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第二話「覚醒する霊剣」

第二話「覚醒する霊剣」






 ソラとフェルナンドは事の経緯を説明する。

「んで、体温下がってたから、ひん剥いて温めていたわけ」

 わかったかとフェルナンドは、昨日の顛末を聞かせた。

 春先とはいえ、体を冷やしたまま放置するのは危険である。それ故に体温を温める必要があったのだ。

 説明を終えた三人は、亡骸を手早く埋葬。武器や防具、使えるモノ、売れるモノはフェルナンドが回収した。

「そういやお前、名前は? 俺はフェルナンド」

 ソラも名を名乗ると、少女も名乗った。

「――シャル」

 彼女らは新緑の森を少しだけ歩いた。振り返れば彼女たちが一夜を過ごした洞穴。シャルはソラを見つめる。彼はいまだに、あざだらけの顔のままだ。表情は真剣そのもので、弓を構えて矢をつがえると、森に向かって射放つ。空気を裂く音の後に、何かに突き刺さる音。

 ソラが獲ったのは野うさぎである。彼は慣れた手つきで捌き、肉をぶつ切りにする。水を張った鍋は火にかけられ、これまたぶつ切りにしたキャベツ、ニンジン、じゃがいもなどの野菜と肉を入れていく。

 野菜はソラがフェルナンドから買い取ったモノだ。

 しばらく煮詰めた後に、白い湯気が鍋から立ち上る。彼は外套の下から竹筒を取り出す。大きさは手に収まるほどである。

「なにそれ?」

 シャルが物珍しそうに聞く。

「塩です」

「持ち運んでいるんだ」

 ソラはええと答える。そうして肉と野菜のスープが出来上がる。それを木の器に注ぎ、ひとりひとりに手渡す。

 ソラとフェルナンドは、間髪入れずにそれを口に運ぶ。そうして彼らが三口目を口に運ぼうとした頃になって、シャルもスープに口をつけた。

「ん? きのこ!」

 シャルは叫ぶと、きのこをソラの器に投げ入れる。

「お嫌いでしたか?」

 シャルは顔を青くして、強く頷いた。

 フェルナンドはそれを聞いて表情を変える。意地悪な笑みだ。鍋にあるきのこをシャルの器に入れていく。

「――――――――――――――――――――――ッ!」

 褐色の商人は笑いながら、スープを飲み進めていく。

「やめなさいよ!」

「商人は勝機を逃さないんだぜ」

「商機でしょう!」

 シャルはきのこをソラに差し出す。

「昔、山で食べて酷い目にあったのよ」

 ソラとフェルナンドは「ああ」と納得した。

「きのこは危険ですからね」

「俺も、一日笑い転げたことあったな」

 フェルナンドは「うんうん」と頷きながら、ソラは器にあるきのこを摘んで口に運んだ。

「それに臭いと形も嫌い」

 その時シャルの視線がソラの下腹部に動いたのに気づいたのは、褐色の商人だけだった。

「んまあ、背に腹は代えられないからな。なるべく手を出さないようにして、緊急時には絶対に食べられる奴を覚えておけ」

 フェルナンドは言いながら、残りのスープに手をつけ始める。それを見たシャルも一気に流し込んで、スープ争奪戦が始まった。二人のやり取りを見ながら、ソラはきのこを口に運んでいく。

「それで、これからどうするの?」

「この中にある遺跡を調査します」

 ソラが箸で指し示す方を見やる。その先には洞穴が口を開いて見せていた。

 そこでシャルは、ソラだけ箸で食事をしていることに気づく。




 程なく食事を終えた彼らは馬と馬車を隠してから、洞穴の中へと進み行く。フェルナンドは最初、シャルを連れて行くことを反対した。丸腰であることが最大の理由だが、馬の見張りをしてくれる人が欲しかったのだ。

 しかし、盗賊にまた襲われかねないということで、随伴させることとなった。

 フェルナンドは松明で周囲を照らす。

 地面は年月が経っているのか、荒れ果てていた。等間隔で石柱が壁添に立てられており、天井にも同じ間隔で木の枠がはめられており、土が崩れ落ちないようにしてあった。しばらく進むと行き止まりになったが、ソラが壁を叩くと、壁が動き出す。小さな地鳴りを伴って横へと滑り、通路が開く。中は細い階段が続いている。

 シャルは思わず口を開いた。

「こんなところが」

 その階段から壁には石が敷き詰められており、表面に絵が掘られている。

 ソラの表情は真剣そのもので、彫り刻まれた模様を、自身の持つ手帳と見比べていた。

「意外と面白いな」

「油断しないでくださいね」

 彼らはソラの後についていく。道中罠や、危険な動植物はソラの指示の下、回避、除去して洞穴の先へと進んでいく。

 少女は顔をうつむかせる。ソラは視界の端でそれを確認してから、口を開いた。

「いいんですか?」

 シャルは驚き、目を点にする。その後、何かしらと素知らぬ顔をしてみせた。

 ソラは頭をかいて参ったなと胸中思う。彼は思考を巡らせる。

 賊の次なる襲撃に警戒していたのだ。亡骸を埋葬したとはいえ、道中の馬蹄の跡は消せていない。

(あの装備と練度、賊として片付けるには難しい)

 目の前に迫る脅威を意識しつつも、目の前の知的好奇心にはこれっぽちも勝てなく、彼は遺跡の奥へ奥へと進む。

 しばらくしてソラは足を止めた。異臭を感じたのだ。鼻を鳴らんばかりに臭いを嗅ぐ。シャルは自身の体臭かと気にするが、直後に彼女とフェルナンドも異臭を感じた。

「おい、マナの濃度が上がっているぞ」

 フェルナンドは腰にある円柱状のモノを取り出す。それは光の線が登っていく。円柱に記されている目盛の七割に達した。それをゆうに越えていく。シャルは手持ちに武器がないことに気づいて、拳だけは作った。

「八割くらい――でしょうね」

 円筒の計測器は八割を示す。

 ソラは左手を前に突き出し、腰を深く落とした。

「二人共、そこから動かないでください」

 二人は疑問の声をあげようとして、別の音にそれらが潰される。

「―――――――――――――――――――――――!!!!」

 獣の咆哮が洞穴を震わせた。あまりの衝撃にフェルナンドは腰を抜かす。

「カラミティモンスターか?」

 ソラは頷いて応じる。地面を打つ鈍い音が、徐々に間隔を狭めて近づいてきていた。

 褐色の商人が洞穴の奥に松明を向ける。奥から巨大な影が迫ってきていた。徐々に輪郭と色がはっきりとしていき、熊のような体躯であることがわかる頃には、二人は逃げ遅れたと察する。

 熊のような出で立ち。だが熊と決定的に違う。違う点を上げるならば、肘から緑の結晶が二本生え、それがスピアのように前腕、上腕に伸びていた。振りぬく腕は洞穴の壁を紙製なのではと錯覚させるほど容易く削り取っていくほどの威力。地を駆ける足は地面を破裂させていく。

 その両腕を力いっぱい振りぬかれれば、人などひとたまりもない。

 体毛が一瞬で硬化する。鎧を纏った熊。そうとも見えた。

「武器があれば……」

「無茶言うな!」

 シャルの言葉に、フェルナンドは否定する。

「かないっこない! あんなの武器があってもかないっこない!」

 フェルナンドは一歩後退りしようとして、蒼い光が閃いた。

 迫る脅威に、飛び込んだ者がいたのだ。

「――ソラ」

 シャルは無意識に少年の名を呼んでいた。

 二つ鈍い音が地面を打つ。鎧を纏う熊の両腕から、赤い鮮血が吹き出している。バケモノは激痛に叫び、のたうち回る。

 ソラはそれに巻き込まれないように、飛び退いて距離を取る。弓を構えて矢をつがえた。弦が弾かれる音と断末魔の叫び。矢は脳天を貫いていた。

 二人は絶句する。あっという間に絶命したカラミティモンスターの姿と、それを倒した少年を交互に見つめた。

「お前、魔力障壁をどうやって?」

 フェルナンドはカラミティモンスターと少年をもう一度交互に見る。

「いくら剥がせるとはいえ、簡単に消えすぎよ」

「いや、簡単に消えすぎてまるで消したことがあるような良いようだな。難しいんだぞ」

 シャルの言葉を聞きとがめ、フェルナンドは指摘した。身振り手振りで剥がすのは難しいと説明する。

「大体魔導士でも障壁を抜くのは難しいんだぞ!」

「何回か攻撃すれば消えたわよ」

 褐色の商人は目にもとまらぬ早さで首を振る。

「嘘ならもっともらしいことを言え! 常識なさすぎるよ。これだから温室育ちは」

「違うわよ! 実際にやったの!」

 フェルナンドの言葉にシャルは激昂し、リーゼントを掴んで髪を引っ張りまわした。商人は激痛に顔をしかめる。助けをソラに求めるが、当のソラは奥へと進んでいた。熱心に壁面に刻まれた文字を眺めていた。

「おい! こら! 助けろ! あ、いや。助けてください!」

 ソラは謝罪しながら戻ってきた。シャルを引き離しながら、彼は口を開く。

「俺は先に行きますが、どうします?」

 この先にもカラミティモンスターがいるかもしれない。彼はその可能性を指摘した。

 フェルナンドは怖気づく自分を鼓舞するように、ついていくと叫ぶ。シャルは黙って首肯するにとどめた。




 彼らがさらに深く進むと、通路が広くなっていく。気づけば三人が横に並んでも、進むのに苦にならないほどの幅となる。

 最深部に辿り着いた一行に待ち受けていたのは、巨大な扉だ。彼らはそれを見上げる。

 開けた空間、途中から石の壁に変わり、文字や紋様、絵などが描かれていた。

「大体五ミール(約五メートル)かしら」

「でけぇな」

 フェルナンドは言いながら扉に手をかけて、開けようとする。開けようとするがビクともしない。気合の掛け声を上げるが、動くことはなかった。扉の形をしているだけの壁なんじゃないかと、フェルナンドは漏らす。

「財宝があると、思ったんだけどな」

「それでここに? 一応ブランシュエクレール国のモノよ?」

「国にバレなきゃやったもん勝ちよ」

 フェルナンドは胸を張って言う。その言葉にシャルは視線を鋭くした。

 ソラはそのやりとりを尻目に、扉に触れる。彼は瞑目すると、何かを念じる素振りを見せた。

 シャルはソラから蒼い光が漏れだすのを視認する。

「蒼い……蒼い光?」

 シャルの言葉にフェルナンドは周囲を見渡す。

「あん? 何言ってんだ。光なんてないぞ」

 シャルは驚き、もう一度目を凝らした。やはり彼女の目には、ソラから蒼い光が漏れでているように見える。

 フェルナンドの持つ円柱の計器は、光る線を縮ませていく。光の伸びは四割ほどにまで下がった。

 次の瞬間、蒼い光が波紋となって扉を伝う。

「光だ」

 今度はフェルナンドも見えたのか、彼もつぶやく。

 次の瞬間、洞穴全体が地面を震わせた。三人は腰を低くする。

 ソラは頭上に目を向けた。シャルの頭上で、頭大ほどの石が落ちる。

「危ない!」

 言うより先に動き、ソラはシャルに体当たりするように飛び込んだ。

 揺れが収まるまで彼女の上で覆いかぶさる。揺れが収まると彼は顔をあげて、周囲を見渡す。そこで彼は自身の右手に違和感を覚えた。もう一度確かめるように、手に力を込めると柔らかい感触を伝える。

「こ、こら」

 シャルは恥ずかしそうに声を出す。

 ソラは自身の右手に視線を向け、ようやく気づく。彼はシャルの乳房を鷲掴みにしていたのだ。顔を真赤に染めたシャルは、呆れるように言う。

「あ、貴方は……やっぱりそういう人なのかしら?」

「えっと、その――ありがとうございます」

 直後に打撃音と、笑い声が洞穴を満たした。






 平原に幕舎がいくつも立ち並んでいる。周囲は木で作った仮組みの柵で囲っていた。堀は掘られておらず、外敵に対して警戒してないのが伺える。彼らには外敵がいないのかもしれない。

 その中央に男たちが百五十人ほど集まっている。

 その集団から少し離れたところで、一人の男が大勢と向き合う形で座っていた。灰色のフルプレートアーマーを着込んで、いつでも戦ができるような様相だ。その男の前に、一人の男が歩み出て頭を垂れた。顔色は悪く蒼白している。彼は震える口から失敗したという報告を告げた。

「何? 失敗しただと?」

 男は言葉に怒気を滲ませる。

「申し訳ありません」

 詫びる部下に、男は非情であった。手近にあった剣を振りぬいて部下の首を跳ね飛ばす。赤い鮮血を全身に浴びても、怒りは収まらず。叫んだ後、亡骸を何度も串刺しにした。男は剣を投げ捨てると、肩で息をしながら部下たちに叫んだ。

「ここで達成しなければ、俺達は食えないんだぞ! また野盗暮らしだ! それでいいのか!?」

 男の言葉に部下たちは一斉に叫び返した。彼らは誰もが栄達を望んでいたのだ。故に今回の依頼も達成して、取り入ろうと考えている者もいた。

「ならば、すみやかに見つけ出し、殺せ!」

 命令されると、足早に部下たちは準備を開始する。

 男たちは傭兵だ。昨今大きな戦もなく、食いっぱぐれていた。グレートランドでカラミティモンスターの討伐や、野盗をして食いついないでいたのである。そこへ大きな依頼がやってきたのだ。

 内容はシャルロット・シャルル・ブランシュエクレール王女の暗殺である。見事達成すれば、しばらく遊んで暮らせる金が入るはずなのだ。しかし、殺しそびれてしまった。

 王女を王都から引き離したのだ。それでいいじゃないか、勝手に野垂れ死にしてくれるだろうとも、団長である男は思った。しかし、依頼主はそうはいかないと言う。

「ったく、下準備しておけよ」

「まったくですね」

 男の側近が同意する。眉目秀麗、長い金髪を風に揺らしながら、不満が見え始めた自分らの一団に憂いの眼差しを向けた。

「パッセ侯爵も短慮かと」

「だからといって、こんなところでやめるわけにはいかんだろう!」

 団長の男は荒々しく座る。

 王女の亡骸がないと、死んだと認めない貴族たちが強く反発しているのだ。

 他貴族に対する名目上、彼らは王女の亡骸捜索を依頼された傭兵団である。だが、見つけ次第殺すように依頼主であるパッセ侯爵に命令されていた。

「依頼を達成出来なければ、俺達の身が危ないんだぞ」






 扉の向こうには、大きな空間が広がっている。先ほどまでの通路と違い、石を敷き詰めたものではなく、彼らにとって未知なる技術で作られた石一枚の壁。壁の表面は紋様がほられており、赤い光が走っていた。

 それは部屋のようにも見え、死者を祀る場所とも見えた。部屋の中央には石台があり、そこに石剣が突き刺さっていた。長さは成人男性の前腕ほどだ。

 剣を中心に部屋に光の線が走って行き、天井まで登っては消え、登っては消えを永遠と繰り返していた。

 幻想的な風景にシャルは見入ってしまう。

 ソラは外壁を撫でながら、隅々まで眺めていく。

 フェルナンドは早速と、剣を引き抜こうとするが失敗に終わる。

 ビクともしないのだ。台と一体化しているのではとフェルナンドは感じた。両足で踏ん張りながら何度も引き抜こうと挑む。それに気づいたシャルは鬼の形相で制止した。

「これはブランシュエクレール国のモノよ」

「抜いた後に、持っていくつもりだったんだよ」

 フェルナンドの目線は左右に揺れ動く。声も上ずっていた。見え透いた嘘だ。シャルは呆れるように溜息を吐いて、石剣を守るように抜こうとするが、失敗に終わる。

 その光景にソラは一瞬だけ目を細めた。

「なんなのこれ」

 シャルは期待を込めてソラを見つめる。彼は頭をかいた後、石剣を難なく抜いてみせた。あまりにも簡単に抜けたので、二人は口を開けて眺めるしか出来ない。

 しかしと、シャルは口にする。

「また蒼い光」

「何言っているんだ? 部屋の光は赤いぞ」

 剣を抜いてしばらくすると、波紋状に広がる光は明滅した。

「あったのよ」

 ソラはフェルナンドに石剣を見せる。

「これ魔導具か?」

「違います」

 ソラは制止しようとするが、フェルナンドはそれよりも早く握り、振ってみせたものの、特に変化はない。

「ダメだ。俺は魔力が上手く使えないからな。お前らやって見せてくれよ」

 ソラは首を振る。

「俺はマナを使えません」

 シャルもまた私もと言う。褐色の商人は目を白黒させる。

「マジかよ。能なしが二人もいるなんて、珍しいこともあるもんだ」

 言葉こそ悪いが、声音は単なる確認であった。それでもシャルは拒絶感覚え、そっぽを向く。フェルナンドは手を合わせて謝罪した。

 そこで褐色の青年は疑問を覚える。

「待てよ――じゃあ、この扉どうやって開けたんだ?」

「秘密です」

 ソラは素面で言うと、フェルナンドから石剣を受け取った。それをそのままシャルに渡す。

「え?」

「これは貴方のです」

 シャルは石剣を受け取る。その時、彼女は確かに石剣から鼓動を感じた。慌ててソラに視線を向けるが、彼は部屋の奥へと進んでいく。シャルは口を開いた。

「あのっ――」

「他は無さそうだし、馬も心配だから俺は戻るぞ」

 フェルナンドが大声で言うと、ソラは手を上げて「すぐに後を追います」と言い残す。褐色の青年とシャルは互いに顔を見合わせて、来た道を戻っていく。

 程なくしてソラは部屋を後にする。彼は最後に部屋を振り返り、落胆の溜息を漏らす。

「ここにも無かったか――そうだね」






 洞穴から出た二人を待っていたのは、盗賊否――傭兵団のだった。人数は十二人。出口で待ち構えられて、包囲されてしまう。

 フェルナンドは右腕を見やる。苛立ちを露わにした。

「その能なし女を差し出せ、そうすればお前たちには危害を加えない」

 一番偉いと思われる男が、二人に言う。フェルナンドは顔をしかめた後、抵抗は無意味であると判断する。従おうとシャルに手を伸ばす。その手は弾き飛ばされる。

「最低! 自分の命惜しさに女性を差し出すなんて」

「自分の命以外に大切なモノなんてないだろう! お前は俺に見ず知らずの女のために死ねっていうのか?」

 フェルナンドの怒号に、シャルは目を見開きうつむく。彼にはシャルのために死ぬ理由がない。彼女は瞳に大粒の涙を浮かべる。

 シャルは今この場で一人ぼっちになってしまったのだと、感じた。その事実が彼女の胸を重く冷たく支配する。シャルは目の前に迫った絶望に、内臓がこぼれていく錯覚を覚え、自身がどこに立っているかさえ、わからなくなっていく。唇は一気に乾き、何をしていいのかわからなくなった。そんな彼女から、弱々しく言葉が漏れる。

「じゃあ……殺してよ……」

 傭兵団の男たちは笑い声を上げた。

「助けてやるから、その女を殺せ」

 フェルナンドはしかめっ面になった。褐色の青年は内心でソラを探し求める。視線を洞穴に向けたが、人影はない。

 フェルナンドとて面白く無いのだ。しかし、商人である彼は、丸腰の女の子を守りながら戦うのは難しいのである。

 フェルナンドは覚悟を決めようとして――。

「取り込み中ですか?」

 目つきの悪い少年は何事も無かったかのように、盗賊たちの後ろから現れた。

「おまっ……」

 フェルナンドは盗賊たちの位置取りを確認する。

「おい貴様なんだ! 何をしている」

 盗賊の一人がそれに気づいて制止の声を上げた。

 ソラの鋭い眼光が盗賊の心臓を射抜く。そこには明確な戦意があった。それだけで盗賊たちは萎縮させる。彼らは心臓を、冷たい何かで掴まれるような錯覚を覚えたのだ。

 少年はシャルにまっすぐと目を向けた。

「君は能なしなんかじゃない。君には、君にしか無い力がある」

 シャルは目を点にする。見上げてソラに視線を向けた。

「君が決めるんだ。どう生きて、どう死ぬか」

 シャルは石剣を握りしめる。

「私は――」

 傭兵の男たちの表情が一変する。彼女に抵抗の意思があると判断したのだ。彼らは一様に手に持つ武器を構えた。

 すぐに一人がシャルへと駆け出し、武器を振りかぶる――。

「――生きたい!」

 シャルは石剣を血がにじむくらい強く握りしめた。そして叫ぶ。

「生きて国を取り戻すんだ!」

 石剣は黄金の光を放つ。その光は周囲を覆い尽くす。傭兵の男たちは眩しさに視界が遮られる。

 光が止む頃には石剣は、虹の光沢を放つ純白の長剣へと、姿を変えていた。長さ四尺(約百二十センチ)の刀身。それが陽光の光を浴びて、光指す道となった。

 シャルは叫んだ。

「死ねぇ!!」

 目にもとまらぬ早さで、駆け抜ける。彼女が通り抜けた後に首が三つ飛ぶ。

「後ろだ!」

 槍を持った男が振り返るが、肉薄される。

「あ――」

 男が声を上げるより早く、純白の一閃が縦に走った。武器の槍とフルプレートアーマーごと、縦に真っ二つに斬り裂いたのだ。

 振り抜く頃には、シャルは背後の傭兵に飛びかかる。フルプレートアーマーの上から右肩から左腰かけて袈裟斬り。まるで抵抗力がない紙のように、容易く斬り飛ばす。

 赤い双眸が次の標的を探した。

 すでに傭兵の男たちは戦意を失っている。彼女もそれを理解していたが、容赦はなかった。

 フェルナンドは手近にいる傭兵に飛びかかり、地面に転がして喉元に短剣を突き刺す。

 ソラも流れる手さばきで相手を転がし、手斧を顔面に振り下ろす。彼の後ろから回り込んだ男は剣を突き差すように突っ込む。後ろに目でもあるかの様に、その一閃を半身逸らして避ける。すれ違いざまに側頭部めがけて手斧を叩き込んだ。二人を屠る。

 残りは四人。

 武器を投げて手を上げて、降参の意思を表示する。しかし――。

「ウジ虫が」

 残り四人は虐殺と言ってもいいだろう。ソラとフェルナンドはそれに関して、責めることはしなかった。

 肩で息をしながら、シャルは青空を仰ぐ。その瞳には一筋の光がこぼれていたのを、ソラは見逃さなかった。






――能なしの王女が国を導けるものか!――

――お姉様……ごめんなさい。やはり国は私が導きます――






「シャルリーヌ!」

 シャルは目を覚ますと、勢いそのままに、目の前にいたソラに掴みかかる。そのまま押し倒し、純白の剣を突き立てようとしたところで、我に返った。

「あ――」

「気が付きましたか」

 シャルは脱力する。組み伏せているにもかかわらず、顔色一つ変えないソラにだ。逆の立場なら彼女は激昂しただろう。

 が、彼女はすぐに違和感を覚えた。左胸に何かが添えられていることに気づいたのだ。

「突き刺しておけば良かったかしら?」

 冷たい笑みにソラは謝罪する。

 二人は立ち上がり、ソラはシャルがあの後意識を失ったことを説明した。彼女は視線を彷徨わせる。洞穴の中だ。

 彼女は己が手に持つ長剣を見下ろす。

 ほどなくして、シャルが目を覚ましたと気づいて、フェルナンドは駆けつける。勢いそのままに土下座した。緋色のリーゼントが地面に叩きつけられて、大きく崩れる。

「申し訳――」

「いいから。生きるためだし」

 謝罪されると、逆に腸が煮えくり返りそうになるのだ。だから、彼女はそれを不問に付した。

「不問にします」

「そ、そうか。ありがとうな。それで俺たちな。これから国境を越えた町に行こうと思うんだ」

 シャルは脳内に地図を広げ、町の位置を把握する。頷き同行する旨を伝えた。

 彼女が意識を失ったのは数刻である。その間にソラとフェルナンドは盗賊たちの武具を剥ぎ取り、亡骸を埋葬。使えそうな武具は褐色の商人が受け取り、全て売り払うこととなる。

 故に、太陽はすでに中天を越えていた。

 フェルナンドは馬車に、ソラとシャルは、傭兵たちが残した馬に乗って移動する。

 彼らが国境に着く頃には、黄昏時となっていた。東の空には星が瞬き、暗闇を彩る。彼らの背中にある西の空は太陽が沈みゆこうとしていた。

 国境線をフェルナンド、ソラと越えていく。シャルは、国境線を越えようとしたころで足を止める。一度振り返った。

「本当にいいんですか?」

 その背中に声がかけられる。ソラだ。その先でフェルナンドも振り返って様子を伺っていた。

 この時、二人はシャルがどのような存在か、正確に理解している。しかし、彼女が言い出すまで詮索しないことを決めていたのだ。

 シャルは答えずに、鞍にさしてある純白の長剣を撫でる。

「いいわ。王位は妹に渡すつもりだったし、少し願った形とは違うけど……これで――」

 言葉と裏腹にシャルは、胸中で強く否定していた。

「貴方は、生きていますか?」

 ソラの問いにシャルは目を瞠る。

 彼女は先の戦いの言葉を思い出していた。

――君が決めるんだ。どう生きて、どう死ぬか――

 あの時のシャルは無我夢中で、その言葉を深く考える暇も無かった。

「生きる……」

 そうつぶやいて、彼女は逃げた先を考える。

(逃げて、その先で私は生きていけるだろうか。農具を使うのは好きだ。だから他の土地でも――)

 シャルの脳裏に、亡くなった母の姿を思い出す。

 ある日のやり取り。彼女と母親の何気ない会話だった。

――貴方は土を耕すのが好きなのね――

 母の優しい笑顔に幼いシャルは、はいと笑顔で答える。

――でも、それはどこでもできる事よね? ここでいいの?――

 永遠のような刹那の時間。彼女は答えを見つけた。

「私はこの国が好きだから、土を耕すんだ――それが私の生きる道」

 彼女は二人に振り返ると、満面の笑みになる。彼女が背負う夕日が、彼女の笑顔を更に眩しく輝かせた。

 ソラと向かい合う。彼は星の輝く夜空を背負う。

「責任とって」

「へ?」

 彼女はソラと国境線越しに、やりとりする。

 シャルは腰を折って、ソラの顔を覗き込む。上目遣いでもう一度言う。

「私を裸にしたり、胸を揉んだりした責任とって、私、シャルロット・シャルル・ブランシュエクレールに仕えなさい」

 これでもかという笑顔になる。ソラは頭をかいた後、ため息を吐いた。

「御意のままに」

 言うと振り返り、フェルナンドに手を振る。

「ここまでです! 俺は陛下のお手伝いをします」

 その言葉を聞いたフェルナンドは、慌てて引き返してきた。

「なら、さっきの詫びで、俺も手伝うぜ」

 褐色の青年は白い歯を見せて笑って言う。

「まあ、商人なんで戦力にはならないがな」

 三人は顔を見合わせる。シャルロットは口を開く。

「さぁって、害虫退治と行くわよ」






~続く~


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