、四人はすぐに退出した。

 しばらくしてシャルロットは鋭い眼差しをソラに向ける。

「拒否出来なかったの?」

「出来ましたが、しませんでした」

 ソラは魔金剛石の話を出した。

「魔金剛石も魔界で取れません。それを歓楽街で商い出来るようになれば、魔王に対する牽制にもなります」

「納得できるけどしたくないわね」

 ガエルも不満を顔に露わにさせる。

「ソラさんどうやって引き入れたんですか? 凄いですよ凄いです」

 が、シャルリーヌは空気を読まず喜んでいた。ソラの手をとって嬉しそうに覗きこんでいる。どうやって引き込んだのかと、問いかけた。が、実際は向こうの申し出があったからこそ実現したようなものなので、ソラは言葉を選びあぐねている。

 不満を感じていた二人は、シャルリーヌの様子に毒気を抜かれていく。

 ようやく周囲の状況を理解したシャルリーヌはあれと小首を傾げる。

「まあ、リーヌの反応が正しいんだけどさ」

 シャルロットは頭を抱え、ガエルは唸るだけであった。

「その辺の追求はまあ置いておくわ。それよりも」

 シャルロットはホワイトポリスの件をソラに話す。

 彼はすぐさま思いついたものを口にしていく。

「まずは脱出用の道に罠。やはりこちらにも脱出用の水路はほしいですね」

「逃げることを考えて戦うのか?」

 ガエルの問いに、ソラは事も無げにはいと頷く。

「この盾の騎士の才が信じられぬというのか?」

 盾の騎士と言われているガエル。しかし盾を使って戦うわけではない。守勢が群を抜いておりそう呼ばれているのだ。若い頃は揶揄されていたのだが、今では彼に対する敬称でもある。

 それ故に、ガエルはいささか気持が折れそうになっていた。ちょうど情念がのっているところに、その原因の人物から否定されるような提案が、堪えたのである。

「負けない軍はありません。同じく負けない戦術というのもありません」

 ソラは脳裏に魔王の言葉が過った。

 勝つことは出来る。だが、それは領土にもたらす被害に目をつぶった勝利だろうと。ホワイトポリスからの申し出は、そうさせない絶好の機会とも言えた。だからこそソラは万全を期して望むつもりだ。

 今からできることはたかが知れている。だからこそ、全ての事態を想定して、事に臨まなければならない。

「それに退路があるから、手を抜いたなどと、宰相閣下はおっしゃりませんよね?」

 ソラの挑発。それは容易くガエルを囃し立てる。

「そうですわ。ガエルさんの模型はすごかったです。きっと退路も完璧に作って、拠点としてもマゴヤを驚かせるモノを作れますわ」

 シャルリーヌの煽てるような言葉に、ガエルは気が大きくなった。

 彼は挑発され、煽てられたことで情熱の炎が大きく燃え上がったのだ。

「ふふん。よかろう。ではその挑発に乗ってやろうではないか! 退路も完璧に用意し、即席でありながら信頼性抜群の拠点を作ってやるからな! 覚えておれ!」

 ソラは期待していますと告げた。






 その夜。ソラはシャルロットと二人で執務室にて火酒を開けていた。海上都市でソラが購入したものだ。

 シャルロットは火酒を気に入ったのか、ソラよりも呑み進めていく。そのせいかすでに顔は赤い。

「歓楽街の事は色々言いたいことがあるのよ」

「申し訳ありません」

「そう言うなら、勝手なことばかりしないでよね」

 シャルロットは甘えるように文句を言う。ソラは努めて言い訳めいた言葉を並べないようにしていた。

 ただ、聞いて共感し謝罪する。

 それだけで大分シャルロットの険のある言葉は鳴りを潜めた。

「だが商人を引き入れたことは評価するわ。あればかりは私も出来なかったかもしれないの」

「ご期待に添えて良かったです」

 ブランシュエクレールは商人が長らくいついていなかったのだ。彼女が生まれるよりずっと前の話。商人が戦争を持ち込んでそれ以来、商人に対する過敏な反応を王族と貴族にあったのだ。

 だが、王族から一時的に離れていたシャルロットは、その過敏な反応を持ち得なかった。それ故に、彼女は冷静に国に足りないモノを見定めることが出来たのである。

 とはいえ、王になってからも周囲との軋轢から、断念していたのだ。それをソラは叶えたのでもある。

「陛下は、少々本当の事を言いすぎるきらいがあります」

「なんによ。事実でしょう。商人を上手く使えないのが悪いんだもの」

「その点では殿下には期待できそうです」

 シャルロットは眉をわずかにつり上げた。彼女も扱えると自負している。その自分を差し置いてシャルリーヌを褒めたソラに、苛立ちを抱いたのだ。

 それは潜在的にあった不満を爆発させた。

「あれはただの人たらしよ。そうだ! リーヌの奴隷もあなたが買い与えたんですってね」

 思い出したように激高し、火酒を煽った。

「申し訳ありません」

「そう言うなら、勝手なことばかりしないでよね」

 しばらくは呑みながら、色々な思い出を話していく。

 わずか三ヶ月で色々なことが大きく動いていた。濃密な日々をシャルロットは楽しそうに語る。もちろん辛いこともあったが、彼女は今を楽しんでいた。

「そうだ。フェリシーからせっつかれていたんだったわ。早められそう?」

「そのことで伝え忘れていたことが有ります」

 ソラは魔王に言われたことを思い出す。グリーンハイランドと戦争するという内容だ。

 すでにその内容はシャルリーヌから聞いていたシャルロットは、すぐさまヴェルトゥブリエに使者を送っていた。

 もちろんせっつかれていたこともあったのだが、改めて使者を送って確認させているのである。

「使者が帰ってきたら、すぐ向かってほしい」

「わかりました」

「また離れ離れか……。もう少し一緒にいてほしい」

 ソラは驚き、なんとか言葉を紡ごうと必死に口を動かす。だが何かを言う前にシャルロットは手で制した。

「ただの弱音。その……気にしないで……ごめんなさい」

 ソラは表情を固くして考え込んだ。

 魔王の問いかけと、金の姫将軍の申し出。そして父と師父の姿を浮かべて考えこむ。

 ソラは頭をかいてから、口を開く。

「陛下、僭越ながらこのようなモノを贈らせて欲しいのですが」

 ソラは髪飾りを差し出す。

 それは装飾品屋で買った龍を象った髪飾りだ。普通と違うのは霊石でできているのである。

「あ、ありがとう」

 そのまま髪飾りをつけてみせた。

「どうかしら?」

「お似合いです」

「ドラゴンを殺した女ですもんね」

 ソラは頭をかいて、困ったように視線をそむける。彼はあからさまに話題をかえた。

「陛下のご友人のことは任せて下さい」

「信頼しているわ」

 シャルロットは笑うと、もう一度杯を突き出す。乾杯しようという素振りだ。ソラもそれに合わせて軽く杯を交わした。






~続く~


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