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第一話「出会いは最悪」

第一話「出会いは最悪」






 薄暗い空間。その中を規則正しく呼気が聞こえてくる。

 少女が眠っていた。歳は十六くらい、布にくるまれており、長い金髪は腰まで届くくらいある。布から覗く肩口の肌は白。太陽の光を浴びればまばゆく輝くに違いない。

 赤い瞳が覗く。

 少女は眠りから覚める。彼女の視界に最初に飛び込んだのは、土だ。土が壁、天井を覆っていた。否、洞穴の中にいるのだ。周囲に視線を流す。一箇所から光が差し込んでいた。眩しそうに目を瞑る。まぶたをこすろうと身動ぎして、手が上手く出せない事に気づく。

 次に少女が知覚したのは、自身が何か包まれていることだ。ボロボロの布である。それにしては温かいなというのが、彼女の感想だ。

 少女の表情は険しくなる。昨夜の事を思い出そうとして、靄がかかったかのように、思い出せない。そんなことを思いながら、ボロボロの布を剥ぎ取ろうとして、体の異変に気づく。

 少女は自分の体が裸であることに気づく。目の前に焚き火の痕があり、自身の服はその近くで干されていた。下着もである。彼女の表情は一気に真青になった。視線と手を彷徨わせていく。

 彼女の耳に寝息が聞こえてきた。腰の当たりに硬い異物が当たる感覚を知覚する。振り返ると同じ年頃の少年に抱かれていた。

 少女の顔は耳まで一気に赤く染まる。

 彼女は全裸であり、裸になった少年に抱かれて寝ていたのだ。

「―――――――――――――――――!」

 少女は悲鳴と共に、抱きついている少年を殴り飛ばした。

 悲鳴を聞いて一人の青年がかけつける。

「あっちゃー、手遅れだったか」




「この馬鹿ッ! 変態ッ! 絶対に、絶対に許さないんだからッ!」

「すいません」

「謝って済む問題じゃない!」

 先ほどの洞穴の外に場所を移していた。周囲は新緑の景色で覆われており、地面に視線を向けると黄色や白の花が咲き誇っている。近くには似たような洞穴がたくさんあり、そのひとつに馬車と馬が三頭、繋げられていた。

 黒髪の少年は土下座する。金髪の少女は顔を耳まで真赤にして怒鳴った。

 少女は謝る少年に掴みかからん勢いで迫る。思い出しただけでも恥ずかしいのか、怒っているのか、あるいはその両方か。耳まで顔を赤く染めていた。少女は激情に任せて少年の胸元を掴んだ。

 少年の顔はあざだらけになっていた。眠っていて、ろくに防御出来ない状態で、殴り続けられたのだ。

 彼は再び謝罪する。少女は肩で息をして、握り拳を作る。

 そんな男女二人のやりとりを、褐色の肌の青年が笑って眺めていた。緋色の頭髪は金槌のような形を象っている。リーゼントヘアーだ。

 二人が面白いのか、時折腹をかかえて笑う。しかし、一向に事態が動かないことから彼は仲裁に入る。

「そこまでにしといてやってくれよ、お嬢ちゃん。アンタ、雨で体が冷えきっていたんだ。ああするしかなかったんだ」

 いくら新緑の季節とはいえ、体を濡らしておいたままで無事に済むわけではない。

「だ、だからって――あんなそそ粗末な」

 少女は思い出して顔をさらに真赤にした。自身の体を抱くようにして確かめるが、自信が持てない。

 そんな少女に少年は頭を地面につけて再度謝った。真摯に誠実に詫びる。そんな態度に少女も少しだけ怒気を収めた。とはいえ、彼女は自分の尊厳が確かなのかを確認せねばならない。

「責任とって」

「へ?」

 少年は間の抜けた顔で、少女を見上げる。彼女は繰り返して言う。

「責任とってよ馬鹿!」

「手は出していません」

 再び少年は額を地面に押し当てた。

「本当に?」

 確かめるような言葉。少年は真綿の糸で首を締められるような、錯覚を覚えた。

「はい。本当です」

「やましい気持ちは、これっぽちもなかったと?」

 少年は即答出来ない。彼の脳裏には、少女の服を脱がした後の肢体が、くっきりと刻まれていた。焚き火で暗闇に浮かぶその身体は、少年の目には扇情的に映り、眠るのに苦労をしたのである。彼は思い出し理性を股間に集中させた。

 寝起き直後というのと、昨夜の光景を思い出しことにより、少年の下腹部は大変な事態に陥っていたのだ。

 ほんの少しの沈黙。それは如実に彼の当時の心情を物語っていた。少女は半目して少年を見下す。自然と声は冷たくなる。

「あったのね」

「ごめんなさい」

 少年は手を出してないことは、強調して額を地面に押し当てた。

 彼の態度に、少女はほんの少しだけ表情を緩める。そこを見逃さず、褐色の青年は口を挟んだ。

「ところで貴族の嬢ちゃん」

 褐色の青年の言葉に少女は眉根を釣り上げる。

 少年は少女の様子を視界の端で確認した。

「違うわよ!」

 声を荒らげ、表情を一変させた少女に、青年は確信する。

「そんな豪華な指輪しといて、嘘が通せると思うなよ」

 褐色の青年が、少女の左中指にある指輪を指す。銀色の指輪に赤い宝石がはめられていた。彼女はそれを隠す。

「まあまあ、フェルナンドさん。そこまでにしましょう」

 それより、と少年はあからさまに話題を変えた。

「朝ごはん食べませんか?」

 少年の言葉をキッカケに。三人の腹の虫は鳴き出す。それに応じたのはフェルナンド、褐色の青年だ。

「そうだな」

 少女は鼻を鳴らしてそっぽを向く。少年は困っているのか頭をかいた。苦し紛れに、彼はフェルナンドに話を振る。

「ここの遺跡を調べたいんですが、フェルナンドさんはどうします?」

「俺も付き合うよ。お宝があったら、儲けモン――程度でな」

 少年の指し示す洞穴の中には、薄っすらと何かが見えていた。模様のような文字が、石壁、石柱、石床に刻まれている。その先は暗闇に塗りつぶされており、まったく見えない。

 少女は考えこむ顔となった。

「まずは俺達のお話ですね。その後、調査ですが……」

「私も一緒に行くわ」

 少年と褐色の青年は目を瞠る。

「中でエッチなことをしようとしたら、わかっているでしょうね!」

「しません!」

 少年は即否定した。フェルナンドは白い歯を見せて笑う。






 話は遡ること一日前。

 緑の葉が生い茂り、山を新緑に彩る。そんな山道を一台の馬車が行く。褐色の青年は周囲の景色を楽しむように眺めた。道中、実を発見。赤い実を手にとり、口に運ぶ。春の味に舌鼓を打ち、周囲を眺めているとひとりの旅人を発見した。

 彼が即座に旅人と判断したのは、身なりからである。フード付きの外套。肩には麻袋を担ぎ、武器は目に見えているので弓に矢筒だ。森の外を目指して歩いていた。青年はしばらく考えこんだ後、旅人に話しかけることにする。

 青年はすぐに自己紹介してから、商談できる人間か見定めた。結果、出来る人間と判断。

「俺はエメリアユニティから来たんだ」

「俺はン・ヤルポンガゥから」

 少年はフードをとった。その顔つきに青年は一瞬だけ身構えるが、すぐに敵意がないと判断して解く。

「ン・ヤルポンガゥ?」

 少年は首を縦に振った。少年は麻袋の中身を見せる。光を発する石が大小様々。すぐに商人はそれが魔界由来のモノであると看破した。

「思念石か?」

 少年は頷く。

「売ってくれないか?」

「エメリアユニティから来たということは、武器がいくつか仕入れていませんか? 手斧とか」

 当初カモろうかと考えていたフェルナンドは、この時点で断念。商人に対する心構えを持っていたことからそう判断した。そのひとつに、エメリアユニティから来た彼の手荷物を正確に予想したことだ。

 褐色の青年は武器を幾つか見せたが、手斧は持ち合わせていなかったのである。弓の弦を数本、少しの食量。それと銀貨百枚で、思念石と交換する。

 フェルナンドがそう判断したのは、道を大きく外れていたからだ。彼らは東に向かって移動しているものの、大通りから大きく外れていた。

「この国は初めてか?」

「ええ」

 フェルナンドはこの国の説明を買って出る。

 ブランシュエクレール国。かつて、エクレールという女神が、この国を建国したという。そういう伝承がいくつも残っており、この国は独自にエクレールを神と祀り、信仰する風習が出来た。実りの秋は、国を上げての豊穣祭を行い、女神エクレールに感謝する祭りを開催するのだ。それを見に他国から来る者もいる。

 土地は豊かで、畜産、農業に秀でており非常に豊かだ。周辺の国はこの国によって支えられていると言ってもいい。それだけではなく、最近では武器工業にも力を入れている。マナの平均濃度は低く、マナの結晶化現象は数十年以上記録されていない。

 北にあるグレートランド皇国とは同盟関係であり、皇国が二十数年前に、大規模な不作に陥ってからは、しばらく食糧支援を行っていた。それは数年前まで続いていたが、国民の生活を優先させるために打ち切り、自国の富国強兵と豊穣を推し進めているところだ。

「――っと、そんなところだ」

 フェルナンドは白い歯を見せる。

 黒い髪の少年はふむと言うと、顎に手をあてた。フェルナンドは態とらしく、手を差し出す。少年は察して銀貨二枚投げ渡す。それを受け取ったフェルナンドは、顔をしかめる。

「多いよ」

 フェルナンドは商人だ。武器、食糧、土、家畜、そして情報。なんでも売る。しかし、彼は商人として儲けたいと考えてはいても、対価に見合わない代金は受け取らない主義であった。相手がちゃんとしていればなおさらである。

「下に見るっていうのか?」

 少年は首を振った。

「少し、案内をお願いできますか?」

 フェルナンドはそういうことねと理解し、馬車を指し示す。金槌の髪型を撫でて、銀貨を懐に入れた。馬車といっても、布を張って作った屋根があるだけの荷台。それを馬が引っ張っているだけの、簡素なものだ。乗り心地は良さそうには見えない。

 少年は荷物をどかして、自身の座る場所を作る。

「俺はフェルナンド。お前、名前は?」

「俺はソラといいます」

 フェルナンドは手を差し出す。ソラもそれに応じて握手した。

 少年の鋭い眼光に、フェルナンドは一瞬たじろぐ。生まれつきなのだと理解すると、彼はすぐに認識を改める。

「近くの村まででいいかな?」

「はい」

 褐色の商人は握手だけで、少年がただならぬ者と察した。

 彼の装備は、長い外套に、弓と矢筒。手斧が三本。包丁一本と、平凡な旅人にしか見えなかった。誰もがそう思ったに違いない。

 しかし、フェルナンドは握手して、彼の手のひらの感触に違和感を覚えたのだ。ごつごつとして力強さがあり、戦士の手のそれであると確信する。外套の中から覗く、具足もハッタリではないと感じた。

 だが同時に、彼の直感はソラを警戒するべき人間ではない。そう断じたのだ。商人として培われた、人を見る目がそう判断させたのだ。

 商人故に、盗賊などに襲われることなんてのは、日常茶飯事である。故に握手をすることも情報収集の一環である。自分の身と荷物を守れない商人は、生きていくのが難しいのだ。

 フェルナンドは思い出したかのように、自身の武器を手近に置こうとしたが、すでにソラによってそれら一式は、彼のすぐ側に集められていた。

 ソラの手際の良さに舌を巻く。

(大丈夫だな)

 一瞬で数と武器を確認して、なくなっているモノがない事を確認する。次いで右腕を確認。

 彼らは世間話をしながら、ゆったりと道を行く。森を抜けると開けた平原に出た。周囲を山で囲まれており、田畑が広がっている。

 フェルナンドは遠くに大きな村を確認した。背後に声を飛ばす。

「もうそろそろだ」

 ソラは荷台から顔を出す。彼の視界には広大な農地が広がる。その先に農村が見えてきていた。

「あの村は、ここいらでは結構大きな村でな。この辺り一帯の村や、集落の穫れたモノが集まるんだ。もちろん情報もな」

 フェルナンドは言外にそこで、自分の探したいモノを探せと告げる。ソラもそれを理解しているのか、ありがとうと応じた。

 道を眺めたソラは、思ったことを口にする。

「道が整備されていますね」

「ここは他の国と違って、道がよく整備されているからな」

 黒髪の少年がそう感じたのは、馬車が石を踏まないことと、揺れが少ないからだ。乗り心地は最悪でも、道が舗装されているため、苦にはならないのだ。

 おまけにブランシェエクレールは二毛作を採用しているため、道も清潔に保たれていた。人や家畜の糞尿と枯れ葉を集めた場所があり、それを土で覆い肥料を作成している。そのおかげで清潔なのだ。

「よく来るんですか?」

「ああ。ここは農産物が安定して実るからね。オマケに南の海を渡れば、ン・ヤルポンガゥもある。東は華のマゴヤ。北は食べ物に飢えている皇国。商売するにはもってこいだ。なによりここは平和だ」

 平和という言葉に、少年は天を仰ぐ。西の空に暗い雲が見え始めていた。

「一雨来ますね」

「ん? そうだな。そんな臭いもするな」

 フェルナンドは前髪の先を摘む。それでわかるのか、雨だと確信した。馬の様子を見るが、万全とは言えない状態である。疲労が溜まっているのだ。

 褐色の青年は、馬を休めることを思案する。翌日に疲労を引きずらないためにも、急ぐべきだと判断したのだ。

「少し急ぐぞ」

 ソラはお礼を言うと、広がる農地を見渡す。そこで農作業している人たちは、どこか表情が暗かった。疑問に思った彼は、フェルナンドに聞くが、彼も知らないらしく。二人して道中首をひねった。

「いつもは陽気なんだがな」

 確かにおかしいと褐色の商人も感じる。皇国に支援を打ち切った関係で、村人の所得は他の国より高く、それ故に心に余裕があった。それは彼がこの国に来た時より、顔から出ていたのだ。

(誰か亡くなったのか?)

 その時はそう結論づけ、漠然とした不安だけしか抱かなかった。そして彼らが村について最初に知るのが、王女の死である。

 王位を引き継いだので、女帝または女王と呼ぶべきなのだが、そう呼ばせていない。または呼んでいなかった。

 ソラは村の公示人を探しだし、話を聞くが詳しく知らないと、歯切れ悪く教えられる。公示人の持つ看板にも、そうしたお触れは出ていない。

 村は彼らを出迎えてから、ぎこちない雰囲気になった。余所者二人が来たことで、少なからず警戒されたのだ。特に、不穏な噂話が出回っている時には敏感だ。そんなところに三白眼の男が現れれば、誰だって警戒する。

「いつもはもっと陽気なんだ」

 フェルナンドも困ったように笑うことしか出来ない。

 村の人々の多くは打ちひしがれていた。彼らが表情を暗くしているのは、何も王女が亡くなったことだけではない。新たに王座についた妹のシャルリーヌが、グレートランド皇国に食糧支援を再開しようとしているという噂である。それが彼らの表情を暗くさせていたのだ。

 嘘だと喚く者、出荷を絞らねばとうつむく者と様々だ。行く人来る人は、口々に不満をこぼしていた。

「大変そうですね」

「もしそうなら、大打撃だ。豊かになってきているのにな」

 フェルナンドは金槌を象る頭を撫でて、仕方がないと自身に言い聞かせる。

 支援をするということが本当ならば、税収が上がるということだ。

 ソラとフェルナンドは、暗い表情の村人を尻目に、人が集まる中央広場へと向かう。円形の広場の外縁を沿って歩き、一軒の店先で足を止める。

「ここだ」

 フェルナンドは店を指さす。ソラは首肯した。

 褐色の青年が店に顔を出すと、数人の男性が駆け寄ってくる。彼らは申し訳無さそうに、フェルナンドに謝罪した。ソラは彼らから少し距離を置いて、店の店主に飲み物を注文。少し代金を多く渡す。

「お客さん――」

 店主は指摘しようとして、手で制される。

「噂は本当なんです?」

 店主は黙って頷いた。ソラはそれだけを確認すると、そのまま店の中を見渡す。そこで幾人と目が合う。一つの団体は露骨に顔を背けた。彼はフェルナンドを見やる。

 数人の男性は事情を説明していた。彼らはフェルナンドに農産物を売る約束をしていたのだが、それが出来なくなってしまったのだ。

「マジかよ」

「すまない。突然決まって……」

 フェルナンドは前髪をなでた。

「噂だろ?」

「それでも備えておかないと、こっちも厳しい」

 言葉こそ柔らかいが、態度は拒絶的だ。フェルナンドはそれ以上交渉が出来なくなってしまう。彼は話題の矛先を変える。

「シャルロット王女は、なんで亡くなったんだ?」

「盗賊に襲われたそうだ。それで亡くなったらしい」

 その後、情報通の村人が現れ、彼から仔細な情報を聞かされることとなる。シャルロットは、盗賊討伐に手勢で出た。見事討伐して、帰路についていたところ。生き残りの奇襲にあい、亡くなったということである。

「噂はマジだっていうのか?」

 情報通の男は頷く。彼はより一層声を潜めた。

「元々、王位継承の魔導具を、ちゃんと使えなかったからな」

 その言葉に聞き耳を立てていたソラは目を一瞬細める。情報通の村人は声音をさらに低くして言う。

 その様子に先ほどソラから顔を背けた一団が、近づこうとする。ソラはさせまいと、彼らの前をあからさまに通り抜けた。それだけで彼らは動きを鈍らせる。

「近いうちに内乱が起きるかもしれない」

 フェルナンドは顔をしかめた。内乱という言葉に露骨な嫌悪感を覚えたのだ。

「なんで? なんでだ?」

 声が無意識に低くなった。彼は疑問を口にする。王女が亡くなってすぐに内乱というのは、どうにも腑に落ちなかったのだ。

「どうも、シャルロット様の亡骸を確認できていないらしい」

「それで王女交代。国策転換か」

 あからさま過ぎる。勘の良い人ならばすぐに気づく。

「だから、揉めているんだよ」

 ソラは二人の間に入る。気配では背後の一団を警戒しながら、穏便に会話に加わった。

「シャルリーヌ王女を支援表明している貴族がいるはずです。その代表は誰ですか?」

「余所者のお前が知ってどうするんだ?」

 ソラの質問に、フェルナンドは思わず口を挟んでしまう。もちろん自分自身に対しての戒めであった。商人としての性か、余計なことに首を突っ込まないようにしているのだ。

 ソラはそれでもと言うと、男に視線を向ける。情報通の村人は手を差し出す。ソラは金貨を一枚、他の者には見えないように渡した。

 男は手の感触で確かめる。確かめて口元を少しだけ歪めた。

「貴族のことだけ――ってわけじゃなさそうだな」

「はい。もう一つあるんですが――」

 ソラはそれでと先を促す。情報通の村人は声をひそめる。

「方針転換を助言したのは、パッセ侯爵という人だ。前々から現王女が王位を継承したことに、不服を示していた人でもある」

 ソラが聞いたこと以上に情報を伝えたのは、一重に金貨一枚に対する対価だけではない。情報を渡しつつ、望ましくない現状を変えてほしいと願う想いが、伝える情報に向きを与えたのであった。

「もうひとつですが、王位の継承のことです――」




 不穏な空気を感じ取った二人は、東に向かって急いでいた。

 フェルナンドは次の商売の種を探しに、ソラも別の場所に移動をするならばと、同行しているのだ。

「良かったのか?」

「内乱になるのなら、俺の探しものは難しくなるので」

「しかし、なんでだ?」

 フェルナンドは、彼の行動に不可解なモノを感じていたのだ。

 余所者であり、これから起きるかもしれない内乱には関係がない。現にこうしてブランシュエクレールから出ようとしているのだ。故に先の二つの問いは、フェルナンドからしたら利益の無いモノに感じた。

「俺の探しものは、少し特殊で国の権力者に頼むのが、一番手っ取り早いんです」

 なるほどとフェルナンドは首肯する。

「だが最後のアレはなんだ?」

「アレは――」

 ソラは杞憂かもしれない。と、言葉を紡ぐことをやめた。彼自身もただの確認として聞いただけである。

「だったら、あれは高いんじゃないか? 王位継承のお話なんて」

「見えていましたか」

 褐色の商人はぶっきらぼうにああと答えた。対価に見合わない取引に見えて、彼は面白く無いのだ。

「二つ目の質問と合わせて、答えたほうがいいですね」

 フェルナンドは東の空と、西の空を見比べる。東は青空だが、西は稲光が見え始めていた。

「まず、亡くなった経緯がらしいで終わっているのが不可解でした。亡骸も回収できていない。第一、盗賊なら王族を人質にして金と食糧をふんだくるのが、一番おいしいんです」

 王族を手にかけて国賊なるより、人質にして、金や食糧を要求するほうがはるかに危険が少ない。

 何より、他国が羨むほどの収穫量である。その一部を取引で引き出し、他国に売ったほうが利益はよく、危険も少ない。だが、その逆を選んでいた。

 フェルナンドはなるほどとつぶやく。つぶやいて、心臓が高鳴るのを感じた。彼はこの国で何が起きようとしているのか、ソラの言葉で理解してしまったのだ。

「そして王位継承に関しても、魔道具の継承らしいで終わっていたので、たぶん俺の予想は当たっているかと」

 フェルナンドは言葉を失いかける。ようやく絞り出した言葉は、小さく震えていた。

「王女は暗殺されたのか?」

 魔道具さえあれば王になれる。そう考えた上での行動なのかもしれない。とソラは付け加えた。

 元々計画されたモノなのだろうとソラは想像する。フェルナンドは今度こそ絶句した。

「なんで――」

「グレートランドの情勢はどうですか?」

 フェルナンドの言葉は声にならない。だが、彼も思い当たるフシがあった。

 彼はソラに説明をする。

 グレートランドは二年前のドラゴン襲来から、マナの結晶化現象が起きていたのだ。作物は不振になり、カラミティモンスターが大量発生。冒険者、ハンターなどにとってはもってこいの市場になっているが、それは同時に治安悪化を手伝っていた。それは領主、ひいては国への不満へと変わっていったのだ。

「もう絡んでいると見たほうがいいですね」

 それらを一時的にでも黙らせる方法がある。それは食糧支援だ。食えれば大抵の人は目の前の不満は捨てる。しかし、ブランシュエクレール以外にそれが成せる国がない。

(マゴヤはそもそも敵対しているし、ヴェルトゥブリエも内乱以降、関係が悪化しているし、ノワールフォレはきな臭い。その他の国も自国を賄うので手一杯のはずだ)

 ブランシュエクレールを狙うのは自然だった。

(そういえばグレートランドの皇帝が、病に倒れていたな)

 それらも手伝って、国内の求心力が低下している。それらを鑑みてフェルナンドは皇国も絡んでいるのは間違いないと思えたのだ。

「店に、こちらを伺う一団がいました」

 強引に国の頭を変え、国策を変更すれば、混乱が生じるし、問題も起きる。それは間違いなく、小さな集落からだ。生じた際の不穏な動きをいち早く察知して、鎮圧するためにも情報の集まる場所に、アサシンの類を置くのは普通だ。と、ソラは言う。

「あそこにいたのは、ただの監視役でしょうね」

「マジかよ」

「マジですね。だからこそ、お高い報酬です。俺たちは変な火の粉をかぶる前に、国の外に出ましょう」

 フェルナンドは力無く、そうだなと返した。握る手綱を乱暴に扱う。すぐに首を振って、馬を労る。

 彼は大きな戦争が起きる前兆に遭遇して、嫌な気分になったのだ。

(またあんなのが繰り返されるのか)

 彼らは東に向かう。ブランシュエクレールの国境線を越えようとしていたのだ。ブランシュエクレールはグレートランドと陸地を山脈で隔てられていた。唯一ある山道を超えた先には町があるのだ。二人はそこを目的地にしていた。

「日が暮れる前に、越えたいが……」

「雨が先に来そうですね」

 ソラの言葉に、フェルナンドはああと頷く。彼らの背には、西から雨雲が迫っていた。

 フェルナンドは自身の愛馬を見つめる。苦虫を噛み潰した顔になった。

 村で塩をなめさせたとはいえ、馬も疲労を見せている。無理をさせてもいい結果は見えない。そう判断したフェルナンドの行動は早かった。地図を広げると。すぐにその場所を見つける。

「この国境線に山があるだろう?」

 地図を指し示して見せる。ソラは首肯する。

 彼らは山道に向かうため北上する形で東に向かっていたのだが、それでは雨に捕まる。フェルナンドはそのまま東に向かうことを指で示す。

「この山に遺跡があってな、洞穴とか結構あるんだ」

「遺跡ですって?」

「そこに食いつくのか」

 ソラは強く頷いた。探し物はそれなのだと彼は説明する。ソラはそこへ向かうことを告げた。

「待て待て。俺もそこに行くんだ。雨をそこで凌ぐ予定なんだ。だから――」

 ソラはその先を察して、銀貨を一枚投げ渡す。

「まいど」

 フェルナンドは白い歯を見せて笑う。




 彼らがあと少しで、遺跡にたどり着くところで雨につかまった。大粒の飴でバケツをひっくり返したような雨だ。視界は悪くなり、そんな中、彼らは険しい山道を行く。

「ちっくしょー」

 叫ぶフェルナンドはどこか笑っている。ソラも雨を浴びるように、両手を広げた。

「恵みの雨ですね」

「少しは手加減しろっての。ここまで濡れたら、清々しいけどよ」

 フェルナンドは崩れたリーゼントをかきあげて、視界を遮る前髪をどかせる。

 そこでソラは荷台から飛び降りた。突然の事にフェルナンドは驚く。

「ど、どうした?」

「静かに」

 ソラはそう言うと、耳をすませる。あまりの剣幕と豹変ぶりにフェルナンドは身を強張らせる。只事ではないと、円柱形の小物を取り出す。光の線が中程より下を指し示している。

「マナの濃度が高くない。から、カラミティモンスターではないか?」

 フェルナンドの言葉にソラは反応しない。彼は地面に手を置くと、何かを感じ取っているような素振りを見せた。

「数は五――いや、六」

「何の――ハッ? 賊か?」

 ソラは首肯する。フェルナンドは早く言えと言う。しかし、早く知ったところで追いつかれるのは理解していた。馬の疲労に雨である。オマケに荷台付きで、荷台には少なからず荷物がある。

「やるしかないか」

 褐色の青年は右腕を確認してから、短剣に手をかけるが、ソラが手で制する。

 彼は森を睨むと、弓を構えた。矢をつがえ引き絞る。

 フェルナンドは未だ、迫る脅威を見つけられていない。

「お、おい――」

 フェルナンドが声をかけようとした瞬間。矢が空気を裂く音を響かせる。彼は信じられないモノを見るかのように、目を瞠った。

 雨の中、森に向かって矢を放ったのだ。普通は馬鹿と思うだろう。しかし、フェルナンドの耳朶を打つ音が二つ。地面を打つ鈍い音と、馬の鳴き声だ。

 次に怒号が響く。

 ようやくフェルナンドの目にも馬に乗る五つの影見えた。先頭を白馬に乗った少女が手綱を握っている。武器は見るからに持っておらず、その後ろを走る男たちは手には、鈍い輝きの武器を手にしていた。

 ソラはついで矢を三本つがえ――。

「追っているのか――」

 ――それらを引き絞る。

「――丸腰の女の子を」

 言い終えると同時に三本の矢が、空気を引き裂いて、雨の中、目標に向かって飛んで行く。

 フェルナンドは森に視線を向けたが誰も見えない。ソラの言う丸腰の女の子も、脅威も褐色の青年には認識できなかった。

 ソラは顔をしかめると、手斧に手をかける。

「どうした」

「一本外した」

「そうかい……」

 フェルナンドは内心、二本当てたら十分だろと叫ぶ。

 ようやく姿がくっきり見える。長い金髪の少女を男二人が追いかけていた。少女は手負いなのか、服を血に染めている。

「矢は?」

「ない」

「荷台にあるぜ――っと」

 フェルナンドは矢筒を投げ渡す。受け取ったソラはすぐに矢をつがえる。

「いくらです?」

「倒してくれたらタダだ」

 白い歯を見せて笑ってみせた。内心、後で回収できるだろうと彼は確信している。

「いいですね」

 ソラたちを発見した男たちは、吠える。立ち去れと叫んでいるが立ち去ったところで襲われるのはわかっている。どの道彼らがこの状況を切り抜けるには盗賊と思しき、彼らを撃退するしかなかった。

 残り二人。

 仲間の仇と叫ぶが、次の瞬間矢が頭部に命中。一人は絶命。もう一人は怒り狂って、何かを叫ぶ。槍を構えるが、彼は顔面に投擲された手斧が突き刺さり、頭から落馬して絶命する。

 少女は信じられないモノを見るように、ソラ達を見つめ、安堵した。そこで彼女は意識を失う。落馬する寸前でソラは彼女を受け止める。

 その左中指に指輪を見つけ、ソラは渋い顔をした。






~続く~


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