第三十四話「エクレールの兆し」
第三十四話「エクレールの兆し」
ソラの目の前にいる少女は驚くと。耳を撫でる。白いうさぎのような耳。耳先は下に向いている。それを耳元から耳先まで撫でながら、沈黙した。
ソラはそれが考えている時の癖なのだと、しばらくその行動を眺める。
彼らは今、交渉をしていた。
バニーハイランダーたちは移民として、ブランシュエクレールに受け入れてほしいという。
だが、ブランシュエクレールとしては奴隷としてしか受け入れないという立場だ。
ブランシュエクレールの特殊な風土、宗教と言ってもいいそれを他国の人間はエクレール教とも呼ぶ。
結論から言うと、大地を荒れさせないため、魔法を使わない作業を心がけようというモノである。それがある手前、ブランシュエクレールは移民を代々認めていなかった。
それを例外的に認めてしまうと、大変なことになってしまう。平均的なマナの濃度の低い土地に住みたがるモノはたくさんいた。
故にソラは交渉は真っ向からぶつかり合い、難航するのがわかりきっていたのだ。
だから、彼は戻りたいと願う理由を聞いたのである。
「奴隷としてなら迎え入れるという話ですよね?」
「そうですけど、今はどうして戻りたいと思ったのか。それを聞かせてください」
ジプシーバニーハイランダーと呼ばれる種族の族長、ブランディーヌはまたも耳を撫でた。
「私たちのバニーハイランダーには言い伝えが有りまして」
彼女たち以外のバニーハイランダーに対しての配慮をして、私たちと前置きをする。
ソラは言い伝えの部分をオウム返しした。ブランディーヌはええと頷き続ける。
「エクレールの生まれ変わりが現れる。その兆しが出るまでは、我々が住むべき土地ではないと」
「なるほど」
ソラは言いながら、トゥース公爵令嬢が言っていた言葉を思い出す。
旧パッセ領には、かつてバニーハイランダーが住んでいたとされる記述があると。
なんらかの問題が起きて彼女らは外へ飛び出したという。
「なぜ戻るという表現を?」
ブランディーヌはそれが不思議に思ったのか、小首を傾げる。
ソラの隣に座っているカエデも、その表現に納得していないのか、彼女の強く頷いた。
そこでワーライオン。この場を提供してくれたコウノスケが口を開く。
「それは俺も聞きたいな。聞かせてもらえるのか?」
ソラは頷き、先ほどの思い出した内容を語る。それはブランディーヌに希望を抱かせるものであった。だから、ソラは最後に彼女の希望を打ち砕くように締めくくる。
「ですが、一度外に出てしまった方――しかも大分昔の出来事です。今更受け入れるというのは虫がよすぎます。それに、陛下も、そして貴族たちもそれでは納得しないでしょう」
垂れ下がっている耳がさらに、下を向く。カエデはソラに向き直ると口を開いた。
「なぜだ? それで十分じゃないのか?」
「カエデさん。同情で国益を損なえというのですか?」
ソラは以前カエデに言われた言葉を思い出す。「無責任に国を放り出すのか」という言葉だ。
目付きの悪い少年は意趣返しする意味を込めて言う。
「同情や良心の呵責で、国益を損なうような行動をしろと言うのですか?」
カエデは反論しようとして、それをソラは制する。
「ということなので、こちらとしては一切の譲歩する余地はありません。同情しないわけではないですが」
「奴隷となって、男たちの慰めモノに、一生なれというのか?」
ソラはかぶりを振る。
「最短でも五年は奴隷でしょうね」
最長はどれくらいになるかわからない。
「やはりブランシュエクレールは変わってしまったのね」
ソラは平静に言う。
「変わらないモノなんて、この世にはありませんよ」
彼女たちの理想を叶えるほどソラは優しくなかった。交渉は決裂に思われたが、ブランディーヌは言い募ろうと、言葉を探す。
「私たちは帰りたいだけなの」
ソラは瞑目する。隣のカエデはなんとか出来ないものかと、思案する。
「その……戻れる兆しとは?」
「その、代々族長に伝わる霊具がありまして」
ブランディーヌはそれが突如黄金に輝いきだした事があったという。それを聞いたカエデは露骨な反応を示す。
それはブランディーヌだけではなく、コウノスケにもツケ入れる隙を与えてしまう。
ソラは内心どうしたものかと、頭をかく。
「ご存知なのですか?」
「黄金に輝くだと?」
ブランディーヌはなんとしてもともがくように、コウノスケは情報を得るために。
商人はなんでも売る。その中に情報も含まれていた。
それらは完全にソラたちの落ち度なので、彼は詳しい内容を省く。
「まあ、そんなことがあったと聞いています」
「西の港街、ブークリエ領でドラゴンとやりあったんだよな?」
ソラはコウノスケが確信を得ていると、彼に対しては内心諦める。彼はええと頷くと、頭をかいた。
「ご存知なのですか? 黄金に輝く霊剣を」
「エクレール信仰では、有名なお話ですね」
ブランディーヌだけには譲歩しない。彼女は唇を噛んだ。
ソラの対応にようやくカエデは自身の犯した失態に気づき、膝を掴んだ。
「わ、私はなんでもします。だから」
「女性が何でもしますなんて言っちゃダメですよ」
「私たちに股を開けと命じるのだから! それ以外に何をさせようというのよ!」
ソラはため息を吐く。そして彼は胸を撫で下ろす。
「いえ、まあ、娼婦はやって欲しいのですが、やりたくない人もいますよね?」
逆説的にやりたいと思っている人がいるかどうかも聞いていた。ブランディーヌは苦々しく頷く。
「え、ええ。でも半々よ。でも、私たち全員にそうさせるのでしょう?」
聞く耳を持たない彼女たちに条件を提示しても、聞かない。あるいは曲解する可能性があった。
ソラはようやく相手が興味を持ったと安堵する。
「いいえ。こちらとしては、娼婦として仕事させたいのは山々です。あなた方も戻ってきたい理由の中に繁栄が含まれているはずです」
ブランディーヌは頷く。
「ですが、娼婦だけをやらせたいとは思っていませんし、それもできなくなりました」
ソラは先程の三大商人との交渉の内容を、少し触れる。奴隷を各五百人ずつ買い取ったことを明言する。
「つまり、娼婦の供給が過多となっています。他の仕事を見繕いますが、それよりもこちらとしてはあなた方が奴隷階級を脱した後のことも考えねばなりません」
「最短でも五年でしょうに」
「例外的に短く出来ますよ。戦争に参加するということで」
「ぜ、前線で使い潰す気でしょう?」
「いえ、陛下と殿下を守る女性だけの近衛兵がほしいので、後方の方が多いと思います」
大体とソラは続ける。
「前線で女性を出すのは愚の骨頂です。女性が死ぬと周りにいる男性の士気は大幅に下がります。ですから、こちらとしては後ろで男の武勇伝を聞いてくれる人とかの方を募集していますね」
そこでブランディーヌは可能性を見出す。
ソラは奴隷として、彼女たちを使い潰そうと考えていないのではという可能性だ。もちろん口だけで嘘の可能性もある。
だから、彼女はより慎重にソラの言葉を聞こうと、質問を投げる。
「私たちに何を望んでいるの?」
「共存共栄」
深い夜の海上都市は、人気が少なく。店もまばらだ。
帰り道。カエデはソラの背中を見つめて、顔を苦々しくしかめる。
「全然足りない」
ソラは振り返り、カエデの言葉を黙って促す。
「お前に勝てない」
目付きの悪い少年は視線を彷徨わせて、一軒の立ち食い飯屋を発見する。指をさして促す。カエデは黙ってついていく。
店に入り、二人は適当に注文する。
「足りないものは見つけられそうでしたか?」
「わからない。陛下の望む俺はなにかわからない」
注文した商品が並ぶ。深夜ということもあり、二人は軽い食事にした。芋を蒸してバターをのせたモノだ。白い湯気が立ち昇り、バターが刻一刻と蒸された芋の熱で溶けて、甘い香りを漂わせる。
「カエデさんはお父さんのようになりたいのですよね?」
「あ、ああ」
ソラは俺もですと言うと、芋を口に運ぶ。カエデもそれに倣うように口に運んだ。
「俺はなれませんが、カエデさんならカエデさんのお父さんのように――いえ、超えられると思います」
「世辞か?」
カエデは疑うように聞いた。
彼の目の前にいる目付きの悪い少年は、武勇もそして知謀も彼より数段上なのだ。ましてや彼に対して嫉妬を抱いている。卑屈に受け取るのは無理からぬ話だ。
「ですが、今はまだ――いえ、このままではお父さんに並ぶこともままならないでしょう」
カエデは絶句する。
そして怒りを覚える。それは図星を突かれたが故にだ。彼は反論しようとして、真っ直ぐな瞳に射抜かれてしまう。
「陛下が望むモノを教えてもいいですが、どうしますか?」
カエデは対抗意識を燃やして、鼻を鳴らす。
「それくらい自分で見つけてやる」
ソラはそうですかと、嬉しそうに言う。その一瞬の笑みを見たカエデは驚き芋を落としそうになる。
「笑うのだな」
「笑いますよ」
~つづく~




