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第十七話「野心」

第十七話「野心」






 太陽が高々と上がり、大地を分け隔てなく照らす。青空は澄み渡り、照りつける日差しは徐々に熱を込めていく。

 蒼穹を眺めながら一人の少年が館に入る。少年は目つきが悪く、すれ違う人々を少しだけ恐れさせた。ソラだ。

 彼はシャルロットの命に依り、元パッセ領の代官として、務めていた。

 館はかつてアドルフ・パッセが居住として構えていた館だ。広大な土地、パッセ侯爵ですら扱いきれないほどの広さ。中を着飾っていた装飾品は全てなくなっている。否、パッセ侯爵が王都に居を移した時に全て持ちだしたのだ。それらは後に、シャルロットとシャルリーヌの手によって全て売り払われることとなった。

 廊下を歩くソラ。そこへ不意に呼び止められた。

「代官」

 一人の男がソラに歩み寄る。目つきの悪い少年は歩くことを再会させた。男も気にも留めず並んで歩く。

 男は中年男性であり、白髪交じりの茶髪。背格好は中肉中背。執事服を身に纏っている。

 ソラは元パッセ領の代官になった。とはいえ期限は短く、二ヶ月ほどだ。その後はヴェルトゥブリエに出向しなければならないのである。

「なんですか?」

「説得に応じない方がまだおりまして」

 ソラはすぐに首を振った。

「これ以上は無駄でしょう。それより、公示人の件は?」

 男は一瞬立ち止まった。ソラは振り返らずもう一度尋ねる。

「港街の公示人に、仕事の話はしてくれましたか?」

 男ははいと頷く。慌ててソラに追いかけた。

「ですが、その、えー、一人だけというのは……えーっと、その、例えば、誰も来ないような気がします」

 男は歯切れの悪い言葉になる。

 港街にはたくさんの公示人がおり、常に何かを告げながら歩いている。人の出入りが激しいこともあって、他の村や町より公示人の数は圧倒的に多い。

 故に人を集めやすく、仕事を斡旋しやすいのだ。

 当初、ソラはこの公示人の数を減らそうと考えたが、公示人たちが難色を示した。彼らからすれば職が奪われるである。故に、次の仕事を見つけるまでは現状維持となっていた。

 男の申し出にソラはいえと口を開く。

「それではダメなんです。優秀な人が一人――いや、二人ほど必要なのです」

 彼の出した求人は特殊な形でお願いしたのだ。一人の公示人しか渡しさず、またその公示人にもその仕事は口頭で告知しなくてよいと言い含めて欲しいと。手や身体につけた看板に掲示するだけでよいという注文だ。

 理由は文字が読める人材が欲しいということ、また数ある公示人の中から、仕事を探し出す者は自分の求める仕事、つまり長期的な就労を希望している可能性が高い。

 それを男に頼んだのだ。

「色々とやって欲しいことがあるのです」

「それは、我々を信頼出来ないないということでしょうか?」

 男は顔色を悪くする。その問いにソラは口を開く。

「どうも収支が合わないんです」

 男は表情が豹変した。ソラは内心やはりかと呆れる。

 パッセ領の帳簿だと、納得しかねるモノが多々あった。彼が持っていた戦力、及び財力は帳簿の記載から見て、多すぎるのだ。それを踏まえてソラは独自に調査し、裏帳簿を発見。その記載内容から、パッセ領内に隠し集落が幾つか確認出来るのだ。それもかなり巨大なモノが二個ほどある。

「わ、私は――」

「それはそうと、兵士に出した公布はどうですか?」

「そちらも、えーっとその万事任せてください」

 男は表情が悪くなっていく。ソラはそれを気配で鋭敏に感じ取る。

「公布ですよ?」

「え、ええ。こちらにも……えーっと、その、準備があります」

 男はパッセ領内の兵士が三千人いることを指摘した。それら全員に伝えるには、時間が必要だと。

 ソラはなるほどと言って、それ以上追求しなかった。

 男が嘘を言っているのは、ソラも理解している。吐かせることも出来るだろう。だが、それでは彼らを排除するだけに繋がりかねない。ずる賢い人間であるならばあるだけ、利用価値がある。ソラは彼らの挑戦に真っ向から挑もうと考えていたのだ。

 目つきの悪い少年はパッセ領、ひいてはブランシュエクレール国は、深刻な人材不足だと考えている。そのため少しでも才覚のあるものは、手元に置いておきたいのだ。向かう方向性さえ間違わなければ彼らは優秀なのである。

 ソラは扉の前で立ち止まる。彼もそれに倣い立ち止まった。

「そうだ、ジャクソンさん」

 ソラは振り向かない。白髪交じりの茶髪の男――ジャクソンは息を大きく吸って呼吸を整える。

「酒場にいつも顔を出しているようですね? 今度、俺も連れて行ってくださいよ」

 ジャクソンは呼吸を乱し、顔色を再び青ざめさせていく。歯を食いしばってから、言葉をひねり出す。

「喜んで、えー、あの、その、ご一緒したく」

 ジャクソンは恭しく頭を垂れて、その場で踵を返す。

 ソラが扉を開くと、部屋には本や資料が山積みにされていた。側には二人の少女がいる。一人はツインテールのハーフエルフ。一人は長身の少女。彼女らはソラを見るなり、恭しくお辞儀する。

 ハーフエルフの少女はカトリーヌ・ルという。茶色の頭髪は二つに結んでいる。焦茶色の瞳は大きく、幼い顔立ちをしていた。

 長身の少女はレーヌ。長い銀髪を首筋でひとつにまとめている。黄金の双眸はつり上がっており、表情も固く冷たい印象を受けた。

 レーヌは素早く問う。

「どうですか?」

「予想通りってところですかね」

 カトリーヌは首を傾げた。レーヌはやれやれとため息を吐く。

 ソラは頭をかいて、自分の席に座る。机の上の書類の山に、表情を苦々しくした。それも束の間、レーヌが素早く整理していく。

「こちらが急ぎのになります」

 ソラはお礼を言いながら急ぎのモノに視線を走らせる。幾つかに判子を押しながら、ひとつの書類で手が止まった。

「カラミティモンスター?」

 ソラはレーヌに視線を向ける。彼女も小さく頷く。

「鎧熊が出たそうです」

 レーヌの説明に、ソラは近々に遭遇したことを思い出す。

 シャルロットとフェルナンドを伴って遺跡に潜り込んだ時に遭遇したのだ。あの時は一体だった。と、そこまで思い出してから、鎧熊から色々と剥ぎ取るのを忘れていたことを思い出す。

(魔石、骨、結晶、頭蓋。色々と利用できたのに……)

「カラミティモンスター? ドラゴンですか?」

 カトリーヌの言葉にレーヌは首を振った。

「そうそうドラゴンが出てもらっても困る。先にも言ったでしょうに、鎧熊と」

「マナの影響で、突然変態した生物をそう呼ぶのです」

 ソラの説明にカトリーヌはなるほどと納得したようだ。

 彼女のようにカラミティモンスターという名は知っていても、発生原理を知らない者は多い。

 カラミティモンスターは名の通り、災害をまき散らす獣である。マナの影響で変態した動植物がカラミティモンスターと総称されているのだ。それの頂点に君臨するのがドラゴンだ。どれも対処するのは難しいが、倒せばカラミティモンスターから得られる利益は莫大だ。ドラゴンほどではないにしろ、彼らは大金になる。

 ソラは書類を読み進めて、早急な対応が必要されると判断する。が、そこではたと考えこむ。

「どうしました?」

 レーヌの問いにソラはため息交じりに答える。

「遺跡の調査に行きたいと思いました」

 レーヌは睨みながら「ダメです」と、彼を一日中椅子にしばりつけた。

 ソラの左中指には指輪がある。銀の指輪に蒼い石。それが蒼い光をうっすらと光らせ、こぼれ落ちた。蛇のように蛇行して床を這い、壁をすり抜けて外へと行く。それにカトリーヌとレーヌは気づかなかった。






 日差しが傾き、オレンジ色に大地が染まる。オレンジ色の陽光に石造りの町が彩られていく。町も明かりを灯して夜の闇に備えた。

 ジャクソンは一軒の店の前で立ち止まる。看板にはコップが描かれており、酒場と謳っていた。白髪交じりの男は周囲を見渡したが、彼が思ったような人物は見当たらない。彼は悪態をつくと、扉を荒々しく開けて入る。

 店は繁盛しており、客でごった返していた。どのテーブルにも食事が並べられていた。野菜と肉をぶつ切りにしたスープ、チーズがまるごと、白米やパン。木の実と野菜のサラダ。どの席からも笑い声が聞こえてきた。彼らもこの間までは、意気消沈としていたが、今はそれも見る影がない。

 ジャクソンは今一度、店の中を見渡す。ため息を吐いてから足を進める。彼は慣れた足取りで店の奥のテーブルへ向かう。そこには数人の男がおり、彼の到着を待ちわびていた。ジャクソンを確認すると、一様に白い歯を見せる。

「遅かったじゃないか」

 ジャクソンは手で応じてから、一度振り返った。そして、警戒するべき顔が無いことに安堵して席につく。

「どうしたジャクソン?」

「いや、今の代官に気取られたフシがあってな」

 男たちは眉根を釣り上げた。彼らも警戒する素振りを見せる。ジャクソンは手を上げてから店員を呼び止めて、注文を頼んだ。程なくして葡萄酒が運ばれる。それをジャクソンは一気にあおった。

「まあ、ここに来たとしても誤魔化せばいい。それでどうだ?」

 ジャクソンの向かいにいる男は聞きながら口元を歪める。

「気取られてはいる。が、まだ確証は得てないはずだ」

 ジャクソンはソラが、兵士たちをまとめていないこと、外部の人間を雇おうとしていることを彼らに告げた。しかし、と彼は笑う。

「どれも邪魔してやった」

 男たちは高笑いする。

「余所者の人間なのだから、代官をやらせるなどおかしいのだ!」

 ジャクソンの言葉に男たちはそうだと同意した。

「私こそがパッセ領の後を引き継ぐべき人間なのだ。この私がアドルフ・パッセを支えたのだから、それが筋でしょうに! 何が出来るというものか! あんな小僧に!」

 ジャクソンは歌うように言う。兵士に出す公布は告げず、ソラの悪い噂を流したと。公示人に渡す求人も捨ててやったと。

「いくら陛下と言えど、ここまでの体たらくを見せつければ、冷めて小僧を切り捨て、俺を代官として登用するだろうさ」

 ジャクソンは思い出したように、二人の侍女の事も付け加えた。マナ出血毒の治療中であると。男たちは警戒を示す。自分たちにその病魔が来るのではと、身構えたのだ。

「逆だ。それを利用するのだろう。病が伝染すれば一大事でしょうに」

 追い出せると彼らは意気揚々に笑った。

 男たちはジャクソンを煽てる。ジャクソンが代官となれば、彼らも重役として登用するという約束なのだ。

 彼らはさんざんにソラを揶揄してから、声をひそめた。

「そろそろ、あの話を進めようぜ」

「そうだな。そろそろ備蓄があぶれそうだ」

 彼らは地図を広げる。パッセ領全体の地図だ。そこに、小石を置いていく。一見地図が落ちないような措置にも見えたそれは――。

「この辺には集落はなかっただろう?」

 一人の指摘に、ジャクソンはそうだったと悪びれた。酔った勢いで置いてしまったのだ。彼は誤魔化しながらそれを動かす。

(いけないいけない。こいつらには言ってなかったな)

 内心彼はほくそ笑む。パッセ侯爵のやり方を覚え、密かに作った彼自身しか知り得ない集落がひとつあるのだ。長年かけて作り上げたその集落はパッセ侯爵にも感付かれること無かった。裏帳簿にも載っていないそれは、ジャクソンに莫大な利益を与えたのである。

 彼らはジャクソンの手の上なのだ。彼の作った隠し集落は知らない。パッセ侯爵の作った隠し集落から、税収を運ぶ役目を持っていた者たちなのだ。パッセ侯爵亡き後、それをなんとか自分たちで利用し、懐に収めようとしていた。しかしそれすら利用されていると、誰一人知る由もない。

 買い手を上手く見つけ、なんとか運び出せれば彼らの懐に利益が転がり込む。

「買い手は見つかった」

 一人の男に視線が集まる。

「やんごとなきお方としか言えない」

 訝しんだが、男はグレートランドのだと補足する。ジャクソンたちは腰を浮かしそうになった。

「嘘じゃないだろうな。その話」

「ああ。だからこそ、ふっかければそれなりの額になるぜ」

 一人がいいだろうと言い、乾杯の音頭を取る。その後彼らは酒をあおりながら、計画を練っていく。






 月が九つ夜空に浮かぶ。そのため、夜にも関わらず大地はいくばくか明るい。

 月光を浴びた城は、月の明かりに負けないくらい明るかった。そこかしこに焚き火や、マナ由来の照明が城塞を照らしているからだ。それは夜でも城を際立たせていた。城下の街はその灯りから、闇知らずの城と呼んでいる

 闇知らずの城にある一室。執務室は豪華絢爛。金銀財宝で飾られていた。燭台にも金。机にも金細工の装飾。

 金と宝石で飾られた金髪碧眼、眉目秀麗の男がふんぞり返る。

「どうだ首尾は?」

「後は向こうが上手くやるだけですストロベリー様――ですが」

 ストロベリーの問いに、黒いローブを纏った存在は答えた。

 その存在は人のような体躯なのだが、異質なところがあるのだ。黒いローブが人でいう頭部を覆った部分からひとつ光の玉が浮かんでいる。見ようによっては一つ目にも見えた。後は暗い影で一つ目以外、何も見えない。夜でも明るいこの城の明かりでもってしても、その影は晴れず、外套の中身をうかがい知れない。

 ストロベリーはその存在に特に訝しんだり、怯えたりしない。

「パッセ侯爵の残りカスみたいなもんだしな。取引できれば儲けもの――程度に考えておけというのだろう?」

 黒いローブの一つ目は恭しく頭を垂れた。

「それで?」

 黒いローブの一つ目ははいと応えた。

「人材不足は深刻でしょうな。反乱に乗じた貴族たちは特に罰せられてないようですが、民がそれを許しておりません」

 ストロベリーはそれがどうしたのだと首を傾げる。

「殿下は存在するだけで民心を集めます故、ご理解出来ないのは無理もないのでしょう。彼らは殿下ほどの資質がありません。それ故に民のご機嫌伺いもせねばならなぬのです」

「面倒なことよ。民などの顔色を伺うような国、領主、消したほうが楽だな。そうは思わないかヤマブキ?」

 黒いローブの一つ目――ヤマブキは頷く素振りをしてから、左様でございますねと同意する。

「今、攻めるには絶好の機会かと思われます」

 ストロベリーは頷きながら、唸った。

「とはいえ、陛下と兄上に止められたしな」

「いずれパスト公爵が動き出すでしょう」

「あの幼女趣味の豚は利用しやすいが、いかんせん詰めが甘い」

 今回の内乱、ヤマブキはパスト公爵の私兵を削れたことをよしとしていた。そのことをストロベリーに聞かせた後、彼は問う。

「本当にメロン殿下に従うのですか?」

「くどいぞヤマブキ。野心がないわけではないが、メロン兄さんに対して忠義があるのだから、そのような事はしないと言っている」

「出すぎた発言、謝罪させていただきます」

 ヤマブキは頭を下げてから続ける。

「しかし、殿下が覇を唱えると決めたのならば、私は全身全霊をかけて、貴方様に付き従うことを、知って欲しかったのです。重ねて出すぎた真似をしたことを謝罪します」

 ストロベリーはわかっていると言うと、手を振った。下がれという意味だ。

「今日はゆっくり休め。お前の忠義心は嬉しいが、俺の行く道についてくるならば、よかろうなのだ」

「おっしゃる通りでございます――では、休ませていただきます」

 部屋を出たヤマブキは長い廊下を歩く。道中すれ違う侍女たちは、露骨な態度で黒いローブに嫌悪感を示した。ヤマブキはそれらを気にも留めず、静かに歩く。歩くが彼から足音は聞こえない。忍び足で歩いているわけではない。

 ヤマブキはストロベリーの言葉に不満はなかった。彼が覇を唱えないというのならば、それに付き従うだけである。野心の類は彼にはなかった。ただ主の願いを叶える。それだけがヤマブキの存在意義だ。

 黒いローブは、ふと廊下の窓から覗く九つの月を見やる。

(貴方様が私の存在を認めてくださった。だから、私のあるべき場所、道は貴方様の元にしか無い)

 ヤマブキの記憶の中にあるのは、幼い子供だったストロベリーが、黒いローブを面白がり受け入れたこと。そして自身を配下として迎え入れてくれたことだ。

(最初は好奇心、次は玩具、その次は片腕として。随分長く来たものだ)

 一つ目の円盤が三日月のようになる。ともすれば、目を閉じているようにも見受けられた。

 袖口から手を出し眺める。そこには機械仕掛けの手、魔道具の手があった。ヤマブキは握り拳を作ると、金属音が響く。

(ストロベリー様がよいと言うのだから。それでいい)

 黒いローブはこれからの事を思案しながら、音もなく廊下を歩んでいく。

 彼にはエメリアユニティ、マゴヤ、カンウルス、そしてブランシュエクレールと、色々なことを考えねばならなかった。




 これからの事態を、まだ誰も予測できないでいた。否、出来た者など誰一人としていない。誰もが目の前の戦いに明け暮れている中、刻一刻と大戦の幕開けが迫っていた。

 今はまだ嵐の前の静けさ。






~続く~

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