第三十二話「集う三大商人」
第三十二話「集う三大商人」
ソラたち一行はマルコを拾いに戻る。
「随分増えたな。それに服装も」
「ええ、まあ。色々有りました」
ソラはぐったりとした様子となっていた。マルコは見慣れない彼の様子を見てから、山高帽子をかぶり直す。
内心巻き込まれないことを安堵し、小さく息を吐いた。
「さて、行きましょう」
ソラはそう言うと、一行を引き連れて行く。縦長の建物が連なる通りから、開けた場所へと出る。
「ここは?」
シャルリーヌの疑問にソラは答える。
「サファリラインという店です」
ロン商会のような屋敷ではなく、でかい市場がひとつ。
故に市場では人がたくさん行き交っている。
「ロン商会と違って、デカイな」
マルコは行き交う人を眺めて言う。
倉庫をそのまま店にしているので、庭よりも建物の面積がデカイのである。
「ここは海上都市で一番でかい建物です」
ソラは説明する。
その昔はここら一体も縦長の建物が軒を連ねていたのだが、ひとりの獣人がそれを変えたのだ。
「名前はコウノスケ・サファリ。ワーライオンの方です」
ワーライオンは二足歩行するライオンだ。
コウノスケ・サファリは最初こそは露店で、一日の生活を食い繋いでいたが、ある時大きな商売をあてる。そこから先は誰もが驚く速度で、自身の店を大きくしていったのだ。
市場周囲の一帯を買い占めて、巨大な倉庫へと改造。今は海上都市に永住権を持つワーライオンである。
敷地内に入りソラは受付のある事務所棟に入っていった。程なくして出ると、数人を引き連れて、倉庫の隣にある迎賓館に通される。
「凄いですね」
カトリーヌ=ルは人並みの感想を口にし、それを皆が頷く。
「さすがソラさんですね。人脈が広いのでしょうか?」
「広いほうだと思います」
とある部屋に通され、ソラとシャルリーヌがソファーに座り、後はその後ろで立って待つ。
程なくすると戸が叩かれ、ワーライオンの男が入ってきた。
「久しぶり――という感じもしないが、久しいな」
コウノスケはソラの元へ歩み寄り抱擁を交わす。
「ええ、半年も経ってないですからね」
「こんなに早く、お前と商売できると思っていなかったぜ」
豪快に笑うと、彼はソラとシャルリーヌの対面のソファーに腰を下ろす。
「書簡は見た。そっちの話もしたいが――商売の話の前にな。いくつか聞きたいことがある」
ワーライオンはシャルリーヌを見る。旅装束をまとっているとはいえ、すでにコウノスケはその正体を正確に把握していた。
「海上都市を作るって話は本当か?」
先日の失敗もあってかシャルリーヌは表情こそは変化しない。しかし、両手がわずかに握られる。
それだけで雄弁に語っていたのだが、コウノスケはソラの言葉を待った。
「その通りです。さすがバハムートですね」
レーヌは背後であっさり教えていいのかと、たじろぐ。
「すでにバハムートが手を打ってきているのです。それほどまでに海上都市をブランシュエクレールに造ろうとしているのでしょう」
ソラは淡々と解説した。
ン・ヤルポンガゥにとっては絶対に成し遂げたい事業なのだ。噂を流してブランシュエクレールの逃げ道を塞いでいるのが、現状である。
「しかし、手際がいいですね。ブランシュエクレールに来る前にある程度噂を流してから、陛下とお会いになったのでしょう」
ここに来る道中、商人たちが噂しているのをソラは確認している。
「そういや、そんな話を聞かれたな」
マルコは思い出したように言う。
ブランシュエクレールの第五騎士団が海上都市で滞在していることは、すでに海上都市では周知の事実である。
あの手この手でブランシュエクレールと関係を持とうと、商人たちは連日連夜騎士たちに商売を持ち込んでいた。
「なるほど魔王陛下殿の策か。んで、実際のところはどうなんだ? ちょっとでも考えているのか?」
コウノスケの問いに、ソラではなくシャルリーヌが頷いた。そして口を開く。
「今回はその件でも、こちらにお邪魔させていただきました」
シャルリーヌはソラの袖を引っ張って、促す。後は任せたという意味である。
「海上都市の建築権を競売にかけようと思います」
「思い切ったことをするな。となると、それは俺達も買えるということか?」
ソラはそうですと頷く。
「となると中央を使うのか?」
「はい」
ソラの真っ直ぐな瞳を見て、コウノスケはたてがみのあごひげを撫でた。
商人の獅子は、色々な策を脳内で組み立てていく。
「条件がある」
「なんでしょう?」
「今、奴隷の供給過多であることはわかっているな?」
ソラは首肯する。
「五百人の奴隷を買え」
それだけである。短い言葉にソラは唸った。
「種族は?」
「モスシルクワーカー。例の話も含めて、お前には損がない話だと思う」
ソラは苦虫を噛み潰したような顔となる。
「減らせませんか?」
「減らせないな」
短いやりとり。これ以上の交渉の余地はないと、側にいる面々ですら理解できた。
「どっちにしろ、歓楽街作るならそれくらい居てもいいんじゃないか? いいだろうよ」
「五百人も一気に受け入れられませんよ」
「いや、それで済まないんだなこれが」
コウノスケは豪快に笑う。
どういうことですかと聞こうとしたのはシャルリーヌ。だが、彼女が口を開き終えるより先にコウノスケは話を進める。
「ジプシーって知っているか?」
ジプシー。その昔は蔑称であったが、今は畏怖を込めて呼ばれる名であった。
今は流浪の民族全般に、冠称として用いられる。
その名を知る者は顔をしかめる。知らないシャルリーヌは顔を緩ませて、頭に疑問符を浮かべ、ソラとマルコは平静を保ったままであった。
「存じています」
「元々ブランシュエクレールの民だった。と、主張するジプシーがいてな」
ソラはバニーハイランダーの存在を思い出す。
トゥース公爵令嬢曰く、そういう記録があったと聞いていた。故に誰よりも驚きが少なく、逆にそれがコウノスケに物語ってしまう。
「知っていたのか」
「同じとは限りませんよ」
そうだなとコウノスケは頷き、説明を開始する。
「ジプシーバニーハイランダーという種族なんだがな。ある時期から、ブランシュエクレールに帰ることを強く言い出してな」
ジプシーバニーハイランダーは、海上都市とン・ヤルポンガゥの間にある陸地に在住していた。
その地区は難民や移民がいつくのだが、しばらくするとン・ヤルポンガゥの軍隊が追い払いにやってくる。その前に海上都市で市民権を獲得するのが、移民たちの常である。
そこから、他の国。またはン・ヤルポンガゥに移住するのだが、ジプシーバニーハイランダーはブランシュエクレールを希望して、その地にとどまっていた。
「その時期とは?」
「お前がドラゴン持ってくる前後だ。なんでもジプシーたちの持っている宝具が、黄金に輝いたとか」
ソラ以外は首を捻った。
目付きの悪い少年はなんとなく察する。
――黄金に輝く……。あの時、陛下の霊剣も黄金に輝いていた。それと関係があると見て間違いない。となると……。
「しかし、我が国は移民を認めていませんよ」
そう答えたのはレーヌだ。カトリーヌ=ルも強く頷く。
「そこなんだよなあ」
コウノスケも面倒臭そうにたてがみをかいた。
「奴隷に身を落として――というのは?」
「断固拒否の構えだ」
ソラの問いにコウノスケは肩をすくめる。事実コウノスケはそれを薦めたのだが、断られたのだ。
「奴隷にしなくてはならいのでしょうか?」
シャルリーヌが疑問を口にする。
もっと言うと、彼女は移民を受け入れていいのではないかと、提言する。しかし、それに対して難色を示したのは、意外にも妖狐のシラヌイであった。
「シャルリーヌ様。ブランシュエクレールが今の繁栄を維持できているのは、移民を排して来たからと言っても過言ではないです」
ブランシュエクレールにはエクレール教という、独自の宗教のようなものがあった。
エクレール教の教えは、魔法を使わない作業を信仰としている。そしてブランシュエクレールの国民はそれを信奉し、今も魔法を極力使わない農耕などを行っている。
事実平均マナ濃度は低く、そして農作物などの品質は高い。
「それと一体なんの関係が?」
「関係がないと思うかもしれないけど、関係があるのよ」
それはブランシュエクレールの国民にとっては当たり前である。だが、移民にとってはそれは当たり前ではない。
移民を受け入れて集落を作っても魔法で農耕を行う可能性の方が高いのだ。
そこまで黙って聞いていたワーライオンのコウノスケが会話に加わる。
「つまりシャルリーヌ様。ブランシュエクレールの奴隷制度は国の繁栄のために必要といっても過言ではないのです」
シャルリーヌは反論しようとして、コウノスケはやんわりと手で制する。
「仰りたいことは理解します。お優しいですね。ですが、思い出してください。いつまでも奴隷というわけではないはずです」
シャルリーヌは目を見開き、口をつぐんだ。
ブランシュエクレールは独自の判断基準で、奴隷たちをある一定の期間で昇格させてしまうのである。
「すいません。話を逸らしてしまいました」
「いえ、わたくしどもからすれば、移民で受け入れていただいたほうが手っ取り早いのです」
結論から言うと、ブランシュエクレールの制度が、ジプシーバニーハイランダーたちに難色を示させていた。
奴隷に身を落として、市民権を得なければならないのだ。
「実際、ブランシュエクレールは奴隷の扱いはかなりいいですよ」
コウノスケは視線をシラヌイたちに向ける。
シラヌイは口元を少しだけ緩めた。
「私たち奴隷にとってブランシュエクレールという地に住めるのは、市民権を得るも同然なのよ」
奴隷の間では夢の国だと有名な話である。
コウノスケは話を元に戻す。
「とりあえず、モスシルクワーカー五百人。これだけでも引き取ってもらわないと、中央の使用許可を渡せんな」
ソラは渋々頷くしかなかった。
「後、言うまでもないが。他の二人からももらってこいよ」
目付きの悪い少年は頭をかきながら、頷く。
「それとソラ。できればだが、うちのサファリラインを歓楽街に置く許可をくれないか?」
「そちらを交渉に持ってこなかったことに驚きです」
歓楽街に店を置くことの許可の方が、ソラには利があるように思えたのだ。
「それだけ奴隷が市場で溢れかえってんの。みんな困っているんだよ。正直、歓楽街を作るならもっと人数突っ込んで欲しいくらいだ」
「扱いきれませんよ」
ソラももちろん大きな歓楽街を造ることを、将来的には見据えている。その計画も記して、シャルロットに渡すつもりであった。
いきなり大きな歓楽街を作ったとしても、扱えきれるはずもなく。それを見越した上で最初は小さな歓楽街と楽市を造る手はずなのだ。
「海上都市ができちまうなら、いっそ巨大な歓楽街作ってもいいんじゃないか?」
「無茶を言わないでください。管理しきれませ――」
ソラはそこではたと考えこむ。
コウノスケ以外はどうしたものかと、視線を向けた。ワーライオンは笑みを作る。
「妙案か?」
「ええ、奴隷ももっと受け入れられるでしょう。しかし、ブランシュエクレールの独自の流れに乗せられない可能性があります」
奴隷の期間が長いかもしれないという話だ。
「話してみろ」
ダメ元でも話せとコウノスケは言う。
「この歓楽街の話、サファリラインとロン商会、そしてサキュバスモールに投げました」
「あの雌狐に頼むのか?」
「いえ、皆さんにお願いしようかと」
「それはどういう――」
その時、建物の外が騒がしくなった。ソラとマルコ、そしてコウノスケは平然と。他の面々は何事かと身構える。
その騒ぎは徐々に部屋の近くに迫ってきていた。
マルコは樽を。レーヌとカトリーヌ=ルはシャルリーヌを守るように側に立つ。
「やれやれ。来たか」
コウノスケはこの後の事を考えて、渋い顔となる。
「上手く転がしてくれよ」
「やってみます」
ソラが言い終えると同時に扉がぶち破られた。吹き飛ぶ扉は勢い良く反対側の窓を突き破る。
部屋の外には数人が取り囲んでいた。
「ようこそパイラン。そしてサキュバスのエルフリーデ」
~続く~




