表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
4/672

第三話「戦いの始まり」

第三話「戦いの始まり」






 シャル――シャルロットがソラたちと出会ってから、一週間ほど時間を遡る。

 シャルロット・シャルル・ブランシュエクレールがまだ玉座に座していた。

 彼女は毎日、王都付近にある畑で、民と共に畑を耕し、種を蒔いて、家畜を育てるなどして午前中を過ごすのだ。午後から政務や兵士の鍛錬をやり、夜にはその日の仕事を終える。そんな毎日だ。

 もちろん例外はある。緊急を要する政務や事件などが飛び込んでくれば、彼女は自身の責務を優先した。

 能なしと言われていようとも、それを理由に異議を唱えるものは少ない。彼女は十分、王女としての責務全うしていたことを皆知っているからである。

 そしてその日は午前から、彼女は王宮に縛られていた。盗賊の一団が国内に侵入したという情報が飛び込んできたのだ。彼らは東の国境付近から侵入。その付近に廃棄された砦があり、そこを根城に周囲の村を襲い始めたのだ。

 執務室に三人の人物がいた。一人はシャルロット。もう一人は老人。そしてもう一人は侍女である。

 執務室には取り立てて飾り気はなく。高価な調度品の類はない。着飾りはしないまでも、部屋は綺麗に掃除されており、清潔さが保たれていた。部屋の奥に白い長剣が立てられており、部屋の質素さが、その剣の美しさを引き立てていた。

 長剣にも飾り気はなく。鍔の部分に赤い宝石があるだけである。

「厄介ね」

「国境付近というのが面倒ですな」

 シャルロットの言葉に一人の老人が答えた。

「コウメイはどう思う?」

「ノワールフォレやマゴヤの手先ではないかと、それならば銀の姫将軍様がこちらにご一報くださいます」

 老人はこの国の宰相、コウメイ・ムライという名だ。彼女が信頼を寄せる老人だ。前女王の時代から王家直属の武家として仕え、戦場で戦えなくなってからは、宰相としてこの国に仕えていた。

 銀の姫将軍からの一報がない。つまり昨今グレートランド皇国にいる傭兵団や、ハンターの類ではないという意味だ。彼女らも皇国の近況を知っていた。カラミティモンスターが発生しやすく、それらを撃退するために、外の人間を呼び寄せていることも。そこから流れてきたと考えたのだ。しかし干渉領地があり、ブランシュエクレールに来るまでにも村はそれなりにある。そこらを襲撃せずに来るというのは考えられなかった。

 老人は白髪になった髭を撫でる。

「二百人規模と聞いております」

 侍女が情報を付け加えた。その情報にシャルロットは眉根を寄せる。

「レーヌはどう思う?」

「多いですね。ですが、軍を動かすには値しないかと」

 長い銀髪をうなじの辺りで結わえられた髪。黄金の瞳。白い肌の侍女が質問に答える。

 レーヌの言葉にコウメイも頷くと、口を開いた。

「同盟諸国にも、いらぬ緊張を与えかねませんな。特にノワールフォレに」

「そうね。最近何かと突っかかってくるしね――」

 シャルロットは余計な問題は起こしたくないと言う。二人も同意見なのか、首肯した。

 ノワールフォレは何かと突っかかっては、ブランシュエクレールから物資を引き出そうとしてきたのだ。普段ならば皇国が制止するのだが、最近はそれがない。

「――これが終わったら砦を解体しましょう――民にやらせるのはどうかしら?」

 老人は良いと思いますと言うと、国庫にも余裕があることを付け加える。

 本来ならば貴族や軍にやらせるのだが、周辺国にいらぬ緊張を与えてしまう可能性があった。そのことを考慮してシャルロットは民に仕事を斡旋したのだ。もちろん副次的な思惑もある。

「これで少しは民に還元出来るわね?」

「そうですな」

 先代が何もしなかったわけではない。体調を大きく崩す数年以上前から、食糧支援を打ち切り、内需拡大。富国強兵に務めた。それでも、長年にわたって無理を強いてきたため、すぐには民の生活は、向上しなかったのだ。故に、こうして公共事業として民に金銭を還元するのが狙いだ。

 シャルロットは頷くと、話を進めた。

「パッセ侯爵は?」

「領内に出ている不穏な輩に対応していて、動けないとのことです」

 東の砦の直轄している貴族がいるのだが、その領内では不穏な輩が入ったという報せが、大分前から入っているのだ。

 シャルロットは首を傾げる。その貴族はブランシュエクレール内で一番の戦力、財力を有している。それが対応できていないのは疑問に思うところであった。

 だからこそ、彼女の元に盗賊が入ったという報せが飛んできたのだが。彼女はその辺の調査をコウメイに指示をしながら、自身が出ることを決めた。

「では――少し胃を痛めてもらいますわね?」

 シャルロットの笑みにコウメイは小さい溜息を吐く。背後に控えていた侍女が、奥の部屋へと下がる。

「左様ですか……。いや、この期に及んで悠長なことは言っておられませんな」

 老人は最初こそ不服そうな顔をしたものの、すぐに首を振る。時間がとにかく惜しい。故に早急に手を打たねばならないのだ。

 レーヌは執務室の隣の部屋へと入った。それを確認したコウメイは口を開く。

「私としては、くれぐれもお気をつけてくださいませ。とだけ」

 奥の部屋からレーヌが戻る。手には武器と防具。

「わかったわ――レーヌ」

 呼ばれた侍女は一歩前へと出る。手にはシャルロットが使う武具を差し出す。

「こちらに」

「聞いていたわね?」

 受け取りながら彼女は確認する。

「急ぎ準備します」

 レーヌが急ぎ足で部屋を出ると、入れ違いに茶色の髪を二つに結った侍女が部屋へと入ってきた。侍女の表情は暗く。すぐに察したシャルロットとコウメイは顔を見合わせる。

「どうしたのカトリーヌ」

 カトリーヌは今にも泣きそうな顔で詫びた。

「シャルリーヌ様にお役を解かれてしまいました……ごめんなさい」

「何かしたの?」

 カトリーヌは俯き、首を振る。二つ結びの髪の中から先の尖った耳が覗く。

「思い当たる節がない……です」

 シャルロットも顎に手を当て考える素振りを見せる。しかし、カトリーヌに落ち度があったとは思えなかった。むしろカトリーヌはシャルリーヌと仲がいいのだ。

「わかったわ。帰ったら聞いてみる」

 カトリーヌは申し訳ございませんと、頭を下げる。

「それよりも、支度をするから手伝って頂戴」

 カトリーヌは顔を輝かせて、シャルロットの支度を手伝う。手つきは少し怪しいものの、彼女が身に付けるガントレット、アンクレットを確実につけていく。胸当てを装着するのを手伝う頃には、カトリーヌは気を取り直していた。

 扉が叩かれる。シャルロットは顔を向けずに声だけで入室を許可した。レーヌが部屋に入る。

「お待たせいたしました。兵も全員中庭に集合させております」

 レーヌは鎧を身に纏い、ヘルムを脇に抱えていた。

「早いわよ」

「いつでも動けるようにしているのが、我々第五騎士団です」

 シャルロットは「はいはい」と応じて、具合を確認する。

「ありがとうカトリーヌ」

 彼女はツインテールの侍女の頭を撫でた。

「お気をつけてシャルロット様」

 カトリーヌは最後に白い長剣を差し出す。シャルロットは受け取ると、鍔の部分にくちづけをした。

「ちゃんと発動しますように」

「魔導具ブランシェエクレールが捻くれたならば、我らがなんとかします故」

「頼りにしているわ。じゃあコウメイ。留守を頼むわね」

 白髪の宰相は恭しく頭を垂れる。

「はっ。微才を尽くして」

 シャルロットはその日のうちに百の騎馬兵、三百の馬を引き連れて、現場へ急行した。

 馬の数が兵士より多いのは、替え馬である。なるべく早く現場に向かい、周辺国に察知されないうちに事を終わらせようとしての判断からだ。

 そうして彼女たちが砦に着いたのは翌朝である。

 砦は小高い丘にあり、周囲に森はあるのだが、砦付近は開けていた。その砦は石垣で出来ており、どこにでもある小さな砦である。シャルロットが生まれるずっと前からあった砦だ。

 ブランシュエクレールとノワールフォレの間の広大な土地は、今でこそグレートランド皇国の干渉領地となっている。それ以前はノワールフォレと、その土地をめぐり、戦を何度と無く続けていた。

 それ故に、この砦も作られたのだが、皇国と同盟を結んでからは、用済みである。ノワールフォレ国とも形の上では同盟関係になり、上辺でも笑顔で付き合わなくてはならないのだ。

 そのため、東の国境付近に軍を展開するなどは、皇国とノワールフォレに、いらぬ緊張を与える事になる。そんなことは極力避けた。

 他の騎士団の配置も西と南の海を臨む形で配置しており、東の守りは皆無と言っていいだろう。そこを突かれた形となったのだ。

 シャルロットは着くと、早々に元気のある兵士達を募り、斥候として出した。

 その後、彼女は幕舎を建てさせ、木の柵で周囲を囲い。堀を掘らしてから、兵士達に食事と十分な休憩をさせる。火は気づかれる可能性を考え、起こせない。そのためパンや干し野菜などが食事だ。ちなみに斥候たちにも携帯食糧を渡しており、各自の判断で食べるように指示を出してあった。

 二刻ほどで斥候達は全員帰還。シャルロットは彼らの話を聞きながら地図を睨んだ。

「数は?」

「三十です」

 斥候の一人はシャルロットの問いに答える。彼女は地図を睨みながら、考える素振りを見せた。

「二百というのは?」

 レーヌも首を傾げる。しかし斥候が数え間違えをするはずもなく、さらに周辺の村も襲われているなんて話は聞いていない。彼女たちは不可解な事態に考え込んだ。

「意見具申よろしいでしょうか?」

 一人が前に出る。中年の男は恭しく頭を下げた。

「言ってみなさい」

「はっ! 盗賊にしては武具が整い過ぎでした」

 シャルロットはレーヌと顔を見合わせる。

 彼女は傭兵くずれかと、忌々しそうに吐く。そして疑問に首を傾げた。

(ここ最近、大規模な戦なんてなかったはず)

 傭兵は戦争が終われば用済みである。故に、その後野盗化するのがほとんどで、戦争があった付近で、傭兵が集団で村を襲うなんてことはよくある話だ。

 彼女は、ではグレートランドの昨今の事象に対してだろうかとも考えた。幕舎の兵士たちは、訝しんだ。周辺の村は襲われておらず、銀の姫将軍からの報せはない。

「彼女が意図的に報せていない可能性は?」

 レーヌの言葉にシャルロットは首をふる、

「本気で言っているの?」

 銀髪の侍女はいえと、首を振った。

「最近は特にアソー子爵と懇意だったはず」

 銀の姫将軍とアソー子爵には交流があるのだ。それは公然であり、シャルロット自身も取り立てて、気にもしていなかった。銀の姫将軍自身が共存共栄を主義としており、彼女の交流の仕方などを見ても、問題は感じられなかったのだ。

 国を介さず貴族同士のやり取りは、別段おかしいことではない。北の領地を有しているアソー子爵と、銀の姫将軍の本拠地は海が隔てているだけで、沿岸にそって船を出せば半日もかからずに辿りつけた。だから、交流が無い方がおかしい。

 アソー子爵に嫌疑が向けられるが、彼はシャルロットに忠義を示しており、銀の姫将軍伝に入る情報を逐一報告するほどまめである。

 銀の姫将軍もまた、マナの濃度が平均的に低いことを理由に、ブランシュエクレールを見て回ることが多々あった。

 彼女が自分たちにも不利益になるような事をするとは考えられなかったのだ。

 シャルロットは疑問を口にする。

「ここ最近で大きな戦は?」

「二年位前にですが、アズマの方で大規模な戦はありました」

 中年の男が即答した。

「アズマなんて先の先ね。加えて言えばン・ヤルポンガゥでも一年前にあったわけだけど……」

「遠すぎます」

 シャルロットは視線だけを中年の男に向ける。男は察して口を開く。

「マゴヤの南でも戦があったはずです」

 レーヌは首を振って見せる。

 近年グレートランドの干渉領地を攻め、ブランシュエクレールに攻め入ろうとしている国だ。度々使者を送ってきては、シャルロットに降伏勧告を突きつけてきていた。

 今回の一件もマゴヤの手先ではと、彼女たちは考えたのだ。しかし――

 レーヌは毅然と話す。

「まず、ないでしょう。マゴヤはそんな面倒な事をしません。彼らなら自分たちの力だけでこちらに攻めてくるでしょう」

 シャルロットはその言葉に首肯した。

 マゴヤのマエカワは自身の軍に、絶大の自信を持っている。故に戦で小細工を労せず、自らの軍で奪いに来ると彼女たちは考えたのだ。

 何より彼らの総戦力は五万である。下手に傭兵なんか使って、嫌がらせをするよりかは、全戦力で殴りに来た方が早いのだ。

「となると……きな臭いわね」

 シャルロットは苦虫を噛み潰したような顔になる。

 レーヌが口を開く。

「ですが、我らの方が数は多いです」

「とはいえ、ただの盗賊じゃない――早々に使って押し切りましょう。調査は追々ね」

 王が扱う魔導具。シャルロットはそれを軽く叩いて見せる。

「あまり賛成できません。お付を何人かつけてください」

「これがあるし、一人で大丈夫よ」

「あまり過信しないでください」

 レーヌは注意を促す。

「わかっているわ。リーヌほど使えなくても十分強いのは確かでしょう?――それより、騎馬隊の指揮、お願いするわね? レーヌ」

 レーヌはため息吐いて頷く。

「微力を尽くします」




 太陽が中天を指す頃、戦いの火蓋は切って落とされた。

 シャルロットは魔導具の力を使って、目にも止まらぬ早さで斬りこむ。二、三人屠ったところで、騎馬隊が鬨の声をあげて、盗賊たちを驚かせて突撃を開始。

 いかな手練な傭兵といえ、混乱して統制が取れなければ烏合の衆と変わらない。

 後は一方的であった。

 魔導具の能力を十二分に使えなくとも、シャルロットの身体能力は高い。矢の雨を走って切り抜け、弓兵たちの懐に飛び込むと、対応する前に全員を斬り倒す。至近距離で矢を放たれても、斬り払いしてみせるほどだ。

 そんな彼女の姿に配下の兵士達は勇気づけられ、士気が高いまま突撃。盗賊たちを馬蹄で踏み砕き、槍で貫き、剣で突き倒す。戦いはあっという間に終わりを見る。

 三十人全員、容赦なく討ち取ることに成功した。

 レーヌはシャルロットの側まで馬で歩み寄る。

「斥候を周囲に飛ばしました」

「調査に三日……いや、二日かけたい」

 レーヌは御意と答えると、すぐに周囲の兵士達に指示を飛ばした。




 シャルロットらは二日で埋葬、武具の回収、砦の使用状況などを調査し終える。こうして彼女たちは引き上げた。回収した武具は替え馬に乗せて、ゆっくりと撤退する。帰りは急ぐ理由はない。道中村に立ち寄っては事情を聞いたり、近況を聞いたりしたため、彼女らが王都へ帰還に要した時間は調査を終えてから約二日であった。

 王宮に戻った時、シャルロットは物々しい雰囲気に驚く。王宮の広場は千の兵士で埋め尽くされていたのだ。

「あの御旗はパッセ侯爵のか」

 その時のシャルロットは、自分がいない間に守ってくれていたのだろうかと、考えただけである。それでも気分の良いモノではなく、彼女はパッセ侯爵に文句を言おうと、馬を進ませた。

 パッセ侯爵の領土の問題を、シャルロットたちが片付けに動いていたのだ。一言文句を言う権利は彼女にはあった。

 兵士達の中心に黄金の鎧を着飾った男が立っていた。白髪交じりの金髪はロールを巻いて、でかい顔をさらに大きく感じさせる。体躯は鍛え抜かれているとは言えず、太り気味だ。

 それがアドルフ・パッセだ。

 その側に背の小さな少女が歩み出る。長い金髪を毛先で縦にロールを巻き、桜色の布と白い布を重ねたドレスを身にまとっていた。

「シャルリーヌ? 何かあったのかしら?」

 シャルロットの側にレーヌと数人が付き従う。いくら家臣と妹が相手と言えど、王女を一人で行かせるわけにはいかない。そうレーヌは考えての事だった。後にこれがシャルロットを守ることとなる。

 シャルロットはパッセ侯爵の前まで馬を進ませて、降り立つ。この時の彼女はシャルリーヌが側にいるため、まったく警戒をしていなかった。

「何があって?」

 シャルロットの問いに、パッセ侯爵はもったいぶるように答えない。

 シャルリーヌは視線を彷徨わせて、シャルロットの手に持つ魔導具を確認した。そして背後に手を回す。

 それをレーヌは見逃さない。

「シャルロット様!」

 レーヌが叫んだと同時に、本能的にシャルロットは飛びのく。直後に銀の閃きが彼女の左腕を襲う。鮮血が弧を描く。

 激痛で魔導具の長剣を落としてしまう。それをシャルリーヌは回収して、兵士達の中に消えてしまう。

「シャルリーヌ?! これはどういう――」

「能なしが黙れ!」

 答えたのはパッセ侯爵だった。彼は手を振り下ろすと、周囲の兵士達は一気に動き出す。鬨の声を上げると、シャルロット達に刃を向けて突撃する。

 それをレーヌたち数人の兵士達が、守りながら引き離す。未だ彼女は茫然自失していた。妹に裏切られたという現実を、受け入れられずにいたのだ。そんな彼女にパッセ侯爵は吐き捨てる。

「能なしの王女が国を導けるものか!」

 怒号が飛び交う中、消え入りそうなシャルリーヌの声が、シャルロットの耳朶を響かせた。

「お姉様……ごめんなさい。やはり国は私が導きます」

「魔導具はシャルリーヌ様を選んでおるのだ!」

 パッセ侯爵は兵士たちを勇気づける。いくらパッセ侯爵の私兵とはいえ、国王に背くのだ。大義名分を彼が叫ぶことで、彼らは建前を得ることが出来、武器を振るうことが出来たのだ。

 シャルロットは叫ぶ。

「シャルロット様! シャルロット様! しっかりしてください!」

 レーヌが両肩を掴んで、自身が仕える君主に呼びかける。定まらない目を小刻みに震わせて、座り込んでしまう。

 彼女は失礼と言うと、平手打ちをした。

「な、何を……」

「生きてください」

 シャルロットは何をと聞き返す間もなく、馬に乗せられる。そしてレーヌはその馬の尻を叩いて、城門の外へと逃がした。

「レ、レーヌ!!!」

 シャルロットは振り返るが、混乱した頭では馬もまともに扱えない。ただ離れていく、仲間に泣き叫ぶことしか出来なかった。

 レーヌはシャルロットの姿は見えなくなったのを確認して叫ぶ。

「王宮直属近衛騎士団。第五騎士団! この城門より一人も行かせるな! ここが我らの死地だ!」

 第五騎士団の面々は雄叫びを上げて応じた。

 兜の面をおろして、槍を構える。

(シャルロット様。どうか生き延びてください……)






 シャルロットは淡々と語った。

 既に空は満天の星空になっている。それを眺めるように、シャルロットは天を仰ぐ。

「っとまあ、そんな感じよ」

 ソラとフェルナンドは何も言わない。実の妹に裏切られた。それは言葉に出来ないほど、精神的に追い詰められたに違いない。それがわかって黙りこんでしまうのだ。

 そんな空気を察してシャルロットは話題を変える。

「これからどうすればいいかしら?」

 彼女は意味深にソラを見つめた。対する黒髪の少年は、頭かいて考える素振りを見せる。そんな二人に改めてフェルナンドは告げる。

「俺は戦力になれないからな……」

「わかっています――ですがフェルナンドさんにしか出来ないことがあるんです」

 ソラはまず――と現状を整理する。

 彼は現状、三つの勢力があるだろうと説明した。

「仮に、革新派。中立派。守旧派とでもしましょう」

「守り? まさか私のやり方が守りだなんて、言うんじゃないでしょうね?」

 ソラは仮にと念を押す。

 つまるところシャルロット派、パッセ派、中立派だ。ここでソラがそれを明言しなかったのは、いくつかの理由がある。革新派であってもパッセ侯爵ほどではない派閥もいるだろうと考えたからだ。国を憂いて、変えたいと思う貴族はいるのは常だ。野心を抱くものもいるだろう。しかし、パッセ侯爵に完全に同調しているとも限らない。同様にシャルロット派、という完全な味方もいないはずである。

 現状、中立の貴族たちは革新派と守旧派で大きく揺れている状態だろうと予想した。革新派が上手くやったような状況にも見える。様子見の貴族たちは、シャルロットの死が、確実となれば革新派につくだろう。と、ソラは説明する。

「――つまり、その派閥を、革新派の味方にならないようにする必要があります」

「なるほど」

 一気に形勢が傾けば、王座に戻ったとしてもその後が厳しくなるのだ。

 シャルロットは頷く。フェルナンドはわからないと、首をひねる。

「つまり、フェルナンドさんには、噂を流して欲しいのです」

「噂?」

「あちこちを回ってもらい、シャルロット陛下が生きているという噂を流してもらえればいいのです」

 そこでフェルナンドはそうかと膝を叩く。

 生きているという情報を流すだけで、中立派はどちらにもつけなくなるのだ。事態の推移を見守るために、積極的に動かないだろうと、ソラは説明する。

「さて、その前にシャルロット陛下」

「その陛下っての――」

 ソラは真剣な眼差しを彼女に向けた。彼女は口つぐむ。

「まずは、どう終わらせたいですか?」

 シャルロットははたと考えこんでしまう。裏切ったパッセ侯爵に復讐したい気持ちでいっぱいで、どういう決着をつけるか、全くと言っていいほど考えていなかったのだ。

(シャルリーヌはどうする?)

 許せないのは許せない。じゃあ武器をとって戦うか。そこまで考えて、シャルロットはマゴヤを思い出す。

「なるべく無血にしないと、いざという時に厳しいわね」

 ソラは同意しながら、難しいですねと付け加える。

 マゴヤの事をシャルロットが説明した。今のこの情勢はマゴヤにとって最高の機会に違いない。故に、内乱を終わらせた後、すぐに対応できるようでなければ厳しいのだ。

「生きているという証拠を与え過ぎないことです」

「なんでだ?」

 これにはフェルナンドだけではなく、シャルロットも首を傾げる。

「この内乱を無血に近い形で終わらせるならば、確たる証拠は、まだ与えるべきではありません」

 そこでシャルロットはなるほどとつぶやく。

「革新派と守旧派、どちらにも勢力が集まりすぎるとよくない。と、いうことね?」

 ソラはええと答える。

「どっちかに力が偏れば、無血による内乱集結は不可能でしょう」

 同時にソラは期限も決めた。

「一ヶ月でしょう」

「今から?」

 ソラは首を振る。

「シャルロットさんが追われてから、ですね」

「ロッテ、ね」

 ソラは困ったように頭をかいた。咳払いして話を進める。

「まとめると、両派に戦う理由を与えない。一ヶ月以内に革新派の頭目、すなわちパッセ侯爵を討つ。これが当面の目的になります」

「しかしよぉ。シャルロットはすでに死んだ扱いになっているんじゃないか? だったらすでに大勢は決まっているんじゃ」

「いえ、まだ正確なお触れは出ていません。守旧派が相当な猛反発しているのでしょう」

 ソラは、フェルナンドと寄った村の話をした。公示人が公示をしていないことを指摘したのである。革新派の領内では公示人が公示している可能性があり、それで情報が錯綜させられないかとも、彼は提案した。

「なるほどな。俺にうってつけだな」

「危険ですが、お願いします」

「任せろ。戦争させないための戦いなら、喜んでやるさ」

 その時のフェルナンドは二人が見ても、驚くくらいの決意を滲ませる。

 そこでフェルナンドは自身の身の上を語りだす。彼は、かつて戦争で自分の生まれ育った村が焼かれたと言う。だから、戦争が嫌いなんだと。

「商人だから、もちろんさ、戦争を利用して儲けたりするさ。けど、やっぱり嫌いだ。戦争は――弱者から何もかも奪っちまう。俺はそれが許せないんだ」

 彼は寝転がると、星空を睨みつける。

 フェルナンドの脳裏には炎。焼ける村の姿。家も畑も、そして人すら飲み込む炎。

「そんなこと、この国でさせるかっての」

 彼らは満点の星空の元、眠りについた。






~続く~

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ