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第三十五話「それぞれの思惑」

第三十五話「それぞれの思惑」






 雲ひとつ無い青空。多少風が強く、風が時折窓を叩く。

 闇知らずの城。グレートランドにあるストロベリー・ランス・グレート・オーランドの居城。その廊下を痩せこけて、生気を感じさせない色白の男が歩いて行く。

 目にはくっきりとした隈があり、見ようによっては死相に見えた。彼を知らぬものはその色白さと死相にも見える隈から、心配されるほどである。

 そして今日もまた通りかかった若者に心配されるのだった。

「いえ、結構です。それより見慣れない顔ですね」

 若者はその言葉だけで、理解する。この死神めいた男がこの城の主にとって、自分よりも仕えている時期が長いと。

 素早く片膝をついて、頭を垂れた。

「申し遅れました。ジョナサンと申します。以後お見知り置きを」

「これはこれは。わたくしはピエールと言います。同じ主に仕える者同士、仲良くしましょう」

 ピエールは嬉しそうに微笑んだ。彼はそのつもりである。しかし、ジョナサンさんの印象はまったく別であった。

 彼は顔を青ざめさせて、仰け反りそうになる。それほどの恐怖を抱いていた。

 ジョナサンはまさしく死神に出会ったと、後にヤマブキに語っている。

「これからどちらに?」

「殿下の下へ」

「では、ご一緒しましょう」

 二人は程なくして、闇知らず城の執務室にやってきた。ピエールは慣れた手つきで扉を叩く。

 叩く力が弱く、また最後の一打が空振り気味な音を立てていた。

 特徴的な音に、ストロベリーは誰か察して、名指しして入室を許可する。

 ピエールは入りますと応じ、ジョナサンさんもまた声を出して入った。

 中ではストロベリーとヤマブキが何やら話をしていた様子である。

「ピエールに――ジョナサンか」

 ストロベリーはピエールの前に手を出して、待てと素振りで言う。

「どうだった?」

「はい。いい鍛錬でした」

 ストロベリーはそうかと二回言うと、満足そうに笑う。

「このジョナサンという若者は?」

「騎士見習いだ」

「武勇に秀でたモノでも?」

 ストロベリーはないと断言する。

「才能が?」

 またしてもないと言い切った。ジョナサンは少しいづらそうに身を捩る。

 そこでローブを纏った存在が声を発する。

「彼は陣の構築に秀でております。また罠の設置、弓も鍛えればモノになるでしょう」

「狩りで覚えただけなので、そこまで使えるとは……」

 ジョナサンはパスト公爵の領内の村で産まれて育った。村では狩猟を生業としており、村一番の猟師であったのだ。

 しかし、度重なる重税により、村総出で逃げ出し、ストロベリーの領地に逃げ込んだのだ。

 たまたまストロベリーがジョナサンを指名して、村の代表とさせ色々と仕事を与えていたのだが、この度彼の度量の大きさに、配下として迎えたのだ。

 彼はヤマブキを恐れない。故にそこを認められて、現在は彼の才能を確認しているとこである。

「謙遜するでない。お前にはもっとその才能を伸ばしてもらうぞ」

 で、と。ストロベリーはピエールに向き直る。黙って死神の話しを促す。

「件のパスト公爵ですが、かかりました」

「ほう。では、銀の姫将軍を追い込むことが出来るな」

「確実です。今頃銀の姫将軍を陥れることを考えて、君の悪い笑みを浮かべていることでしょう」

 それはお前だとストロベリーは返す。実際にピエールは死神めいた笑みを作っていた。

「ヴェルトゥブリエの方は?」

「あちらは完璧です。遠からず、北のグリーンハイランドと戦争になるでしょうね」

 ストロベリーはうむと頷く。

「殿下。おひとつお伺いしてもよろしいでしょうか?」

 ジョナサンは手を上げて言う。それに対してストロベリーは頷いて応じる。

「ブランシュエクレールを占領することが、我々の目的ですよね?」

 闇知らずの城の城主はそうだと首肯した。

「なぜヴェルトゥブリエが?」

「ああ、そうか。下々の者には説明していないからな」

 ストロベリーはヤマブキに手で説明しろと促す。

 ローブを纏ったひとつ目の存在は、音もなく動いてジョナサンの前へと出る。

「理由は簡単です。ヴェルトゥブリエの力を削ぐことが、ブランシュエクレールの力をそぐことになるからです」

 ヤマブキは続ける。

 ブランシュエクレールとヴェルトゥブリエは、独自の同盟を結んでいるのだ。その関係にほころびを出そうとしたが、互いに政治的な連携により失敗に終わったと。

「そのため、グリーンハイランドを使いヴェルトゥブリエに戦争をしかけさせます」

「物理的に潰すということですね」

「そこまで行かなくとも、我々が攻め込む時にヴェルトゥブリエが動けなければよいのです」

 そこでジョナサンは首を傾げる。

「確か、グリーンハイランドとヴェルトゥブリエは、我が国と同じ宗教ではありませんでしたっけ?」

「そうなのですが、違います」

 ジョナサンは黙ってヤマブキの言葉を待った。

「宗教には宗派があります。ジョナサンはオルフォールの何派ですか?」

 ジョナサンはわからないと答えた。

「まあ、ついこの間まで村の人間だったのだ。無理もなかろうなのだ」

 ヤマブキは小さく頷く。

「長くなるので、結論から行きますね。宗教にも派閥が有り、その派閥間で中が良くなかったりするのです」

 今回はそこを刺激して、戦争に持ち込ませたとヤマブキは言う。

「お前はどう思う」

 ストロベリーの問いにジョナサンは顎に手をやり考える素振りとなる。

「ひとつ疑問なのですが……」

「言ってみろ」

「ヴェルトゥブリエが戦争になった場合、ブランシュエクレールから増援が動くのではないですか?」

 ストロベリーはその可能性を否定したく思っていた。

 マゴヤが牽制して居続けてくれればと、考えているのだ。

 だから彼はその懸念を隠さずに言う。

「考えたくないがな」






 マゴヤ軍の先行部隊は現在、城を建築していた。グレートランドが治めるブランシュエクレールとノワールフォレの間の干渉領地にある遺跡。そこに築城を進めていた。

 まだ完成には幾ばくもかかる。

 城の執務部屋では、畳の上であぐらをかくヨリチカ。獅子のような頭髪に極稀にワーライオンですかと間違われることがある。

「殿」

「どうした?」

 ヨリチカの腹心が変な情報があると、ヨリチカに報告に来たのだ。

「聞こう」

 部屋へあげて給仕に茶を出させる。二人して茶碗に注がれたそれを啜った。

「銀の姫将軍を陥れようとする動きありだそうです」

 ヨリチカは獅子を彷彿とさせるあごひげを撫でた。

 真偽が定かではない。誘いこむための罠だろうかと、考えこむ。

 それに築城の途中であるため、下手に動けないのだ。ヨリチカが描く城は、外も手を加えて初めて完成する。

「どこの経由だ?」

「パスト公爵の領地経由です」

 わずかにヨリチカの眉が動く。

 先の内乱で大失敗をした影響で、狂い始めているという。そういう類の噂は遠いこの地に居ても聞こえてくる話だ。

「領地経由と言ったな?」

 腹心の男ははいと頷く。

「持ってきたのは?」

「マゴヤの商人です」

「金を無心しにきたか」

 男は仰るとおりですと首肯する。

「となると、嘘の可能性もあるな」

「人で貸してくだされば、真偽を確かめることも出来ましょう」

「よかろう。信じるに足りる情報か精査せよ」

 腹心は御意と応じ、部屋を後にした。ヨリチカは一度伸びをした後に、机に地図を広げる。

 部下に作らせた最新の地図であった。

「ホワイトポリスにブラックシティか」

 親ブランシュエクレールと親ノワールフォレの街だ。ブラックシティはヨリチカたちのいる城より北に。ホワイトポリスは北西の位置にある。

「そうさな。銀の姫将軍、フィオナ・シルバーラインがいなくなれば。そうさな」

 この街は互いに仲が良くない。元ブランシュエクレールとノワールフォレなのだ。

 代々この干渉領地を治めていたグレートランドの高官や貴族たちは、その双方の街に苦心していた。現在収めている銀の姫将軍は、上手くとりなしている。

 長期戦となった今現在、それが厄介な種となっていた。

 ――ホワイトポリスはいいとするが――そろそろ略奪を行わねばな。

 士気向上のためだ。

 ヨリチカはあごひげを摘む。

 彼らはホワイトポリスとブラックシティには、略奪に動いていない。またノワールフォレ派の村や集落も襲っていなかった。

 ――どちらにせよ。向こうの動きがなければどうしようもない――か。

 ふすまが開く音に、ヨリチカは意識を現実に引き戻される。視線だけ向けると部下のひとりが恭しく頭を下げた。

「殿、遺跡の調査の準備整いました」

「おうおう。今行くぞ」

 城が完成するまで大分ある。その間は暇なため、ヨリチカは遺跡の調査を行っているのが最近の日課である。

 部下たちがあらかた調べあげたのだが、ヨリチカ自らもう一度確認の意味を込めて、調べていた。

 最深部に大きな広間があり、マナを流し込むと部屋は光で満たされる。

 ヨリチカは遺跡の最深部をなんとか使えないかと思案。部屋の中を歩き待っていると、隅になにやら装置があることに気づく。

「これは確認したか?」

「いえ、初めて気づきました」

 ――またか。いや、そこまで気がまわらないのも無理ではないか。

 遺跡の再調査に乗り出したのは、存外見落とすことが多々あったからである。

「魔導具があったらどうする?」

「弓じゃないことを願います。できれば大剣で」

「俺の武器か。気を揉まないでいいぞ」

 すでに一個、遺跡から発掘した武器があった。弓の魔導具だ。ヨリチカは急ぎそれを自身の主に送り届けた。

 ヨリチカは人を呼んで、装置を動かしてみた。

 地響きを伴って隠し扉が横に移動して開く。奥には通路だ。

「なんでしょう?」

「うむ。言ってみるか」

 部屋の奥には魔導具がいくつか発見される。ヨリチカはその武器に狂喜した。

「大剣だな。それにこの盾は?」






~つづく~


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