第三十三話「中央の権利を獲得するためには」
第三十三話「中央の権利を獲得するためには」
サファリラインの迎賓館では、三大商人が顔を合わせるという事態になっていた。
海上都市に住まうモノたちは、この光景に一様に驚いただろう。
だが当人たちは顔を合わせるなり、ワーライオンのコウノスケは開口一番。
「おい! エルフリーデ! この前の酒代返せ!」
「そっちの市場を期間限定で奪わなかったでしょ。それで我慢なさい。それよりパイランからも返してもらったの?」
青肌の女性は隣にいる男に視線を向けた。
「踏み倒す」
パイランは眼鏡の位置を正しながら言い切る。
「踏み倒すんじゃねーよ。っていうか、市場を奪わなかったんじゃなくて奪わせなかったんだよ」
「ちっ」
エルフリーデは舌打ちして、顔をそむける。
「ちじゃねーよ」
「俺もそれで」
「相乗りするんじゃねーよ返せよ」
コウノスケは扉をぶち破ったことや、窓ガラスが割れたことは一切触れない。
それよりも酒代を返せという話から、今度はいつ飲みに行くのだと話題が変わっていく。口論しながら決まっていく流れに、ソラたち一行はただ見守るしかなかった。
「今度はン・ヤルポンガゥの王都の行こう」
「そうしましょう」
話がまとまったところでコウノスケはソラたちに向き直る。
「お前が来るといつもこれだ」
「俺のせいですか?」
「そういうことにさせてくれ」
ソラは頭をかいてから、パイランとエルフリーデに向き直る。
「お久しぶりです。早速ですが中央を使わせてください」
目付きの悪い少年の申し出に、二人はほぼ同時に奴隷を買えと言った。
「歓楽街を作る予定なのですが――」
ソラはそれには取り合わず、今しがた思いついた案を口にする。
「――大規模なモノを用意しようと思います。そこで皆さんの持つ奴隷にお仕事をさせるのはいかがでしょうか?」
二人は素早く計算していく。
「それでも足りない」
パイランの言葉にエルフリーデも頷いた。
「ええ、ですから各五百人ずつ買い取ります。その上で歓楽街の管理運営を手伝って欲しいのです」
それでも足りないのか、二人は難色を示す。
「今回中央を使いたいのは、ブランシュエクレールの海上都市。その建築の権利をせりにします」
ソラは樽の中身は触れない。
そこで二人は海上都市の噂が事実だと確信した。もちろん確信足りえる情報を二人は集めてはいたのだが、関係者からの言葉はどれよりも信頼性が高い。
「なるほど、誰よりも早くブランシュエクレールに地盤を築ける権利ということか」
パイランの言葉にソラは首肯する。
コウノスケはすでに話に乗るつもりらしく、具体的な内容に踏み込んだ質問をする。ソラはそれに応じながら、二人の答えを待った。
「お前のとこの国はマゴヤと戦争するのだよな?」
パイランの疑問にソラははいと答える。
「となると歓楽街も危険なんじゃないのか?」
「ブランシュエクレール国内で戦争することはまずないです。だから大丈夫ですよ」
ソラの言葉に三大商人は首を傾げ、マルコ以外の面々も疑問符を浮かべた。
目付きの悪い少年は地図を要求。コウノスケは周辺の地図を取り出し、机に広げる。
「結論から言いましょう。グレートランドが収めている干渉領地――ここが戦場になります」
ソラはブランシュエクレールとノワールフォレの間を、指で円を描く。
「どうしてそんなことが? グレートランドもお前の国を狙っているのだろう?」
パイランの疑問にソラはないと言い切る。
「グレートランドはエメリアユニティと睨み合わなければなりませんし、グレートランドはブランシュエクレールがマゴヤとやりあった後に、仕掛けてくるでしょう」
もちろん仕掛けてくる仮定ですが、とソラは最後に付け加えた。
さらにカンウルスの侵攻もあり、西側の戦力を下手に動かせない現状だ。
「そしてこの干渉領地。ブランシュエクレールとノワールフォレが一時期奪い合っていた時期がありました」
「そういうことね」
サキュバスのエルフリーデの言葉をきっかけに、三大商人は納得の声をあげる。
シャルリーヌたちはまだ理解していなかった。
それに気づいたソラは隣のシャルリーヌに向き直る。
「つまりシャルリーヌ様。我々は親ブランシュエクレール派の街、ホワイトポリスを拠点にして戦うことになるのです」
地図は干渉領地の地点にその名を示していた。
シャルリーヌたちは理解したのか、しきりに首を縦にふる。
「いいわよ乗るわ」
「ロン商会も乗らせてもらおう」
エルフリーデとパイランは賛同の意思を示す。
ブランシュエクレールは千五百人の奴隷を仕入れることになった。そこに気づいたエルフリーデが口を開く。
「娼館とか作るのでしょう? その管理はどうするの?」
「興味はありませんか?」
エルフリーデはあると即答する。
「ではお任せします」
そこから四人は細かい話を詰めていく。
話が終わる頃には、夕暮れとなる。
こうして中央の使用権をソラたちは獲得する。
ソラは全員を宿に預けると、満天の星空の下へと繰り出す。夜は夜で海上都市は別の姿を見せた。
向かうべきところがあるのか、彼の足取りははっきりしていた。
「ソラ? ソラどうしてお前がここに」
ソラは呼び止められ振り返る。漆黒の頭髪の少年がそこにはいた。
カエデはソラを見つけると、驚きを示す。第五騎士団の面々全てがソラとシャルリーヌが来たことを知っているわけではなかった。
ソラは理由を簡潔に説明する。カエデはなるほどと頷いた。
「カエデさんは?」
「俺は何をしていいのかわからなくてな。陛下が何かを期待して、こちらに送ってくれたのだろうが」
カエデはソラに言おうか言うまいか迷った末に口を開く。
「みんなはここに来て、何かを見つけているんだ」
商売はもちろん、武器の手入れの仕方。建築の勉強など色々なことを学んでいる。だが自分にはそれが見つからないと言う。
「何を求めているのかわからないのだ」
だが、それではここに来た意味が無い。だが興味がもてないとカエデは言う。自分は強くなりたいのだと。
ソラは頭をかいた後に口を開く。
「一緒に来ませんか?」
ソラはカエデを伴ってサファリラインの倉庫にたどり着く。今は完全に締め切られているのだが、迎賓館だけは煌々と灯りがついていた。
ソラは特に許可をとるでもなく、敷地内に入り迎賓館中へと進む。
とある扉の前で立ち止まり、扉を叩いた。中からはコウノスケの声で入れと促される。
ソラとカエデは部屋へと入った。そこには人間の耳の部分がうさぎの耳となっている少女とコウノスケがいたのである。
ワーライオンのコウノスケは部屋の奥の机に座っていた。うさぎの耳をした少女はその前にあるソファーに腰を下ろしている。
コウノスケはカエデを訝しんだものの、ソラが連れてきた人間だろうと、適当に応じた。
「よく来たな。そっちもそうだな。とにかく座れ」
ソラはうさぎの耳の少女と対するように座る。カエデもその隣に腰を落とす。
コウノスケは手振りで話しをしろと促した。
「俺はルミエール領の代官、ソラと言います」
「私はバニーハイランダーの族長。ブランディーヌ」
ソラはこれからジプシーバニーハイランダーとの交渉に臨むのである。
奴隷として迎え入れようとするソラと、移民として受け入れさせようとするバニーハイランダー。
互いにその条件を曲げることはできない。
故にソラは最初にこう切り出した。
「皆さんはどうしてブランシュエクレールに戻りたいのですか?」
~続く~




