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第三十七話「そして魔王は」

第三十七話「そして魔王は」






 説明会の間。ソラは積極的に説明する側に回らなかった。旗から見る彼はただ見守っているようである。目付きの悪さから、妙な雰囲気にはなっているのだが。

 これには彼なりの理由がある。

 まずひとつはブランシュエクレールの出身ではないこと。そして、カエデたちに経験させるためである。

 前者は説明する際に致命的だ。細かい部分の説明は、その風土で生きた者でなければ無理である。その上、彼は内乱に関わり、そのまま代官になってしまった。

 ブランシュエクレールの風土を学ぶどころではなかったのである。もちろん勉強していないわけではない。知識として色々と知っているのだが、それでも無理は出てくる。

 後者はマルコの提案もあってだ。

 海上都市に来て色々と学んだ面々だが、自分たちの持ちうる知識を披露する場面は、早々になかった。

 自分たちの日頃の勉強を活かす場面である。また自分たちも改めて学ぶことが出来るのだ。一挙両得となっている。

「フェルナンドさんは?」

「あいつならオオサカの商人のところに行ったよ」

 答えたのはコウノスケだ。ワーライオンである彼は、顎にあるたてがみを撫でる。

 彼らは説明を見守っている側だ。彼らは信頼できる部下を歓楽街に送るつもりなのだ。故に説明を聞く必要がない。そもそも彼らにとってはよく知っている話だ。

「あいつもお前と同じで、商売を持ち込む人間だよ」

「楽しいですか?」

 コウノスケは頷いて楽しいと答えた。

「専売権を持っているんだよな?」

「ルミエール領のみとなりますが」

 先の内乱で功績を収めたフェルナンドは、シャルロットから専売権をいただいたのだが、フェルナンドひとりじゃ扱いきれない規模だった。

 そのためフェルナンドは抱え込まず、手始めに旧パッセ領――ルミエール領の専売権を獲得することを提案。

 これはシャルロットによって受け入れられた。

 ルミエール領の専属商人としてフェルナンドはいるのだが、今回の歓楽街の件で三大商人とルミエール領との窓口的な役割になってしまったのである。

 褐色の商人はまだありもしない商品で彼らと商売せねばならくなってしまったのだ。

「未来にあるはずのモノの売買をする緊張感」

「実際どこまで進めているんです?」

「そこまで進めちゃいないよ」

 あくまで歓楽街が出来てからの話しである。

「工事とかどうするんだ? 人を出すぜ?」

「どれくらいで出来ますか?」

 その話にはパイラン、そしてエルフリーデも食いついてくる。俺も出す。私に人を出させろと、せりが始まってしまう。

「できれば三人にお願いしたいです」

 ただしとソラは続ける。

「大きさなどはまあそちらで決めてもらっていいのですが……。一番に作り上げた団体には特別報酬を出します」

 担当区画の大きさによって報酬は上がっていく。そしてさらに一番早く作り上げたところに、特別報酬を上乗せするという話である。

「いい性格しているじゃないかソラ」

 コウノスケは口元を歪める。そして豪快に笑い出す。パイランとエルフリーデは早速ブランシュエクレールの地図を広げる。

 すでに彼らの戦いは始まっていた。

「魔法を使ってはいけないってことではないの?」

「できるだけ使わないってのが決まりだ」

 カエデはレイヴンスイーパーの一団の応対をしている。

「特に使わないでするべき作業は農作業だな。霊石を畑に埋め込んでおけないからな」

「霊石置いてある場所ならいいの?」

 カエデは小さく頷く。

「実際に製鉄所なんかは魔法を使わないといけないんだが、工場の周りは霊石でガッチリ固めてある」

 霊石の発する霊力と、工場内で高まったマナがぶつかり、酸素を生み出す。これにより製鉄所は効率よく火を起こしている面もあった。

「畑で魔法を使いすぎるとどうなるの?」

「良くないことが起きるって話だ」

 ソラはそこで会話に入り込んだ。

「実際にルミエール領で今起きているお話です。カラミティモンスターがたくさん出始めています」

 その話は初耳なのか、カエデが勢い良くソラへと向き直った。

「どういうことだ?」

「どうもパッセ侯爵が色々と怠っていたようで、移民がそれなりに潜り込んでいたようです。九魔月に入ってからカラミティモンスターの被害が増えています」

「そいつらは?」

「今頃、ジャクソンさんが厳しく対処してくれているでしょう」

 ソラはレイヴンスイーパーの少女らに視線を顔を向ける。

「ですから、元々いる住民とも、良好な交友を持つためにも、魔法の使用は極力少なくしてください。もちろん使うなとはいいません」

 ソラは最後に付け加える。

「ルミエールからも人を募ります。その人達に困ったことやわからないことがあったら相談してください」

 言い終えるとカエデに視線を向けて、後は任せたとソラはその場を離れる。

 どの種族も副業のことを聞いていた。ソラたちが斡旋する仕事以外をしたいと申し出ていたのだ。そのどれもが種族特有のモノである。それはさすがにソラが答えるしかならず、ソラはそれに関しては調整すると答えるに留めた。

 程なくして説明会は終わる。その頃には雲は消えて、夕暮れが海を染めていた。






 闇知らずの城は穏やかな晴天のもと、各々の役割をこなしていく。

「やはり俺はヤマブキがいないとダメだな」

 ストロベリーはそう言いながら、執務机に肘を置いた。

「ですが私は……」

「ダメだ。今度という今度は王都に一緒に来てもらう」

 ピエールとジョナサンは執務机の前にあるソファーに座っている。互いに向き合いコマのようなモノを使って陣取り合戦をしていた。

「ふふふ……それではダメですよ」

「あ! ああっ! え? うそぉ」

 死神は若者を相手取り、優勢に進めていく。

 その光景を見ながらストロベリーはふんぞり返る。

「王都で他の者に馬鹿にされた。お前がいないと冷静に思考が出来ないんだ」

「私を嫌うものがいます」

 ヤマブキの見た目に強く嫌悪を示すものがいる。そのため、今の今までヤマブキは闇知らずの城から、外にでることは殆どなかった。

 何度かストロベリー自身も連れだそうとしたが、彼の体面を気遣ってヤマブキ謝辞し続けていたのだ。

 だが、この度ストロベリーは体面よりも己の精神安定を優先させることを決めた。

「父王が病を患い、大変な時期であるのならば! 兄弟が協力せねばならないのだから! 俺だけ馬鹿の役回りなど御免被ると言っているのだ!」

「しょ、承知ました」

 ヤマブキは勢いに押し切られる。

「降参です」

 ジョナサンは頭を垂れてピエールに白旗を揚げる。

「ふふふ、よく頑張りました」

 そんなやり取りを見て、ストロベリーは思い出したかのように口を開く。

「金の姫将軍はどうした?」

「先日より海上都市に出向いたとのこと。しばし、連絡は出来ないかと」

 ストロベリーは頭を豪快にかいてから、顎を手の甲に乗せた。半目して鼻息荒くなる。

「何かお考えですか?」

「したいんだが、王都での失敗が思考をまとまらせん」

 ヤマブキは光るひとつ目を半月にした。

「どういたしました?」

 ジョナサンはコマを並べながら問う。ストロベリーは目を見開き、大口を開けてしぼんでいく。

「どうしようかな?」

「金の姫将軍と連絡を取りたいのですか?」

 ストロベリーは王都であったことを、思い出しながら話す

「メロン兄さんが次期皇帝なのだから、何も問題はないんだがな。どうも姉様たちや、弟たちはそうではないらしい」

 他の守護将軍の奪い合いのようなモノが起きたとストロベリーは言う。その場にいなかった銀の姫将軍、金の姫将軍、そして黄昏の姫将軍はそれを免れたが、酷かったという。

「黒の超将軍、銀の姫将軍はメロン兄様に忠誠を誓うだろう。しかし他が未知数だ。オレンジと黄昏の姫将軍も協力関係は構築できるだろう。残りは金の姫将軍だけだな」

「金の姫将軍を殿下にお繋ぎすればよいのですか?」

「まあ、そうだな。俺とメロン兄様とは仲が悪くはないはずだ。あの策士なら俺たちを利用できる立ち位置に居座るだろうさ」

 ヤマブキはすぐに策を練る。

「現状の情勢を鑑みるに、金の姫将軍様はブランシュエクレール経由をとるでしょう」

 ヤマブキは、ブランシュエクレールの南の港街で待ち伏せするのがいいと提案。

「例え予想が外れてもブランシュエクレールの内情を探ることは出来そうですね」

 痩せこけた死神のような男は音もなく立ち上がる。

 言外に自分が行くと言っていた。ストロベリーは頼んだと言うとジョナサンに視線を向ける。

「お前も行けジョナサン」

 若者は目を瞬かせた。ご指名されると思わず驚いているのである。

「よ、よろしいのですか?」

「構わん行け」

 ジョナサンの見聞を広めさせるためだ。

「聞きたいことはあるか?」

 ストロベリーはジョナサンに問う。若者はしばし考えこむと、口を開く。

「金の姫将軍様は、ここより北の地を守護する将軍様ですよね?」

 故にストロベリーと金の姫将軍は、他の兄弟より交流が盛んなのであるとヤマブキが補足する。

「ブランシュエクレールの事は聞きたくないのか?」

 ジョナサンが送り込まれる国に関しての、質問を受け付けたつもりだった。しかし、若者はかぶりを振る。

「自分の目と耳で確かめたいと思います」

「細かいことは私がその都度指摘します故」

 ピエールは恭しく頭を下げた。

「よし、わかった。では行け」






 説明会を終えたソラ一行。翌日、ついに海上都市の中央に立っていた。ブランシュエクレールからの競売と聞いて、多くの人で中央はごった返している。

 円形の広場どこを向いても正面となるようになっていた。

 照りつける太陽は強く差し込む。空を見上げると雲ひとつ無い青空が広がる。

「広いですね」

 シャルリーヌはそう感想を漏らす。

 彼女は中央の広場を端から望んでいた。

「ここは海上都市で一番広い区画です」

 彼らのいる区画は、今回のような大規模なセリを行う場として存在している。海上都市で唯一の不可侵領域だ。

「久しぶりだなこの空気」

 ワーライオンのコウノスケが楽しそうに言う。

「うひょー。すげー」

 褐色の商人――フェルナンドは広場を隅々まで眺める。

「ここでいつか商売したいな」

 フェルナンドは、将来の自分の姿を広場の中央に夢想した。

 マルコが樽を運び始める。

「レーヌさん。カトリーヌさん」

 ソラは二人の侍女にシャルリーヌを任せた。

 二人はシャルリーヌを伴って慌ただしく、控室に下がっていく。

 第五騎士団の面々が広場の周囲を警護に出て行く。三大商人の私兵たちもそれに加わる。

 ソラとすれ違い様に、カエデ、シルヴェストル、アラン、カエデ、ジョセフ、ゲルマンが小さく頷く。

 樽が運びだされ、第五騎士団が広場に出て行くと、ざわめきは大きくなっていく。

 ここに集った面々はドラゴンの死骸が競りに出されると思っていたのだ。しかし、出てきたのは大樽ひとつ。

 それを笑い飛ばす者もいたが、三大商人の私兵と、ブランシュエクレールの騎士団の警護する様相が、異様な空気を作っていた。

 幾人かが気づく。すでに戦いが始まっていると。売る側と買う側の戦いである。

「なんだと思う?」

「とんでもないモノだろうさ」

 そんな会話をひとりの女性が聞いていた。

「三大商人が関わっているのだ。ただじゃあ済まないぞ」

「あいつらが買うんじゃないのか?」

「日頃の恨みだ。安く買わせようぜ」

 すでに情報戦が開始される。もちろんこの中には三大商人のサクラも混じっていた。

 女性は一飛で高いところへと移動する。日傘を差して、広場の様子を冷静に観察した。

「なるほどぉ……ブランシュエクレールが面白いことをしそうねぇ」

 言い終えると同時に、目付きの悪い少年とブランシュエクレールの殿下。シャルリーヌ・シャルル・ブランシュエクレールが現れた。

 桜色と白色の布を重ねたドレス。そして腰には白い皮ブランシュエクレールの象徴でもある魔導具――ブランシュエクレールがさげられていた。

「皆様、お集まりくださいまして、ありがとうございます」

 シャルリーヌは小さな体で、精一杯大きな声を張り上げる。拡声器の役割を担う魔導具が、広場にその声を届けた。






 魔王は執務机に顎を置く。

 褐色の肌。黒いつややかな長髪。真紅の瞳が虚ろに景色を映す。

「暇だよ」

「では、復帰なさいますか?」

 白い外套を纏った存在が問う。小さな子どもくらいの体躯、しかしフードを深くかぶっているため顔色は愚か、性別、種族すらわからない。

「いや、でも象徴だし」

「海上都市の噂は順調ですよ」

 ン・ヤルポンガゥの魔王は現在象徴として居座り、政の大半を人族にまかせていた。それでも時折思いつきで行動を起こしたりしている。その思いつきがブランシュエクレールの海上都市であった。

「すぐにどうこう動く問題じゃないしね」

 扉が叩かれる。魔王は気怠そうにどうぞと言うと、ひとりの男が駆け込んでくる。

「か、海上都市でブランシュエクレールのシャルリーヌ殿下が!」

 魔王は体を起こすと、目つきが鋭くなった。

「何があった?」

 男は息を整えながら口を開く。

 ブランシュエクレールの一団が、海上都市の中央でブランシュエクレールの海上都市の建築の権利を競売にかけていると説明した。

「その手は考えたが、早過ぎるだろう」

「それが、海上都市の権利を競り落とした場合、樽の中身の交渉権を得られるとか?」

「樽?」

 魔王は異様な引っ掛かりを覚える。

「それと、もうひとつ。ソラ・イクサベがシャルリーヌ殿とご一緒に――」

「それを早く言いなさいよ!」

 魔王は立ち上がると、執務室の窓をぶち破った。

 即座に魔龍の姿へと成ると、海上都市へと飛翔する。

 音速を超えて雲を斬り裂く。あっという間に海上都市へと辿り着く。そして、眼下に中央の広場を視界に捉えると、魔王はひとりの人物と目が合う。

 魔王は人の姿へと成ると、そのまま急降下。広場の最前列に爆着する。

「その中身はなんだ?」

「なんだと思います?」

「そういう意味ではない」

 巻き上がった土煙を気にせず、ソラは魔王と言葉を交わす。

「では、こう言い換えよう。埋蔵量は?」

「不明です」

 煙が晴れ、その人物にすべての人々が騒然となった。

「魔王……様。どうして」

 誰かの言葉が引き金となって、競りが激しさを増していく。しかし、魔王が手を上げると、その騒ぎはあっという間に静まり返る。

「僕が買おう。無償で造らせてもらう。どうかね?」

 すでに魔王は樽の中身を正確に把握していた。

 そしてその重大性も理解している。

「た、ただということですか?」

 シャルリーヌは聞きながら、ソラに視線を向けた。目つきの悪い少年は肩をすくめるしかない。

「ああ、無料だ。資材から人件費その他もろもろこっちで全て一切合財持つと言っているんだよ!」

 魔王はすでに焦りをにじませている。

「そんな……」

 膝から崩れ落ちたのはパイランだ。魔王の登場前まで、樽の中身の交渉権を得ていたのはロン商会のパイランであった。

 そしてこの時、海上都市のほぼ全ての商人が察する。

 ブランシュエクレールはなにかとんでもないモノを隠し持っていると。

「悪いが時間が惜しい。全員が入るコンテナを用意してくれロン商会。支払いはツケておいてくれ」






~続く~


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