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第四十話「金の姫将軍の思惑」

第四十話「金の姫将軍の思惑」






「ちょっと待てよソラ」

 止めに入ったのはフェルナンドである。褐色の商人はグラディスが他国の人間――グレートランド皇国の人間であることを指摘した。

「しかも、守護将軍で北の魔女、金の姫将軍だぞ?」

「魔女とは誰のことしからぁ?」

 フェルナンドは切羽詰まっているのか、グラディスの鋭い眼差しに物怖じしない。

「国内の情勢を、他国に知らせることになる。馬鹿でもわかることだぞ!」

 褐色の商人は身振り手振りで、ソラの考えを正そうとしていた。

「私は国としてというよりぃ。領主としてこの話に乗りたいのだけどぉ」

 グラディスは再び長物に布を巻いていく。役目は終わったようである。

「どちらにしても、他国の商人はたくさん通っているので、情勢は知られますよ」

 それにとソラは付け加える。

「他国の人間を拒絶しては、本末転倒ですよ」

 元々歓楽街自体が、他国の人間を呼び寄せるモノだ。その人々から金を落としてもらうために歓楽街を作るのだ。どうしたって外の人間は入るし、内情は知られる。それに入り浸ることも考えられた。

 外の人間を関わらせないと言っても、すでに海上都市の三大商人が関わっている。いずれ戦争をするかもしれない国の、それも守護将軍だからと言って、断る理由にならなかった。

 それよりも話し合いを長引かせて他の国の人間が関わってしまうことを防ぐほうが、利点は大きいのだ。

「それに魔金剛石。とても魅力的です――よね?」

 ソラは三大商人に向き直る。三人は三様に頷く。その様子にフェルナンドも勢いをしぼませていく。

 褐色の商人とて、魔金剛石が商品として魅力的なのは理解していた。それでも先の内乱を彼は知っている。そして戦争を憎む商人は、その扇動をしたグレートランドにとびきりの警戒を抱いてしまうのだ。

「いや、そこまで言うなら俺も魔金剛石ほしいし」

「ですが、フェルナンドさんの懸念もわかります。ブランシュエクレールの内乱を誘発させたのは、グレートランド皇国と言ってもいいです」

 もちろん嘘だ。グレートランド皇国が関わる関わらないに限らず、パッセ侯爵は内乱をしかけていたことは、後の調査でもわかっている。それでもソラとしては、ただ譲歩したように見られないための方便である。

 建前としても、これは言っておかねばならないことであった。グラディスもそれを理解している。それを受け止めながら、笑う。

「私ぃ。パスト公爵が嫌いなのぉ。だから助かったわぁ」

 全員が度肝を抜かれる。

「ちょっかい出してくるしぃ。王族の血を引いていることを、殊更強調して威張るしぃ。太っている上に臭いしぃ。皇国でも扱いかねているのよねぇ」

 指を折ってグラディスは更に気に入らない点を上げていく。

「私ぃ。最近のグレートランド皇国は嫌いなのよねぇ」

 今度こそ全員が絶句する。反逆罪ともとれる言葉。その真意を推し量れなくなってしまう。歓楽街に参加させてほしいという言葉も相まって、何が目的なのかわからなくなってしまう。

 確認の意味でソラは問う。

「金の姫将軍様の領地に利があると。そういう意味で歓楽街に参加なさるのですよね?」

 グラディスは首肯してそうよぉと笑う。

「内乱を考えているとか、そういうのじゃあないわよぉ。正直ぃ、魔金剛石の扱いかねているのよねぇ? だってそうでしょうにぃ。自分の領地に争いの火種が出たらぁ、なんとかしてしたいわよねぇ?」

 凶悪な笑みがソラを射抜く。彼は彼女が言外に言っている意味を理解する。魔金剛石も樽の中身と同じく戦争を呼びこむモノなのだと。

 ソラは平静を努めた。背筋に走る悪寒を、顔に出さないように努めて口を開く。

「こちらとしてもこれを機に、グラディス将軍と協力関係を築けたならと思います」

「いいわぁ。そういうのぉ。とっても好きよぉ」

 言葉の裏の読み合い。

「で、実際のところ。どうしてブランシュエクレールの――ルミエール領の歓楽街なのだ?」

 ロン商会のパイランが眼鏡の位置を正しながら聞く。グラディスは態とらしく小首を傾げる。

 パイランが聞いているのは、わざわざ他国の、それも自分の領地から遠く離れた土地に、参入するのかだ。

「北のオプスキュリテコンギッド帝国、その間に同じ楽市でも作れば良いのではないか?」

「冗談。簡単に言わないでちょうだぁい。そもそも立地が最悪だしぃ、なにより最近不穏なのよぉ。それなら、遠くても超ド安定な物件に参入して、保険をかけておくものでしょうにぃ?」

 ソラは一瞬だけ目を見開く。そしてそれはグラディスに見抜かれてしまう。

「気になるのかしらぁ? 教えてあげてもいいわよぉ?」

 ソラは思案する。しかし、彼女はそれを先んじて制するように語り始める。

「我が君、皇帝のアップル・エッジ・グレート・キングオーランドが病になりがちになってから、北が不穏な動きをしているのぉ」

 そんな中、魔金剛石が出てきたもんだから困っていたという。

 二年前のドラゴンの襲撃。それによるカラミティモンスターの大量発生。それらの討伐のための傭兵団やハンターが入り込み治安悪化。そして極めつけは九魔月だ。それらも手伝って、マナの濃度が上昇。

 自領地内での運用を断念したと、肩を竦めてグラディスは言った。

 口ぶりと態度から、真意は推し量れない。しかし、彼女はそうだと言う。

「しかし、両国の第一皇女を交換する形で嫁に出しているではないか」

 パイランは信じたくないという様相で、両国の不穏な空気を否定しようとしていた。

「でもぉ、事実だしぃ」

 グラディスは知らないかもしれないけどと断りを入れる。

 北を動かしているのが、そのグレートランドの第一王女――現オプスキュリテコンギッド帝国の后だと言う。

 さらに彼女は冗談めかして続ける。

 最近彼女の手勢の軍備を増強しろと、グレートランドの皇帝から勅命が来たという。今回の海上都市での買い物もその一環だと言う。

 最後に彼女は表沙汰にはなっていないがと、一呼吸置く。

 グレートランドの皇子、皇女たちは最近兄弟で牽制しあっている。守護将軍の取り合いもそのうち起きるだろうと、彼女は予想していた。

 事実彼女がここにいる間に本国ではそれが起こっているのだが、彼女がそれを知るのは、ブランシュエクレールについてからの話である。

 内情をあっけらかんと言うグラディスに、全員が唖然となる。

 三大商人もついに頭を抱えそうになった。情報、それも内情とも言えるモノで全員を手玉に取っていく金の姫将軍。

 情報の真偽がどうあれ、世に出回っていない情報を情け容赦無く投げ込んでくるグラディス。

 その情報に三人は、あれやこれやと思考しなければならなくなっていく。

 商機を逸してしまう可能性と、現在の商売に出る影響それらを鑑みて考えこむ。

「だからぁ、私が参加していたほうがいいんじゃあないのかしらぁ?」

 三人は勢い良く頷く。守護将軍のひとりからの情報が流れこむのだ。その価値がわからない三人ではない。そして三人はソラに視線を向けた。

 ソラは手で大丈夫だという素振りをする。彼は撤回する気はさらさらない。同じ理由からである。彼女を参加させる損失より、利益のほうがありあまるからだ。

 守護将軍が関わっているとなれば他国は歓楽街で悪さしようとしないだろう。二つの国を敵に回すことになるのだ。

 何より歓楽街は魔王が関わっていない。つまりこの先、魔王の思い通りになりすぎないためにも、魔金剛石は必要なのだ。それは魔王をけん制することが出来るとも言えた。

 とはいえ、魔金剛石に関してはグラディスの思惑ひとつでどうとでもなってしまう。ので、この先の交渉と彼女の心次第と言える。

「近場でやらない理由はわかるけどよ。どうしてブランシュエクレールなんだ?」

 フェルナンドはいまいち納得出来ないようだ。

「違うわぁ。間違っているわよぉ。ブランシュエクレールではなくぅ、ルミエール領だからよぉ。だって魔王軍が常駐するのですもの、それってつまり安泰ってことじゃないかしらぁ」

 自分は目がいいとグラディスは言う。そして、魔王が運んでいたコンテナに軍がいたのを見逃していなかった。

 帰ってきた時にはコンテナはない。置いてきたからだ。それも確認している。

「なんなら港でしばらく張ってもいいわよぉ?」

 ソラは彼女に色々な事情を知られていると考えた。ミスリルを把握できていないまでも、魔王軍の常駐による、魔界にはないモノの出土。そして埋蔵量が不明という点。

 ソラはブランシュエクレールが海上都市をン・ヤルポンガゥに造らせたという状況を、周知させようと競りに出したのだが、彼女はそれ以上の情報を掴んでいる。

 ソラは彼女以外にもいるかもしれないと、この先のミスリルの取り扱いに気合を入れた。

「安泰な場所に保険の意味で参加しておきたいのよぉ」

 自分が最前線の位置にいるのだ。そしてその領地から魔金剛石が出土。国内の情勢も目に見えないだけで、不穏な流れとなっていた。外に安全な場所を求めるのは、賢い判断と言える。

「そんなことよりぃ、どうする予定なのかしらぁ?」

 グラディスの言葉に全員が話を元に戻す。

「歓楽街の位置はここにしました。それと基礎のみの設計図になります」

 ソラは基礎の設計を机の上に広げる。

「水路? 下水か?」

 聞いたのはワーライオンのコウノスケだ。ソラはその疑問にかぶりを振る。

「違います。脱出用の水路です」

 ソラは予想以上に大きな規模になった点を指摘した。

 三大商人が店を出し、内外の国からも多数の人間が楽市にて店を出すだろうと言う。

「遠からず永住権を求める証人も出てくるはずでしょう」

 また多数の奴隷が集まるのである。

 万が一、自国内に戦火が及んだ場合、その人達を素早く避難させるべきだとソラは考えていた。

「それは俺達としては安心だが……」

 コウノスケは納得しつつも、自分だったらしないであろうことを気に留めていたのだ。顎にあるたてがみを撫でた。

「そうか。攻めても逃げるかもしれないという点を見せているのね」

 サキュバスモールのサキュバスのエルフリーデが指摘する。

「それに安心して逃げる道がある。それで商人たちに安心して商売が出来ると思わせているのか」

 パイランが補足した。

「商売品でもある奴隷たちも逃すことが出来るって寸法か」

 コウノスケが頷く。

「海上都市の場所は、南になりました。陸橋で海上都市まで繋げて、逃げられるようにするつもりです」

 ソラの言葉に三大商人は感嘆とした声を漏らす。そこまで退路を考えていることに、驚いているのもあった。

「それはありがたいな」

「しかし徹底的ね」

 コウノスケとエルフリーデは言いながら頷き合う。

「歓楽街を攻め落とすには、時間と人手がいるということか。この蜘蛛の巣状に広がっている堀もそうだな?」

 パイランは基礎の図を指し示す。その言葉にソラが頷く。

「でもぉ、陸橋はルミエール領にとって損じゃあないかしらぁ?」

 陸橋を用意することで、海上都市から歓楽街まで一直線にこ移動出来てしまう。しかしそれは、道中でお金が落ちない可能性がある。

「陸橋は陛下の提案です。俺も反対したのですが、逃げ道を用意するなら徹底的にと」

 下からも上からも陸橋に辿り着くようにすると、ソラは補足する。

「この立地ならぁ、ホワイトポリスからも一直線ねぇ?」

 グラディスの試すような眼差しになる。ソラは敢えてのった。

 地図を指し示す。唯一の山道の先にはホワイトポリス。反対側には歓楽街である。

「ええ、そうなりますね。すぐに親しい友を助けられるかもしれませんね」

 その返答にグラディスは面白そうに笑む。

 この後ソラたちは、細かいところを話し合う。どこを誰が担当するのか、どんな要望があるのかを募り、日が沈み、また登る頃には目処がつく。






 日が昇る中、ソラとフェルナンドは港に向かう。三大商人の商船に乗ってブランシュエクレールに帰るつもりだ。

 海上都市はすでに活気で溢れかえっている。今日も彼らなりの一日が始まるのだ。

 ソラは道中で店を見つけて、そのまま入る。フェルナンドはなんだと思い、店の看板を確認する。

「装飾店か。結構高いだろうに」

「そうねぇ」

 フェルナンドの独り言は自身への確認であった。しかし、それに応じたのがグラディスである。

 彼女は驚くフェルナンドに構うこと無く店構えを見て「あらぁ」と声にした。

「なんでお前――貴方様まで?」

「つれないわねぇ」

 グラディスは自分もソラたちと同じ商船で自領地へ帰るという。ついでだから歓楽街の立地などを確認してから帰るのだ。

「買い物とかはどうした、んです?」

「先程、港まで持ってくるように手配しましたわぁ」

 フェルナンドは居心地の悪さから、口を開く。

「しかし、いいのか、ですか? グレートランドの守護将軍が他国の事業とかに関わって」

「あらぁ、知らないのかしらぁ? 銀の姫将軍だってぇ、アソー領内で色々やっているのよぉ」

「そうなんですか?」

 ちょうど店から出たソラはグラディスに確認する。

「ええ、そうよぉ。あの娘も色々やっているわよぉ」

 グラディスは含み笑いをした。

「じゃあぁ、いくわよぉ」

 三人は特に会話もすることなく港まで行く。辿り着くと一際でかい帆船が三隻。荷物やら人を乗せていく。ソラは自領地に来ることになる奴隷たちに、もう一度挨拶し、それぞれの話をもう一度聞いた。

 一段落つくと、グラディスの買い物した商品が荷車に乗ってやってくる。

「でかっ!」

「今回は買い込んじゃったわぁ」

 そこで周囲に人がいないことを確認してグラディスは口を開く。相手はソラだ。

「一年で契約が終わるのですわよねぇ?」

 グラディスはソラがブランシュエクレールの正式な臣下ではないと知っていた。彼女は驚くソラを余所に話を進めていく。

「そしたら私の領地に来て色々と手伝ってほしいことがあるのぉ。もちろん正式な配下になってくれてもいいわよぉ?」

 ソラは気を取り直し、かぶりを振る。彼の脳裏に魔王との会話が過った。

「いや、しかしどうなるかわかりませんし」

「そうかしらぁ?」

 特に気にした素振りもないグラディスは、ブランシュエクレールにも利があるわよと言う。

「ここまで関わったのだからぁ。愛着もあるでしょうにぃ。とにかく貴方が欲しいのぉ。褒美は私よぉ。幼い顔立ちに、幼い体躯だけど美人よぉ?」

 ソラは勢いよく首を振る。

「冗談」

「本気にしてくれてもいいのにぃ」






~続く~


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